表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
- 花の下にて -  作者: 薬剤師のやくちゃん
27/27

もう一度

挿絵(By みてみん)




***


入団してから3年が経った。

ピオは、結局研究所のこともアニータの存在も、本当のことが分からなくなった。おかげで、自分がなぜここにいるのかも分からなくなった。

会いたかった。ひめるにも、コウカにも。マコトにも。レンにもアニータにも。また、前みたいな日々が訪れるなら。そこまでで願うのをやめた。

「そうだ。コウカなにしてっかな」

そう呟くと、街へ降りる準備をした。


敷地内から出ることは認められていなかった。

それでも、ここの探索に時間をかけてきた甲斐があり、抜け道を知っていた。東側フェンスに穴が空いているところがある。地面に這えば、出ることができそうだった。

思った通り、問題なく敷地から出ることができた。


久しぶりの街が楽しみだった。一応、変装をしたので、コウカに会ったらすぐに帰ろうと思っていた。

広場に向かう人とすれ違うたびに、顔を隠すように下を向いて歩いた。


「コウカー。いるー?すみませーん」

”ーーガチャ”

「はい」

玄関から出てきたのは、コウカだった。

「よお。久しぶり」

「――え?」

「びっくりしてるだろ。俺だよ。ピオ。元気してたか?」

口を開けたまま、ぼーっとしているコウカにピオは笑った。

「もうすぐ戻るんだけどよ。ちょっと話そうぜ」

「――あの。どちら様でしょうか。」


コウカの表情と、口ぶりでピオはすぐに頭によぎった。

「――忘れちまったのか?――。――全部。全部忘れちまったのか?!」

ピオがあまりに荒ぶる様子に、コウカは怯えた。

「あの。――誰か大人を呼んでもいいですか?」


ピオは納得した。

コウカにとって、レンの存在がそれほどまでに大きかったんだなと、心の中で思った。



研究所に戻ったピオは、喪失感に施設内を歩きまわった。


何もかも失った。そう思いながら、一つのドアの前にたどりついた。

他とは違い複数の認証により厳重にロックされているため、ドアがあかない。


開かずのドアにもたれかかった。

「なぁ。俺、どこで間違ったんかな」

ふと花の香りがして思い出した。街は今日、花祭りだ。

「今はただ、お前と、またみんなと、あそびてぇよ」

ドアからの返事はなかった。

「――なぁ、返事してくれよ」


「遊ぼうよ」

“――ドサッ”

ボロボロになったミントとアコが地面に落とされた。返り血を浴びているモネの背後で、アヤメが倒れたのが見えた。

ピオは思い出した。黒いローブ姿の人物。自分の怒りがこみあげてくるのが分かった。

「――てめぇ」


感情のまま力を使った。制御なんてもう必要ないと思った。自分なんて壊れてもいいと思った。

「前に遊んだ時より、強くなってるねー」

確信に変わった。黒いローブ姿の人物は、モネだった。



力が尽きようとしていた。

まるで歯が立たない。攻撃力に差がありすぎるのは分かっていたが、モネの余裕な素振りは予想以上だった。


視界がかけた。だんだん遠くなる意識は、最後まで諦めなかった。限界は遠に来ていたが、振りかぶって攻撃を放った。

でも、ピオの攻撃はモネに当たることはなかった。


両足が壊れ、立ち上がることもできなくなった。


「お前、アニータが好きだったんだろ?」

アニータを思い出した。俺はアニータに惹かれていた。――なぜこいつが知っている?

「ーー俺もなんだ」

モネはそう耳打ちして、同時にトドメをさそうとした。


しかし、振り絞った最後の力でピオはなんとか避けた。


「――時間切れだ」


そこにはもうモネの姿はなかった。


ピオは眠るように目を閉じた。


***


花や草木で満ちていた。

小鳥は囀り、蝶は優雅に舞った。


心拍数を知らせる機械音が一定の速度で響きわたる。青色信号が点灯する画面には、心電図、血圧、動脈内酸素飽和度、ーー。

幾つものチューブがつながった棺の上で、白猫はあくびをした。


***


“――眠っていたのか?”

机に伏せるようにして眠っていたひめるは目を覚ました。

夢の中でピオの声が聞こえた。

「ゲホッゲホ、ーー」

椅子から倒れるようにして落ちた。

ここ最近か、もう分からない。いつの間にか視力は落ちていて、今はもうまともには見えない。食事をちゃんとすればよかったとか、もっと寝た方がよかったのかとか、後悔は山のようにあった。

視界がぐらついた。熱があるようだ。

この家に来てから、どれくらい時間研究しただろうか。でも結局、研究はうまくいきそうにないな。時間を戻すことはできなかった。

夢の中でピオは「また遊びたい」と言っていたのを思い出していた。

ふと、部屋にある赤いニット帽が目に映った。伸びた髪を後ろで束ねるとニット帽を被り、壁をつたいながら家を出た。

道なりに森を抜けると、立ち入り禁止のチェーンを潜った。外は寒い夜だった。微かに見える懐かしい道をよたよた歩く。

「おっと。ーーすみません」

「大丈夫よ」

行き交う人とぶつかってもぎこちない足取りで進み、ぼやけた視界で懐かしい街の風景を味わった。そして、灯りがともったイブの店に入った。


ぶつかった白髪の少女が振り返ると、白い色のピアスが揺れた。

ひめるを見届けると、腕時計を見つめた。

「ーーまた、だめだった。ーーもう一度。またね。ーーひめる」

胸元の青色のペンダントが月の光で輝いた。


“ーーカランカラン”

「おや。懐かしいお客さんだね」

「あぁ、ウイスキーをひとつ」

「何言ってるの。あなたはまだまだ子供でしょ?ほら。これで十分よ」

イブに出されたのは、ウイスキーと書かれたグラスに入った冷たいりんごジュースだった。

「ははは。こりゃまいったな。なんだか今日は、身体中痛くてね」

「その様子じゃ、もうお爺さんね。あっそうだお爺さん。ーー」


“ーーカランカラン”

店のドアが開く音がした。

「あら、小さなお客さんだね。こんばんは」

イブが声をかけた。振り返ると、視界が歪み目の前がぼやけた。入ってきたのは白髪の小さな子供のようだった。その子供は、嬉しそうに微笑んだ。

時計の針は、20時をまわろうとしていた。

「また抜け出してきちゃったのね。あまりお父さんを困らすんじゃないわよ」

イブは磨き終えたグラスを棚に並べると、飲み物を探しながら奥のキッチンへ入っていった。


体力は限界だった。また、眠りについてしまうと思った。顔が熱かった。頭と視界がぐらぐらしていた。

入ってきた子が、ぼんやりアニータに見えた。

自らの極限状態に、死を悟った。

「ーーあぁ、そうだ」

頬が少し赤く染まったひめるは、何かを思いついたように、その子供に手招きをした。その子供はひめるの近くまで寄った。


ひめるは身につけていた赤いペンダントを首から外し、その子供に見せた。

その子供が握られたペンダントに注目すると、片方の手で握り、両手を体の後ろに隠した。

「じゃあ、ーー」

そのまま体の後ろでペンダントを両手でシャッフルした。


再び、握ったままの両手を体の前に戻すと、その子供の前に見せた。

「さあ、ーーどっちにあると思う?」


その子供は握られたひめるの両手を見つめ、片方を指差した。


ひめるは、指が刺された方の手を広げた。広げた手のひらには、赤いペンダントがあった。

そして、その赤いペンダントをその子供の首にかけ、そっと頭を撫でた。


「大正解だ。身につけておいてくれ。アニータ」


そして、自分が身につけていた赤いペンダントを、白いニット帽の少年にプレゼントした。




同時刻。

荒地の真ん中であくびをするのは、モネ。

その隣にはトールがいた。



プレゼントに喜んだその子供が飛び出した後、店の扉はゆっくりと閉まった。




挿絵(By みてみん)




ーーーーーーーーーー

挿絵(By みてみん)





挿絵(By みてみん)

最後を読んでくれてありがとう。

でも、今回セーブができなかったようです。

第1話から、もう一度やり直してください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ