第三章 第百九話:パターナリズム
「反対だね」
仁がいつになく強張った顔で言った。
「妹思いもいいですが……」
「それだけじゃない。この子は実戦経験なんて皆無だ」
危険すぎる、と。奈々華の目も見ずに、仁はそう言い切った。
「君は反対属性の恐ろしさを知らない。一人同一属性の人間を連れているだけで……」
「お前も賛成なのか?」
ぐっと顎を引いて睨むようにして坂城を見つめる。坂城は言葉に詰まりそうになるが、意を決して、そうだと肯定した。
「勝算を上げるためです」
ミルフィリアが後を受け持つ。冷静な指揮官としての判断。正しく冷たい。
「学園が挟撃を受けたら?」
仁は自分に理が少ないことを知っていた。それでも何とかして奈々華を引き連れない方法がないか模索していた。
「こちらの庭です。貴方達が戻ってくるまでは耐えてみせましょう」
パンと胸に手の平を当てて大きく頷くミルフィリア。
「だけど……」
「お兄ちゃん」
奈々華の静かな声。仁は知っていた。これが覚悟を決めたときの妹の声だと。
「私やるよ。お兄ちゃんの役に立てるなら」
奈々華の爛々と輝く瞳を見ると、仁は諦めたように口をつぐんだ。
「ダメだ」
仁は部屋に戻って来てからはそれしか言葉を発していないと言ってもいい。
「どうして? 二人も私を連れて行くのが得策だって」
「ダメだ」
この押し問答。もう一時間近くなる。作戦は単純明快。夜の闇に紛れて、仁と奈々華の兄妹がホテルに強襲をかける。坂城とミルフィリア姉妹は学園に残って二点同時攻撃に備える。仁は二人の手前では了承したフリをしていたが、やはり奈々華を連れて行く気はないのであった。
「お兄ちゃんは授業を真面目に聞いていないから…… 反対属性の魔術攻撃を受けると大変なことになるんだよ!」
「……」
「私が居れば多少はその危険を殺げる……」
奈々華は必死の形相で訴えていた。
「ダメだ」
仁も断固譲らない。強い意志が感じられる声。
「どうして!」
「ダメなものはダメだ」
「……」
兄妹は睨み合うようにして対峙している。シャルロットも刀たちも声をかけられずにいた。
「私はお兄ちゃんが心配なんだよ?」
そんなことは言われるまでもなく、仁はわかっていた。だが答えは……
「ダメだ。お前はここで大人しくしてるんだ」
「……」
徐々に奈々華にも仁の強い意思は伝わっていった。
「私がいると足手まといだから?」
奈々華の泣きそうな顔を見るのは、仁にはこの上なく辛い。それでも心を鬼にしてでも。
「……そうだ」
「……」
奈々華は唇を噛みしめたまま顔を俯けた。
「攻撃が危ないなら食らわなきゃいい」
言うは易し。確かに仁ならばそれも可能かも知れない。だけど万が一にも食らってしまえば、闇を裂く光の一撃を受ければ、いかな仁と言えど只では済まない。増して今回は多対一が予想される戦い。その可能性は飛躍的に上がっている。
「大丈夫。ちゃんと無事に帰ってくるさ」
仁は一度大仰に肩をすくめて見せる。
「……」
「俺を信じろ」
それは最後通告。これ以上は奈々華が踏み込んで来れないように、締めくくった言葉。奈々華は俯いたまま、言葉もなくそれを聞いていた。