【7】
【7】
「あ、ともかちゃん? どうぞ入ってきてー!」
部屋の奥からたなさんの声が聞こえてきた。
「失礼しまーす」
「失礼します……」
靴を脱いで部屋の中へ入る。
「……どうしたの? みゆ君。微妙な顔をしているけど」
「いやー……なんか少し緊張して」
「ほら行くよ!」
ともかは俺の手を引っ張ると、廊下を歩いた。
「わ、分かったから……」
奥の方からは光が漏れていて、楽しそうな声が聞こえている。
「お邪魔しまーす」
部屋の中に入ってともかは言った。
「あ、ともかちゃん! いらっしゃーい」
たなさんは楽しそうな声でそう言った。
「みゆ君もいらっしゃい」
「どうも、こんにちは……」
部屋には小さな机が二つあり、それをくっつけてその周りに三人の女性が座っていた。
「空いている所に座ってね」
左端の方に座っているたなさんはそう言った。
「みゆ君、ここに座ろう」
「うん……」
俺とともかは空いている部分に座った。
「あ、まずは二人を紹介しないとね」
たなさんはそう言うと、俺から見て右斜め前に座っている人に手を向けた。
「その子が今日の主役のつてちゃんでーす」
「こんばんは、つてです」
ともかと俺の方を向いてつてさんは挨拶をした。
「久し振りだね、つてさん」
手を振ってともかは言った。
「うん久し振り。……それで、君が、みゆ君かな?」
首を傾げて、つてさんは俺を見た。
「は、はい。みゆっていいます、よろしくお願いします」
「よろしくねー」
優しく笑ってつてさんは言った。
「それで、そこに座っているのがとくちゃんでーす」
俺達の対面に座っている女性に手を向けてたなさんは言った。
「とくです。よろしくね」
耳に十個くらいのピアスを開けているとくさんはそう言って、手を振った。
「とくさんも久し振りだね」
「うん。元気だった? とかちゃん」
「元気だよー」
「そっか、よかった」
頷くと、とくさんは俺の顔を見た。
「あ、みゆです。よろしくお願いします……」
頭を下げて俺は自己紹介をした。
「みゆ君か……みゆ君……みゆ君……」
とくさんは考えるようにすると。
「うん。よろしくね、みゆみ君」
「は、はい…………」
みゆみ君?
「あ、とくちゃんは人にあだ名をつけるのが好きだから」
つてさんは俺の顔を見てそう説明した。
「そうですか……」
なるほど。だから、みゆみ君か……。
「あ、ともかちゃんみゆ君。何飲む?」
たなさんは立ち上がって冷蔵庫に近づいて、訊いてきた。
「僕はお茶でお願いします」
ともかはそう言った。
「お、俺もお茶でお願いします……」
手を上げて俺も言った。
「りょうかーい」
お茶とコップを取りながら、たなさんは言った。
「ねぇねぇみゆみ君」
とくさんが呼びかけてきた。
「はい?」
「みゆみ君ととかちゃんはどんなふうに知り合ったのかな?」
「え?」
「あ、私も気になるな」
つてさんもこっちに視線を向けて言った。
「えっと、そうですね……」
急に話を振られた俺は、ともかと出会ってから今までの記憶を思いかえした。
「あれだよね? 確か僕が道を歩いている時にみゆ君が声をかけてきたんだよね?」
考えるようにしてともかは言った。
「あー、そうだったんだ」
「はぁー積極的なんだねみゆみ君」
つてさんととくさんはともかの言葉に頷いた。
「おい、嘘つくなよ!」
慌てて俺はともかに行った。
「あれ? そうじゃなかった?」
妖しく笑いながらともかは言った。
こいつ、結構マジっぽい感じで嘘をつくんだな……。
「ん? 違うの? みゆみ君」
「あ、はい……。えっと、俺が一人で公園に座っていたらともかが声をかけてきたんです」
「そうだったんだ」
「はい」
「あー、でも何かともかちゃんっぽいね」
コップに入ったお酒を飲みながら、つてさんは言った。
「うん、一目惚れだったから。ねー、みゆ君?」
ふふっ、と笑ってともかは俺の腕に抱き着いた。
「あー……まぁ、本の趣味とかは合うなとは思ったけど……」
「へー、素敵だねぇ」
魚を揚げた料理を食べながらとくさんは言った。
「ともかちゃんとみゆ君ってさぁ、どういう関係なの?」
たなさんは首を傾げて訊ねてきた。
「え! いや、それは…………」
俺は視線を下に向けた。
「ねぇ、僕たちってどういう関係なのかなみゆ君?」
楽しそうな声でともかは訊ねてきた。
こ、こいつは…………。
「えっと……」
俺は数秒考えて。
「ええっと……友達……です。知り合ってまだそんなに時間は経っていないけど、その………一緒にいて楽しいし、親友……と言ってもいいくらいなのかなーって……」
小さな声で俺はそう答えた。
「あ、ともかちゃん耳が赤くなっている」
刺身を食べながら、つてさんは言った。
「………………」
ともかは照れて何も言わない。
「つってーもさ、とかちゃんみたいに積極的になれば彼氏できるんじゃない?」
とくさんはつてさんにそう言った。
「確かにそうかもねー。でもなぁ、本気で好きになった人には自分からは声をかけられないんだよね」
お酒を飲んで、つてさんは言った。
「つてちゃんの言う事も分かる気がするなー………………あ」
たなさんは何かを思いついたように机の上に置いていた携帯を手に取った。
「ねぇねぇ、写真撮らない?」
明るい声でたなさんは言った。
「写真……ですか?」
俺は首を傾げた。
「たなちゃんはこういう風に人が集まった時には、写真を撮りたがるのよ。記念に撮りたいんだって」
つてさんはそう言った。
「あぁ……なるほど」
「さぁ、皆そこに並んでー」
たなさんの指示で俺達は立ち上がって壁の方に集まって写真を撮った。
「次はそうだなー…………よし」
たなさんは何かを決めたように頷くと。
「次は、みゆ君とつてちゃんととくちゃんの三人で撮ってみよう」
と言った。
「え!?」
めちゃくちゃ驚いて俺はたなさんの顔を見た。
「いいよね? ともかちゃん?」
たなさんは、ともかに確認を取った。
「どうぞー」
楽しそうな声でともかは言った。
「え? いや、でも……」
「ダメかなみゆ君? つてちゃんととくちゃんと知り合った記念って感じで」
たなさんは首を傾げてそう言った。
「あぁ、でも……」
「いいじゃん撮ろうよ、みゆ君」
つてさんはそう言った。
「そうそう、人との縁は大切にした方がいいからね」
とくさんは頷きながらそう言った。
「そうですね、分かりました…………」
流石に断る事ができなくなって、写真を撮る事になった。
「そうだなー…………みゆ君は真ん中で、つてちゃんは左、とくちゃんは右って感じで撮ろうか?」
「あっ、え?」
「そうだね」
「うん、いいと思うー」
たなさんの提案に二人とも頷いて、つてさんが左にとくさんは右にきた。
「はい、ポーズとってー」
携帯を構えて、たなさんは言った。
「あ、そうだ」
つてさんはそう言うと。
「ちょっと失礼するねー」
俺の肩に腕を置いてポーズをとった。
「あ、私もそれにしよう」
とくさんはそう言うと、つてさんと同じように肩に腕を置いてポーズをとった。
「………………」
俺は身動き一つとらずに、ただ頭の中が真っ白になっていた。
「それじゃー撮るね」
そう言って、たなさんは写真を撮った。
「…………」
俺は無言のまま、ともかの隣に座った。
あー……なんか、この部屋に来る前に階段を上っていた時にともかが言った事がなんとなく分かった気がする…………。
つてさんもとくさんも、何と言うか、「大人の女性」って感じの雰囲気を発している。
それに慣れなくて、俺が緊張するって事をともかは分かっていたのだ。
「よかったねー、みゆ君」
ともかは、にやにやと笑って俺に言った。
本当に楽しんでいるよな、こいつは…………。
その後、たなさんたちはお酒を飲んで楽しそうに話していて、俺とともかはお茶を飲みながらその様子を見ていた。
それから、一時間後。
「あははー!! つてちゃんマジで昨日、釣りに行って大きな魚を釣ったの? それで漁師さんたちがめちゃくちゃ驚いていたの? あはは、面白すぎー!」
たなさんは楽しそうに笑っている。さっきからこんな感じだ。
どうやらたなさんは酔っぱらうと笑うようだ。
「ちょっとたなちゃん、笑いすぎよ。あんた前も笑いすぎて苦しくなっていたんだからね。気を付けてよー」
つてさんは俺の顔を見ながらそう言った。
いや、たなさんはあっちにいるんだけど……。
つてさん相当酔っているな……。
「ねぇ、ともかちゃんみゆ君。私ね最近、運動を始めて外を走るんだけどね、前より長い距離を走れるようになったんだー」
えへへー、と笑いながらとくさんは言った。
「そ、そうなんですか……」
「うん、そうなの。他にもね、苦手な食べ物を克服したりー……睡眠時間をちゃんととるようにしたりー……いろいろ試しているのー」
「そ、それはすごいですね……」
「そう? すごいかなー? えへへー」
とくさんは、こういう風に酔うんだな……。
「なに? とくちゃん最近走るようになったの?」
つてさんは、とくさんにそう訊いた。
「うん。そうだよー」
「そうなの……よーし、じゃあ今から走ってみる?」
「え?」
「そうだなー……うん、そうしよー」
つてさんととくさんは立ち上がって外に出ようとした。
「あの……」
流石に危ないと感じた俺は、止めようとした。
すると。
「とくちゃんも、つてちゃんもそんな状態で走ったら危ないよ」
たなさんは注意するようにそう言った。
「あぁよかった……」
俺は安堵の息を吐いた。
「だから、私も一緒に走るよ」
たなさんはそう言って立ち上がった。
「え!?」
「よーし、じゃあ三人で勝負する?」
「うんうん」
「それじゃあ、頑張ろうー!」
たなさん達はそう言うと玄関に向かおうとした。
「あ、あの……! おい、ともか……」
「そうだね、止めた方がいいかも」
俺はともかと一緒に何とか説得をして、たなさん達を止めた。
それから数十分後。
「あははー!! 見て、見てよ刺身がもうなくなって……あははー! さ、刺身がなくなって……あはははー! や、やばい今年で一番面白いわ! 見てよともかちゃん、だって刺身が、さ、さ、刺身が! 刺身が……あはははー!!」
刺身がなくなった事に対してたなさんはめちゃくちゃ笑っている。
「あれ? みゆ君?」
つてさんは不思議そうに俺の顔を見た。
「どうしたんですか?」
「いや、みゆ君のさ、後ろにさ、なんか知らない男の人が二人くらいいるんだけどみゆ君の友達?」
俺の後ろを指差して、つてさんは言った。
「え!?」
一瞬にして鳥肌が立った俺は慌てて後ろを見たが、誰もいなかった。
「あ……ベランダの方に移動したみたいだ……あれ? なんか女の人もいるなぁ……」
目を細めてつてさんは言った。
「あ、本当だー。何か楽しそうな雰囲気だねぇ。私達も一緒に話して見る?」
とくさんもベランダを見てそう言った。
つてさんととくさんには何が見えているんだ……。
「あははー! つ、つてちゃんも…も…あははー! とくちゃんも…何が見えているのよー!! ちょっと酔っ払いすぎじゃない? あはははー!! はぁ……お腹が、お腹が痛い……あは……刺身食べて落ち着こ………さ、刺身………あはは!! さ、さ、刺身が……あははー! 見てよともかちゃんみゆ君! 刺身が、さ、刺身が……あははー!! こ、今年で一番、一番面白いわー! あははー!」
…………。
「みんな楽しそうだね」
ふふっ、と笑ってともかは言った。
「そうだな……」
「……あ、みゆ君」
「ん?」
「はい、あーん」
ともかはそう言うと、チーズを揚げた食べ物を俺に近づけた。
「…………本当に食べさせるの好きだよな、ともかって」
「こーいうことするのは、みゆ君にだけだよ?」
ふふっと笑ってともかは言った。
「……もし、それを俺が断ったらどうするんだ?」
「泣きまーす。食べてくれるまで泣きます」
「なんだよそれ……」
食べるしかなさそうだな……。
「はい、あーん」
「……ん」
「どう?」
「……美味しいなこれ」
「でしょ? たなさんが作ったんだって」
「へぇー」
そんな感じでともかと話していると。
「わー、あーんだって」
「本当に仲がいいんだね、とかちゃんとみゆみ君って」
「ねぇ、みゆ君はともかちゃんにしないの? あーんって」
たなさんたちが俺とともかの事を見て楽しそうに言った。
「あー、何かテンションが上がってきたわー。そうだ、写真、写真……」
そう言うとたなさんは、携帯を探し始めた。
「な、何を撮るつもりなんですか?」
「なにって、ともかちゃんの成長記録よー」
「どんな成長記録ですか!」
何かどんどん場が凄い事になってきた……。
すると。
「みゆくーん」
ともかはそう言うと、俺の首に腕を絡めてきた。
こ、こいつが今、何をしようとしているのかは何となく分かる。
「おっと、これはもしかして……」
たなさんは少しこちらに近づいてとても楽しそうにしている。
「みゆ君……」
そう言うと、ともかは顔を近づけてきた。
や、やばい……。
この場で理性が残っているのは多分、俺だけだ。
「えっと…………あ!」
「どうしたの、みゆ君?」
「あ、あの、もう外も結構暗くなってきたので俺達帰ります!」
俺は早口でそう言って、ともかの腕を掴んで立ち上がった。
「えー? もう帰るの?」
たなさんは首を傾げて俺に言った。
「えっと……はい。あの……たなさん、つてさん、とくさん、今日は本当に楽しかったです。ありがとうございました」
頭を下げて俺はお礼を言った。
「んーそっか………うん! 私も楽しかったよ、ありがとうねー」
「とかちゃん、みゆみ君、またね」
「よかったらまた遊ぼうね」
明るく笑ってたなさんたちは言った。
「はい、ありがとうございました」
俺は、もう一度お礼を言ってから玄関へ向かった。
「みゆ君……」
ともかは、俺の後を歩きながらそう呟いた。
「大人の飲み会ってあんな感じなんだなー」
ともかの家へと向かって歩きながら、俺は言った。
「たなさんたち、いい人だったな。初めて会う俺にも普通に接してくれたし」
「……そうだね」
呟くように、ともかは頷いた。
「ん?」
俺は隣を歩いているともかを見た。
何か、少し元気がない……か?
「ともか、どうかしたのか?」
「……………」
ともかは顔を下に向けている。
「お、おい。大丈夫か?」
心配になって俺は訊いた。
「……ご………な……い……」
すると、ともかは何かを呟いた。
「ん?」
声を聞こうと、俺はともかに顔を近づけた。
すると。
「……ご、め、ん、な、さ、い!」
ともかは急に顔を上げてそう言った。
「うわっ! び、びっくりさせるなよ……!」
心臓の辺りを押さえて俺は言った。
「…………ごめんなさい……」
よく見ると、ともかは泣きそうな顔になっていた。
「な、なんで泣きそうになっているんだ?」
悲しそうな表情をしている理由が分からなくて、俺は訊ねた。
「……少し、調子にのっちゃったかな……って」
小さな声でともかは言った。
「楽しかったから、それで……さっき……みゆ君に……その……」
「俺に……?」
俺は、さっきまでの事を思いかえした。
「…………もしかしてそれって、さっき俺の首に抱き着いた時の事か?」
そう訊くと。
「うん……」
と、ともかは頷いた。
「あぁ……」
何となくだけど、ともかの言いたい事が分かった気がする。
「……お前あの時、俺にキスしようとか思っていただろ」
「うん……」
「もしかして、それを気にしているのか?」
「うん……」
「……いや、でも家ではあんな感じだろともかは。なんで今になって謝るんだよ」
「それは……」
言いながら、ともかは俺の顔を見た。
「それは……だって、人の前ではあんまりそんな事をしてなかったから。だから……みゆ君はたなさん達の前で僕があんな事をして嫌だったんじゃないかなーって思って……」
そう言うと、ともかはまた視線を地面に向けた。
「……なんだ、そう言う事か」
ともかの言いたい事が分かって、俺は息を吐いた。
「え?」
「いや、うーん……………別に俺はそんなに気にしてないよ。まぁ、確かにテンションがいつもより高かったけど……楽しかったんだろ? たなさん達といて」
「うん………」
「じゃあ……まぁ、いいんじゃないか? 気にするなって」
「みゆ君…………」
「それに謝るなんて、ともかっぽくないしな」
「み、みゆ君は僕の事を普段どう思っているの……?」
「ん? あーそうだな……うーん……わがままかな?」
「みゆ君!」
俺の言葉を聞いたともかは背中にのっかってきた。
「あはは、冗談だって、冗談」
俺は笑って言った。
「…………感謝しているよ、ともかには。本当に」
「…………ありがと、みゆ君」
囁くようにともかは言った。
「……別にいいって。それより、背中から降りてくれないか?」
「うーん……いやでーす」
「おい!」
「いいじゃん。家に泊めてあげているんだから」
「あ! こんな時だけそんな事いいやがって……」
「だって、わがままなんでしょ僕って?」
「あー、もう……………分かりましたよ、分かりました。ともか様、喜んで家までおんぶさせていただきます」
「ふふっ、ありがとう。お礼に、明日の夕ご飯はみゆ君の好きなものを作るからさ」
楽しそうに笑って、ともかは言った。
真っ暗な空を見上げて歩きながら、
「確かに今日は楽しかったな……」
と、俺は呟いた。
【7・終】