童話書きのおじさん
2021-08-08
安価・お題で短編小説を書こう!10
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>>91
使用お題→『噴水』『ボーグバトル』『メタフィクション』『最後の一人』
【童話書きのおじさん】
まったくひどい寒さでした。雪が降っていて、夜の帳が下りるところでした。その夜はまた、一年で最後の、おおみそかの夜————ではなく、特に変わったところのない、いつもの夜でした。
この寒さの中、この暗闇の中、通りを行く者がおりました。それは大きな——つまり、背が高い、という意味です——醜いおじさんで、頭には立派な帽子をかぶり、足には大きな靴を履いているのです。そうです、おじさんは、ついさっきまでは、確かに馬車に揺られていたのですよ。けれども、今は、一人で歩いているのです。馬車はとても大きくて、それは最近までこの国の王様が使っていたもの————ではありませんでしたが、同じくらいに大きくて、立派なものでした。とにかく、そのくらい大きかったわけです。それが、どうしたわけか、馬車は魔法のように消えてなくなりました。大きな馬も、真新しい制服に身を包んだ御者も、立ち所に見えなくなりました。人っ子一人いない、馬車の一台も通らない、真っ白な雪に覆われた街が、おじさんの前に広がりました。
それで今や、大きなおじさんは、そこまで新しくもない靴を履いた大きな足で、白い雪の中では黒く浮き上がって見えるその足で、歩いているのでした。おじさんの頭の中には沢山のお話が入っていて、今日もその中の一つを書いていました。その日はずっと、おじさんの原稿が進むことはありませんでした。ほんの一文字ですら、書かれることはなかったのです。それはきっと、この原稿を書いている作者の嫌がらせで、おじさんのせいではなかったのですが、ともかく、その白さに震えながら歩く、まったく見るからに打ちひしがれた、かわいそうなおじさん!
舞い落ちる雪が、おじさんの帽子にも、外套にも、降り掛かりました。初めはゆっくりと降っていたのが、次第に勢いを増してきて、おじさんは首まで埋まってしまいそうだったのですが、そんな有り触れた白い物のことなんて、おじさんは本当に考えもしませんでした。
女性という女性から振られ続けて、今回も、おじさんは振られてしまいました。そうなのです、人生のことでした。そうです、おじさんは自伝のことを考えていたのでした。
二軒の家の、一軒は少し通りの方へ、もう一軒よりも出ていたのですが、その間の隅っこで、おじさんは首まで雪に埋まっていました。手も足も出ないとはこのことです。不思議と寒さは感じませんでしたが、これでは家に帰ることもできません。でも、何より、原稿のことでした。書かなければならないことは沢山あって、それが一文字も書けていなかったのです。おじさんのことを怒る、あの校長先生のような人はもういませんでしたが、作者の遅筆は、このお話の主人公である、おじさんの遅筆と同じことでした。屋根のない通りの隅っこで、冷たい風に吹かれながら、なんとか隙間を見付けて、おじさんは自分の体を雪の上に引っ張り出しました。
おじさんの大きな手は、寒さのために、ほとんどすっかり感覚をなくしていました。ああ! これではまるで、貧しかった頃に、昔に戻ったようです。その時ですら、こんな風に生き埋めになりかけたことはなかったのですが。
おじさんは雪の上から通りの向こうを眺めました。そこには大きな噴水があって、冬だというのに、水が恐ろしい勢いで噴き出していました。近くまで行くと、その勢いが、より一層、強くなりました。「ジョボボボッ!」水はどんなに散ったでしょう、おじさんはどんなにぬれたでしょう。それは暖かな、温泉のお湯でした。やかんのお湯をこぼしたように。おじさんがその場で転げたほどに。それはちょっと熱過ぎでした!
大きなおじさんには、自分が大きな——おじさんよりも大きい、という意味です——鉄のストーブの前に座っているように思われました。ストーブには、ぴかぴかの真鍮の玉と真鍮の煙突が付いています。その大きなストーブから、何やら話し声が聞こえてきました————
* * *
「そこなる娘よ、どこから来て、どこへ行くのだ。俺は王子だ。ここから出してくれ!」
「なにこれこわい! ストーブがしゃべったでございますよ!」
「ストーブではない! ストーブに閉じ込められた王子がしゃべっておるのだ!」
「何を言っているでございますか。逃げるでございます!」
「待つのだ娘よ! 道案内をしてやるぞ!」
「待たないでございます! 知らない人には付いていくなと言われているでございます————」
* * *
冷たい空気に冷やされて、ストーブは見えなくなりました。これは多分、おじさんではない、別の人のお話でした。つい最近、会った人たちです。
新しいお湯が噴き上がりました。熱湯を浴びて、水浸しになって、服が体に張り付きました。足元の雪が溶けると、そこには、甲冑姿の人物が倒れていました————
* * *
「防具ば取る!」
「急にどうしたでございますか。お題の消化でございますか」
「我が従者よ、そんなにはっきりと言われては…………その通りだ! だが、それはそうと、こやつの正体は暴かねばならん。防具を取るのだ!」
「まったく面倒な……いえ、分かったでございますよ…………ややっ、この怪人は……!」
「やはりそうであったか」
「なんでございますか」
「邪悪な妖術使いが、その術で化けておるのだ」
「妖術……? 何を言っているのか全然分からないでございますよ————」
* * *
これも多分、おじさんではない、全然別の人のお話でした。ずっと昔の、南の方に住んでいた人です。お湯が乾くと、甲冑は見えなくなりました。そこには平らな、冷たい石畳が、ただ見えるばかりでした。
おじさんは、新しいお湯を浴びました。途端に、おじさんは、見たことがないほど美しいクリスマスツリーの下に座っていました————
* * *
「悪いトロール……ではなく、門松を処分するでございますよ」
「金の星は俺が頂いていくぞ!」
「勝手にするでございますよ————」
* * *
これは多分、おじさんのお話でした。でも、おじさんの書いたものとは、随分と違っていましたが。お湯が乾いて、水蒸気が高く高く昇っていきました。今や、おじさんにも作者にも、これがなんの話だったのか、よく分からなくなりました。
「自伝だ!」おじさんは言いました。伝記によると、おじさんは、自伝を何度も書いていて、今はもう亡くなってしまいましたが、そうした記録も作品も、数多く残されているためでした。
おじさんは、また熱湯を浴びました。辺りの雪がなくなって、暗くて冷たい通りが現れました。そこには小さな、貧しい少女が、頭には何もかぶらず、足には何も履かず、一人で、とても寒そうに、立っていました。手には何かを持っています。
「おばあちゃ……お母さん!」おじさんは叫びました。続けて何かを言おうとして、けれども、それが口にされることはありませんでした。少女が、手の中の物を差し出してきたからです。それはマッチでした。マッチの束が、おじさんの目の前に、大きく広がりました。おじさんがお金を渡して、マッチの束を受け取ると、少女はにっこりと笑って、去っていきました。
噴水が、一際大きく、お湯を噴き上げました。おじさんは、この世に一人、ただ一人残されて、夜の通りに立ち尽くしていました。
寒くて暗い通りを歩きながら、おじさんは、友達に手紙を書こうと思いました。誰に宛てて書くのか、作者には分かりません。ヘンリエッテさんでしょうか。他の人でしょうか。本当に分かりませんが。
朝になれば、お話の続きが書けるでしょう。自伝も。手紙も。おじさんが最後の一人で、他のものはみんな消えてしまったのですから。ストーブも、甲冑も、クリスマスツリーも。それに、女の子も。
このお話は、これで終わりです! 作者が言いました。おじさんがどんなにおかしなものを見たのか、どうしてマッチを持っているのか、知っているのは、作者と、おじさんと、今までこのお話を読んでいた、あなただけなのでした。
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