第3話:No.1ヒロイン登場!(当市比)
「今日はクラス委員を決めてもらいます」
なんてことのないロングホームルーム授業の時間。
桃山中学1年5組の教室でも変わりなくそれは行われていた。
教室の奥。
窓際一番後ろの席が島袋せせりの席だ。
席順は校区順――せせりの住んでいる地域ならば出席番号は後ろの方になる。
「クラス委員だって。えっと、せーりーも立候補――するつもりだよね……」
そう囁くのはせせりの前に座っている女子生徒。
洲鎌ゆみ。
幼稚園の頃からの友人であるゆみはせせりのことをよくわかっていた。
「する」
「だよねぇ……」
仏頂面で即答するせせりにゆみは諦めたような顔でため息をつく。
(またクラス委員になって無茶なこと言い出さなければいいけど……)
ゆみの不安をよそに、せせりは期待で身体をそわそわと揺らしていた。
「それでは委員長に立候補したい人はいますか?」
5組担任である辺士名ゆいな先生がそう尋ねる。
瞬間、ドンと音が響いた。
手を挙げようと意気込んでいたせせりも含め、その視線は突然の騒音に集まる。
あつらえたかのように教室のド真ん中。
椅子にのぼり、机の上に右足を踏ん張る1人の女子生徒がそこにはいた。
「クラス委員は5組の主演女優! プリマ・ドンナ佐久間、このサクマドンナが務めますわー!!」
圧倒的インパクト。
圧倒的自己主張。
せせりはなすすべもなくクラス委員長の座をサクマドンナに奪われたのだった。
「ってことがあったの! しに厄介! 頭おかしーんじゃない!?」
「隣の教室まで聞こえてきたしな。アイツはアレが平常運転なんだ。気にするな」
「知ってるの? あのサクマハムみたいなの!」
「サクマドンナ――佐久間かおりだな。確か小5の時に同じクラスになった」
「ふーん、災難だったね」
「でも誰もやりたがらないことでも率先してやってくれたから助かったしさ。悪いやつじゃないよ」
「ふーん」
「せせりーのその顔、絶対納得してないよな……」
「ふーん」
仏頂面を張り付けたまま、ただ味気のない相槌を打つだけのマシーンへと変貌したせせりにしじみはお手上げ状態だ。
そんな中、テーブルの上に置かれたタブレットが鳴り響く。
「あぎじゃびよ! これどーすればいーさー!?」
「貸せ貸せ!」
しじみはたてはからタブレットを受け取ると画面をタップ。
「これは……」
画面に表示されたのはSNSサイトのとある投稿だ。
「ヤマザトの方で氷の怪人が大量出現だとさ」
「サンサン通りのとこだね。登下校はここ通るよ」
「今度せせりー家遊びに行きたいさーね」
「だからよな。とか言ってる場合じゃないだろ!」
「ねえ、この記事の写真……よく見るとイタズラ3人娘も映ってるね」
「だからよー! あいつらの仕業だば?」
「だろうな。ってことで行くか」
「うん、ハイビスカス少女隊出撃!!」
ヤマザト。
国道330号線沿い。
交差点近くにあるゴルフ用品店駐車場に3人娘はいた。
頭入れで駐車された軽トールワゴン。
その荷室に積まれた謎の機械から氷の塊のようなものが地面に落ちる。
瞬間、そこから手が生え、足が生え、頭が生え――氷の怪人へと成長した。
「さぁ、お行きなさい氷人! 気温が上がってきたからと油断している人間たちを凍えあがらせてあげなさい!」
「うー、つめたーい! いやぁーこれは効きますよー!」
「あったかくして風邪対策」
氷人と呼ばれたそれは冷気を纏いながらフラフラと歩みを進める。
人に危害を加える様子は見えないが、その数と冷気で人々の邪魔になっていた。
「「「そこまでだ!」」」
周囲に響いた3つの声。
登場! 我らの――
「「「ハイビスカス少女隊がー来た!」」」
「来たわねハイビスカス少女隊! ……ところで名乗りはしなくてよろしいのかしら?」
「え、あ……うん、そろそろ、いいかなって……」
ネジェストの問いに少ししどろもどろになりながらせせりは答える。
「ネジェスト達も言わないの?」
「え、あ……ええ、まぁ、言わなくても、ね?」
この6人は以前、意気揚々と登場後の名乗りを考えたが、後になって恥ずかしさが込み上げてきていた。
しばらくの沈黙。
「来たわねハイビスカス少女隊! 今日こそオキナワはわたくし達が手に入れますわ! お行きなさい、氷人達!」
ネジェストの思い切った仕切り直しによって戦いがはじまる!
「バーベナストレート!!」
「スプリームトリスメギストスッ」
「わーの右腕、260%!!」
せせりの刀が、しじみの杖が、たてはの腕が唸り、氷人達を打ち砕いた。
「キレがよくなりましたわね。ですが、この圧倒的な物量! どう押し返すつもりでして!?」
ネジェストの宣言通り氷人の1番の強みはその数だ。
ワゴン車に積まれた機器から次々と生み出されていく。
となると狙うのならば――
「ツィーチュカ、ベジェトルカ、あの機械を狙え。これ以上敵を増えさせるな!」
「うん!」
「やさ!」
「私も援護するっ!」
しじみは幻想杖スプリームトリスメギストスを構え、イルゼの閃光を撃ち放つ。
それは一直線にワゴンを目指すが、壁となった氷人達に阻まれ届かない。
「わたしがここを、切り開く!!」
せせりは全力疾走。
しじみの一撃が穿った穴をさらに切り進めんと桜花一文字を閃かせる。
斬撃は数体の氷人を切り裂くが、次第に刃が重く、そして切れ味が悪くなっていった。
「なんで!?」
「ツィーチュカ、刀身が凍っていってるぞ!」
「うげっ、本当だ!」
「刀がダメなら、拳で叩き潰すだけさー!」
勢い良く飛び出してきたたては。
その巨大になった右拳を振り上げ、強烈な一撃を氷人にお見舞いする。
「かき氷は削るより砕く方がいいっていうばーよ!」
「あ、それ聞いたことある!」
「なに悠長なこと言ってんだ! ベジェトルカ、氷が!」
氷人を打ち砕いたたてはの右手にも氷が纏わり付いていた。
だが、それもお構いなしに今度は左腕を振り上げ、氷人を砕く。
次は右。
そして左。
右、左、右、左、右、左、右、左!!!!
そしてついにはワゴンの目前に迫った。
「うぬらぁー!」
そして最後の一撃で氷人の製造機を破壊しようとする。
しかし――
「ベジェトルカ、どうしたの!?」
「腕が、動かんさーッ」
「纏わりついた氷で重量が? ……いや、違う」
「ふぅ、なかなかにヒヤヒヤさせますわね」
「ですねー。もうちょっとだったんですけど残念でーす」
「凍りついた」
たてはの両腕は凍りつき地面に張り付いていたのだ。
氷塊となり重量が増していることと、路面に張り付いたこと。
二重の理由でたてはは両腕を持ち上げられなくなっていた。
「待ってろ、すぐに砕く!」
しじみはとっさにスプリームトリスメギストスの幻想弾を撃つが、別の氷人に阻まれる。
「相性が悪いッ!」
「どういうこと?」
「ヤツはただの氷じゃないってことだ。ゲーム的にいうなら特殊防御が高いってヤツだな」
「つまり、ミスレシュカは役立たずってことなの!?」
「あまり当てにはできないって意味ならな!」
「ぶー! 何か手はないの!? 皿回して皿!」
「レドームだ!」
その時、オレンジ色の輝きがその場に迫ってきた。
それと同時に感じる熱量。
そして揺らめき。
炎の揺らめき。
そして、爆炎が巻き起こった。
「今のなに!?」
「火炎攻撃……まさかね!」
しじみの口元に笑みが浮かぶ。
それは勝利の確信。
そう、彼女が来た!
燃え盛る両手両足。
灼熱を帯びた長髪。
彼女はオキナワ市内人気No. 1スーパーヒロイン!
「やっぱり、なる姉!!」
「ミス・ファイアね!」
ヒロインネームはミス・ファイア。
本名、我那覇なるこ。
普天間しじみの従姉である。
「かわいい後輩たちが苦戦してるって言うから来てあげたわよ!」
「なる姉がいれば百人力だな!」
「仕事中はミス・ファイアと呼びなさいって――」
両腕の炎が強く燃え上がる。
それと同時に周囲に響く奇妙な大気を震わすような音。
それはミス・ファイアの力が高まっている証拠だ。
「いつも言ってるでしょ!」
突き出された両腕から火炎と強烈な衝撃波が放たれた。
その熱波は氷人を溶かし、砕く。
「なる姉……じゃなくてミス・ファイア! 氷人製造機の破壊を!」
「オッケー!」
しじみの指示に一も二もなくミス・ファイアは従った。
そのまま一気にワゴンに肉薄。
「ビートヒット!!」
そして拳を大きく掲げ――
「マズいですわ、プシェジター!」
「ミス・ファイアの、邪魔はさせるか!」
ネジェストの指示で動きを見せたプシェジターにしじみは幻想弾を放つ。
「けど……手遅れ」
プシェジターは右手に持った扇子を扇子を放り投げた。
それは氷人製造機に取り付けられたレバーに当たり、何かの機能を発動させる。
瞬間、氷人製造機から飛び出してきた無数の巨大な氷柱。
それはミス・ファイアを貫くため?
いや違う。
「わっ、腕が!」
ミス・ファイアの両腕を凍らせ、動きを封じるためのものだ。
さらに冷気は広がりその両足をも凍らせる。
「うわ、手も足も凍っちゃったよ! 大丈夫なの!?」
「大丈夫だ。なる姉の火種はまだ――消えてない」
心配そうなせせりだが、しじみは大きな信頼とともにそう断言した。
そしてそれは事実。
周囲に伝わる奇妙な振動。
ミス・ファイアを絡めとる氷がピキピキと音をたて、ヒビが入っていく。
「そう、よくわかってるじゃない。私の炎は、この程度じゃーー消せない!」
そして熱気。
やがて氷は水となり、蒸気となり、拳には再び炎が宿った。
「かなり成長しましたわね……ミス・ファイア」
「どうもっ!」
そんな一言とともに打ち付けるミス・ファイアの拳。
氷人製造機は爆炎を上げ、機能を停止した。
「それじゃ、とどめは任せたわよ!」
せせりが刀を、しじみが杖を、たてはが拳を構える。
「ハイビスカス少女隊!」
「「「攻撃!!!」」」
「覚えてなさい、ハイビスカス少女隊!!」
そんな叫びを残し、イタズラ3人娘は星になった。
「さてと、それじゃあ残った氷人の後始末、手伝ってくれるわよね?」
「は、はい! それとあとでサインお願いします!」
「せせりーが緊張してるの珍しいな」
「だってミス・ファイアさんだよ!? 最近話題のスーパーヒロイン!」
「だある! たてはもサイン欲しいさー!」
「てか、しじみちゃんとミス・ファイアさん、かなり親しげだけどどんな関係……?」
「いとこ……いや、というか師弟関係かな?」
「ミス・ファイアに弟子入りを!?」
「違う違う。ミス・ファイアはワシが育てたのじゃ」
「えー、嘘だー!」
「本当じゃよ」
そんな様子を見てミス・ファイアは静かに笑みを浮かべる。
「さ、雑談タイムは終了! 人を襲わないとは言え困ってる人もいるんだから」
「はい!」
「そうだな。ま、なる姉がいればあっという間よ」
「でーじあちこーこーさー」
「しじみ」
「ん?」
「楽しい仲間たちね」
「そうだな……暇はしないかな」
「ならじょーとーよ」