【6】
【6】
たなさんがともかの家に来て、数日経った。
「……………眠い」
俺は、今日もいつも通りに7時くらいに起きて、
「いただきます」
朝ごはんを食べて、
「毎日掃除しているから、ぜんぜんゴミがないんだよな……」
掃除をして、
「今日はこれを読むかな……」
その後は読書をしていた。
「…………………」
最近は、家出をする前より本を読んでいる気がする。
「………………」
「……………みゆ君」
「あ。ともか」
声がしたので顔を上げると、ともかが立っていた。
「おかえり。学校もう終わったのか?」
「うん」
ともかは頷くと、こっちに近づいてきて、
「ねぇ、みゆ君」
「ん?」
「隣に座ってもいいかな?」
「え? あぁ、うん……」
「やった」
そう言うと、ともかは俺の隣に座った。
「ふふっ」
「……………」
距離がとても近い……。
というか、思いっ切り寄りかかってきている。
「あ、そうだ。みゆ君」
「ん?」
「今からさ、おばさんに会いに行こうと思っているんだけど、みゆ君も一緒に行く?」
「おばさん?」
「うん」
ともかは頷いた。
「えーっとね、僕の父さんのお姉さんなんだけど。近くに来ているって連絡があったから、久し振りに会って来ようかなと思っていて」
「ふーん、そっか……」
「それで、電話の時におばさんにみゆ君の事を話したら、『会って見たい』って言ったんだよね。だから、もしみゆ君がいいなら一緒に会いに行かないかなーって」
「うーん………」
俺は数秒考えた。
「んー……でも、俺が一緒に行ったら迷惑じゃないか?」
「ううん。そんな事はないよ」
首を横に振ってともかは言った。
「………そっか。じゃあ……俺も行ってもいいかな?」
「うん」
明るく笑ってともかは頷いた。
「じゃあ、ちょっと待っててね」
「うん」
それから数分後。
「お待たせ」
「ん」
ともかは服を着替えていた。
「あ」
被っている帽子は俺がともかにプレゼントしたものだった。
「どう、似合っている?」
「あぁ、とても似合っている」
「ふふっ。それじゃあ、行こうか?」
「うん」
それから靴を履いて玄関を出て、ともかのおばさんに会いに行くことにした。
「ともかのおばさんってさ、どんな人?」
歩きながら、俺は訊ねた。
「んー……僕には優しいよ。父さんにはめちゃくちゃキツイ態度をとるけど」
あはは、と笑ってともかは言った。
「そ、そっか」
「あ、それと……」
「うん?」
「おばさんは、母さんにも優しかったな」
穏やかで落ち着いた表情でともかは言った。
「そっか…………」
「うん」
「……………」
少し。
少しだけ、ともかにお母さんの話を聞こうかなと思ったけど。
「……………」
結局、それはしなかった。
「あ、あれだよ。みゆ君」
「ん?」
ニ十分くらい歩いて、いろいろな店が辺りに見えてきた所で、ともかはある店を指した。
「あれって……」
ともかの指差した方を見ると、そこは小さな喫茶店だった。
「あそこか?」
「うん。おばさんはあの店が気に入っていて、ここら辺で会う時にはいつもここなんだ」
「そっか」
「そろそろ約束の時間だから、多分もう店の中にいるはず」
「あーでも、本当にいいのか? 俺がいて」
「大丈夫だって。それにおばさんがみゆ君に会ってみたいって言ったんだから」
「んー……そっか」
話しているうちに喫茶店の入り口に到着して、ともかがドアを開けて俺達は中へと入った。
「みゆ君、こっちだよ」
ともかの案内で店の奥の方へと行くと、
「おばさん、久し振り」
「あぁ、ともか」
そこには、ともかのおばさんだと思われる人がいた。
見た目はとても若く、ともかのお姉さんだと言われても信じてしまいそうな程だった。
「その人が……」
ともかのおばさんは、俺の顔を見て首を傾げた。
「えっと………俺は、みゆって言います。あの……よろしくお願いします」
頭を下げて俺は自己紹介をした。
「どうも。ともかのおばです」
丁寧にお辞儀をしてともかのおばさんは言った。
その綺麗な動作を見ていると、ともかはおばさんに似ているんだな、と思った。
それから、俺とともかは席について、飲み物を注文した。
「最近、どんな感じ?」
「うん? まぁ、いつも通りかな………。あ、でもみゆ君と出会ってからはとても楽しいかな」
「そっか」
「うん」
「だったらよかった」
「心配してくれてどうもありがと」
「いいのよ。……………ともか」
「なに?」
「あなたの父親は最近、どうしている?」
………ともかのおばさんは、自分の弟であるともかの父親の事を、「あなたの父親」と表現した。
それだけで、ともかの父親とおばさんがとても仲が悪いのだと分かった。
「あぁ。あの人は相変わらずだよ。一応、生活費とかは時々家に来て置いていくけど」
「…………そう。もし何かあったら私に言いなさい。そしたら私がアイツを殴ってやるから」
「うん、分かった。殴る役目はおばさんに譲るよ」
ふふっと笑ってともかは言った。
「ええっと、みゆ……君?」
ともかのおばさんは俺の顔を見た。
「は、はい」
「あなた、相当ともかに好かれているみたいね」
「え!? あ………は、はい……多分………」
「ちょっとおばさん………!」
ともかは顔を赤くして、おばさんに抗議した。
「あらら、これはマジっぽいわね……」
ともかの反応を見て、おばさんは笑った。
「本当にやめてよ……」
そう言うと、ともかは俺の肩に顔を隠した。
見なくても分かるけど、多分耳まで赤くなっているんだろう。
「みゆ君、ともかに振り回されていない?」
「えーっと。そんな事は……ないです……よ?」
「ふふっ、その反応を見たら大体分かったわ」
「あはは……」
「……みゆ君」
「は、はい?」
「ともかと一緒にいて楽しい?」
「……はい。楽しいですよとても。それに、感謝もしています」
「そう。ふふっ、だってよー? ともか?」
「あぁもう……」
ともかは勢いよく席から立つと。
「お、おばさん。また近いうちに会おうね。そ、それじゃあね……!」
そう言って、飲み物代を机に置いて俺の腕を引っ張り、店の出口に向かった。
「お、おい。ともか……!」
「みゆ君」
ともかのおばさんは俺に呼びかけると。
「できれば、ともかと仲良くしてあげてね」
と、微笑んで言った。
「あ……はい、分かりました」
その言葉に頷いて、俺はともかに引っ張られるままに店を後にした。
「…………」
ともかは、遠慮がちに俺の腕に引っ付いて、無言で歩いている。
「…………」
「…………ともかのおばさんって、すごくともかに似ているよな」
「……そう……かな」
「うん」
「…………初めて言われた」
「………そっか」
「……………」
「…………ともかって、からかわれると可愛い態度になるよな」
「あぁ、もう! みゆ君まで!」
背伸びをしたともかは、俺の髪をがしゃがしゃと混ぜた。
「ごめん、ごめん」
「いや、許さない」
そう言うと、ともかは俺の背中に乗っかった。
「おい」
「このままの状態で家まで帰ったら、許すよ」
「……えー………うーん……ここから家までニ十分くらいだろ? んー……俺の体力で出来るかどうか丁度、微妙な提案だな……」
「それを計算したうえでの提案なんです」
「だとしたら、すげぇな」
「…………やっぱり普通に歩く?」
「…………いや、多分大丈夫だろ。ともか、軽いし」
「あぁ、だから……」
そう言うと、ともかは顔を俺の肩辺りに置いて、
「…………ねぇ、みゆ君」
と、囁いた。
「うぉぉお……!! なんかぞくぞくするからやめてくれ!」
「え? マジ? 別に意図してやったわけではないけど。……そっかそっか」
「お、おい? ともかさん………? なんか声が妖しい感じになっているけど……」
「ねぇ、みゆ君。今日さ……」
「あぁあぁああ!! だから、耳元で囁くなって! なんかいけない事をしている雰囲気になってくるから!! いや、別にいけないことをしているわけではないけれども! ただおんぶしているだけだけれども!」
「ふふっ。みゆ君って意外と……」
「あぁあぁぁああっ!! よ、よし、もう走るからな! 早く家に帰ってお前を背中から降ろすからな!
走るぞ? もう走るぞ? 落ちるなよっ!?」
「えっ? みゆ君、走ったら流石に足を痛めるんじゃ……」
「よし!」
「うわぁああっ。マジで走ったよ」
「……あ、やばい、もう疲れてきた」
「えぇ? やっぱり無理してるじゃん。…………分かった、分かった」
そう言うと、ともかは背中から降りた。
「ごめんね。大丈夫? みゆ君」
心配そうに、ともかは俺の顔を覗き込んだ。
「……………」
「みゆ君?」
「……………ふっ」
「み、みゆ君? な、なんで笑っているの?」
「……なんか…もう……テンションが……アレに……なってきたな……」
「みゆ君? ってうわっ。な…………な、なんでお姫様抱っこを?」
「おんぶが無理でも、これなら多分大丈夫だろ」
「い、いや、理屈がよくわからないんだけど……」
「よし、走って帰る」
「なに、その走って帰る事に対しての執着は……」
「よし!」
「って、また走ったよ! ちょ、ちょっと僕一応スカートなんだけど……」
「大丈夫だろ、多分」
「うわ………普段優しい人が爆発するとこうなるのか………」
その後、五分もしないうちに体力がなくなった俺は、ガチでともかに心配されて普通に歩いて帰ることになった。
「…………ねぇ、みゆ君」
「うん?」
「今日の夕ご飯は、魚料理を作ろうかと思うんだけど」
「そうだなぁ……うん、いいと思う。ともかはどんな料理でも美味しく作るからな」
「……みゆ君。僕はとてもうれしいけど、その褒め方は人によっては少しカチンとくるかもしれないよ」
「えっ? ま、マジで? あぁ……ごめん。本当にごめん……」
「い、いや。だから人によっては言ったじゃん。そんなに落ち込まないでよ。僕は、みゆ君に褒められたらとっても嬉しいから」
「あぁ、ありがと…………」
「………よし、みゆ君」
「うん……?」
「最近、テレビを観ていたら、『直ぐに元気になれる方法』ってやつをやっていたんだけど。今やってみる?」
「ん? あぁ……そんなに手軽にできるのか?」
「うん、めちゃくちゃ手軽」
「そっか、じゃあやってみよっかな……」
「その方法ってのが、キスな………」
「絶対嘘だろ!」
「えー、まだ全部言ってないじゃん」
「いや、ほとんど言っただろ!」
そんな感じの話をしていると、数十メートル先にともかの家が見えてきた。
「そろそろ……家に着くな」
「あ、本当だ」
「……………ん?」
「どうしたの、みゆ君?」
「いや…………」
目を凝らして見ると、ともかの家の玄関の方に誰かがいるような気がした。
「誰か来ていないか?」
「え? うーん………あ、本当だ」
「だよな?」
「うん。…………あれ? こっちに近づいてきていない?」
ともかの言う通りに、その人物はこちらに近づいてきた。
「あ」
あと数メートルといったところまで近づいてきたところで、その人物の正体が分かった。
「こんにちはー、ともかちゃん、みゆ君」
明るく、たなさんはそう言った。
「いやーよかった、家にいないようだったから電話しようかなーと思っていたんだ」
「たなさん何かあったの? ……っとその前に、洋服とかお菓子ありがとうね」
ともかは、数日前に貰ったもののお礼をたなさんに言った。
「いやいや、別に気にしないで」
「うん、ありがとう」
「……あ! それでさ」
「なに?」
「今日私の家でパーティーをしようと思っているんだけど、よかったら、ともかちゃんとみゆ君も来ない?」
首を傾げて、たなさんは訊ねた。
「パーティー……?」
「うん。ほら私の友達に、『つてちゃん』っているでしょ?」
「…………あぁー、うん。前に一度だけ会った事があるかなぁ」
思い出すようにして、ともかは頷いた。
「それで、そのつてちゃんが最近彼氏ができていないんだけど、『それはなぜか?』 って考えるパーティー」
「おぉ……」
たなさんの言葉に頷きながら、ともかは何とも言えない表情で俺の顔を見た。
いや、俺に振られても何とも言えないって……。
「僕は楽しそうだから行ってみたいけど、みゆ君はどうする?」
「えぇ…………」
何て答えたらいいんだろ…………。
「みゆ君も来てよ! 食べ物とかも用意してるからさ!」
笑顔でたなさんは言った。
「行こうよ、みゆ君」
腕に抱き着いてともかは言った。
「えっと…………は、はい………俺も、参加させていただきたいと思います……」
「よし、決まりだね。あ、私の家の場所はともかちゃん分かるよね?」
「うん。大丈夫、覚えているよ」
「それじゃあ、準備とかが終わったら来てね! 待ってるから。…………あ、私の家の玄関は開けておくから勝手に入ってねー」
そう言って手を振りながら、たなさんは道を歩いて行った。
「みゆ君。僕、着替えようと思うんだけど、それから行く?」
「ん? また着替えるのか?」
「うん」
「分かった。じゃあ、家に入るか」
「はーい」
それからともかが着替えるのを待って、三十分くらした後に、たなさんの家に向かう事にした。
………ちなみに。服は全部違うものに着替えたともかだったけど、帽子だけは同じものを被っていた。
それに俺が気付くと、「ふふっ。これはみゆ君が必死になって選んだ帽子だからねー」と楽しそうにそう言った。
いや、まぁ……確かに、一生懸命選んだけれども…………。
まぁ………なんにしても、それは、少し嬉しかった。
家を出てから、たなさんの家に向かう途中に店があったので、そこでお菓子を買ってからあらためて、たなさんの住む場所を目指した。
ニ十分後。
「ここか? たなさんの住んでいる場所って」
大きめなマンションを見上げて俺は訊ねた。
「うん。それじゃあ、中に入ろうか」
「ん。」
それから俺達は、マンションの入り口に入り、階段を上った。
「なぁ」
「うん?」
「たなさんの友達の、その……つてさんってどんな人?」
なにげなく俺はともかに訊ねた。
「え? つてさんか………うん、綺麗な人だよ。優しいし」
「ふーん、そっか……」
「…………あ、でも。あれかな……」
ともかは何かを考えながら首を傾げた。
「どうした?」
「ん? いや…………もしかしたら、あまり女性になれていない様子のみゆ君には、ちょっとあれかもな……って」
「そ、それはどういう意味だ?」
「ふふっ。会えば多分分かるよ」
「え、いや、今教えてくれよ………」
「いやでーす。……あ、この階だよ。みゆ君」
「あ、あぁ……」
頷いて、俺はともかの案内で通路を歩いた。
「えーっと……あ。この、部屋だよ」
通路の真ん中あたりにあるドアを指差して、ともかは言った。
「それじゃ、ドアを開けるよ? みゆ君」
「あ、うん………。いや、でもその前に心の準備とか……」
「たなさーん、入るねー?」
「ってもう開けたし……」
部屋に入る前から、俺はとても緊張していた。
【6・終 7へ続く】