第三章 第百四話:世知辛い世の中と日頃の怠慢
魔術師というだけで仕事には困らないこの世の中、しかし仁は取ってきた求人雑誌の頁をくりながら、ううんとかああとか情けない声で唸っていた。黒魔術師の求人などあるはずもないのだ。
「ないねえ」
奈々華も一緒に働くと言って聞かなかった。奈々華の白魔法は需要もあり、医療機関では引く手数多ではあったが、仁と共に働かなければ意味がないので、右に同じく難しい顔をしていた。
仁は頁を遡る。面白いことに、求人雑誌は魔術師専門職と一般職で項目が分かれている。前半が一般職、後半が魔術師専門職という構成。仁はつまり魔術師としての能力を生かした仕事を諦めたのだった。
「コンビニは? お兄ちゃんやったことあるでしょう?」
奈々華が一冊の雑誌の頁を指す。仁は確かに大学一年の頃に少し働いたことがある。もっとも二ヶ月ともたず辞めたが。
「……自給がなあ。てか何で奈々華知ってるんだ?」
言って、仁はしまったという顔をした。暗い表情をするかと思われた奈々華は、しかしバツが悪そうな顔をした。何かを誤魔化そうとするときの顔だ。
「それくらいはわかるよ。離れてても」
まさかストーカーのようなことをしていたとは言えないのだった。全く不可解な言い訳だったが、仁も空気を悪くしたくないのでそれ以上言及はしなかった。
「交通整備とかは?」
仁が答える前に、奈々華がやっぱりダメだと声を上げる。
「昼間か深夜しかないや」
いつの間にか言いだしっぺの仁よりも熱が入っている。仁としては彼女がどうしてこんなにやる気になっているのかわからなかったが、意識改善の兆候と見て取ったのだろうと解釈していた。奈々華は直接言葉にはしないが、平素から仁のダメっぷりを危惧している節がある。
「なかなかないよなあ。月払いにしても学費が五万くらいか。生活費も五万くらい? 難しいな」
私立の学校にしては良心的な学費ではあるが、学生が働いてまかなうとなるとやはり厳しい。仁は恨めしそうに手元の雑誌を後ろから捲った。そこそこの自給と、待遇を保証するという旨の文字が踊っている。
「もしかすると、祐君はこういうのも加味してるのかもな」
「どういうの?」
「俺の主属性では魔術師の求人は得られない。一般職で額に汗して働かなきゃいけないってことを見越してさ」
確かに楽々稼げては意味がない。仁の推察はあながち間違ってはいないかもしれない。
「そうだ! 当たり屋とかは……」
「叩くよ?」
坂城に相談をしに行くことにした。
坂城は事情を聞くと、うんうんと頷き、自室に戻って行った。何事かと顔を見合わせていた兄妹が呼び戻しに行こうとした矢先、一枚のクリアファイルを持って帰って来た。
「うちにも苦学生がいないこともないからな」
そう言ってそれを仁に手渡す。この学園はアルバイトを社会勉強の一環と見ており、容認、或いは奨励の立場を取っているのだそうだ。中身はその言通り、魔術師専門職の求人であった。読んでいくうちに、主属性は関係なく、魔術の素養があれば出来るようなものもあるらしかった。魔術師専門の塾の講師がほとんどだが。
「こんなものまであるんだな」
「ああ、うちの生徒の中にも通う者もいるし、他のそれほど魔術師養成に力を入れていない学校に通う、これまたうちに来れるほどの素養のない生徒なんかが利用する」
へえと仁。確かにそういう需要もあるだろう。上手く素質を開花させれば、将来は安泰だ。自分の子息にそういう可能性があるなら、金を払ってでも教育を施すのが親心といったところか。
「これなら俺が黒魔術師だってなっても苛められないか?」
入学当時にくらった、クラスメイト達の白い目が思い起こされる。
「君の主属性を明かさなければな」
仁と奈々華が一様に明るい顔をする。自給も条件をクリアしている。
「教えるのは、魔術理論などの基礎的なことが多い。後は精霊との同調の仕方とかな」
「……」
仁の表情が凍りつく。奈々華もまたそれはマズイという顔。
「どうした? 授業で言っている内容でまず問題はないのだが……」
坂城もまたようやく二人の表情の意味を悟った。
「俺が授業を聞いているわけないだろう」