簪
「レンさ、迷ってんのかな」
ピオとコウカは、レンが療養している病院、ーーセンターへ向かっていた。
「そうかもな。実際、俺も行く気はなかったし。それが、これからこんな形で使う日がくるなんてな。思ってもなかったよ」
「ま、俺からしたらお前にVが宿ってるってことは、はるか昔からお見通しだったがな」
「な、なに?!嘘つけ、そんなはずはない」
「はははっ冗談だよ」
二人はそんな会話をしながら病院へ向かった。
病院の受付。
二人はタッチパネルで、レンの部屋を確認した。
「――あれ?」
しかし、レンの名前はなかった。コウカは、レンの部屋の場所を受付係に聞いた。
少し前にメンテナンス棟個室で、自らの手で簪を口から鎖骨に刺すような姿で静止したレンが発見されたらしい。
握りしめていた便箋は血液で汚れていたため破棄してしまったと、受付係は二人に言った。
ただ呆然と立ち尽くした。
しばらくして、二人は病院を後にした。
病院から出て、会話を交わすことはなくいつもの帰り道を歩いた。
分かれ道。コウカは最後まで何も言わずに、背をむけ帰っていった。その後ろ姿をピオは立ち止まって見ていた。
次の日。コウカがピオのもとを訪れていた。
「いやー、昨日は何も言わず帰って悪かったな」
コウカはそう言いながら笑っていたが、ピオはそれが作り笑いだと思った。
「俺も。今だって、まだ何も理解できてない」
二人の間に少し沈黙が流れた。
「――これさ、あいつに渡してくんねえか?」
コウカがピオに渡したのは、一枚の案内用紙。
「――お前これ」
その案内用紙をコウカも持っていることは、ピオの予想通りだった。
「悪いな。せっかく誘ってくれたのに」
その案内用紙には、研究所入団希望と書かれ、コウカの名前とスキャンコードがあった。
「どうせお前、あいつの入団のこと考えずに突っ走って、これから考えるつもりだったんだろ?」
「――でも、あいつは人間だし。この紙は、コウカのデータが読み取れるようになっていて、コウカと判定されるんだ。ひめるがそれを使えばどうなるか。――いや、手はある。なんとかしてみるよ。これはお前が使わないとだしな。そうだ。おっさんに」
「いいんだ」
「――え?」
「――いいんだ。俺は後でなんとかするから。――な。先に二人で行っててくれよ」
コウカから案内用紙を受け取ったピオは、この時なんとなく、もう二度とコウカに会えない気がした。
***
入団の日。
ひめるは、ピオと研究所に向かった。
道中、ひめるはレンの様子やコウカがいないことをピオに聞いた。
「レンは普通だったよ。コウカは、レンがまだ心配だから後で行くって言ってたぜ」
「そっかー、残念だな。レンもコウカも、みんなで入ればもっと心強かったのにね」
ひめるは、その返答に何の疑問を持つことはなかった。
今までとは違い、隠れることもなく二人は正門の前に立った。
「これ」
ピオはひめるに、ひめるの名前が書かれた案内用紙を渡した。
「何これ?」
ピオは昨晩にコウカから受け取った案内用紙を持って、研究所入団のことでマコトに相談をしていた。マコトは、その用紙をピオから預かると、自室へ行き、“ひめる”に名前を変え戻ってきた。その仕事の速さに、ピオは驚いた。ーーこんなにも簡単に、偽造できるのか。
「気をつけるんだよ」
寂しそうな表情のマコトにつられ、ピオもそんな気分になった。
「入団希望書だよ。これを持っていれば研究所に入れる」
「なんでこんなもの、ピオが持っているの?」
ひめるがここ来るまでに一番考えたこと、――研究所に入る方法。
「――俺は元々持ってたんだ。お前のは、おっさんに頼んで作ってもらったんだ」
ひめるは、マコトさんを思い出した。トールの知り合いで、小さい頃からお世話になっている人。でもなぜ、マコトさんが研究所入団の手続きを知っている?マコトさんも、もしかして研究所の人なのか?ピオは元々持っていた。つまり、入団の権限があった。――いや、ピオも研究所の人なのか?
可能性はいくらでもあった。でも、今は考えるだけでは終われない。
目の前の建物の中で解決できることがあると信じて、端末にコードをスキャンした。
『コード確認』
端末に二人の名前が表示された後、大きな鉄格子の正門はゆっくりと開いた。
二人は並んで、正門をくぐった。
***
とある夜のセンター受付。
「今夜中にレンさんに」
トールは受付人に便箋が入った封筒を渡すと、センターを後にした。
案内人は、レンの病室へ封筒を届けた。
封筒の裏に書かれた差出人の名前に、レンは涙を流した。
期待するように、嬉しそうに、便箋に書かれた文字を読む。
髪を結い上げた簪を抜くと、金色の艶やかな髪は月明かりで輝いた。
「お母さん。ごめんね。たくさん、ありがとう」
彼岸花が咲くように、血液は吹き出した。
握りしめた便箋は赤く染まった。
『レンへ。
大丈夫。また、遊びましょうね』
頬を伝った涙は枯れ、レンは動かなくなった。
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読んでくれてありがとう。
書いてるうちに、CVまで考えちゃって烏滸がましいなって自分に思いました。
みんなはどうなのかな。




