夕焼け
ひめるは鞄から予定帳を取り出し、確認した。
「えーっと。この後の用事は、と」
「あのさ、アニータ」
端末をポケットにしまったアニータは、ピオの声に振り向いた。
「この後、暇?疲れたしさ、俺と、ーーその、ーーお茶行」
「そうだ!この後、ピオに前わかんなかった問題を教えてもらうんだった。そうだそうだ」
アニータは、ピオの言葉を遮り予定表を見ながら頷くひめるを見た。そして、自分に何か言おうとしたピオを見た。
「――え、あ、そうだったな!すっかり忘れて」
アニータの背後で、ひめるがニヤニヤこちらを見ていることに気づいた。
「ピオ?今、私に何か言おうとしてなかった?」
でも、視界にうつるアニータが可愛かった。
「い、いや、なんでもないよ」
「そう?私も、今日この後お店のお手伝いがあるわ」
ピオは笑って誤魔化そうとしたが、だんだん顔が熱くなるのを感じた。アニータは不思議そうに、赤くなるピオを見つめた。ひめるは、そんなピオの姿をみておかしくなったが笑うのを堪えていた。
「お、おい。何がおかしいんだよ!」
「だって、だって。ピオ今、ふら、フラれ、ーー」
ひめるは、笑いを堪えながら言った。
「フハハははは、ちげーねー。おし。じゃあ、今度俺がおめえと”お茶”行ってやるからなー!」
コウカは、豪快に笑った。隣にいたレンも笑っていた。
「ちが。おま。フラれるとかそんなんじゃ」
「ふられる?」
依然、きょとんとした表情のアニータと、ピオは目があった。
「ちがうアニータ!ーーまだ決まってない。ーーから、その。これも違うか。――あーもう!お前のせいだぞ!」
赤くなったピオは、ひめるの胸ぐらを掴んで必死に言った。
「ごめん。ごめん。」
「ったく、今日はいつもより厳しくやるからな!」
「はいはい。」
その様子を見て笑っていたコウカは、必死のピオのことを、隣で静かに見つめながら微笑むレンを見て立ち上がった。
「じゃあ、今日は解散にしようぜ!」
「そうですね」
コウカがそう言うと、レンは乱れた髪を簪で結い直した。
「私も用事がありますし、失礼するとしましょう。――どうかしました?」
コウカは、レンをじっと見ていた。
「え?いや。あー、家まで送るよ」
「おや、そうですか。いつも悪いですね」
「俺がそうしたいだけだから。な」
「じゃあなーお前らー」
コウカはひめるたちに手を振り、レンの少し先を歩いた。
「では、また」
レンはひめるたちに軽くお辞儀をすると、持っていた和傘を開きコウカの隣を歩いた。
その後、アニータはマコトの店の前でひめるとピオに手を振りイブの店の方へ向かった。モノもアニータの後についていった。
ひめるとピオは、店の中へ入った。
のれんをくぐって入った、マコトのお店。橙色の夕焼けが差し込む店内には、誰もいなかった。
ピオは、マコトと暮らしている。店内は、ピオと初めて知り合った時と同じ匂いがした。
ひめるは、決まった棚からいつも使う本とノートを手に取り、決まったテーブルに座った。テーブルに、本とノートを広げ、鞄から取り出した水筒を置いた。ピオも、同じテーブルの向かいに座った。
「さ、今日もやりますか」
「お願いします。ピオ先生」
***
夕日は、コウカとレンの二人の影を作っていた。
「――レンってさ」
「なんでしょう」
「なんかその。――気になってるやつとかいんのか?」
歩く道は、イチョウの葉が落ちていた。
「――そう、ですね」
花壇に咲く金木犀が、風で揺れた。
「――そっか。」
コウカはレンを家まで送った。
レンに手を振ったコウカは、頑張ろと小さく呟き家に向かった。
夕日で森の木は橙色に染まり、紅葉はより一層と四季の移り変わりを知らせているようだった。過ごしやすかった昼とは違って、肌寒い風が吹いた。
***
「ねえピオ、ここ分かん、――」
ひめるは、ピオに言われた問題を解いていたが、ピオは途中で疲れて眠っていた。ひめるは、近くにあった店のエプロンをピオの肩にそっとかけて、机に広げていた教材をいつもの棚にしまい、静かに店のドアを閉めた。
***
その夜。
コウカはベッドに寝転がり、端末を操作していた。
『クエスト失敗』
「ちぇー。今回のイベントドラゴンつえーなー。タンクがいないから俺がやってるのに、このパーティーのヒーラーが、ーーいまいち。ーーうーん、息が合わないって言うか、ーーうーん。ヒーラーは練習中なのかな、きっと。プレイヤーのレベルは高いしな。きっと努力家なんだな。よし、がんばれ!俺はお前みたいなやつ嫌いじゃないぞ!」
コウカが端末に向かって独り言を言っていると、別のプレイヤーがパーティーから抜けた。
「って、ーーもう1人のプレイヤー抜けちゃったけど」
しかし、プレイヤーが抜けてすぐ、入れ替わるようにまた別のプレイヤーがパーティーに参加した。
「お。と思ったら別のヒーラーが入ってきたぜ。この人もレベルたけえなー。お、ヒーラーやってた奴、次は大剣もったのか。よーし、これでゲームスタートだ!」
***
ーー真っ白な部屋の中。広い空間。
端末の画面で、“パーティーを抜ける”を選択したアコは、青と黒が混じったの前髪を結びなおした。
片方の腕がないぬいぐるみ、針や糸、用意した布地を身の回りに置いて、その片方の腕を作りながら、アコは端末を操作していた。
「――」
隣に座っていたのは、アコより暗い青色の髪をツインテールに結んだ女の子、ーーアヤメ。アヤメは、自分の持っていた端末の画面をアコに見せた。
「ん?――短剣解放されたの?」
アヤメは自慢げに大きく頷いた。
「よかったじゃん。よしよし」
アコは、嬉しそうにしているアヤメの頭を撫でた。
「じゃあやっと次、魔術師解放だな。」
アコのその言葉に、アヤメはため息をついた。
「はは。まだまだ長い道のりだな。」
アコは、針に糸を通そうとした。
“ピコン”
アコの端末が鳴った。端末にはゲームの招待がきていた。
“アヤメ さんからパーティーに招待されました。”
アヤメは、真剣な眼差しでアコを見つめていた。
「いいよ。どこいきたい?」
二人は、再び端末に眺めた。
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読んでくれてありがとう。
朝の匂いは好きですが、夕焼けもノスタルジーに浸れるから好きです。
でも一人暮らしを始めてからは、どこからかお夕飯の匂いがすると寂しくなります。