書き置き
***
“案内人“の後についていき、ドアを開けた先は外だった。
森の中、人ひとり通れるくらいの道を歩く。少し歩いたところで森を抜けると、周りを森に囲まれた広い草原が広がった。そのまま真っ直ぐに進むと、木造の一軒家があった。
「それでは」
”案内人”は、玄関の前でお辞儀をした後、来た道を引き返していった。
取り残されたひめるは、目の前の玄関をゆっくり開ける。
「すみませーん。お邪魔しまーす」
返事はなかったが、中を見てみることにした。
リビングに、キッチン、お風呂もある普通の家だった。どこもかしこも掃除が行き届いていて、今も誰かが住んでいるようだった。
廊下の一番奥の部屋の扉が開いていた。
本棚には、乱雑に本が置かれ、テーブルには試験菅やビーカーがぎっしりと敷き詰められるばかりに並んでいた。床には枯れた花や草、ノートの切れ端や走り書きされたメモ用紙がそこら中に落ちていて、足の踏み場もないほどだった。
「――なんだこれ?」
テーブルの隅に、目立った書き置きがあった。
『時間を戻す方法を見つける』
紙も古く、文字も所々薄れていて読みにくいがおそらくそう書いてあった。何より、とてもじゃないけど字が綺麗ではなかった。
その書き置きの周りにある書物や、メモ書きを調べた。
再生の作成、再生の解毒剤、時間に関する実験。どうやらここの家主は、時間を戻す装置か何かを作り出そうとしていたようだ。実験結果というタイトルのノートには、
『本、新品になった』
『花、咲いた』
『マウス、効き目なし』
など、記録が残されていた。
ひめるは辺りの書物や記録を読み漁ると、ある考えに至った。
おそらく、研究所はそれぞれ研究員に任務が課せられ、自分はこの時間を戻す方法についての任務を与えられたのだと。今頃、ピオも案内に従い任務が課せられているのだろうとひめるは考えた。
そして、ひめるに与えられたこの任務は、ひめるにとって好都合だった。もしうまくいけば、時間を戻すことができ、アニータが処刑される前に戻れるかもしれない。そうすれば、またみんなで花祭りに行ったり、図書館行ったりできると、ひめるは希望を持った。
その日から、ひめるは時間を戻す方法について研究に没頭した。
***
ピオの前にひめるが現れることはなくなった。
不審に思ったピオは、メンバーに聞いた。
「あれじゃない?上にいるんじゃない?」
ミントはそう言った。
「上層に行ったんだと思うよ。彼は僕たちと働くには、まだ危ないからじゃないかな」
アコはそう言った。
上層とは、一体何をする場所なのか、どこにあるのか。しばらくここの探索を続けてきたが、建物の構造が全て把握できていない。ロックがかかった部屋や、通路も所々閉鎖されていて、調べるのには限界があった。
さらにもう一点、謎が残されている。それは、研究員の人数。ここに滞在になってから、メンバー以外の姿を見たことがない。それ以外で見かけるのは、清掃のNロボットくらいだ。
でも、あの日確かに敷地内は整列された研究員が大勢いたのをこの目で見た。ミントの言葉を踏まえても、あの日の出来事がまるでなかったことのように錯覚する。
「――」
“――いつからいた?”
ピオだけがいた部屋に、黒いローブを身に纏った人物の姿があった。
「――」
お互いに何をいうでもなく、沈黙が続いた。
そして、沈黙を破ったのはローブ姿の人物だった。
「上層へ行きたいのかい?」
答えるか、迷いがあったが、上層への移動通達かもしれないという希望があり答えた。
「――あぁ」
ローブ姿の人物は、クスッと笑った。
「お前では無理だよ」
「――どうしてだ」
ピオは冷静を保った。この滞在中、メンバー以外の存在はないように思っていた。こいつの素性を詮索するためにも、会話は続けたかった。
「アニータは好きかい?」
「お前なぜアニータを知っている!!」
予想外の言葉に、冷静さが乱れる。
ローブ姿の人物は、嘲笑するように鼻で笑った。
瞬きの間に、頭は地面に叩き潰されていた。その時に分かった。こいつが誰だかは分からないが、自分より遥かに強いことを。
首に手をかけられた。死を悟った。
***
アコは、裁縫が得意だった。
ミントからもらったガムを口に放り込み、今日の裁縫の準備をしていた。ぬいぐるみを直してあげている時、自動ドアは開いた。
入ってきたのは、アヤメ。しかし、様子が変だった。
「どうしたアヤメ。おなかすいた?」
ふらついた足取りは、一瞬で消え、アヤメの拳が目の前にあった。
「アヤメ!!」
意識が遠のく直前、ミントの声がした。
「アヤメ!どうしたの?何してるの?!」
ミントの声に、アヤメは悶え始めた。
「こんなことやっちゃいけないでしょ?」
ミントがアヤメの側に寄ると、今度はミントに襲いかかった。
「ねえ、アヤメ!しっかりしてよ!」
声をかけながら防御するが、通常とは比較できないほど、その攻撃の強さは以前より増していた。
壁が割れるほどの威力で体を吹っ飛ばされたミントは、意識が朦朧としていた。
トドメを刺そうと、アヤメはミントに近づいた。
「そこまでです。アヤメさん」
トールがアヤメの首元の触れると、その瞬間にアヤメの動きは止まり崩れ落ちるようにトールに体を預けた。
「やはり、リミッターが切られている」
何かに気づいたトールは、小さくつぶやいた。
トールは、ズタズタになったアコとアヤメを抱え上げると、倒れていたミントは自力で立ち上がった。
トールと怪我人三名は、医務室へ向かった。
しばらく経った医務室からは、トールと完全に元通りのアコが出てきた。先に出ていたアヤメは、アコを見るなりすぐに駆け寄った。
アヤメはアコに何度も頭を下げ、アコは、いいよ大丈夫とアヤメの頭を撫でた。アヤメはそれでも心配そうに見つめた。
その二人に、トールはため息をついた。
「新しいやつにしてもらった。アヤメ、強くなりすぎだね」
アコに怒られ、アヤメはしょんぼりした。
「ミントさんの様子を見に行ってみましょう。自己治療室にいらっしゃると思います」
アヤメは頷いた。アコは裁縫セットをとりに部屋によってから行くと先に向かった。それを追いかけるようにアヤメも歩き出した。
「リミッターは、自分で切ったのですか?」
トールの質問に、アヤメは足を止めた。
少しした後、アヤメは振り向かないままで頷いた。
再び足早に歩き出し、通路の奥へ消えた。トールはそれを目で追ったあと、ミントのいる自己治療室へ向かった。
***
気がついたとき、ベットにいた。
「なんでこうも喧嘩ばっかりなの!――ピオ!大丈夫?!」
涙目のミントがピオの顔を覗き込む。ミントも怪我をしているようだった。
「あぁ。俺。――誰かに」
「まだ分からないけど、できそうなのは一人だけいる」
その後、自己治療室にアコとアヤメが入ってきた。
しかし、トールの姿はなかった。
***
ーー半月が浮かぶ夜。
消灯した街を眺めるのは、研究所屋上で佇むトール。
コツ、コツと、下駄鳴らす音。
暗い雲が月を喰らい、闇が訪れる。
下駄の音はピタリとやんだ。
「ーーぬ。ーーー許せぬ。ーー」
「ーー」
「ーー本当に、ーーこれしかなかったのか。ーー」
「ーー」
「ーーもう、ーー眠っていて、いいかのう。ーー」
ヤナギの声は、震えていた。
再び月の光が夜を照らす頃、そこにヤナギの姿はなかった。
トールはポケットから出したタバコに火をつけ、夜空へ吹かした。
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次回最終話。ここまでみてくれてありがとう。




