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第三章 第百二十一話:汚れ仕事

近藤さんのような高尚なものでもないさ。


斬りつけた虎の傷口から、おびただしい血液が飛び散る。コレは彼女の体液なのだろうか、虎のものなのだろうか。寸でのところで倒れずに、踏みしめた芝生がギシッと音を立てて剥げる。向き直った目には怒りや憎しみは通り越して、ただただ相手を殺すビジョンだけが青写真として浮かんでいる。


祐の手も坂城の手も汚させてはいけない。ミルフィリアの手もこれ以上は。


もう動くことも苦しいだろうに、虎は四足ついてまた猛然と襲い掛かってくる。猛り狂う動物としての本能しかそこにはありはしない。刀を縦にして、牙のあたりに当てて食い止める。ぐるるると凶暴な呻き声。生暖かい息が、白い水蒸気となって顔を濡らす。


その裏には贖罪という名の自己満足が見え透いている。


押し返すのも容易になってきた。最早エリシアに万全の力は残されていない。近藤の最期の失速と同じような現象が彼女にも起こっている。力を込めた両腕が確かな手応えをもって、牙を弾き返した。空中で腹を見せると、そのまま一メートルほど離れたところに墜落した。起き上がる。体を支える足も手も、子ヤギのように震えていた。


だからコレは真似事でしかない。今はそれしか出来ない。


虎が喀血する。ビシャッと血が吹き飛ぶ音。見ると指先が人のそれに変わりつつある。手の甲は毛の生えた獣のもの、先だけが少女の白魚のような指。禁忌を保つ力は確実に失われつつある。グロテスクだと忌むような感情は湧かなかった。ただ近藤の最期を思い出していた。楽にしてやるんだ。


こんな汚れ仕事をいくつもこなした彼はどういう気持ちだったのだろうか。


歩み寄って虎を見下ろす。敵を見据えて、爪を振った腕は既に人のものと変わっていた。華奢な白い腕。その衝撃だけが、彼女の内臓を圧迫し、再び吐血する。靴の先に血飛沫がこびりついた。白いスニーカーを彩るにはあまりに悲しい。


嫌だ。やめたい。どうして俺がこんなことをやるんだ。


体が薄く光り、残されたのは虫の息となった白人の少女。顔を窺うことも出来ない。うつ伏せたまま、僅かに背中が起伏しているだけ。「殺せ」と小さく。少女の心境を測りかけた。恩人の命を忠実にこなすことを至上としていた彼女の無念。やめた。これ以上は意味をなさない。いや、自分を苦しめる。


導いて欲しいと近藤は言った。それが最期の願いなら…… 

歯を食いしばってでもやるんだ。


刀を大きく振りかざし、少女の首筋へと吸い込ませた。

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