序章 第一話:招聘
視界が徐々に色を取り戻し始めると、仁の目の前に建物が見えた。
ヨーロッパの古城を思わせる荘厳な建物。岩を幾重にも積み重ねて造られている。
仁が首を上に向けないと全貌は把握しきれない大きさで、天辺の方は尖塔になっている。
辺りを見回しても、良く手入れされた芝生が一面に広がっていて、遠くに木立が見えるだけ。
遙か後方には黒い荘厳な門扉が閉じられている。何者の進入も外出も拒むような意思すら感じられるようだった。どうやら城の中庭らしいと、仁はあたりをつけた。
家の近所のコンビニで雑誌を立ち読みしていた仁は、突然エレベーターに乗ったような浮遊感と視界が白むのを感じて、気が付くとここにいた。しかし、神隠しのような異常事態にも仁はさして慌てた風はなかった。
仁は三年前にも同じような現象を体験したことがあった。
仁のいた世界とは似ても似つかない世界。宗教国家として存在する日本。
全く違う分岐を遂げ、全く違う時間軸を推移していく異世界。嘘のような本当の話。
仁は軽い足取りで、城の中門らしき木戸を目指して歩き出した。
木戸をくぐると、石造りの建物独特のひんやりした空気が仁を包んだ。
左右を見回しても遙か彼方まで続く石の壁と廊下。廊下には赤い絨毯が敷き詰められている。人の気配はおろか、動物の気配さえ感じられなかった。
「誰ぞ、誰ぞおらぬか〜?」
「申し訳ありません。出迎えが遅れました」
仁のふざけた問いに答える声。弾かれたように後ろを振り返った仁の目に、壮年の女性が映った。真っ白な頭と、若い頃はさぞ美人だったろうと思わせるような顔の造形。老婦人という言葉が似合いそうな女性だった。
「びっくりさせないで下さい。死んだらどうするんですか?」
仁は減らず口が様になる男だった。
「重ねて、申し訳ありません。私、木室カエデと申します。城山仁さんですね?」
仁が首肯すると、こちらですと、木室と名乗った老婦人が廊下の左手に向かって歩き出した。
「どこに行くんですか?」
「学園長室でございます」
木室は顔だけ振り返って言った。
「学園長?」
「はい。当学園は、数多くの優秀な精霊使いを輩出している精霊魔術学園です」
「せいれいまじゅつ……」
流石の仁もまさか魔法だとか精霊だとか、非科学的な単語は想定していなかったらしく、阿呆のように口を開けていた。
廊下を左手に三十分ほど歩くと、行き止まりにぶちあたった。
その右手にやはり石造りの階段がある。
木室という人物は非常に気持ちの良い対応をする人間で、仁も不平を漏らすことはなかった。
三階に上がると、これまでとは打って変わって金色の絨毯の敷かれた廊下が広がっていた。
その中央あたり、一際高級感漂う黒塗りの木扉があった。
真鍮のドアノブの下に輪っかがついている。それを持って木室が学園長室のドアを叩いた。
「城山様をお連れしました」
「入れ」
中からくぐもった女の声が聞こえてくる。仁はさほど緊張した様子もなく、木室に続いて学園長室に吸い込まれていった。