第6話:鯉登り、降る竜
5月5日こどもの日。
ゴールデンウィークに入り学校が休みの中でもグラウンドは生徒たちの声が響いていた。
そう、部活生が練習に励んでいるのだ。
「ひゃっほいほーい!!」
そんな部活生たちの内の1人に山内たてはの姿もある。
たてはは部活生に混じりグラウンドを駆けまわっていた。
当然たてはは部活には入っていない。
だが、こうして部活生に混じり練習をしていることがままある。
「相変わらず良い脚だねー! 陸上部に入る気はないの?」
たてはと並走しながらそう尋ねるのは桃山中学2年3組、伊良我あきら。
その言葉通り陸上部に所属しており、短距離走のエースだ。
「陸上はむかしやったからもういいばーよ!」
「あはは。相変わらずだね」
たてはは身体を動かすのは好きだが飽きっぽかった。
一通りのスポーツには手を出しやめていった過去がある。
いつも通りの態度からもわかるようにどうしようもないくらい自由人だった。
「たてはちゃん陸上部にでも入ったのかな?」
「いや、たてはーは部活生に混じって練習してることがよくあるみたいだ」
そんなたてはと部活生をぼーっと眺めるせせりとしじみ。
当然2人も部活には入っていない。
しかしハイビスカス少女隊の活動がある為、念のため学校で待機していた。
いや、それも半分は嘘だ。
「せっかくのゴールデンウィークなのに……」
「どっか行く予定でもあったのか?」
「ないけど」
たてはも含め3人ともやることがないため、ハイビスカス少女隊の活動という名目で学校に入り浸っているのだった。
「ふぅー、身体を動かして気持ちいーさー!」
「おつかれさまー」
「おつかれさん」
一通り走ってきたたてはをせせりとしじみは出迎える。
「ヴィラネスとかまだ出てきてないばー?」
「うん。何もなし。いつもの3人娘も出てこないし……どっか遊びに行く?」
「だからよな。何かあれば呼び出しがあると思うしな」
「どこ行くばー?」
「こいのぼりでも見に行く? お祭りお祭り!」
「でも遠くないか? 一番近場だと……どこなんだ?」
「足は当てがあるから大丈夫!」
ということで職員室。
「それであたしのところに来たと……」
あげは先生がため息をつきながら言った。
「どうせやることなんですよね! こいのぼり見に行きましょーよ!」
「やることないわけないでしょ!」
せせりの失礼な物言いにあげは先生は顔をしかめる。
「ですが、さっき遠目に見た感じヒマそうでしたけど」
それにかぶせて、しじみまでそんなことを口にした。
実際、職員室を覗いた時、目に入ったあげは先生の様子は手持無沙汰でボーっとしていたようだった。
「あなた達も知ってるでしょ。今年3月にあったスーパーヴィラネスの一斉蜂起」
それは今年に入ってすぐのことだった。
去年末、隣国でちょっとしたヴィラネスによるテロ事件があった。
その事件自体は現地のスーパーヒロインの活動によって鎮静化された。
しかし奇妙なことにその事件の後を追うように世界各地でヴィラネスによる事件が急増する。
その増加は留まるどころか規模も広がり――そして3月、ピークとなる大規模な一斉蜂起がおこった。
各地の重要施設や大型施設は軒並みダメージを受け、大なり小なり影響がその再開を見合わせていたり活動縮小しなければならなくなっていた。
「噂ではゲイザーが関わってるとか言われてるあの事件ですね」
しじみがつぶやく。
ゲイザーとはネット上でにわかに噂されている極悪ヴィラネスの名だった。
蜘蛛が糸を張り巡らせるように、世界各地のヴィラネスに通じ先の一斉蜂起を手引きしたと言われるスーパーヴィラネスだ。
「それは陰謀論とか都市伝説の類だけれどね。ま、その事件のおかげであたしも大変なんだから」
「なんの関係もないさー」
「あるの。今はオキナワだって何があるか分からない警戒態勢!」
「しじみが楽しみにしてる映画もあの事件の所為で公開延期になったしなー」
「そうなんだー」
「各学校にだって最低1人はスーパーヒロイン経験者を置かないといけないわ。経験のあるあたしは非常時に備えないといけないの!」
「でもこの学校なら他にヒロイン経験者なんていくらでも――」
「いたら苦労しないの!」
なんてやり取りをしているその間。
グラウンドがにわかに騒ぎたつ。
「ん? 何かしら」
職員室はグラウンドのすぐ傍にある。
それこそせせり達3人もグラウンドから直接職員室を訪ねているくらいすぐ近くだ。
背後を覗き込むようなあげは先生の視線をたどり、せせり達もグラウンドに目を向ける。
「上、見てるね」
せせりの言う通り、部活生の多くはその視線を空へと向けていた。
そのまま3人も空を見上げる。
「なにあれ?」
それは空をうねる細長い何か。
いや、これは……
「こいのぼり、か?」
しじみが目をこらしながら言った。
「間違いないさー! こいのぼりだばーよ!!」
そう、それは空を舞うこいのぼり。
「吹き飛ばされたのかな?」
「そのわりには何か変だばーよ」
「変ってなんだ?」
せせりとしじみにはよくわからなかったが、野生児たてはのバツグンな視力はこいのぼりの変な挙動を確かに捉える。
「なんか、見た目が変わってる気がするさー」
「竜にでもなるのか?」
冗談交じりで言ったしじみの言葉は事実になった。
こいのぼりのこいがにわかに発光。
瞬間、方向を上げる竜へと姿を変えた。
「うわ、マジで竜!?」
4本の脚に2本の爪、全身を鱗に包まれ、蛇のように身体をくねらせる。
まさに竜!
その竜は脅すように咆哮を上げた。
「こいのぼりが竜になった……もしかして」
こういう珍妙な事件は得てしてイタズラ3人娘のせいだ。
そして実際……
「3人とも、マリンカから情報よ! こいのぼり祭りのこいが全部空に飛んで行ったって!」
「こいのぼりが!? やっぱり竜になっちゃったのかな……」
「そうみたいね。各地で竜の目撃情報も増えてるみたいね。幸い人に危害は加えてないみたいだけど……」
「それで3人娘はどこに?」
「待って、来たわ。最新の目撃地は――」
かくしてハイビスカス少女隊は出動した。
モモヤマ保育所。
「ここにもこいのぼりが。さぁ、あなた達も竜にしてあげましょう!」
「慈善事業」
そんなことを言いながら怯える子ども達と先生たちを尻目に、飾られたこいのぼりを見上げるネジェストとプシェジター。
「そこまでだよ!」
そこに響いた静止の声。
現れたのは――
「「「登場、ハイビスカス少女隊!」」」
「来たわねハイビスカス少女隊!」
「邪魔者……」
「あなた達3人もそろそろ懲りてよー!」
「ん? 待て……1人いなくね?」
「ネスミスルはそろそろ来るはずです。13時に集合だと伝えましたのに……」
「13時に"今から向かう"ってメールあった」
「うちなータイム……」
「あ、いたいたー! ネジェスト、プシェジター、遅れてごめんねー!」
「来た……」
3人そろいネスミスルが定位置につく。
そこから一息ついた後、
「こいのぼりを竜にしているのはやっぱりお前たちか!」
しじみが声を張り上げた。
「何か悪いことがありまして?」
「こいのぼり祭りのこいのぼりが全部どこかに飛んでいったって聞いたさー!」
「あなた達は"登竜門"という言葉を知っていて?」
「とーりゅーもん?」
ネジェストの問いかけにせせりとたてはは首をかしげる。
「登竜門。急流を登った鯉は竜になるっていう故事だな」
「コイキング?」
「その通り! こんな屋根より高いところにまで登った鯉はご褒美で竜にしてあげるのが道理というものです!」
「ギャラドス?」
「いうほど屋根より高いか?」
「わたくしは優しいですからね。空にのぼった鯉は竜にしてさしあげます。それにこの子ども達が作ったかわいらしい鯉たちもね!」
ネジェストがその手に持った矢車(こいのぼりの先端のアレ)を回す。
すると、ビニール袋製の手作りこいのぼり達に生命が宿った。
そして竜へと姿を変える!
「子ども達の作ったこいのぼりが――!」
「でーじなとん! すぐに捕まえるさー!」
そう意気込み跳躍するせせりとたてはだが、竜はひらりひらりと身をかわし捕まらない。
「ツィーチュカ、ベジェトルカ、"紐"を掴め!」
「紐? あっ」
しじみの言葉にせせりは気付いた。
子ども達の作ったこいのぼりは麻紐にくくりつけられていた。
竜となった今でも、その紐でくくりつけられたままになっている。
となれば――
「紐を掴めば簡単に捕まえられるってことだね!」
「ベジェトルカ、あとは纏めて確保しろ!」
「りょーかい!」
たてはは両手を合わせ、前に突き出した。
そしてイルゼを高める。
「これがいわゆる――」
思いっ切り両腕を、縦に広げた瞬間、巨大な腕部のアーマーがさらに巨大に、そして大きく広がった。
「一網打尽ってやつだばーよ!!」
巨大化した両腕の中に竜を捕らえるたては。
電気のようにイルゼが弾け、さながら電磁ネットのようだ。
「これで一先ずは大丈夫か」
とは言えこれでは竜が逃げ出すのを防いだだけに過ぎない。
竜化を解除させるには――
「あの矢車、怪しいな」
しじみは幻想杖スプリームトリスメギストスを構えると、その先端をネジェストへ向ける。
そして、幻想弾を射出。
「ふっ、的確に狙ってきましたわね!」
ネジェストはその一撃を盾で軽々防いだ。
「切り込むよ!」
「させないよっ!」
その瞬間、一気に駆けだすせせり。
閃かせたバーベナストレートの刃を、ネスミスルが右足の装甲棘で防ぐ。
「幻想弾!」
「効かない……」
しじみの幻想弾もプシェジターの扇から発生した魔力で防がれた。
「チッ、面倒!」
「チマチマやっても意味ないよ! ベジェトルカ、力こそパワーなのです!」
「やさ!!」
真っ当に戦うことを諦めたせせりの放った言葉。
それをたてはは直感で理解した。
竜を確保するために、巨大化したその両拳。
「つまり、こーして、」
思いっ切り両腕を振り上げる。
それをそのまま、
「こう!!」
激しい衝撃が周囲に響いた。
巨大な槌となった両腕での一撃を防ぐために、小細工などは無意味。
「大正解!」
イタズラ3人娘は纏めて強烈な一撃の下敷きとなった。
その衝撃で矢車も破壊される。
「ぐ……さすがは、ハイビスカス少女隊……」
「覚えてろー! プシェちゃん!」
「……逃走」
プシェジターの巻き起こした魔力の旋風が吹き荒れた後。そこにイタズラ3人娘の姿はなかった。
「すぐ逃げるなアイツら」
「でも事件は解決したね」
「竜もちゃんとこいのぼりに戻ったさー」
今日もまたイタズラ3人娘のイタズラを打破することができたハイビスカス少女隊。
まだまだハイビスカス少女隊の戦いは続く。