【4】
【4】
「それで、どこに出かけるんだ?」
ともかの家を出てしばらく歩いた後、俺は訊ねた。
「え? あー……えーっと……」
すると、ともかは考えるように空を見上げた後に、
「み、みゆ君はどこか行きたい所とかある?」
と、苦笑いして俺に訊ね返した。
「ん? どこか目的の場所があるんじゃないのか?」
「いやー……特には決めていないんだよね。みゆ君とどこかに行きたいなーって思ったから勢いで誘っちゃったっていうか……」
「ふーん……そうだったのか」
「だから、みゆ君が行きたい場所があったらそこに向かいたいと思うんだけど……」
「んー……そうだなぁ……」
行きたい場所か……。
ん…………。
…………あ、そういえば。
「確か……昨日ともかと会った公園の近くに、大きなデパートがあったと思うんだけど。そこは少し気になっていたかな……?」
場所を思い出しながら、俺は言った。
「あぁ、あそこね! あのデパートだったら何度か行った事があるから、僕も少しは案内する事ができるかもしれない」
「そっか。じゃあとりあえず、そこに向かうって事にする?」
「うん、そうだね!」
明るい声でともかは言った。
その後、俺とともかは目的のデパートを目指して歩いた
数十分後。
「うわぁ……やっぱり大きいなこの店……」
デパートの入り口前で、建物の大きさに圧倒されながら俺は呟いた。
「いろんな店が中に入っているからねぇ」
一緒に建物を見ながらともかは言った。
「それに、人の数も凄いし……」
次々に店の中に入っていく人の流れを見ながら俺は言った。
「まぁ今日は休日だし、いつもより混んでいるかもね」
「そっか」
「あれ? みゆ君って人の多い場所って苦手なの?」
「いや、そんな事はないと思うけど…………ただ何となく、都会ってやっぱり凄いなぁ……って思って」
「そう」
ふふっ、とともかは笑った。
「それじゃあ中に入ろっか? みゆ君」
「あぁ、そうだな」
頷いて、俺とともかはデパートの中に入った。
「みゆ君、どこから見る?」
俺の顔を見てともかは訊ねた。
「そうだなー……」
辺りを見てから俺は考えた。
「いや、でも店が多すぎて、どこから見たらいいのかよく分からないな……」
「そうだねぇ。…………じゃあまず、上の階から見てみる? 服屋とか本屋さんとかがあるけど」
ともかはそう提案した。
「そっか。んじゃあ、そこから見てみよう」
俺は頷いて、ともかの提案に賛成した。
「うん。分かった」
そして、近くにあった階段を上って俺とともかは二階に到着した。
「うぉ、服を売っている店だけでも凄い数だなぁ……」
通路の両側にある、たくさんの店を見て俺は驚いた。
「まだまだ先にも店はあるよ?」
「まじか……」
周りの店を見ながら少しずつ通路を進んでいく。
「…………あ。ねぇ、みゆ君みゆ君!」
「ん?」
「あそこの店に入ってみようよ!」
左側にある店を指さして、ともかは言った。
「あぁ、うん」
頷いて、店の中へと入る。
「…………」
落ち着いた雰囲気のデザインをしたその店は、主にシャツを取り扱っていた。
「ねぇ、これとか、みゆ君に似合うんじゃない?」
一枚のシャツを手に取って、ともかは訊いてきた。
「おぉ、いいな。このシャツ」
全体的に赤色で、中央に複雑な図形がプリントされたそのシャツは、とてもカッコよかった。
「んー……」
手に取って眺めながら俺は、ふと何気なく値札を見た。
「………………」
あぁ……。
まぁ……。
うん……。
確かに店の雰囲気も落ち着いて大人な感じだし……。
まぁ、そうだよなぁ……。
そうだよ……うん…………。
「みゆ君? どうしたの?」
静かになった俺の様子に気付いたともかが話しかけてきた。
「え? あぁいや、確かにいいデザインだよな、この服……」
あはは……と笑って俺は答えた。
「そ、そうだ。他の店も見て見ないか?」
「え? あ、うん。そうだね」
ギクシャクした俺を見てともかは訝しげな表情を浮かべた。
小心者の俺としては、買う事ができないような値段の店にずっといるのは気が引ける……。
「みゆ君はどんなファッションが好きなの?」
再び通路を歩きながら、ともかは訊ねてきた。
「うーん……そうだなぁ」
今までに着てきた服を思い返してみる。
「ファッションっていうか、色で言えば黒とか赤の服が多いかな……?」
「そうなんだ。僕も、同じ感じの服が多いかなぁ……。ふふっ、似ているね僕たち」
楽しそうに笑ってともかは言った。
「あぁ……そうなの……かも……な」
なんていうか……。
ともかの笑顔を見ていると、現実感が薄まっていくような。
夢を見ているような、そんな感覚になる。
多分、それは。
今までに出会ってきた人たちの中で一番、
ともかは、
美しくて、
儚くて、
そして、強烈な存在感を持っているからだと思う。
「みゆ君、何か考え事?」
顔を覗き込むようにして、ともかは訊ねてきた。
「あ……いや……ううん。何でもない」
「本当に?」
「うん。大丈夫、大丈夫」
急に緊張してきた俺は、視線を泳がせてともかに返事をした。
そして、気持ちを落ち着かせようと辺りの店を見ていると。
「…………あ」
「どうしたの? みゆ君?」
「あそこの店」
ふと目に入った店を指差して俺は言った。
その店は、今ともかが着ているような服を取り扱っているようで、店の中にはオシャレな格好をした店員やお客さんがいた。
「なんか、ともかに似合いそうな服が置いてあるなーって思って」
言いながら、俺はその店の入り口に近づいた。
「あ、本当だ。可愛い服があるねぇ」
店の中を覗いてともかは言った。
「少し、入ってみる?」
俺はともかにそう訊ねた。
しかし。
「…………」
ともかは無言で店の中を見ているだけで、中には入ろうとしなかった。
「ともか?」
様子が気になった俺はともかに呼びかけた。
「………………あ。ご、ごめんなさい。なにかな? みゆ君」
ハッとした様に俺の顔を見て、ともかはそう言った。
「いや……店の中に入らないのかなーって」
「あぁ…………うん。今日はいいかな」
眉を八の字にして笑ってともかは言った。
「そっか……」
…………ともかは。
ともかは、今店の中を見て何を思ったのだろう?
気にはなったけど、それを聞くことはなぜかできなかった。
「うん…………あ、みゆ君」
「なんだ?」
「向かいの店に帽子が売っているよ、見て見ない?」
切り替えるように、明るい声でともかは言った。
「あ、あぁ。そうだな……」
頷いて俺は答えた。
「わぁ、たくさんあるね、可愛い帽子」
オシャレに棚に飾られた帽子を見てともかは言った。
「確かにいろんな種類があるな……」
店の端から端まである帽子を見て俺は呟いた。
「みゆ君は、帽子とかは集めていないの?」
「あぁー、うん。あんまり意識して買った事はないかな」
「そうなんだ」
「あぁ。ともかは好きそうだよな帽子」
「そうだね。結構好きで集めているよ。………あ、これどうかな?」
ハートの柄が刺繍された帽子を手に取って、楽しそうにともかは言った。
「うん。とても似合うと思う」
頷いて俺は答えた。
そして、
「あ」
楽しそうにしているともかを見ていてふと、ある事を思いついた。
「ともか……」
「うん?」
「何か欲しいモノとかある?」
「え?」
「いや……」
俺は思いついた事を何とか言葉に表そうとした。
「なんていうか、その……昨日からお世話になっているし。それで、少しでも何か恩返しができないかなーと思って……」
繋ぎ繋ぎに俺は言った。
「みゆ君……」
俺の言葉を聞いたともかは、少し驚いたような表情をした。
「別に気にしないでいいよ? 恩返しだなんて、そんな……」
「いや、でも。ええっと……その……」
情けなく俺は、何とか感謝の気持ちを伝える事ができないかと、言葉を詰まらせた。
すると。
「……そっか」
そう言って、ともかは優しく微笑んだ。
「その…………本当にいいの? 買ってもらっても」
「あ! う、うん」
「……みゆ君、家出してきたのにお金は大丈夫なの?」
「あぁっと……それは……。だ、大丈夫だ! 何とかなる!」
「ふふっ。分かった」
ともかは頷いた。
「それじゃあ……えっと……帽子を、買ってもらいたいんだけど……」
「あぁ、分かった。それで、どの帽子?」
棚にたくさん飾られた帽子を見て俺は訊ねた。
「んーと………………あ、そうだ」
ともかは、俺の顔を見ると。
「みゆ君が選んでくれないかな?」
そう言った。
「え? 俺が?」
「うん」
「えーっと……それは………ともかに似合いそうな帽子を、俺が選ぶってことか?」
「うん。そうしてくれると嬉しいな」
微笑んでともかは言った。
「んー…………でもいいのか? 俺はあんまりファッションのセンスとか自信がないけど……」
「ううん。あまり難しく考えないでいいから。」
「わ、分かった…………」
それから俺は、店の中にある帽子をいろいろと見て、ともかに似合いそうなものを探した。
値段を見て選択をするのは嫌だったから、値札は見ないようにした。
「こ、これとかどうかな……?」
数十分悩んで考えた後に、俺は選んだ帽子をともかに見せた。
「うん、とても素敵だと思う」
帽子を見たともかは嬉しそうに笑った。
「みゆ君」
「ん?」
「本当にありがとうね」
「いや、お礼を言うのは俺の方だよ。ありがとうな、ともか」
「……ふふっ」
「あはは……」
その後、帽子をレジに持って行くとラッピングができると分かったので、それをお願いして、ラッピングが終わるまで少し待つことになった。
「……あ」
「どうした?」
「ちょっと、トイレに行ってきてもいいかな?」
小声でともかは訊ねた。
「あぁ、分かった。ラッピングが終わったら店の前で待っているよ」
「うん。ごめんね、少し待っていて」
そう言って、ともかは店を出て通路を歩いて行った。
それから五分くらいしてラッピングが終わり、商品を受け取った俺は店の前でともかを待つことにした。
数分後。
「ごめんね、みゆ君」
小走りで戻ってきて、ともかは言った。
「別に大丈夫」
「うん、ありがと」
あはは……と笑うともかの手には、さっきまでは持ってなかったはずの袋が提げられていた。
ここに戻ってくる間に何か買い物でもしたのだろうか……?
「それじゃあ、次はどこに行こっか……」
「……ねぇ、みゆ君」
「ん?」
「ちょっと……悪いんだけどさ、一旦外にでないかな……?」
「あ、あぁ、別にいいけど……」
言いながらともかの顔を見ると、少し苦しそうな表情をしていた。
「……大丈夫か、ともか? なんか苦しそうな顔をしてるけど……」
心配して俺は訊ねた。
「ん……大丈夫、大丈夫。ただ少しだけ外の空気が吸いたくなっただけだから……」
笑顔でともかはそう言った。
「そっか……。じゃあ一階に降りて、外に出るか」
「うん」
階段を目指して俺とともかは歩き出した。
「本当に人が多いよなぁ……」
歩きながら辺りを見て俺は呟いた。
「………………ねぇ、みゆ君」
「ん?」
呼びかけられたので、隣を見ると。
「……手………い……な……」
小さな声でともかは何かを言った。
「どうしたんだ……?」
ともかの身長に合わせて声を聞こうとした、その時。
「…………」
ともかは背伸びをすると、俺の耳元で。
「手、つないでもいいかな?」
と、囁いた。
「…………」
一瞬にして頭の中が真っ白になった俺は、静かに、ともかの顔を見た。
「……」
ともかは顔を下に向けていた。
耳は真っ赤になっていて、唇をかみしめているように見えた。
「手、つないでもいいかな…………」
下を向いたまま、ともかはそう言った。
「……………」
「……………」
「……………」
「…………………あぁ」
自然と、俺は頷いていた。
「…………ありがと」
そう言って顔を上げたともかは、悲しそうに笑っていた。
そして。
「……」
ともかは、俺の左腕に両手を絡ませて寄りかかってきた。
「…………」
「……」
「…………」
「……」
こ、これって……。
これって、手をつなぐより一つレベルが上の、あの、あれ……だよな。
「…………」
香水の。
「…………」
香水の匂いが微かに、顔に届いた。
「…………」
緊張が限界に達した俺は、ぎこちない動きでともかを見た。
だけど。
「…………」
だけど、帽子に隠れてともかの表情は見えなかった。
その後、気がつくといつの間にか外に出ていた。
「…………」
「…………」
「…………あ」
ふと、視界がベンチを捉えた。
「えっと…………あそこに座るか?」
ベンチを指差して俺は訊ねた。
「…………うん」
小さく、ともかは頷いた。
「…………」
「…………」
ベンチに座ると、ともかは静かに手を解いた。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………みゆ君」
「は、はい?」
「……ごめんね。ありがとう」
顔を上げてともかはそう言った。
「…………大丈夫か?」
「……うん、もう大丈夫」
「そっか、ならよかった…………」
「うん………」
「……………」
「……………」
「あの、みゆ君……」
「………あ!」
「ど、どうしたの? みゆ君?」
「お、お腹、空いていないか?」
「えっ?」
「ああっと……ほら、もう昼前だし」
建物にかけられた、時計を指差して俺は言った。
「そ、そうだね……」
「えっと……俺なんか買ってくるよ!」
「え?」
「ちょっと待ってて、直ぐに戻るから」
ともかにそう言って、俺はベンチから立ち上がった。
「みゆ君?」
「大丈夫、すぐに帰ってくるから」
そう言って、俺は今出てきたばかりのデパートの入り口に足を進めた。
「…………」
ともかは。
「…………」
ともかは、何かを話そうとしていた。
だけどその前に一旦、冷静になった方がいい……。
そう思ったから、俺は今、歩いている。
「…………」
とても早く動く心臓を押さえるようにして、俺は店の中に入った。
数分後。
「お、お待たせ」
「うん……」
素早く店で買い物をすませて、俺はベンチに戻ってきた。
「えっと……おにぎりと、お茶を買ってきたんだけどこれで……よかったかな?」
ともかの隣に座って俺は訊ねた。
「うん。ありがと」
微笑んでともかは頷いた。
「じゃあ……はい、これ」
袋から食べ物を取って、ともかに渡した。
「ありがとう、みゆ君」
「あ、あぁ……」
それから、もくもくと静かに俺達はお昼ご飯を食べた。
おにぎりだけだったから、食事の時間はとても早く終了した。
「……………ともか」
「なに、みゆ君?」
「……なにか……あった?」
袋にゴミをしまいながら、俺はともかに訊ねた。
「…………うん。トイレに行った時に少し……ね」
頷いて、ともかは言った。
「そっか………」
「うん………」
「………………」
「………………」
「…………理由は聞かない方が……いいかな?」
「…………うん。もう……大丈夫だから」
「………そっか」
「うん。ありがとう、みゆ君」
俺の顔を見たともかは、優しく笑った。
「分かった」
俺も、笑って頷いた。
「よっし……それじゃあ」
「うん?」
「はい」
ラッピングされた帽子の入った箱を、俺はともかに渡した。
「……ありがとう」
箱を受け取ったともかは、大事そうにそれを胸に抱えた。
「いやいや、どういたしまして」
大袈裟な動きで頭を下げて俺は言った。
「ふふっ、なにそれ?」
「いや、前にアニメで見たキャラクターがカッコいい感じにこうやっていたんだけど、俺だと格好がつかないな」
あはは……、と笑って俺は言った。
「なるほど、そう言う事か。……じゃあ、僕も」
ともかはそう言うと。
「どうも、ありがとうございます」
とても、優雅な動きでお辞儀をした。
その姿は、とても、とても美しかった。
「……ズルいよなぁ、ともかって」
「え? なんで?」
「何やっても、似合うからさ」
「そ、そうかな? そういうみゆ君も似合っていたよ、さっきのやつ」
そう言って、ともかはさっき俺がやった動きを真似した。
「あぁー、止めてくれ! 思い出したら恥ずかしくなってきた」
「ふふっ」
「……あはは」
やっぱり、ともかは楽しそうにしている時がとてもきれいだ。
心の底からそう思った。
「…………ねぇ、みゆ君」
「ん?」
「みゆ君はさ……これからどうするの?」
「これから……?」
「うん」
頷いて、ともかは俺の顔を見た。
「えっと……そうだなぁ」
俺は空を見上げて、少し考えた後に。
「もう少し、この町にいたいかな……」
と、呟いた。
「なんていうか……ここに来たから、いろいろな体験ができているし。それに……」
「それに?」
「………ここに来たから、ともかとも知り合えたし」
「…………う、うん」
「だから、もう少しここにいて、他にもいろいろなものを見てみたいかなー……って」
「そっか……」
「…………まぁ、ちゃんとした人なら直ぐに実家に帰って、就職とか進学とかするだろうけどな……」
あはは……と自虐的に笑って俺は言った。
………いや、自分で言っといて、とてもへこんできた……。こんなんだからな……。
「ううん。人は人だよ。みゆ君は、みゆ君がやりたい事をやった方がいいと思うよ。僕は」
温かく微笑んで、ともかは言った
「…………本当に優しいよな、ともかって。俺みたいなのにも優しくしてくれるし……」
そう呟いた。
すると。
「みゆ君」
少し怒った声で、ともかは俺に顔を近づけた。
「な、なに?」
「もう二度と……」
ともかは俺の頬に両手で触れて、
「もう二度と今みたいな事は言わないで」
そう言った。
「え?」
「『俺みたいなのにも』って。もう二度と今みたいな……事は……言わないで……絶対に……」
手を微かに震わせて、ともかは静かに涙を流した。
「え、ちょっと、ともか……」
焦った俺は、ともかの肩をつかんだ。
「いい? 絶対に言わないでよ」
涙を手の甲で拭うと、鋭い表情でともかは言った。
「は、はい。絶対に……言いません……」
ともかの迫力に押されて、俺は頷いた。
「うん。それならいい」
笑顔でともかは言った。
「…………」
「みゆ君?」
「……………」
「ど、どうしたのみゆ君?」
「……い、いや……ともかを泣かせた事に対してちょっと自己嫌悪になってきたから……」
「もう! だから、そういう所だって言っているでしょ!」
ともかは俺の頬をつねった。
「ご、ごめんなさい。反省しています……とても反省していますから」
「ほんっとうに、みゆ君は……」
ふふっと笑うと、
「……………」
ともかは顔を下に向けた。
「ねぇ、みゆ君」
「ん?」
「みゆ君は、ここにいるんだよね?」
「うん、しばらくはいるつもりだけど……」
「…………だったらさ」
ともかは、顔を上げると。
「だったらさ…………僕の家に住んだらどうかな?」
と言った。
「…………え?」
「僕の家に住むのは……どうかな?」
目を細めて、ともかは訊ねた。
「えっと……あ……」
「……そしたらさ、泊まる所にも心配しないでいいしさ……あまりお金を使う事もないんじゃないかな?」
「ちょっと、ともか……」
「ねぇ、どうかな? みゆ君」
首を傾げてともかは訊ねた。
「いや、あの……少し…………考えても、いいかな……」
「ねぇ、みゆ君…………どうかな?」
「……………」
多分。
「……………」
多分、次に俺が発する言葉で、『何か』が決まるんだろう。
「……………」
どうしたら。
「……………」
どう答えたら。
「……………」
俺は、どうしたいんだ。
「………………」
瞬間的に、心の中を色々な考えが渦を巻いて流れる。
「……………」
しかし、答えはでない。
「……………」
俺は。
「……………」
俺は、ともかの顔を見た。
「………………」
その顔を見ていると、少し怖さを感じた。
「……………」
ここで、別れたら。
「……………」
もう二度と、ともかと話す事ができないんじゃないかという、そういう怖さを感じた。
「……………」
だから。
「…………」
だから俺は………………。
「…………し、しばらく、泊めさせてもらっても……………いいかな?」
と答えた。
「……………っ」
すると、ともかは静かに俺に抱き着いて。
「ありがとう、みゆ君」
と囁くように言った。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「ともかさん……」
「う、うん……」
頷くと、ともかは静かに抱き着くのを止めた
「……………」
「……………」
俺とともかは、二人とも顔が真っ赤になっていた。
うん。鏡がなくても真っ赤になっていると分かる。
「……………」
「……………」
「……………」
「…………あ、あっ! そうだぁ!」
急にともかは大きな声をあげた。
「うぉ!? な、なんだ?」
「えっと……は、はいこれ……」
言いながら、ともかは袋を俺に渡した。
「これって……」
この袋は……確か、ともかがトイレから戻ってきた時に持っていたやつだったよな……。
「あの……それ……みゆ君にプレゼント……です」
「……え? 俺に?」
「う、うん。中を見て」
「あ、あぁ。分かった」
言われた通りに、俺は袋の中を見た。
「わっ。これってあのシャツじゃん……」
それは、初めに入った店で見た、あのカッコいいデザインの服だった。
「…………ど、どうかな?」
「い、いや、とてもうれしい……よ」
「そ、そっか。よかったぁ」
「…………」
この服って、俺が買った帽子が三つくらい買えるお値段だったよな……。
「…………」
「みゆ君?」
「あのさ、ともか。他にも何か欲しいモノってあるかな?」
「え? なんで?」
「いや、だって………………って、痛い、痛い! と、ともかさん?」
「あぁもう! みゆ君が何を考えているかなんて分かるからね!」
「だって、それじゃあ……」
「だってじゃない! 僕はこのプレゼントをみゆ君から貰ってとてもうれしいから、だからそれでいいんです! 分かった?」
「分かった、分かった!」
「あぁ、もう……! みゆ君ってさ、多分お母さんとかにもこんな事で怒られた事があるでしょ?」
「え? あ、あぁ……確かに、そうかも……」
今までの事を思いかえして俺は頷いた。
確かにこんな感じの事で怒られたな…………。
「ほんっっとうに、みゆ君は」
や、やばい。
ともかは怒ったらめちゃくちゃ怖い。
怒った顔も綺麗だけど、めちゃくちゃ怖い。
「……………………まぁ、でもそこがみゆ君の良い部分でもあるとも思うけど」
「え?」
「…………みゆ君」
「は、はい」
「今日はとても楽しかったよ。ありがとうね」
「あぁ……俺も楽しかった」
「……うん」
「………ん」
「……それじゃあ、今日はもう帰ろっか?」
「……あぁ。そうだな」
「……ねぇ、みゆ君」
「ん?」
「手、つないで帰ってもいい?」
「えっと……あぁ、うん」
「…………」
ともかは、俺の左腕に手を絡ませて寄りかかった。
「あ、あのさ、ともか……」
「うん?」
「これって……手をつなぐって言うのかな?」
「え? あぁ……確かに微妙に違うかもね」
考えるようにしてともかは言った。
「あっ! ご、ごめん。みゆ君、嫌だった?」
「ああっと、違う! 嫌とかじゃなくて、あぁ……いや、ごめん。気にしないでいいよ」
そう言って、俺は歩き出した。
「本当に?」
「うん。気にしないでいいよ」
「……ありがと」
俺の左側を歩きながらともかは言った。
「ねぇ、みゆ君」
「ん?」
「今日の夕ご飯は、野菜炒めを作ろうと思うんだけど、どうかな?」
「あっ、いいのか夕ご飯を作ってもらって……」
「み、ゆ、く、ん?」
「あぁ、ごめん。えっと……うん、それでよろしくお願いします」
「うん、分かった」
「……………」
「……………」
「…………ねぇ、みゆ君」
「ん?」
「明日僕は学校だから、朝ごはんは作っておいて机の上に置いとくね?」
「あぁ、うん……ありがとう」
「気にしないで」
「……………」
「……………」
「……ねぇ、みゆ君?」
「うん?」
「僕、みゆ君の事が好きだよ」
「………っ!!」
「あーっ。みゆ君、こういう事言われるの、慣れていないみたいだね」
「お、お前……!」
「……みゆ君はどうかな? 僕の事、どう思っている?」
「………………」
「ふふっ。言わなくても大体分かるからいいけどね」
「……とても綺麗だと思うけど」
「………っ!!」
「俺が今まで見てきたものの中で、一番綺麗だと思う」
「…………僕が悪かったです。もうからかいませんから」
「………………」
「多分……」
「多分!?」
「ふふっ」
「お、おい! それ手をつないでるっていうか、もう抱き着いているって感じだろ!」
「別にいいでしょ」
「少し歩きにくいんだけど……」
「じゃあ、おんぶして」
「は?」
「よいしょ」
「おい! 人の話を聞けって!」
「あ、そうだ。後ろからだったらキスしてもバレないかも……」
「おい、耳元で呟いたら俺にバレバレだぞ!」
「それじゃ、失礼しますー」
「おい、やめろって!」
そんな感じで、俺達は「家」へと帰った。
【4・終】