第三章 第百八話:唐突
翌日は日曜日。長い一日が始まった。
「白の幹部の居所がわかった」
朝一番にやってきた坂城の第一声はそれだった。城山兄妹は無遠慮な来訪よりも、その言に驚いて朝食をとる手を止めた。ブラウン管の向こうでは朝の占いコーナーが流れていたが、二人はもっと直接的に未来の運勢を決めるであろう者の顔を穴が開くほど見つめていた。
「おいおい。アイツ等は人相も何もわかってないんじゃなかったのか?」
ややあって仁が口を開く。疑問はもっとも。坂城は詳しく話し始めた。密偵からの情報で、白の幹部が襲撃に備えて、日本に入ったということ。都内のホテルの一室に泊まる外国人をそれと認めたこと。それに際して、ミルフィリアを現場に向かわせ、確かに平内涼子と面会しているのを確認したこと。
「それじゃあ、平内も?」
坂城は首を横に振る。
「帰ったみたいだ。どこにかはわからないが」
今は白の幹部が居るだけ。二人は顔を見合わせ、相互の見解が一致しているのを悟り合った。敢えて口に出したのは仁。
「罠だな」
そんなおざなりな情報管理、わざわざ組織のトップが出張って、今更現地に入った幹部に指示を出す。そんなことが有り得るはずもない。
「或いは撹乱か」
その思考に陥らせること事態も向こうの思惑にあるのかもしれない。坂城も仁の言葉に深く頷く。
「ミルフィリアは?」
彼女はまがりなりにも、その組織に属した人間だ。意見を聞くべきだろう。
「……それが」
何か思うところがあるのか、坂城は言葉を濁した。
「とにかく詳しく協議しよう。学園長室で待っている」
坂城は神妙な顔つきで、そのまま部屋を出て行った。
「うって出ましょう」
ミルフィリアは語気を荒げるでもなく、冷静に言葉を発した。学園長室。坂城、ミルフィリア、仁、奈々華。四者がそれぞれソファーに座って向き合っている。
「罠くさいが?」
仁が答える。
「ええ。本当なら様子見でしょう」
ミルフィリアはそう断ってから、一度居ずまいを正した。
「白の幹部は、涼子に命を救われたと聞きます。その件もあってか、絶対的な忠誠を誓っています」
「……それが?」
「何をしてくるかわからないということです」
「だから?」
今度は奈々華。ミルフィリアを除いた三人はよく状況が飲み込めていない。彼女の言わんとしている事を察しかねていた。
「裏を返せば、目的の為ならなんでもするということです」
「婉曲はやめろよ。何をしてくるってんだよ?」
仁が先をせかす。すると少女の隣、坂城が徐に口を開いた。
「聞いたことがある。他の学園が襲撃された時、個別に生徒が狙われ、死者も何人か出たという」
「彼らは罠に嵌めたがっています。それを遂行するためなら強引な手段も躊躇わないでしょう」
バレて尚ゴリ押してくるのだから性質が悪い。その罠に絶対的な自信を持っていると言ってもいい。
「恐らく挟撃か、二点同時攻撃でしょう」
「……そうだろうね」
坂城が地図を引っ張り出す。都内の地図だ。学園に青いサインペンで丸をつける。そこから少し離れた場所に赤い丸をつける。ホテルだ。そこに白の幹部が居るということか。
「我々の戦力は私と、貴方」
ミルフィリアが仁を指差す。
「人を指差しちゃダメだって教わらなかったか?」
「遊庵は本来なら数にカウントしたいのですが、0・5人として数えるべきでしょう」
仁の軽口を無視して続ける。仁も取り合ってもらえるとは思っていなかったらしく、チラリと坂城の右腕の辺りを見ただけだった。
「つまり全部で2・5人の戦力をこちらは保持しているわけです」
その1という数は、一人で相手の幹部を相手取れる、若しくは撃破できるという算段が立つ人数のことだ。そこで奈々華が元気良く手を挙げる。
「はいはい。私は?」
「マイナス1かな」
仁が答える。
「どうして減る?」
奈々華には戦場に立たせる気は毛頭ない。ミルフィリアがパンと手を合わせた。皆彼女を見る。
「本来なら戦力は分散させたくないのですが、状況が状況だけにそうも言ってられません」
黙って続きを待った。
「しかし、突入部隊が挟撃を受けたとき、耐え切れるかが焦点になります」
挟撃というからには、二人以上の幹部が居るかもしれないということ。仁が当然その突入部隊に組み込まれるわけだが……
「部隊?」
「そうです。部隊です」
ミルフィリアは専守防衛の形で学園に残るのが筋。坂城がそれを補佐するのだろう。となると……
「私は奈々華さんをもう一人の戦力として数えています」