その笑顔は本当に価値がない?
自分で言うのもなんだが、私は人より感情が冷めている。
別に感情がないというのではない。ただ、人のソレよりどうやら随分と希薄なようだった。だけど、集団生活を無表情・無感動に過ごすのは差し障りが出てしまう。
そういう生き方も個性だろうとは思うが、私は没個性……要は世間一般でいう所の『普通』に埋もれて生きていきたい。とにかく無難に過ごしたいのだ。
人は誰しも仮面をかぶって生きている。大多数の人間は、相手によって態度も機嫌も変わるだろう。私はそれを最大限に活用することにした。つまり……日常において演技をするのだ。
平素からニコニコとした笑顔を貼り付ける。笑顔は人を和ませる。普通の人が悲しいと思う場面、嬉しいと思う場面も必要に応じて演技をする。
演技……とりわけ愛想笑いはいつしか板に付いてしまい、私はいつからか『笑顔が可愛い坂上さん』と言われるようになった。
学校生活を送る上で、その笑顔は異性には魅力的に映るらしい。そのお陰か、時おり告白される事がある。だけど……そこにのみ私は一線を引くことにした。
こんな私も年相応の女の子。恋愛に憧れもあるし、男性とお付き合いをしてみたいという気持ちもある。でも一つだけ。面倒臭いと思われるかもしれない。けど、そんな相手くらいには素の自分というモノをさらけ出したい。
嘘を吐いて取り繕えば話は早いかもしれないけど……そうすると、バレた時にトラブルが起きそうだと思った。『実は無感情だったなんて……』と、後から幻滅されるのだけはゴメンだ。その時に私が相手を好きになっていたら、もう目も当てられない。
中には分かっていくれる優しい人もいるだろう、と当初は楽観的に構えていたけど……最近は少し諦めてきている。というのも、展開が毎回毎回、同じなのだ。
告白してくれるのは嬉しい。だけどその理由を聞くと、必ず『笑顔が可愛いから、素敵だから』といった答えが返ってくる。その時、私は『実はね、これ愛想笑い。作ってるんだよ?』と返す。そうすると、相手は決まって『あ……そうなんだ……』と引きつった顔でフェードアウトしていく。
親友のちーちゃんや、寺内さんみたいなお友達に相談したこともある。彼女たちは私の素を知っている。その上で、『由利ちゃんに合う人がその内、現れるって!』と言ってくれた。実際、彼女たちもちょっと変わってるけど、それぞれにお似合いの彼氏がいる。
特に寺内さんなんかは物好きというか……お相手はあの新藤くんだし。
実は彼女には一度、忠告をしたことがある。
『あのさ、新藤くんのメンタルって一見ネガティブっぽいけど、あれ多分違うよ。そうだね……例えるなら羊の皮をかぶったガ○ダムだよ』
と言ったのだ。
その上で寺内さんは『それどういう例え!? あれ、でもなんだろう、言い返せないや!! いやあ、なんだかんだでそういう所も好きなんだよね~!!』と、逆にノロケてきた。実際、彼女達のやり取りを見ていると、確かにお似合いだった。
寺内さんは裏表がない。というか、あの子こそ感情豊かなのだろう。気持ちと言動が一致している感じだ。羨ましいなぁ、私にもそういう人がいればいいのにな。新藤くんは遠慮するけど。
なんて思っていると、噂をすればというヤツなのか……放課後にたまたま教室に残っていたクラスメイトから告白された。ちなみに今現在、教室には私たち二人しかいない。
「坂上さん! 好きです、付き合ってください!」
相手は藤井くん。クラスの中でも明るくカッコいい。それこそ笑顔がキラキラしてるというか……さっきの話でいう所の寺内さんみたいな、ストレートなタイプだ。告白してくれるセリフもドストレート。
「あはは、ありがと。でもなんで? 返事の前で悪いんだけど、理由を聞いてもいい?」
いつもの質問と化したセリフ、それをニコニコと尋ねる。
「もちろん! それそれ! 輝くような笑顔!!」
ほら、いつもの答え。もはやテンプレともいえる展開だ。
「褒めてくれてありがとね。でも実はね、これ愛想笑い。作ってるんだよ」
やっぱりそう来るよなー……。この時点で諦めつつ、笑顔は保ったままで私はそう返した。
「えっ……マジで……?」
ほら、ショックを受けてる。彼はまさに衝撃を受けたという反応だ。
「はは、ごめんね。マジなんだよ」
「え、え? ……じゃあ、いつも会話で笑ってるのも、楽しそうにしてるのも全部作ってるってこと……?」
付き合った後で幻滅されるくらいなら、関係が始まらない方がマシだ。……少しだけ辛いとは思うけど。
「うん、期待させたかもしれないけど、本当は私──」
はい、ここで説明して終了。
あとは消化試合かなー……と、いつも通り事情を話そうとした。すると。
「なにそれスッゲエ!! えっ! 愛想笑いであんな笑顔できるんだ!?」
……あれ?
「え、……まぁ、うん」
なんだか予想外の答えが返ってきた。さすがに愛想笑いも忘れてポカンとしてしまう。
「うわっ! いいなあ! ますます付き合ってほしいな!!」
「んと……どういうこと? 作り物の笑顔だよ? 全部全部演技だよ? 引かないの?」
さらにダメ押ししてくる彼。思わず私は聞き返していた。
「引くって、なんで……? そこはよくわからないけど。いやあ、作った笑顔であれだけ可愛いのか……やばいな。坂上さんが心から笑ったらどれだけ破壊力があるんだろう!!」
「!?」
その言葉はズドンと胸に響き、思わず絶句した。もしかすると顔が赤くなってるかもしれない。ナニコレ。
「あっ赤くなってる!? それも演技!? まぁどっちでもいいや。いいな~……」
いや、『どっちでもいい』って。しかもそんな見惚れる風に。えええ、そう来ることなんて普通ある!? あ、これダメだ!! 私いま、落ちかけてる!!
「あ、あの……」
想定外の展開に、しどろもどろになってしまった。
「って見とれてる場合じゃないや!! 坂上さん、返事もらってもいい!? 待てって言うならもちろん待つけど!!」
キラキラした目で期待してくる彼。その熱量に、私は気づくと──
「あっはい。よろしくお願いします」
「いぇっふう~~!!」
……落とされてました。
目の前には「ヒューッ!!」とガッツポーズをしてる彼。
なんなんだろう、これ。
藤井くんって……おかしくない?
それからしつこく
「私、感情が希薄なんだよ」
と言い続けたけど、浮かれている彼は
「ふーん」
としか言わない。
そして、それが終わったらウキウキと日常会話をし始めた。軽っ!!
翌日、お世話になったお友達に報告した。
彼女達はそれぞれ祝福してくれたけど……。
寺内さんだけは、『なにそれ!? 新藤くんのこと言えないじゃん!!』と私にツッコミを入れてきた。
といいつつ、みんな変人です。