湖の底
肌に当たる冷たい風、季節は冬になろうとしていた。
「俺も見た」
ひめるは、ピオとコウカと湖のほとりで集まっていた。
「ピオも見たのか。俺は後ろ姿しか見てないけど、あの着物の人誰だったんだろう」
ピオとコウカの会話に、ひめるはあの日出会った着物姿の彼女のことを思い出した。
「着物の人?」
「ああ。すぐいっちまったから、声はかけられなかったんだけどな」
「え、あれは」
「おっ!きたきた」
ピオが言いかけると、下駄の音とともに和傘を咲かせたレンがきた。
「ごきげんよう」
***
ーーその前日。アニータは、ピオとある場所へ遊びに行く約束があった。
ひめるは、2人が並んで歩くのを見かけた。しかし、ひめるに気づいたピオは得意げにピースをし、森の奥へ入っていった。ふくれっ面のひめるは二人に声をかけることなく、振り返って二人とは逆方向へ歩くことにした。
トールや街の人から、森には入ってはいけないと言われている。それなのになぜ、自分以外は許されているのか。あるいは、自分が許されない理由があるのか。ひめるは、花祭りの出来事が頭によぎったが、考えてもそれ以上は分からなかった。
「足元、気をつけて」
一人分の狭い道を歩く。
二人が向かった先には、車椅子に座ったマコトがいた。マコトは、地下へ降りる階段へ2人を案内した。ピオとアニータは階段を降りた。それを満足そうに見届けたマコトは、湖へ向おうとしていた。
道中、マコトは紫色の髪の少年を見かけた。少年は、空気に触れるように何かを探っているようだった。
「―ー君」
マコトに気づいた少年は、驚いた表情をした。マコトは続けて言った。
「ーーごめんよ。ここは、関係者以外立ち入り禁止なんだ。言われてないかい?」
「ーーああ。ごめんなさい。すぐ戻ります」
少年は、柔らい笑顔でそう言った後すぐ森の奥へ姿を消した。
長い階段を降り、暗い静かな通路を進む。足音を立てながら足を進めると、目的地の部屋が見えてきた。部屋の中が見えると、アニータは足早にその部屋に入った。
天井も壁も、部屋全体が水層のその部屋で、アニータは立ち尽くした。壁にもたれかかったピオは、その姿を後ろから何も言わずただ見つめていた。
地上から光が差し込む透き通った世界で、魚は優雅に泳ぎ、サンゴや石に隠れていた小さな生き物たちは頭を出した。ここは、マコトが管理する湖の底。アニータのお気に入りの場所だった。
「ーーここが好き」
アニータがぽつんと呟いた言葉は、水槽の中へ溶けていくようだった。
「人間は、海から生まれたという説もある。俺たちもどういうわけか、安心するのかもしれないね」
しばらくの間、その静かな部屋でアニータはただ立ち尽くしていた。
「今日はありがとう。マコトさん」
地下から戻ってきた二人は、湖を眺めるマコトさんにお礼を言った。
「おう。またおいで。大歓迎だよ」
二人は、みんなと合流するため広場へ向かった。
マコトは、湖を眺めた。
「――お前さんが帰ってきてから、あいつは、お前さんの監視でぴりぴりしてるんだぞ」
「わっちはこうやって、のんびり昼寝をしているだけじゃ」
木の上からは、着物の裾と編まれた黒髪が見えていた。
「それが、あいつをぴりぴりさせてるんだよ。しかし、相変わらずそこが好きだな」
「あぁ。ここの方が、ーー落ち着くんじゃよ」
気だるそうな彼女の言葉に、マコトは湖をじっと見つめた。
「まぁ俺も、ここが落ち着くようになっちまったしな」
“――ガシャンッ”
車椅子が倒れる音に、広場へ向かった2人は気がつかなかった。
***
“カランカラン”
「いらっしゃ、ーー」
「ごきげんよう。イブ」
その夜、イブの店に訪れたのは着物姿の彼女だった。
「ーーはぁ。まったく、うろうろしないでよ。ヤナギ」
「しかし。もう、よいのであろう?」
ヤナギは、カウンターに腰掛けた。ため息まじりのイブは、二人分の同じお酒を作る。そこに大きめの瓶に入った粉末を入れ、くるくるとかき混ぜた。
できあがったお酒は、ヤナギのお気に入りのお酒だった。上機嫌なヤナギは、グラスを手に持った。
「ーーさあ、始めようではないか」
グラスを掲げたイブは、不気味に笑った。
「――“仰せのままに。”」
二つのグラスは、カランと音を響かせぶつかった。
「くれぐれも、邪魔しないでよね」
「わかっておる」
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読んでくれてありがとう。
水族館で泳ぐ魚は綺麗だなって思うのに、スーパーで見るとしっかり食べ物に見えます。
不思議です。




