第1話:地域を守る、特効ヒロイン!
「オキナワ行きたいなー」
「そうだないきてー! 青い空! 白い海!」
「お前のオキナワ、白紙化されてね?」
「青い海! 白い砂浜! これだ!!」
少女たちの談笑を遮るように、教室の扉が開けられる。
教室に入ってきたのは1人の女子生徒。
どこかふんわりとしたマイペースそうな少女だが、その表情には焦りが見えた。
桃山中学1年5組、島袋せせり。
「しじみちゃん!」
「どうした?」
せせりの呼びかけに眼鏡をかけたマジメそうな少女が反応する。
桃山中学1年4組、普天間しじみ。
「たてはちゃん!」
「おん?」
活発そうな浅黒の肌の少女が怪訝な顔をした。
桃山中学1年1組、山内たては。
「今、何してたの!?」
「オキナワに行きたいごっこだけど……」
「ごっこ……ってことはいつもの冗談かぁ……」
せせりはなぜか安堵するようなため息を吐く。
「中学生の金じゃ行けねーしなー」
「ん?」
たてはの言葉に再びせせりの表情に焦りが浮かんできた。
「だからよな。来年の修学旅行に期待かな」
「何いってるのー!?」
「何って当たり前じゃん。中学生じゃバイトもできないし」
「そもそもここオキナワだよ!」
「「?」」
しじみとたてはは顔を見合わせる。
「もしかしてと思ったけど、やっぱり2人もかぁ」
せせりははぁとため息をつくと、諭すようにこう言った。
「しじみちゃん、たてはちゃん、家の住所を思い出して!」
「家の住所……えっと、モモヤマの……」
「もっと上から! 何市? 何県? 思い出して!」
「モモヤマ……市? モモヤマ県……なわけないな。あれ、なんだっけ?」
「南の方だろ! 日本の南ってことは――何県?」
「カゴシマ?」
「カゴシマ県モモヤマ市!」
「いや、なんかしっくり来ないな……カゴシマより南にあと1つ県があったような……」
しじみもたてはも頭を抱え、必死に思い出そうとする。
「南ってアレさ、南鳥島?」
「最南端は沖ノ鳥島な。ちなトーキョー都だ」
「じゃあトーキョーか!!」
「だからオキナワだよ! オキナワ県オキナワ市!」
見かねたせせりが声を張り上げた。
「オキナワ県、オキナワ市……?」
「せせり達はどこを守ってるの!? そうオキナワ市、でしょ!」
「そうだ、ここはオキナワ県オキナワ市……モモヤマっ! 思い出した!」
「そーそー、そーさー! すっかり忘れてたさー」
忘れていた屈辱からかグッと拳を固めるしじみに対し、たてははどこかお気楽な様子で口を開く。
「で、忘れてたからってなんかあるば?」
「ありもあり! おおありだよ!? おかしいと思わないの!?」
「何が?」
あまりにも平然とし過ぎてるたてはの態度。
それがせせりには我慢ならなかった。
「オキナワのことを忘れてるのは2人だけじゃないんだよ! お父さんお母さんも、他の友だちも、みんな忘れてるんだよ!?」
「そう熱くなるな。たてはは多分、まだ思い出してないだけだから」
「よくわかってるさ!」
「コイツの場合、覚えてようが忘れてようが何も変わらないから放置だ放置」
「あいえなー!」
「つまりはだ。いつものアレってことか」
「そう、ハイビスカス少女隊出撃だよ!」
「午後の授業残ってるから終わったらな」
「放課後に集合だね! たてはちゃんもだよ!」
「はいたーい」
放課後。
モモヤマ第2公園にそれはいた。
「ふふふ……今回の装置はかなり強力よ」
目元こそマスクで隠れているが、どこか怪しげな笑みを浮かべる長髪の少女ネジェスト。
「これを使えばアレを我々の手に収められるんですねー!」
明るい声音と日に焼けた肌から活発な印象を受ける少女ネスミスル。
「あとは邪魔が入らなければいいけど……」
小柄な身体と、その見た目に負けない小声で呟く少女プシェジター。
結論から言おう。
この3人こそ今回の元凶にしてハイビスカス少女隊の悪役だ。
通称「イタズラ3人娘」!
「「「見つけたぞ!」」」
突然周囲に響いた声。
そう、やって来たのだ。
地域を守る、特効ヒロイン!
「「「ハイビスカス少女隊、参上!」」」
「チッ、来たわねハイビスカス少女隊!」
「よくここがわかったね!」
「だってお前らいつもここにいるじゃん」
「……盲点だった」
しじみのつっこみにイタズラ3人娘は頭を抱える。
「この街の人たちからオキナワのことを忘れさせたのはあなたたちでしょ! 許しません!」
「え? オキナワ、でして……?」
啖呵を切ったせせりにネジェストは困惑の表情を浮かべた。
「オキナワってなんでしたっけー? すごい馴染みのある響きですけど」
「うん……なんだろう、このきもち……」
変な静寂が周囲を包む。
「えーっと、1つ尋ねていいか? その、手に持ってるミスター・コンタックみたいなのは何?」
しじみが指を指したのは、ネジェストが持っていた謎の機械。
しじみ曰くミスター・コンタック――つまりはカプセル剤のような形をした何か。
サイズは500mlペットボトルくらいか。
「これは人々からある大事なものを奪うための装置でしてよ!」
「大事なものって?」
「…………それが、思い出せないのよ」
「思い出せないから使えないんですよねー」
「うん……」
「えっとね、3人ともその装置、朝につかってるよ」
「「「な、なんですってー!?」」」
せせりの指摘に3人娘は驚きの声を上げる。
「では何か効果が!? どのような効果でして!?」
「だからさっきから言ってるよね。ここがオキナワだって記憶をみんなから奪ったの!」
「つまりは郷土愛を奪う装置ってことなのか?」
「郷土愛……そう言えば……そう、わたくし達の使命はこの島を、オキナワを、手に入れること!」
自分の目的を思い出し、ネジェストの瞳に光が灯った。
「そう、そうです! この装置を使い人々から郷土愛を消し去る!」
「そしてこの島を手に入れる、だね! 思い出したよネジェスト!」
「うん。オキナワは、プシェジター達のもの……」
「ですがハイビスカス少女隊と直接戦うのは手間と言うもの。この装置であなた達の郷土愛を消し去ってくれますわ! スイッチョン!」
瞬間、カプセルから光が放たれる。
それが郷土愛を消し去る合図。
光が晴れて一瞬の静寂……。
そして……
「はっ!? 来たわねハイビスカス少女隊!」
気を取り直したネジェストが声を張り上げた。
「よくここがわかったね!」
「だってお前らいつもここにいるじゃん」
「……盲点だった」
「同じこと繰り返してる!」
どうやら郷土愛を消す影響で多少の記憶も消えてしまうようだ。
「今日こそわたくし達は――えーっと、何を手に入れるんでしたっけ?」
「させない! ここはハイビスカス少女隊が守る! ……何を守るんだっけ?」
「だーかーらー、ネジェスト達はオキナワを手に入れたい! だからわたし達ハイビスカス少女隊はオキナワを守る! でしょ!」
「はっ、そうでしたわ!」
「そうだったな。危ない危ない」
「というか何故ツィーチュカさんにはわたくし達の装置が効かなくて?」
ネジェストの問いにせせりはしばらく考え――
「朝にモンエナ飲んだからかな……?」
唯一の心当たりを口にする。
「くっ、キーバじゃダメでしたのね……っ!」
「お前ら朝にエナドリ飲んでんのかよ」
「ええい、ネスミスル!」
「はいよー!」
「プシェジター!」
「うん」
「装置が効かないのであれば仕方ないわ! ハイビスカス少女隊をボッコボコにして差し上げましょう!」
「ミスレシュカ!」
「ああ!」
「ベジェトルカ!」
「しゃー!」
「オキナワを守るよ! ハイビスカス少女隊、前進!!」
まず先陣を切ったのはたては――ヒロインネーム、ベジェトルカ。
構えた両腕に巨大な機械の拳が形作られた。
「わーの右手は、攻撃力260%さぁー!!」
その見た目に違わず威力は絶大。
そんなたてはに臆せず前に出たのはネスミスルだ。
「はいよー!」
その動きは俊足。
そして両脚に装備された装甲棘の攻撃力は十分。
だがネスミスルがたてはと競うのは攻撃力ではない。
「あいやー!?」
たてはの右腕がネスミスルの右足とぶつかり合う。
その瞬間、すぐにネスミスルは左足を軸に右足を引っ込めた。
拳の軌跡と右足の軌跡が綺麗に重なる。
それは相手の攻撃を受け止めるための技ではない。
相手の動きを利用し、態勢を崩すための技!
勢い余ったたてはは思いっ切り地面に倒れ伏した。
「無駄に突っ込みすぎだ!」
しじみ――ヒロインネーム、ミスレシュカが声を上げその手に杖を構える。
幻想杖スプリームトリスメギストス。
その先端からは言うまでもなく――
「発射!」
幻想の力が弾丸となり解き放たれる!
力の余波が閃光となり周囲を照らした。
「防御態勢。一重」
そっとプシェジターが前に出る。
取り出したのは2振りの扇子のようなもの。
それをふわりと仰いだ瞬間――しじみの放った幻想弾が弾き飛ばされた。
「いくよ!!」
激しい衝撃がはじけ飛ぶ中、せせり――ヒロインネーム、ツィーチュカが飛び込む。
せせりが右手を伸ばすと虚空から刀が現れた。
せせりの真っ直ぐな信念を表す刀(自称)桜花一文字。
鋭い一振りを受け止めたのはネジェスト。
右手に細身の剣、左手に盾。
シュチートでせせりの一撃を受け止めメッチュで華麗な突きを繰り出す。
蝶のように舞い蜂のように刺すヴィラネスとは思えない優雅な戦い方。
そこにせせりは勇猛果敢に飛び込んでいく。
「粗削りですが真っ直ぐ――いい攻撃ですわツィーチュカ!」
そしてネジェストは知っていた。
せせりの持つ本当の強さと脅威を。
「ツィーチュカに負けるな! 私らもガンガン行くぞ!」
「おうっ! お前らぶっ叩く!!」
せせりに先導され、しじみもたてはもさらに気合が入る。
そして彼女たちの纏うハイビスカスアーマーはそういう気力の充実こそが力となるのだ。
「ターゲット、ロック! ツインスプリームライフルを発射する!」
「じゃあわーも! 両腕で――SMEČ!!」
暴風のような一撃、二撃、三撃!
ダメージは、強烈!
「どうだ!」
「おやりになりますわね……」
ネジェストが口元をぬぐう。
ダメージに身体を屈めるがその瞳はまだ燃えていた。
そう、まだ何か――奥の手がある!
「!! 何だ、この反応!」
しじみが声を張り上げる。
「ミスレシュカ、頭のお皿が回ってる!」
せせりの指摘通りしじみの頭に乗った大きな皿――
「レドームだ!」
もといレーダードームが回転し、何かを感知したことを示していた。
それは奇妙な空間の捻じれ。
「これは――来る、のか? 何かが!」
しじみの言う通り、それは――来た。
天を突くような巨大な姿。
どこか犬のようにも見える怪物。
「巨大怪人か!?」
「これこそ今回の計画のキモ! 巨大怪人マルコシアスよ!」
「ナンで巨大怪人がキモなんだー?」
「それはもちろん、巨大な怪人が暴れれば人は逃げる!」
「……郷土愛が無ければ島を出る。完璧」
「なるほどなー!」
「なに悠長にお話してるのベジェトルカ! あんなでっかいのどうすればいいの!?」
「手ならある」
せせりの言葉にしじみが冷静に呟いた。
「お、巨大ロボとかあるばー?」
冗談めかして言ったたてはだったが、しじみは真顔で頷く。
「え、ロボ? そんなのあるんだ」
「そんなのあるんだよ! ハイビスカスロボ、出動要請!!」
しじみの飛ばした出動要請はハイビスカス少女隊の拠点である桃山中学のデータベースを通し、顧問である知花あげはの元へと送られた。
そして知花あげはの承認を受け、さらに市の、県のスーパーヒーロー課へ。
県の承認を得たことにより現場から最寄りの"ソレ"が起動する。
県道85号線沿い。
『出動要請を受理しました。マスドライヴァー・ライカムが起動します。通行車両は速やかに安全帯へと退避してください』
周囲に鳴り響く警報の後、地面が割れそれが姿を見せた。
投射型の物資輸送装置マスドライヴァー。
物を運ぶための電磁誘導投射砲とでもいうべき設備から一発の弾丸が放たれる。
それはハイビスカス少女隊の元で割れ、中から1機のスーパーロボットが姿を見せた。
「あれが、ハイビスカスロボ!」
「アイツは1人乗りだ、戦闘はツィーチュカが! 私とベジェトルカはイタズラ3人娘を止める!」
「うん! ミスレシュカの指示、信用するよ!」
せせりが乗り込んだことでハイビスカスロボが起動する。
2体の巨人が相対した。
巨体が巨体とぶつかり合う。
ハイビスカスロボと巨大怪人マルコシアスの取っ組み合いは、大地を揺らし周囲を騒がせた。
不意に巨大怪人マルコシアスの1つ目(?)が光りビームが発射される。
「うわっ」
激しい衝撃にせせりは思わず声を上げるがハイビスカスロボはまだ平気だ。
「かなり頑丈なロボだね。なら、ちょっとくらい無茶したって!」
ギッと歯を食いしばるとせせりはハイビスカスロボを一気に走らせる。
そこを狙って巨大怪人マルコシアスのビームが一撃、一撃、一撃、一撃!
だけどハイビスカスロボは――せせりは怯まない。
右手のひらを大きく広げビームを真っ向から、迎え撃つ。
そしてそのまま、
「いっけぇ!!」
巨大怪人マルコシアスの顔面を掴み上げた。
高まったせせりのイルゼが右手に集まる。
強大な力が、熱が、想いがそこにはあった!
「プルスティ・ツィーチュキ!!」
ハイビスカスロボの一撃は――巨大怪人マルコシアスを撃破した。
「わ、巨大怪人が……」
「会長~、どうしましょー!!」
「くっ、ここは撤退しましょう。覚えてなさいハイビスカス少女隊!!」
「何度でもかかってくるさー!」
「ああ、ハイビスカス少女隊は負けないってな!」
「そうだよ!」
ハイビスカスロボから颯爽と飛び降りたせせりは気合に満ちた表情で言った。
「オキナワ市の平和は、ハイビスカス少女隊が守る!!」
先の大戦で、ある1人のスーパーヒーローが誕生した。
第一の英雄は人間兵器として造られながら高潔な精神で自身の正義を貫く。
その思想に感銘を受けた人々はスーパーヒーロー、ヒロインを名乗り戦時中から戦後の復興にまで尽力した。
スーパーヒーローの姿、存在は人々の心に刻まれ伝統となる。
時は大スーパーヒーロー時代となった現代。
今日もどこかでスーパーヒーローがスーパーヴィランと戦っている。
この、オキナワでも。