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第三章 第百十六話:追尾少女

「よかった、バレてないみたいだね」

奈々華はそっと胸を撫で下ろしてから、視線も下ろして、傍らの白猫に笑いかけた。

「アレは何か殺気とか、そういうのしかわからないはずだから大丈夫さ」

前方には質素な建物。ホテルと言い張っているが、どうにも学生マンションといった印象が強い。その建物の前、二人からほんの数メートルの場所にある電信柱の影から、おあつらえ向きに二人からは死角になっていた、様子を覗いていた奈々華には仁と村雲との会話が筒抜けだった。筒抜けて奈々華は肝を冷やした。勝手についてきたことがバレてしまったら仁に帰されてしまう。様子を見ながら、いざという時にこそ助けに出るつもりなのだ。百メートル以上は離れて尾行を続け、見失ったとしても地図で目的地の位置は把握している、ここまでやってきていたのだから、何もしないまま送り返されるのだけは御免だった。

「本当に行くのかい?」

今更な質問。それでも、戦闘経験のない奈々華がいきなり戦闘のプロ同士がぶつかり合う戦場に立とうと言うのだから、聞かずにはいられないのだった。

「……うん。後悔のないようにしないと」

新居の言葉は、事情の知らない第三者の言葉は、逆に奈々華の心を決めるカンフル剤となった。

「だけどね……」

「大丈夫。お兄ちゃんが本当に危なくなるまでは大人しくしてるから」

心配性の飼い猫に気丈に笑ってみせる。仁が建物の中へと入っていく。

「追わなきゃ。行くよ、シャル!」

「待ちなよ!」

シャルロットが猛進しようとする奈々華のズボンの裾を咥えて止めた。奈々華の体が慣性に従って上半身だけ前のめりになる。危ないじゃない、と小声で怒る。

「中がどうなってるかもわからないし、見つかるかもしれないよ?」

「だったらどうしろってのよ?」

少し苛立ったような声。そうこうしているうちにも、仁は交戦しているかもしれない。シャルロットはその質問には答えずに、ややあって首を右上に持ち上げた。建物の上方、右寄りに外壁から出っ張った空間があるようだ。落下防止の鉄柵に覆われている。その奥にガラス戸、下半分はすりガラスで、下からでは全く中の様子は窺えない。バルコニーなんて洒落た言い方よりもベランダと言った造り。廊下のエンドに設置された宿泊客共用のものらしい。もっとも使用されているのかは甚だ疑問ではあるが。

「私、緑魔法使えないんだけど……」

「何言ってんだい。下に木が生えてるじゃないか」

ベランダのすぐ下まで枝を伸ばした常緑樹が、観賞用に植えられていた。



「全く…… 木登りなんて…… 小学校以来だよ」

文句を並べながらも、奈々華は器用に枝から枝へとつたい、確実に自身の高度を上げていた。幹にしがみつく両手はかじかんでか、硬い樹皮のせいか、赤くなっている。シャルロットは簡単に木の天辺近くに登りきって、奈々華を見下ろしている。

「もう少しだよ。ファイト」

最後の枝に手をかける。思いっきり力を込めて全身を持ち上げた。鉄棒のように、枝の上に腹を預ける。奈々華の重みに、少し枝先が下を向いて、全体が危なげに揺れる。シャルロットが慌てて枝先から幹のほうへと走った。ぴょこんと身軽に奈々華の肩の辺りに掴まる。

「大丈夫かい? 後は……」

鉄柵が幸いした。掴むところが沢山あるのだから、後は最後の力を振り絞り、腕の力で足を持ち上げてかけるだけ。ベランダの床まで届かなくても最悪鉄柵に絡めれば何とかなった。

「運動神経あって良かったよ」

倒れこむようにして安定した地面に転がる。奈々華の黒いダウンコートが白い埃を纏う。ぜえぜえと荒い息を整えながら、ゆっくりと体を起こす。シャルロットは奈々華が倒れこむ前にジャンプして肩から脱出、涼しい顔でちょこんと座っている。奈々華がガラスを覗き込むと、途端眩しさに目を閉じざるを得なかった。奈々華は瞬間的に動悸が早くなるのを感じた。わけもわからず、猛烈な焦燥に任せて、ガラス戸に体当たりしてぶち破り中に入る。ゴロゴロと転がり、止まったところで薄目を開ける。仁が跪いている。その先に虎が見える。その横、光源はそこだ。

「お兄ちゃん!」







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