第一章 第十話:新友
奈々華は、昼休みになる頃には既に何人か、気の合いそうな級友を見つけていた。
しかし楽しそうに笑う傍ら、時折寂しそうな顔をした。隣の席、二時間目が始まる前に仁は姿を消していた。城山兄妹では、奈々華の方が容姿も人あたりも仁より上だ。そして真面目さも。
「お兄さん、どっか行っちゃったね」
奈々華に声をかけたのは、目黒春。可愛らしい顔立ちの少女だが、歯並びが悪いのを気にしているのか、笑う際には口元を手で隠す。最も気が合いそうだと、奈々華が思った少女だ。
「うん…… あんまり真面目じゃないから」
寂しげに笑う奈々華には、男女問わず相手を惹きつけるものがあった。何とか元気付けてやりたいと思わせるような魅力が。
「……ねえ、奈々華ちゃんの猫、また触っていい?」
目黒はシャルロットを大層気に入っていた。元々猫好きとのこと。
「うん、シャル。おいで」
奈々華が足元で丸まっているシャルロットを持ち上げる。目黒はそれを受け取ると、頭や喉を撫で回す。
「お兄さん……黒魔術師なんだね?」
奈々華の憂いを帯びた顔がちらついて、目黒は遠慮がちに尋ねた。
「そんなに珍しいんだ?」
「うん。それもあるけど、適性がね……」
「そうだね…… あんまりいい感じのことは書かれてなかったね」
教科書には、それぞれの属性に適した性質や、性格が事細かに書かれている。黒の精霊魔術師の適性を持つ人間のそれは、好印象とは言い難い内容だった。
「お兄ちゃん、本当にどこ行っちゃったんだろう?」
奈々華は、精一杯軽い調子の声を出そうとして、失敗した。
どこの世界にも、ギャンブルというものは存在する。
世界で初めてのサービス業とも言われる風俗店と肩を並べるほどに普遍的な業種といってもいいかもしれない。仁は街に降りてきて、最初に目に付いた「雀荘」という二文字に、思わず雑居ビルの階段を上った。お金は坂城から仕事の前金として、当面の生活費には事欠かないほどに貰っていた。
「最後のは、抜いてくれたの?」
今は丁度仁と同じ卓を、同じタイミングで抜けた男と階段を下りていた。その男が軽薄な笑いを顔に浮かべ、仁に尋ねる。キレイな二重と、若者然とした整えられた眉。二十代にも四十代にも見えた。
「上家にトップ取られるよりは……」
男の名前は近藤と言うらしい。本名かは知らないが。
「そっか。まあ現張りとは言え、出てくる牌じゃないからな」
そうじゃないかと思った、と近藤が少年のような屈託のない笑顔を見せた。
「パチンコとか、馬とかはやるの?」
「やりますね」
答えてから、仁はしまったという表情を作る。こちらに来てまだ浅いのに、深く突っ込まれるとややこしいことになると思い出したようだ。麻雀は仁の知るものと差異はなかったものの、こちらで流行っているパチンコ台の性能とか、馬の名前とかはちんぷんかんぷんだろう。
「そうか…… じゃあまた今度、一緒に打ちに行こうか?」
社交辞令ではなさそうだった。雀荘には意外に人懐っこいおっさんがいるのも、仁の世界と変わらなかった。
「ええ、是非」
仁にとっても、友人が出来るのはありがたいことだった。特に趣味を共有出来る友人は願ってもない。
階段の下で近藤と別れた仁は、当面の不安や迷いを一時忘れて、再び街の散策に出向くのだった。