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第四章 第百二十八話:上司

仁は困惑した表情で広畠の運転する車の助手席に座っていた。

その原因は二つ。まず得心がいかない。事前に発見している悪質な精霊をどうして野放しにしているのか。いくら新人研修の名分でも、一般人に被害が出る前に可及的速やかに排除しておくべきだろう。

もう一つ。仁はこの段になってようやく失念していた重要事項を思い出した。彼にとっては死活問題と言っても過言ではない。ツーマンセルということは、自分が戦っている姿を相方に見られると言うことだ。つまり彼の主属性が、一般的な五つに該当しないということが露見してしまう。失念の理由を分析すると、今まで一人の戦いを繰り広げてきた彼にとって、他人と共闘するという慣れない事態を、頭の表層的な部分でしか理解していなかったことが挙げられる。

何にせよもう遅い。車は時速六十キロで件の精霊がいるという目的地に向かっているし、一つ目の疑問に関しても、いつもの広畠の悪癖の前にのらりくらりかわされる。「行けばわかる」とのこと。



目的地は中谷の街並みを遠く離れた、神奈川県の山。麓から伸びる舗装された道路を登り、中腹辺りにある登山客用の休憩所兼駐車場、一台も車が停まっていない貸切状態の一角に、車は乱雑に停まった。

車を降りると冬の凛とした空気の中に、眠りにつく緑の呼吸が混じっていた。思わず大きく伸びをした仁は、後から降りてきた広畠を見て、体を丸めた。一応は勤務中で、こんな山間まで車を走らせたのは仁のためだ。

「冬だから夜景が綺麗なんだが、野郎と来ても嬉しかねえな?」

広畠が黄ばんだ歯を見せる。なるほどガードレールの向こうに目をやると、名も知れぬ街並みが眼下に広がる。だが仁はその軽口に愛想笑いを返すだけで、もう何度目かもわからない質問を再び口にした。

「こんな山道にはぐれ精霊が居るんですか?」

「そうだよ」

「どういうことですか?」

人に危害を加えるのなら、こんな辺鄙な場所に陣取っていないで、人里に降りてくればいい。

「まあ、いいからついて来いよ」

そう言ってアスファルトを山頂に向かって歩き始める。ここまで来てももったいぶる彼に、仁は苛立ちを隠すのに苦労した。

「……待機してなくていいんですか?」

それを紛らわせるために違う質問をする。新人教育をしていたから緊急出動要請に応えれませんでしたなんて事態になってはよろしくない。他県にまで来てしまってから言うのも後の祭りだが。

「一日くらい大丈夫さ」

「……」

「冗談だ。井須に連絡係兼補欠として出てもらってる」

冗談を挟むのは彼らしいが、仁に変に気を遣わせない配慮かもしれない。有り難いけれど、仁はそこまで卑屈ではない。どんな仕事でも新人を一端の戦力に育て上げるには人手も労力も必要だと理解しているし、そのへんは割り切っていた。質問も途絶え、仁は黙って広畠の後をついて歩いた。


それは突然現れた。

ガードレールの側を歩いていた仁は、反対側の斜面から黒い巨大な獣がすさまじいスピードで駆け下りてくるのを見た。一見すると狼だが、尾が異常に長い。体長の悠に二倍はある。体長それ自体も道路の両車線を塞ぐほどの大きさだ。口からは白い牙が覗き、体に陽炎をゆらゆらと纏っている。ぐるると獰猛な威嚇。雄雄しいの一言に尽きた。

「山の王・赤」

広畠の口から精霊の名が告げられる。その荘厳な名を冠するに相応しい威容は見る者に、自身の明確な死を悟らせる。

「なるほど…… それで山に篭ってるわけですね?」

広畠は驚きをもって仁の顔を横目に見た。広畠ほどの実力者でやっと手に負えるというレベルの大物。上級精霊を前にしても落ち着きはらった様子の仁は傍目には異常でさえある。


「仕方ないっすね」

諦めたように笑った仁は、覚悟を決めた。腰にはいつもの相棒。黒い鞘から妖しく光る刀を抜き放つ。刹那、仁の体がその場所から消えた。


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