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第三章 第百十三話:失くした物を取り戻す世界

どうしてあの人が居ないの?


全てがつまらない。色を失った世界。モノクロの世界。何も私の目につくものはない。何も私の興味を引くようなものはない。適当に会話を交わすクラスメイト。自分の容姿だけを気に入り、言い寄ってくる男子。等しく灰色。居ても居なくても変わらない。もう倉橋の顔など思い出すこともなくなっていた。いつも心に浮かぶのは仁の顔。惜しみなく愛情を注いでくれる兄の顔。狂おしく、夜も眠れないほどに焦がれる顔。笑った顔も、怒った顔も、悲しむ顔も、喜ぶ顔も。何かに夢中になったとき不意に見せる真剣な表情。怒られても舌をペロッと出して悪びれない表情。何もかもが好きだった。追憶の中の何もかもが煌いて見えた。失われたそれらが宝物だった。


これだけで、記憶の中で出会える兄だけで、生きていけると言い聞かせた。


無理だった。


寂しい夜は、隣で吐息を感じていたい。季節を感じる頃には、隣で足音を聞いていたい。何気ない日常で、隣で笑顔を見ていたい。

会いたい。一緒にいたい。

いくら自分勝手でも、先に拒絶したのは自分だと分かっていても、想いは止まらない。このままでは壊れてしまう。

兄が眠っている間、合鍵を使って部屋に忍び込んだ。せめて肉体だけは繋がっていられたら、心の支えになるのではないかと背徳を押し殺した。何度も唇を重ねた。意味はなかった。

兄の行動をチェックするような真似をした。恋人が居るのではないかと疑いだすと、いてもたってもいられなかった。気付かれないように後をつけた。意味はなかった。



奈々華は部屋を出ることにした。気が滅入ってしまう。気分を変えなければいけない。過去を顧みたところで意味はない。二段ベッドに備え付けられた梯子を下る。部屋のカーペットに足をつけると、ひんやりとした感触。靴下を履いて、部屋を出ることにした。

出た先でいきなり人と出くわした。新居美菜あらいみな、白の魔術を教える教師だ。まだ二十代の後半くらいで、あまり色気はないが、整った顔立ちと柔らかい物腰から、生徒達には人気がある。奈々華自身も主属性の関係上もあってか、幾らか他の教師よりも好いていた。

「あら、こんにちは」

いつも愛想よく、分け隔てなく接する態度も好感が持てる。奈々華もなるべく明るい声で挨拶を返した。

「元気がないわね?」

失敗したようだ。彼女が人の感情に敏感なせいもあるかもしれないが。

「何か悩み?」

奈々華がそのとき、気が弱っていたのも大きかった。まるで関係ない第三者に聞いてもらいたいとも思った。話した。廊下でするような話でもなく、もしかしたら相手は気分を悪くするかも知れないと思ったが、構わず話し続けた。勿論、仁の名は伏せた。兄に道ならぬ恋をしているなど、それほど関係の深くない相手にしても、相手は困ってしまうだろう。

「その人のことが大好きなのね?」

「はい」

強く頷いた。それだけは揺ぎ無い真実。

「お兄さんでしょ?」

奈々華は一瞬、新居が何を言っているのか、理解できなかった。しかしすぐに事態を把握して動揺した。

「ど、どうして?」

新居はふふふと上品に笑う。様になっている。

「普通、反対属性の人間には魔術は効きにくいものなの。黒魔術師を治療だなんてね…… よほどの愛がなければ出来ないことの筈よ」

どうやら奈々華が仁を治したことは、坂城から聞いているようだ。奈々華は参ったなという顔をする。こうも簡単にバレてしまうとは。と思ったら、新居は再び笑い出した。

「ごめんなさい。意地悪言ったわ。本当はね、授業中の態度を見ていて思ったの」

「え?」

「貴方チラチラお兄さんのほうばかり見てるんだもの」

奈々華は顔を赤くする。思い当たる節がないわけでもない。机に突っ伏して眠っている仁の頭を容易に思い出すことが出来るのだから、自分では気付かないうちに目を配っていたらしい。

「貴方達、本当の兄妹じゃないんでしょう?」

仁と奈々華の容姿を見比べれば、そう思われても仕方ない。奈々華は曖昧な返事をしていた。それにしても、彼女は自分の身も固めていないくせに、人の恋愛話が好きだという噂は本当のようだ。終始愛想とは違う、楽しそうな笑みを浮かべている。

「まあ、私から助言できるのは、どういう結果になるにせよ、悔いのないようにしなさいってことだけね」

ポンと奈々華の肩を叩いて、新居は階段のほうへと歩いていった。





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