第2話:スーパーヒロインになってみないか?
春。
それは始まりの季節。
「行ってきまーす!」
元気に家を飛び出したこの少女にも変わりなく。
瞳に映るのは期待と不安。
この春、島袋せせりは中学生になったのだ。
「早く出過ぎたかな……」
春。
それは変化の季節。
「けっこう時間あるなぁ」
時刻はまだ7時頃。
せせりの登校ルートに同じ新入生らしい生徒の姿はない。
「そう言えばここからも行けたよね……」
ふとした気まぐれ。
以前、登校ルートを覚えるための散策をした時の記憶。
ちょっとだけ別の道に入るとその先には小さな公園がある。
そこから更に進むと学校の近くに出られるのだ。
それがきっかけ。
ほんの些細なきっかけだった。
「危ないっ!!」
突如響いた聴き慣れない声。
警告の理由をせせりはすぐに知る。
目の前から迫ってくる1人のヴィラネス。
イタズラ3人娘のリーダー、ネジェストだ。
その手に持った剣が閃く。
切っ先は真っ直ぐせせりに向かっていた。
せせりは思わず身を屈め、目をつぶる。
「……っ!」
衝撃は――ない。
代わりに響いた金属同士がぶつかるような甲高い音。
目を開けたそこには、1人のスーパーヒロイン。
真っ直ぐな信念を秘めた瞳、口元には笑み。
その左腕に装備された円形の小盾ムスチテルカでネジェストの一撃を防いでいた。
「大丈夫か?」
せせりはその姿に、瞳に思わず見入ってしまう。
彼女こそせせりがハイビスカス少女隊となるきっかけになったスーパーヒロイン。
桃山中学3年3組西銘ふたお。
ヒロインネームはエラーニツェ。
「あ、ありがとうございます」
「ここは危ないぞ。すぐに離れて――うおっ」
放たれたネジェストの蹴り。
それを今度は右手の小盾ムスチテルカで防ぐ。
「ったく、あぶねーだろっ!」
ふたおは声を上げると両腕を合わせた。
瞬間、光が放たれ円形のバリアが現れる。
そのバリアを――
「邪魔だ!」
ネジェストにぶつけた!
「きゃっ」
声を上げ吹き飛ぶネジェスト。
だが――
「こんな攻撃ではわたくしを倒そうなんて100年早くてよ」
「やっぱり効かないか……」
ダメージは見られない。
あくまで衝撃波で吹き飛ばせただけ。
「それでもあの子から引き離せただけマシか」
「あなた、最初の頃より衰えたのではなくて?」
「言ってくれるよ! スーパーヒロインとしての腕は上がったつもりだけどさ」
「でもそれではわたくし達は倒せない。わかっているはず」
「わかっていても、どうしよもないコトってのはあるんでね!」
ふたおは駆け出す。
2人の会話からふたおではネジェストを倒せないらしいことはわかった。
それでも駆け出す。
「イルゼを燃やしなさい、エラーニツェ!」
「言われなくてもッ!」
ふたおの身体に光が集まる。
幻想的な輝きにせせりは目を奪われた。
ふたおは両腕を身体の外に向けて振り払う。
瞬間、両腕の小盾ムスチテルカが分離。
道の端を、塀を跳ね返りネジェストに向かって飛んでいった。
「甘いわ!」
迫りくる2つの疾風を右手のメッチュで、左手のシュチートで弾き、受け流す。
その隙を狙ったふたおのタックル。
だがまだ効かない。
右腕を掲げる。
その手に反射を繰り返し戻ってきた小盾ムスチテルカが1つ収まった。
そのまま右腕を叩きつける。
「んで、もう1発!」
ネジェストの背後で響いた金属音。
それはもう1つの小盾ムスチテルカが反射した音。
跳ね返った小盾ムスチテルカが背後からネジェストを目指す。
「なるほどですわね」
どこか余裕そうな口振りだがよく見ると額に汗が伝っていた。
この一撃で――
「ですが時間切れですわ」
瞬間、ふたおの身体を包んでいた光が途切れる。
トンっと呆気ない音が響き――小盾ムスチテルカはネジェストの身体に弾かれた。
「かなり出力が落ちましたわね」
「仕方ない、だろ。イルゼは普通、歳を取るごとに衰える……あたしらみたいにアーマーで増強してやっとじゃあね」
「それで、まだやりますの?」
ネジェストはメッチュの切っ先をふたおに向ける。
「お前らが悪いことをするってなら、な」
「ふふん」
怪しげな笑みを浮かべるネジェスト。
ぶつかり合う2つの視線。
今この時ふたおはネジェスト、ネジェストはふたおしか目に入っていなかった。
そう、第三者の介入など予測していなかったのだ。
「せ、せせりアターック!」
突然ネジェストを揺らした衝撃。
それはか弱いながらも全力の一撃。
「あがっ!」
確かにその体当たりはネジェストに痛みを与えた。
驚愕が走る。
ふたおにも、ネジェストにも。
「まさか……」
「こ、この子っ」
「「幻想持ち!?」」
驚きはネジェストにダメージ以上の衝撃を与えた。
ネジェストは口元に怪しい笑みを浮かべる。
「ふふ、今のところはここまでにしてあげるわ。登校時間になりますしね」
そう言い残すとネジェストはその場を立ち去った。
残ったのはせせりとふたおの2人だけ。
「た、助かったぁ」
「なんであんなことをしたんだ?」
それは諫めるための問いじゃない。
確認のための問いだった。
ふたおは何かを感じていた。
この少女に。
「わからない、けど……できること、やらなきゃって」
それはまだ種火。
だけど確かに感じた。
やがて大火となるその素質を。
「きみ、名前は?」
「島袋せせり……」
「せせり、スーパーヒロインになってみないか?」
それが始まり。
せせりの――スーパーヒロイン・ツィーチュカの始まり。
そしてハイビスカス少女隊の始まり。
「で、お仕事は……?」
桃山中学内の空き教室。
そこはハイビスカス少女隊の待機用として用意された教室だった。
そこにせせり、しじみ、たては、ふたおの4人が集まっている。
「んー、特にヴィラネスの出現情報もないし待機かなぁ」
「ぶー」
ふたおの言葉にせせりは不満そうに頬を膨らませた。
「そんな顔するなよ。待機だってヒロインとしての大事な仕事だ。緊急事態が起きた時に備えてるわけだからね」
「それはわかるけど……」
「ま、せーりーの不満もわかるけどね」
苦笑しながらふたおは手に持ったタブレットを操作する。
周囲で起きてるトラブルの情報を収集してるのだが、今のところはハイビスカス少女隊の出る幕はない。
結成初日の新米チームということもあり、ふたおはかなり慎重に出番を選んでいた。
「いつもの3人が出れば出撃しないといけなくなるんだけどなぁ」
なんてぼやいても仕方ない。
平和なのはいいことなのだから。
「どうせヒマだし、今のうちにアレ考えようよ!」
ふとせせりがそんなことを口にする。
「アレってなんだ?」
しじみの尤もな疑問にせせりはどや顔でこう言った。
「前口上だよ!」
「前口上ってなんだば?」
「せせりが言ってるのは変身後の"名乗り"のことだろう」
「名乗りってなんだば?」
「たてはちゃん、ちょっと見てて!」
口で言っても無駄だろうとせせりは立ち上がると黒板の前に立つ。
そしてポーズをとりながら叫んだ。
「光り輝く正義の使者! ツィーチュカ推参!! ……みたいのだよ!」
「あー、つまり名前を言う前になんかかっけーこと言えばいいんだな!」
「そんな感じだね。今のは即興だからもっとかっこいいの考えるよ!」
ということで用意されたマジックペンとスケッチブックにそれぞれが名乗りのセリフを書き込んでいく。
考えたセリフを発表しあうのだ。
「じゃあまずはわたしから! どじゃーん」
最初はせせり。
スケッチブックをバッと広げて考えたセリフを発表する。
「瞬く星は無限の力! 世のため人のため正義のために! 絶対最強スーパーヒロイン、ツィーチュカ参上!」
「ちょっと長くないか?」
「これくらいがせせり的にはベストなの!」
「たてはにはよくわからんけどかっこいいさー」
「でしょー! ふたお先輩はどう思いますー?」
「えっと、いいんじゃないかな」
正直ふたおはいまいちついてこれてない感はあるものの、そんなことはお構いなしに次に行く。
「じゃ、しじみの番だな」
次はしじみ。
「赫奕たる使命が為に万事を成す頭脳派ヒロイン、ミスレシュカ……参上」
「何?」
「まぁ、たてはには分からないだろう」
「しじみちゃん、言ってて恥ずかしくないの?」
「かっこいいだろう」
「ふーん、言ってて恥ずかしくないならいいんじゃない」
「じゃあ次、たてはさー!」
そしてたては。
「ああ、肉、肉! この肉のためにでーじ素晴らしいことがこの世に起こるさー! ベジェトルカ登場!」
「たてはちゃんって"肉"しか喋れないの?」
「肉ー!」
「いや待て、よく聴くと元ネタはトルストイか……? 実はこう見えてかなり教養が――」
「肉ー!」
「あるわけないか」
「なんかどうでもよくなってきたね。たてはちゃんがそれでいいならいいや」
「マジでどうでも良さそうだな!」
そう話が纏まったところでふたおの持つタブレットから甲高い音が鳴り響いた。
「来たか……」
「ふたお先輩、もしかして」
「ああ。出撃だ」
モモヤマ第2公園。
「ほーほっほっほ! 無許可でバーベキュー大作戦の首尾は上々ですね」
「お肉も美味しいし良いこと尽くめですねー!」
「野菜もあるよ」
正直なぜイタズラ3人娘がバーベキューをしているのかせせりたち3人には分からなかった。
だが実際問題、煙や臭い、そして無駄に騒ぎ立てることで周囲の迷惑になっていることは明らか。
「となると止めるのもスーパーヒロインの仕事さ」
ふたおにそう後押しされせせり達ハイビスカス少女隊は飛び出した!
「せーのっ」
「「「そこまでだ!」」」
急に響いた制止の声。
イタズラ3人娘の視線が集まる。
3人並びポーズを決めて、そしてついに予習の成果の発表だ。
「輝く太陽、みなぎる勇気! 絶対最強スーパーヒロイン、ツィーチュカ参上!」
「秘めし結晶は叡智の証。ミスレシュカ、推参」
「お前ら何肉食ってるば!? インチキー!! ベジェトルカ登場!」
「「「我ら、ハイビスカス少女隊!」」」
決まった……!
と本人達が思っている中で訪れた静寂。
呆気にとられた表情のイタズラ3人娘に、
「なにその顔」
我慢できずにせせりがつっこんだ。
「かっこいい……」
ネジェストの口からそんな言葉が漏れる。
「はいっ、思わず見入ってしまいました! そう言えば今までいなかったですね」
「うん。新鮮。ちょっといいな」
ネスミスルとプシェジターにも異様なほど好感度が高い。
「わたくし達もああいうのを考えるべきですわね……」
マジメな表情で検討しはじめるネジェストにせせりは恐る恐る尋ねた。
「じゃあ、一緒に考える……?」
「よろしいのですか!?」
「わー、頼もしいですっ!」
「うん……」
「わたくしはネジェスト、この辺りで活動しているヴィラネスですわ」
「私はネスミスル! よろしく!」
「プシェジター……」
「えっとハイビスカス少女隊の黄色担当ツィーチュカです」
「青色担当のミスレシュカだ」
「赤色担当! いやオレンジ? まーいっかベジェトルカさー!」
挨拶しながら"無い"名刺の交換をし、地面に腰を下ろす。
「それであなた達3人も名乗りが欲しいんだよね」
「ええ。クールで、そしてエレガントな!」
「クールでエレガントか。そういう指針はしに大事だな」
「私はやっぱりアクティブでスタイリッシュなのがいーな!」
「プシェは……大人しいのが……」
「なーなー、肉食っていい?」
「お好きにしなさい」
「いただきます!」
肉を食べはじめるたてはをよそにイタズラ3人娘の名乗りを考える会議がはじまった。
「やっぱりみんなの特徴とか思いを込めたいよね」
「そうだな。どういう能力を持っているのか、どういう信念を持っているのか、後はどういうイメージを与えたいか、だな」
「そういうのを組み合わせて言葉にするんだよ。考えてみて!」
「緊張しますわ……」
「そうだねぇ。考えたこともなかったよ」
「がんばる」
イタズラ3人娘の出した名乗りの案をせせりとしじみが添削と助言をし、たてはは肉を食べる。
たてはが肉を全部食べ終わった頃、ついにイタズラ3人娘の名乗りが完成した。
「やっとできたな」
「うん! ねぇねぇ、名乗ってみて!」
「では……」
ふぅとネジェストが一呼吸。
そしてすっと立ち上がると前髪をかき上げ、名乗る。
「美貌と野望の甘い毒。さぁ、絶望へと突き落としてあげる! 悪徳の化身ネジェスト!」
「人の正義、そんなの無意味! 力と速さで全てを蹴り落とす! ネスミスル!」
「いずれもいつかは廃れ、朽ち、消える。次は、あなたたち。プシェジターが行使する」
「悪逆非道の3人組、ここに見参でしてよ!」
鳴り響くハイビスカス少女隊3人の拍手。
イタズラ3人娘も少し恥ずかしそうに頬を染めるがまんざらでもなさそうだ。
「できたね、名乗り!」
「ああ、よくやったよ!」
「とてもうまかったー!」
「いいですか? わたくし達とあなた達は敵同士――ですが今回はこう言いましょう。ありがとう」
「うん、とっても充実した1日だったよ!」
「満足……」
「じゃあ、次戦うときは順番に名乗ってからにしようね!」
「ええ。ではまた次、戦いましょう」
熱い握手を交わした後、バーベキュー用の機材を片付ける。
そのままハイビスカス少女隊とイタズラ3人娘は手を振りあって解散となった。
「まさか3人娘を戦わずに追い返すなんて……ハイビスカス少女隊、とても良質なヒロインになるぞ」
完全に蚊帳の外なふたおだったが、勝手な希望を確信し拳を固めていた。