第一章 第十一話:古代竜
それは五時間目の授業中のことだった。
砲弾でも落ちたような轟音と地響きに、奈々華は椅子から転げ落ちそうになった。
机にしがみつくようにして、辛うじて体勢を保った奈々華は目を見開いて辺りを見回す。級友のほとんどが、奈々華と同じようにして転倒を免れていたが、その表情は皆恐怖と不安に固まっていた。
「な、何? どうしたの?」
わけがわからずうろたえる奈々華の足元で、シャルロットが歯を剥き出しにして窓の外を睨んでいた。
「来た……」
近くの席の男の子が、うわ言のように呟く。
次の瞬間、耳をつんざくような大きなうなり声が聞こえてくる。何か大きなものが、抗いがたいものが、その怒りを咆哮している。奈々華は総毛立つのを感じて、窓の外に視線を送った。
「来たな…… 仁は?」
坂城が校舎内を、風のように走りながら背後の木室に声をかけた。舌をかむのではないかと言う程のスピードで階段目掛けて疾走する。
「それが…… 二時間目には校舎内には確認できず……」
坂城の舌打ちが廊下に響く。だが足は緩めない。階段に差し掛かり、二段飛ばしで駆け下りる。
「仕方ない。私達だけで迎撃するぞ!」
瞬く間に一階に辿り着いた二人は、スピードそのまま、中庭へと続く木戸を蹴破らん勢いで、くぐった。
この時、中庭で轟音がしてから、一分を要していなかった。
古代竜。精霊の世界でも一目も二目も置かれる、上級精霊。
その赤き体、<古代竜・赤>と呼ばれる大物。J・J・ヒューイットの使役する精霊の中でも、一、二を争う強力な精霊だった。
名の通り、血のように赤い体は全長二十メートルを越す圧巻の風貌。全身を覆う硬い鱗には、並大抵の攻撃では傷一つつけることはかなわない。巨大な顔には、怒り狂ったようにぎらついた双眸と肉食獣特有の鋭い歯の並ぶ口。見る者に、畏怖と神々しささえ感じさせる。
充血したような赤い目で坂城達を見つけ、また一つ大きな咆哮を上げる。
ビリビリと校舎の窓が小刻みに震える。常人なら射すくめられて、その場を動くことさえ出来ないだろう。
だが坂城も木室もその敵とあいまみえるのは初めてではない。増して腐っても二つ名を冠する魔術師。坂城は顎を引いて、巨大な敵を睨みつけた。
「行くぞ!!」
声には否が応でも気迫がこもっていた。
「何かえらいことになってんな」
散々遊び倒して、帰って来た仁が見たのは、坂城や木室を始めとする教職員が、仁の知る竜そのままの姿の巨大な生物に魔法を打ち込んでいるところだった。坂城が青い小さなトカゲのような生き物を従え、手の先から氷の弾を飛ばしている。木室は坂城の後方、何か呟きながら、竜の近くに雷を落とすが、間一髪でかわされる。
「主よ! 我を抜きなされ!」
村雲が戦いの空気に触発されたのか、声を弾ませる。
「中々出にくい雰囲気なんだけどな……」
ぽりぽりと頬を掻く仁は、超常の戦いに臆した風もない。
「主!」
「わかったよ。わかりましたぁ。行きゃいんだろ、行きゃ」
仁が村雲を鞘から抜くと、妙にぎらついた刀身が夕陽を取り込み、人を斬ったように赤く輝いた。