第8話:このハイビスカス少女隊には問題があります
「このハイビスカス少女隊には問題があります」
「急にどうしたせせりー」
「それは何でしょう。はい、普天間しじみさん」
黒板の前で先生のような口振りのせせりにしじみは戸惑う。
急に指を差され回答を促されたのでなおさらだ。
「えっと……成績が悪い?」
「もしかしてしじみちゃんって頭悪かったりするの?」
「せせりーよりはいい自信あるぞ」
「じゃあ中間テストは勝負ね!」
「まぁいいけど……」
「それじゃあ次、山内たてはさん」
「はいっ!」
「…………」
「…………」
「たてはちゃん話聞いてた?」
「何が?」
全く曇りのないたてはの瞳にせせりは察する。
たてははカケラも今の話を聞いてなかったということを。
「このハイビスカス少女隊には問題があります。それは何でしょう。はい、山内たてはさん!」
「はいっ!!」
「…………」
「…………」
「問題って?」
「ああ!」
「お前が問題だァアアアアアアアアア!!!!!」
「あいっ、私?」
「もう、こんな前振りに尺使うとは思わなかった! もうみんな無能だからズバリ言うね!!」
せせりは頬を膨らませながら黒板に手のひらを叩きつける。
そして、言った。
「ハイビスカス少女隊には人気がない!」
「まぁ、新人だし」
「とは言ったって、何度も人々のために戦ってるよね? 無糖ライダーも改心させたしネトピールも捕まえた! それなのにネットを見て! わたし達の話題が全然ない!」
「本当だ。ツイッターで検索してもせせりーしか呟いてない」
「逆にせせりーが熱心すぎてこわいばーよ」
「こんな最高のチームなのに!」
「自分で言うか?」
「それでだね、どうすればハイ隊に人気が出るのかを考えてみたんだよ!」
「なんだばー?」
「個性を出そう!!」
カツカツと黒板に文字が記される。
「個性?」
「そう! キャラ付けだよキャラ付け! ということでどんな個性を付ければ人気が出るのか明日までに考えてきてください」
「というかその口振りからするとせせりーはもう考えてあるんだろ? 先に発表しろよ」
「何言ってんの。常日頃からハイ隊のことを思っているわたしが最初に発表しちゃったら話が終わっちゃうでしょ」
「ったく、とりあえずなんか考えてくればいいんだろ」
こうなったせせりを止めるのが難しいのはしじみも弁えていた。
「たてはちゃんが忘れないようにしじみちゃんもしっかり釘を刺しといてよね」
「はいはい」
「えー、わーも?」
「当たり前でしょ!」
ということで翌日の放課後。
「はい、宿題はやって来ましたかー?」
「「うぇ〜い……」」
イマイチやる気の見えない返事をするしじみとたては。
「それじゃあ発表の時間だね。最初は……たてはちゃんから行こうか。期待度低いし」
「ヒデェこと言うな」
そう言いながらもしじみもたてはに対する期待度は低かったりするのだが。
「よーっし。じゃあ行っくさー!」
せせりの暴言にも構わず謎のテンションで立ち上がるとたてはは壇上で仁王立ちをする。
そして一言。
「ズバリ、肉を食うさー!」
「肉?」
「出たよ肉」
揚々としたたてはの様子に反してせせりとしじみの反応は冷たい。
「肉食って遊んでよく眠る! それで健康優良児というワケさ」
「そもそもたてはちゃん、今回の趣旨わかってる?」
「問題を解決するって言ってたさー」
「うん。そうだけどそうじゃないよね。それとも何、健康志向スーパーヒロインとして売り出すってことなの?」
「冬瓜も西瓜も大好きだばーよ!」
「瓜じゃなくて売り! アピールポイント!」
「健康元気色あせない!」
「フジカラーか?」
「あ、だある! 大食いスーパーヒロインで行くさー!」
ここに来てやっと趣旨を理解したたてはが叫ぶ。
「大食いスーパーヒロインという個性で行くってことだね。で、大食いできる人ー?」
「はいたーい!!」
当然だが意気揚々と手を掲げたのはたてはだけだった。
「よし、却下だね」
「えー」
「ちゃっちゃと行くよ! 次はしじみちゃん!」
壇上に上がるしじみの手には一冊のノート。
それをトンと教卓の上に置くと口を開く。
「オレが用意したのはコレだ」
不敵な笑みを浮かべながらノートをヒラヒラとはためかせた。
「何そのノート」
「コウゼルナークニハ・カツィージェ」
「え?」
「異端者の魔書」
「え?」
「つまりはだ、個性を出せば良いのだろう?」
「何その喋り方」
「ということでこの異端者の魔書だ」
中を開くと何やら文字がビッシリと書かれている。
どうやらハイビスカス少女隊3人それぞれの"設定"を考え、纏めてきたものらしい。
「ということでまずはたてはだな。たーてーはアーマーの特性から見てもわかるようにパワー系だ」
「ドカっと戦ってドカっと倒すさー!」
「ということでコレだ。山内たては、ヒロインネーム・ベジェトルカ。両腕の巨大なアーマーで敵を粉砕する殺戮マシーン。攻撃が外れることを嫌い、相手が逃げ出すと発狂して暴れ狂うバーサーカー」
「……スーパーヒロインだよね?」
「いいじゃん。バーサーカー系ヒロイン」
「なんかワルモノっぽいさー」
「たーてーのレベルに合わせたのに」
「何気にひどいこと言ってるよね」
「せせりーがそれ言う? とにかくだ、つまりは今まで通り率先して殴りにいってくれればいいんだよ」
「そー言われたら悪い気はしないばーよ!」
「なに満更でもない感じになってるの」
「ということで次はせせりーだな」
「不安しかないんだけど……」
せせりの不安をよそにしじみは異端者の魔書のページをめくった。
「島袋せせり。ヒロインネーム・ツィーチュカ。悪を許さないござる口調の風来坊。刀バーベナストレートには罪を背負った竜が封印されており、その力を抑え込めなくなると暴走する」
「なんで暴走するの?」
「カッコイイだろうが!」
「あと罪を背負った竜ってなんなの」
「傲慢のピーハ、強欲のラコムストヴィー、嫉妬のザーヴィスト、憤怒のフニェフ、色欲のスミルストヴォ、暴食のネストジードモスト、怠惰のレノストっていう7体の罪竜だ。技はそれぞれの竜の名前と特性に沿った技を使ってもらうぞ」
「覚えられないよ!!」
「頭おかしくなりそうさー」
「せせりーならこれくらいイケると思ったんだけどなぁ」
しじみとしては一応これでも、各個人の能力から判断した密度の設定だったらしい。
「ちなみにしじみちゃんは?」
「ミスレシュカはハイビスカス少女隊の頭脳であり司令塔。ただその瞳には影が差し過去を予感させるクールなコマンダー。邪視能力を抑え込むために眼鏡をかけており、裸眼で睨まれた相手は死ぬ。邪視能力を使いすぎると両目が疼いて力が抑えきれなくなり暴走する危険性もある。右腕にはセフィロトの力、左腕にはクリフォトの力が宿っており――」
「もういい。もういいから……」
「頑張って考えたんだぞ」
「そんな濃い設定覚えられないしみんな暴走するのは問題だと思うんだよね」
「みんな好きだろ!? そういう超パワー!!!」
「別に……」
「わーもそうは思わんさー」
「ロマンがねーなぁ」
「もうみんなダメ! たてはちゃんは何も考えてないし、しじみちゃんは最初から飛ばし過ぎ!! ここはやっぱりせせりの出番だね」
「おう、早く発表せーや」
「まずは取っ掛かりとして簡単なところから手を出すの」
「簡単なとこってどこだば?」
「簡単にキャラ付けできるところ――それはズバリ、語尾だよ!」
「……なんか思ったより普通だな。てかそれならしじみの案にだってあったろ」
「"ござる"はないよ」
「じゃあどんな語尾だよ。"マス"とか"にょ"とかか?」
「よし、それじゃあ練習してみよう!」
「練習?」
せせりに促され、黒板の前に連れてこられるしじみとたては。
「まずは語尾を学ぶことからだね」
「語尾を学ぶってなんだよ」
「学ぶという言葉は"まねぶ"。つまり真似をするってとこからきているのです。つまり先人の偉大なる語尾を学んでそこに自分らしさを加えてみんなの個性にしようっていうことなのです」
「つまり真似をすればいいばー?」
「そうだね。じゃあいくよ」
すぅとせせりは深呼吸をすると、口を開いた。
「よろしクレヨン!」
「「よ、よろしクレヨン……」」
「オキナワの平和はわたし達が守るんダ・ヴィンチ!」
「「オ、オキナワの平和はわたし達が守るんダ・ヴィンチ……」」
「ハイビスカス少女隊レッツ・ゴーギャン! レッツ・ゴッホ! 悪は赦さないのでアンリ・マティス! 声援ありガッシュダ・ヴィンチ! これからモネ、クロード・モネ、オキナワの平和の為にがんばルソー!」
「いやいやまてまて、何言ってんだお前!」
「もはや意味がわからんばーよ!」
「わたしが一番尊敬するアニメキャラの口調を参考にしてみたんだけど?」
「一番尊敬するって……」
「なにか問題あるの?」
「分かりづらいんだよ! 言うにしても聞くにしてもわかりづらい!」
「最高のキャラ付けなのに……」
「そもそも2番煎じだと意味ないし、全員同じ語尾だったら個性もクソもないだろうが」
「だから語尾は変えるよ。これはあくまで一例ってだけで。例えばたてはちゃんなら語尾に食べ物の名前を付けるとか」
「おっ! 肉?」
「肉でも魚でもなんでもいいよ」
「米とかそばとか付けてもいいばー!?」
「なんでも付けていいよ!」
「たーてー、なんでうれしそうなんだよ」
「しじみちゃんはゲームとか好きだし、それっぽいこと言っとけばいいよ。"今日も爆死でゲーミング"みたいな」
「やめろ、そのワードはしじみーに効く……」
そんな中、鳴り響いたタブレット。
それはイタズラ3人娘が悪事を働いていることを示す音。
「それじゃあ実際にやってみて3人娘の反応でどうするか決めよう!」
「そうなるか。行くぞ!」
「はいたーい!」
場所はモモヤマ第2公園から先に進んだ道路。
大通りから潜った場所にしては広々とした道路の中心で、ネジェストとネスミスルがセパタクローをやっていた。
その様子をプシェジターが微笑ましげに見守る中、
「そこまでだ!」
約束の言葉が響く。
「「「ハイビスカス少女隊」」」
「登場ダ・ヴィンチ!」
「推参――悪・即・斬ッ!」
「ウェルダン? それともレア?」
「「「…………」」」
いつもの"来たわね、ハイビスカス少女隊"がない。
それは明らかにいつもと雰囲気が違うハイビスカス少女隊にイタズラ3人娘の誰もが唖然としていたからだ。
「みんなの邪魔になってるダ・ヴィンチ! 大人しく公園で遊ヴィンセント・ファン・ゴッホ!」
「…………」
「さもなくば我が右腕のセフィロト、そして左腕のクリフォトが神が如き振る舞いを見せる事になるぞ……」
「…………」
「やったー肉は食ってるかい? お肉を食べて一杯遊んで元気モリモリ! 健全な肉体は健全な生活で作られるさー!」
「…………」
「なにを黙ってルノワール!?」
「……何か、悪いものでも食べたのかしら?」
「そんなことなイーゼル!」
「なんて言うか……らしくないよ?」
「くッ……両眼が疼く……」
「やめよう?」
「肉……」
「えっと、やっぱりこのキャラ付け、なし?」
「なしですわね」
「うん。なんか調子も狂うし、いつも通りが一番だよ」
「改めて……」
「何か悩みがあれば聞きましてよ」
「う、うん……ありがとう。わたし達は大丈夫だから……」
「……やめるか。コレ」
「だからよー……」
その日はそのまま解散したのだった。