アップルティー
***
ひめるは買い出しを終え、家へ向かっていた。
路地裏で話し合った日から、数日が経った。
中途半端にはしたくなく、あの日からピオたちとも会っていなかった。
あの日の帰り道は、ピオもコウカも楽しそうだった。彼らはいつも怖いものなしだった。でも、ひめるは知っていた。
コウカは虫が苦手。前に、小さい虫から全速力で走って逃げる姿をみたことがある。その時はレンが助けてあげて、戻ってきたコウカは何もなかったかのように平然としていた。あの時の、虫を手に乗せたレンを見つめてるコウカの顔を思い出し、おかしくなった。
ピオの苦手なもの、ーー。
そう考えていると、通り過ぎようとしたのはアニータが働いていたイブの店。店内は、まだ灯りがついていた。
“カラン コロン”
「はーい、ごめんなさいね。もう閉めるところなの。――って。あら」
「こんにちは」
イブは店のドアノブにかけられた板をクローズに裏返すと、あたたかいアップルティーを入れた。ずっと前にここにきた時、アニータが入れてくれたことを思い出した。
また、あの歓声が頭に響いた。思い出すたび、拳を強く握る。歯を食いしばるような感情に襲われる。あの時、アニータを助けられたら。ーーアニータと研究所なんか行かなければ。
二人だけで話をして、青いペンダントをプレゼントした内緒の約束のことを思い出した。あの日にあの場所に行かなければ、ーーアニータが研究員であることも知らなかったのかな。アニータがあんなことにもならなかったのかな。ーー時間が戻ればいいのに。
ひめるは、ふと思い出した。アニータの首に剣が刺さる時、その首にかかっていた青いペンダントは地面におちた。ーー今それはどこにある?
ひめるは自分の首にかけた赤いペンダントを服の中から引っ張り出し、見つめた。アニータにプレゼントした青いペンダント。できることなら取り返したい。
花祭り妨害、アニータの処刑、ペンダントの行方、立ち入り禁止の研究所、トール。考えても拉致があかない。
ひめるは一度、大きく深呼吸をした。少しの間目をつむった後、自分自身の考えを整理した。もしも、研究所が処刑という人殺しをするような場所なら、中で働くトールにこれ以上人殺しをさせたくはない。犠牲者を出してはならない。青いペンダントの行方とアニータ処刑の理由。そして、その時の歓声の理由。――思いは決まった。
ティーカップに入ったアップルティーを飲み干し、席を立つ。
「ごちそうさまでした」
「またおいでー」
イブの優しい声に、軽くお辞儀をした。
“カラン コロン”
ひめるが行かなければならない理由は山ほどあった。
店のドアが閉めると、一歩踏み出し歩き出した。
あの組織に入ろう。
***
「さすが俺の親友だな」
次の日、ひめるはピオに決意を打ち明けた。ピオはひめるの首に肩を回し、嬉しそうに言笑った。ひめるは少し照れながら、ホッとした。ピオが隣にいると、少しだけ心が軽くなるような感じがした。
コウカにも報告した。道中、モノがついてきた。
「じゃあ、このままレンの様子を見に行こうぜ。ほら、もう少しで祭りあるだろ?」
アニータが処刑された日以降、レンは病院で療養中。アニータと仲が良かったこともあり、相当なショックがあったのだとひめるは思っていた。ひめる自身も、いまだに信じたくもない光景だったから。
「それもそうだな。じゃあ」
と、二人はひめるを見つめた。
「?」
そして、また二人はお互い見つめ合った。
「レンは、俺とコウカで見に行ってくるよ」
「え?」
「おう。任しとけ。俺とピオで、責任持ってレンにみんな元気にしてるってこととか、研究所に行く話とか、隅から隅まで話してくるからさ」
「――僕は?」
ひめるが口を開こうとすると、ピオがそれを遮った。
「レンが完全に元気になったら、ちゃんと会ってやってくれよ」
二人の素振りにひめるは、二人が何か隠しているようなそんな気がした。でも、深くは聞かなかった。
「わかったよ。祭りまでに帰ってきなよってちゃんとレンに伝えておいてね」
「あったりめえだ」
「もちろんだ」
そして、ひめるは二人と解散した。
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読んでくれてありがとう。
ある日見た夢を作品にしなきゃって思って無我夢中で今まできた。
よかったって思って仕方がない。




