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第四章 第百二十七話:ミサンガ

仁も全くの暇人というわけではない。はぐれ精霊狩りの仕事がある。

休み中は夜勤で出て欲しいと言われ、そのようにシフトを組んだ。夜勤は夜の十時から翌朝六時まで。どんな仕事をしているかと問われれば実は特に何もしていない。常日頃、被害が出る前に悪質な精霊を発見、これを撃退しているため、出社しても特にすることはないのだった。しかし中には緑の魔術師の、中谷支部では井須啓次いすけいじという男性職員があたる、捜査網を漏れて人に危害を及ぼす段まで気付かれないモノもいる。そういった場合にはスクランブルで迎撃に向かうわけだから、待機中と言えど気は抜けないのだ。当然年中無休、二十四時間体制。

そしてそうなった場合の仕事の内容は極めて簡単。精霊の捕獲ないし、屠殺。そして大抵の場合は後者でことの処理とする。


「そろそろ行かないとな」

夕食を終えて早速始まった上映会を、奈々華を傷つけることなく脱出できる正当な用事。気取られないように残念そうな声を出しているが、顔が安堵に緩んでいる。対照的に奈々華は曇った顔。可愛らしい少女が憂いを帯びた表情をすると、わけもわからず申し訳ない気持ちになるのだから不思議だ。しかしそれは他人の話。家族である仁はお構いなしに、行ってきますと呑気な挨拶。体が資本なのだからと、用意も何もなく出て行けるこの仕事を存外仁は気に入っていた。

「あ! 待って」

それを奈々華が呼び止める。ドアに歩き始めた仁は首だけ振り返った。最近買い足した洋服箪笥の中をゴソゴソ漁ると、手に何かを持って仁に歩み寄る。どうやらミサンガのようだった。材質は何かの動物の体毛にも見える。白を基調に所々ピンクが入っていた。ピンクはどうやら毛糸のようだ。

「編んだの?」

市販のものと言われれば疑うこともないような出来栄えだが、彼女は裁縫も得意だ。奈々華は誇らしげに頷く。

「お守りなんだって。ラッキーラビットっていう精霊の毛皮を使って編むんだ」

嬉しそうに語る。

「もう一つあるみたいだけど?」

奈々華の手にはそっくり同じものがもう一つ握られていた。

「お揃いで作ったの」

そう言って左手に嵌める。腕をくるくる回して仁に見せる奈々華は本当に嬉しそう。仁もつられて微笑む。

「ありがとう。大事にするよ」

彼女なりに、危険な仕事場へ行く仁にせめてもの贈り物のつもりなのだろう。迷信やオカルトの類を信じない仁もその心遣いにこそ感謝した。



自転車をとばし、職場のプレハブに駆け込んだ仁は夕方から勤務の職員に挨拶を済まし、石油ストーブの前を陣取る。一段と寒さを増した冬の坂道を自転車で駆けた体を温めるためだ。手持ち無沙汰な仁は、もう見慣れた職場の風景を漫ろに見渡す。会議用の簡易な机と椅子が数組。ホワイトボードが一つ。石油ストーブが一つ。冷蔵庫が一つ。事務用の机が二つ。書類を挟んだファイルを保管する本棚が一つ。本当に無駄なものがない職場だ。基本的にシフトは二人体制。今日の夜勤は仁と広畠。当分は研修も兼ねて彼とペアを組むとのこと。

広畠が遅れて事務所に入ってくる。おうと気さくな挨拶、上下ジャージのラフな装い。

「おはようございます」

夜勤におはようと言うのも変な感じだが、彼の生活は夜勤続きなのでそれで正しかった。交替の二人の到着を受けて勤務を終えた二人の職員は職場を後にする。残されたのは仁と広畠の二人。部屋の隅に設けられた台所で、給仕よろしく茶を沸かし始めた仁。滅多にない緊急出動を未だ仁は経験しておらず、彼の仕事は専らお茶汲み係りとなっていた。だが今日は少し違った。広畠が何やら含み笑いを浮かべながら仁を見ている。

「何ですか?」

「いやなあ…… 大丈夫かなと思って」

もったいつける。広畠は決して悪い男ではないが、こうして時折人をからかったり、焦らしたりして、その反応を楽しむ節がある。仁も慣れたもので次の言葉を辛抱強く待った。

「今日は城山君に実地をやってもらうんだ」

そう言うと、広畠は一段と笑みを濃くした。


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