虹の始まり
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白い空。雨が上がった後の、午後。
ひめるとピオとコウカは、狭い路地裏で集まっていた。換気扇の上で、モノは空を見上げていた。
雨の匂いがした。湿気が頬に当たるのを感じた。
ピオに呼ばれた二人は、じっと、ピオの言葉を待った。
「研究所に入ろう」
「「え?!」」
入る?ひめるも考えたことはあった。アニータもトールも、なぜ研究員として働いているのか。ーー自分も、入ることができるのか。しかし、その方法が思いつかなかった。
「入るって、お前。ーーはー?」
「あそこには、何かある。今までに違和感を感じることは何度もあった。でも、“ルール”のせいで、みんな見てみぬふりしているんだ」
「そりゃ、――そりゃあそうだけど。研究所には、奴らが働いているんだぞ。俺らは生き物を殺したり、物を壊したりすることを仕事としてしたいわけじゃないだろ?」
花祭りの記憶が頭によぎる。確かにあの日、街を荒らし、混乱を招いたのは研究所の人たちだろう。なぜそんなことをするのかも、彼らは一体何者なのかも。ひめるは研究所のことを知らなかった。
「確かに俺らは、生き物を大事にしない奴らみたいな連中にはなりたくない」
「だったら」
「だから、俺たちが研究所の奴らに教えてやるのさ。ーー優しさを」
「はー?!」
ピオは冷静な表情で続けた。
「ともに共存して生きていけるために、協力しましょう。ってね。ハルトが求めていたように」
“君も研究するといいよ”
“君自身が君を助けるんだ”
急に頭に浮かんだ光景は、雪が降る日、誰かの腕の中にいた。
「おんもしれえ!」
コウカの声で、ひめるは我に帰った。
「奴らの基地に乗り込んで、俺らの生き方を教えるってか?はっはっはっ面白そうだな!」
コウカは豪快に笑った。
「ひょー!なんかワクワクしてきたぜー!」
コウカはそう言いながら、ひめるとピオの周りを走り始めた。
安堵したような表情のピオはそれを見ながら、状況について行けていないひめるにつぶやくように言った。
「なあ」
「ーーあ、ごめんごめん。僕、全然話について行けてなくて。あ、ーーあはは」
「アニータがなぜ死ななきゃ行けなかったか」
地面の一点を見つめたピオは、血走ったような目つきに見えた。
「なぜ、奴らが、アニータの死を喜んだのか」
あの時の光景と歓声が、鮮明にフラッシュバックする。
「気になるだろ?」
「――僕もずっと考えていたさ。――あの時の光景が頭から離れないんだ」
ひめるは俯きながら、今まで目を逸らし続けてきたことと向き合う。トールのことも、まだ解決できていない。それでもまだ、自分の判断でアニータを失ってしまったことや脳裏に焼き付いた光景が怖くて、うまく言葉に表せない。
ひめるとピオの間で少し沈黙が続いた。
「大丈夫」
振り向くと、いつもみたいに笑うピオがいた。
「今決めなくてもいいさ。君の整理が出来次第、また、答えを聞かせてくれ」
ピオはひめるの背中をぽんと叩いた。ピオは穏やかだった。それがいつものピオだった。
「ーーピオはすごいね。でも、――ごめんよ。――僕はまだ少し怖くて」
ひめるはピオと自分を比べて、情けなくなった。
「いいんだよ。ほら。おーい、コウカ。いつまでそこで腕立てしてんだよ」
ピオは立ち上がり、コウカの方へ走って行った。
気づけば、雨は止んでいた。遠くで二人の声がした。
「あれ、雨もう止んでんじゃーん。よっこらしょーと」
ピオは、片腕で腕立てしているコウカの背中に座った。
「っておーい。俺は腰掛けじゃねー!よーし、行くぞー!」
眠っていたモノが目を開け、しなやかに体を伸ばすと、イブの店の方へと帰っていった。
コウカはピオを背中に乗せたまま腕立てを続け、二人は笑っていた。
空に、うっすら虹がかかっていた。
ひめるは、もうこれ以上失いたくなかった。失うわけにはいかなかった。
「ねえ、僕も乗せてー!」
ひめるも立ち上がり二人の元へ走り出した。
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読んでくれてありがとう。
虹を初めて見た時のことは覚えていないですが、今となっては科学とか物理現象とか。知らなければ、もっと美しかったのかなって思うことが増えました。




