かくれんぼ
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古い外装とは違い、研究所施設内の壁や床は綺麗だった。
広いエントランスホールでは、ひめるとピオの二つの足音が響いた。
人の気配がなく、二人は廊下を進もうとした。
「やあ」
ひめるは驚いて振り向くと、ぬいぐるみを抱えた背丈の低い男の子が真後ろにいた。
「君たちが新人さんだね」
首元に見えた紋章、ーーここへ来て初めての研究員を目の当たりにし、ひめるは声が出なかった。ピオでさえ、彼に対して返事をしなかった。
「君は見たことがあるね」
彼は、ピオにそう言った。ピオは、何も言わずに頷いた。
「こっちにおいで」
歩き始める彼の後ろを、二人は黙ってついて行った。
「ここは、中層。研究所は下層、中層、そして上層の3層で分かれていて、ーー」
彼は、淡々と研究所について話してくれた。
中層は、研究員が主に研究やトレーニングをする階層。下層は、食物の製造や管理をしている。
「基本的にはどの部屋で何をしても構わない。汚したり、壊したりしたらNロボットが掃除や修理をしてくれる」
従業員としてAI機能を持ったロボット、ーーNロボットがいて、必要な時は利用できるらしい。
「わからないことがあったら僕かミントにきくといいよ」
「あの。上層はどんなところなの?」
「それは僕にもわからない」
上層と呼ばれる階層は、存在自体は知っているもののその部屋も何をする場所なのかも、研究員は誰も知らないとアコは言った。
案内されたのは、トレーニングルームと呼ばれる天井の高い部屋。床も壁も、天井も真っ白なその空間には、物一つなく、誰一人いなかった。
「待っていて」
気づけば、彼の姿はなかった。
“君は見たことがあるね”
彼の言葉に頷いたピオに聞きたいことがあった。ピオも、アニータと同じ研究員なのか。それとも、そう“だった”のか。
それを聞く時間は与えられず、再び自動ドアは開き、先ほどの彼と他3人の研究員がトレーニングルームへ入ってきた。
「お待たせ。僕は、アコ。よろしくね、新人さん」
ぬいぐるみを抱えた背丈の低い男の子、青と黒のツートーンの髪、――アコ。アコは、メンバーを一人一人紹介してくれた。
「――」
その隣にいるのは、アコと同じ背丈、色違いのぬいぐるみを抱えた長いダークトーンの青髪をツインテールにしている女の子、――アヤメ。
「よろしくお願いします」
品のある笑顔で、丁寧に頭を下げた黒髪、――ミント。
「――」
目つきは悪いが、綺麗な顔立ちの男の子、紫の髪、――モネ。
「はい。次は新人さんの番ね」
四人全員の紹介が終わったところで、アコに自己紹介を頼まれた。
「ひめるです。よろしくお願いします」
「俺の名前は、ピオ。これからよろしく」
二人に自己紹介に、モネ以外のメンバーは軽く頭を下げた。
「じゃあ、そんなところで」
案内係がそのうち来るからとアコは言いながら、メンバーは出口の方へ振り返った。今日は、おそらく最初の日ということもあって顔合わせみたいなものだったのだろうと、ひめるは思った。
「なあ」
モネの声に、メンバーは足を止めた。
「かくれんぼやろうぜ」
「いいねー!やろうやろう!」
モネの提案に、ミントが飛び跳ねて賛成した。それを見たアヤメも、同じく飛び跳ねた。
「しょうがないなー。いいけど。その代わり、言われているルールはしっかり守ってよね」
「はーい」
ミントが高く手を上げる。同じくアヤメも手を高く上げた。この時、モネはひめるのことをじっと見ていた。
「ひめるくんとピオくんもいいよね?」
「あ、ああ」
「いいぜ」
かくれんぼは、小さい時にピオたちとやったことがあるが、最近は全くだったなとひめるは思っていた。
鬼は、アコ。ルールは、制限時間内にメンバーを全て見つける。体に触れると見つかったことになる。隠れられる場所は、この建物内の廊下のみ。
「はじめー」
アコの合図で、一同は一斉に廊下へ出た。
合図の後、とりあえずピオと2人で行動をしていたが、思っている以上に廊下は見つかりやすいため別々に行動することにした。
「俺、先に走って遠く行くから、お前は極力見つかりにくそうなところをこの辺で探せ」
ひめるは頷き、ピオが移動をしようとしたその時。
「よお」
向かいから、モネとアヤメが歩いてきた。
「お前ら。もたもたしてると見つかるぞ」
ピオの言葉に、モネは動じなかった。
「じゃあ」
モネが指を鳴らすと、近くで大きい何かにひびが入るような低い音が鳴り、ひめるの上の天井が崩れ落ちてきた。
次に目を開けた時には、ピオが側にいた。背後の廊下は、崩れ落ちた天井で通れなくなっていた。
「これで多少、時間が稼げるな」
「――何がしたい」
ピオの額には汗が滲んでいた。
「遊ぼうよ」
モネも言葉に、隣にいたアヤメが目の色を変えて、ひめるに襲いかかってきた。
ピオがそれを防いだが、アヤメは止まることなく、ピオに襲いかかる。
電撃が走るような速さと、壁や床にヒビが入るほどの破壊力で、ピオとアヤメは互いにぶつかり、交叉した。
これに似た光景を見たことがあった。思い出すのは、アニータが処刑された日。レンとピオは、今みたいな感じで攻撃しては防御を繰り返していた。
「なあ、人間さん」
「ひめる!」
一瞬の間に、座り込んだひめるの前にはモネが立っていた。
モネは、ニヤッと怪しい笑みを浮かべた。
殴りかかってくるアヤメを必死に抑えながら、焦ったピオは舌打ちをした。
「何してるの」
ミントは、モネの腕を掴んでいた。
舌打ちをして、振り払った。
「ルールは守るためにあるの」
何も言わず、モネは近くの自動ドアから部屋へ入った。
遅れてアコが来ると、ぐったりしたアヤメに近寄り、抱え上げた。
「すまない。無事でよかった」
アコは、アヤメを抱えたまま崩壊した天井を見つめた。
「やりたい放題って感じ。悪くないけど、僕は怒られたくないな」
アコは医務室にアヤメを連れて行くからひめるも着いてくるよういい、ひめるはアコに着いていくことにした。
ピオは、施設を探索することにした。
まずは、トレーニングルームに戻った。真っ白い壁を手で探りながら、トレーニングできそうなものを探した。
すると、入り口の自動ドアが開いた。しかし、そこには誰もいなかった。
「ミント。何してんの」
「久しぶり!ピオ!」
背後からピオを脅かそうと近づいたが、脅かす前にバレてしまった。
「ピオさ、前より強くなったんじゃない?」
壁にもたれかかるように、二人は並んで座った。
「あたりめえだろ。俺だって色々やってたの」
「色々ってなになに?腹筋とか?腕立てとか?」
ミントはピオの顔を覗き込むように、前のめりで聞いた。
「いいんだよ。俺のことは。それより、聞きたいことがあるんだ」
“久しぶり!ピオ!”
その会話が、開いたままの自動ドアから聞こえ、ひめるは別の場所から探索することにした。
研究所に入る話が始まってから今まで、ピオのことが気がかりだった。辻褄が合うのはやっぱり、ピオは研究所に一度来たことがある。ピオも、街を荒らしたり、あいつらと同じように人を処刑して喜んだりしていたのか?まさか。
考えながら足を進めていると、厳重にロックがされた部屋の前にたどり着いた。
明らかに他の部屋とは違う自動ドアの隙間からは、草やツルのようなものが所々から出ていた。近づくと、ほんの少しだけ土と花の香りがした。
「にゃー」
”ーー気のせいだろうか。”
耳を澄ますと、部屋の中から猫の声が聞こえたような気がした。
ハッと廊下の突き当たりに目をやると、ひめるの方を正面にして佇んでいる人の影があった。
恐る恐る近づくと、その人は“案内人”と書かれたネームプレートを首から下げている。
「ひめる様はこちらへどうぞ」
丁寧な素振りから、怪しさはまるで感じなかった。
案内に従い、後ろをついて行くことにした。
「この前の処刑。なんでここはそんなことするようになっちまったんだ」
ピオは感情を抑えながら、冷静を保った。
「処刑?誰の?」
ミントは、大きな瞳をまんまるにして首をかしげた。
「誰ってお前。アニータだよ。ここにいたんだろ。白髪の。トールは何をしてる?あいつがアニータの首を」
「ピオ。さっきから何を言っているの?トールはハルトと上でお仕事をしていて、全然戻ってきてないし。アニータってだれ?」
「だから、トールがアニータの制御装置をぶっ壊して。それで」
「何か怖い夢を見たの?ここにいるのは、僕を含めて4人だけ。処刑なんてもちろんした事ないよ。する必要なんてないでしょ?みんな仲良くできるいい世界の作り直しを研究している場所なんだから。そのアニータという子も知らないし、やっぱり悪い夢でも見ていたんじゃないの?」
終始偽りがない様子のミントに、ピオは言葉を詰まらせる。
「まあ。考えすぎは良くないよ。ピオ。しばらくここにいることになるだろうし、また何かわかったらこうして相談してよ。僕はいつでも大歓迎だよ」
暗い表情のピオをミントは抱きしめた。ピオは戸惑いを隠せなかった。
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読んでくれてありがとう。
研究所は少し消毒用アルコールの匂いというか、いわゆる病院の匂いがするイメージです。美術館のような広いその空間に漂うのは、虚無あるいは無機質な何か。足を運んでみたいですね。




