【3】
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「うぁ…………?」
少しふらふらとする頭を起こして、ゆっくりと辺りを見る。
「…………」
あ、そうだった。
「ここは、ともかの部屋だったな……」
うぅ、とベッドから降りて窓の外を見る。
まだ明るくはなく、青と黒が混ざったような色が外の世界を染めていた。
「ん……」
壁にかけられていた赤色の時計を見てみると、朝の5時前だと分かった。
早く起きすぎたようだ。
「あぁ……」
今からまた眠るのもなんだかな……と思い、数秒考えた後に台所の方へと向かう事にした。
「ともか起きてんのかな……」
部屋を出てのそのそと廊下を歩きながら呟く。
「えっと、台所はここだったよな……」
記憶を辿って台所へ着くと、そこには。
「あ、みゆ君。早起きだねぇ、おはよー」
運動をする時に着るような短いパンツに、ピンク色のシャツ、といった服装のともかがいた。
「あぁ……うん、おはよう」
軽く手をあげて、俺は返事した。
「眠れた?」
「あー……うん。眠れた」
あはは……、と笑って俺は答えた。
実際は、いろいろな思考が頭を流れて、眠っていたのか起きていたのかよく分からない状態だった。
「そう、それならよかった」
ふふっと笑ってともかは言った。
「あ、そうだ。みゆ君は朝ごはんはどんなものを食べているの?」
「え? あぁ……パン、とかかな?」
そう答えると。
「分かった。それじゃあ、朝ごはんの準備をするね」
そう言って、ともかは冷蔵庫を開けた。
「あ、いや! いいよ。泊めてもらったのに、朝ごはんもお世話になるなんて……」
慌てて俺はともかに言った。
「気にしないで気にしないでー」
ともかは軽くそう言って、食器棚から皿を取り出して朝ごはんの準備を始めた。
「…………なんか、ごめん」
呟くように俺は言った。
「え? どうして謝るの?」
ともかは振り向いて、少し驚いたような表情を見せた。
「いや、なんか、こんなに親切にしてもらって……」
小さな声で俺は言った。
自分の今のこの気持ちを上手く言葉に表す事はできない。
でも多分、この町に来てから自分でも分からない内に物凄く気を張っていたのだろう。
それが、ともかの家に来て、ご飯を食べて、好きな本の話をしている間に解けたのだと思う。
心が落ち着いたというか、安心したというか。
うーん…………だから、親切にしてもらってとてもありがたいというか。
あ、やばい……少し泣いてしまいそうになってきた。
……だから俺は、まだまだ子供だって事なのだろう。
「……ねぇ、みゆ君」
「……ん? わっ……」
気がつくと、目の前にともかがいた。
「なんで、悲しそうな顔をしているの……?」
眉を八の字にして心配そうな表情でともかは訊ねてきた。
「あ、いや……なんか……ありがたいな…………と思って」
小さな声で俺はそう言った。
すると。
「……………」
ともかは、静かに右手を動かして、
「…………!」
俺の頬に軽く触れた。
「……本当に、気にしないでいいよ。僕が好きでやっている事だから」
微笑んで、ともかは言葉を続けた。
「実はね、僕も……みゆ君に申し訳ないなって思っていたんだ」
「え?」
「……昨日も少し話したけど、僕がいろいろあれこれ勝手にやって、みゆ君に迷惑をかけていないかなって」
消え入りそうな声でともかは言った。
「いや、そんな事はない。絶対に迷惑だなんて思っていない」
ともかの目をしっかりと見て俺は答えた。
「……そう。よかった」
儚そうにともかは笑った。
「…………」
「…………」
「……みゆ君」
「は、はい?」
「……サラダも食べる?」
「……え? あ、うん。食べる」
「じゃあ用意するね」
そこに座っていて、と言ってともかは朝ごはんの準備を始めた。
「あぁ……ありがとう」
頷いて、近くにあった椅子に俺は座った。
「…………」
話したことによって、心の中が少し軽くなったような気がした。
数分後。
「いただきまーす」
「いただきます」
目をつぶって手を合わせてから、パンを一口食べる。
「……美味しい」
「よかったー」
ともかは優しく笑った。
「料理が得意なんだな、ともかって。昨日のご飯も美味しかったし」
「そんなことないよ」
「いやいや。俺は全く料理できないからさ、凄いと思うよ」
「そっか…………じゃあさ」
「ん?」
「今度、一緒に何かご飯作ってみる? それか、お菓子とか」
「あー……そうだなぁ。うん、料理はできた方がいいからな」
「よし決まりだね。その時が楽しみだねー」
「うん」
…………ん?
「…………」
「…………」
「あ、そうだ。みゆ君」
「な、なに?」
「今日って何か用事とかある?」
首を傾げてともかは訊ねた。
「いや……ないかな」
「そっか」
ともかは数秒考えるようにした後。
「じゃあさ、一緒にどこかに出かけない?」
と、訊ねてきた。
「え? あぁ……そうだなぁ……」
どうせやる事もないし……。
「うん。分かった」
頷いて俺は答えた。
「わぁ、楽しみ!」
楽しそうに笑ってともかは言った。
その後、朝ごはんを食べ終わった俺とともかは、出かける準備を始める事にした。
服を着替えるために俺は一旦、泊まっているホテルに帰ろうかなと思ったけど、それを聞いたともかが。
「だったら僕の父さんの服を着たらいいよ。あの人、一度も着ていない新品の服がバカみたいにあるから」
と、提案してきた。
もちろん最初は断ったけど、「いいからいいから」と手を引かれて、俺はともかの父親の部屋へと連れていかれた。
その後いろいろあったけど結局俺は、ともかの父親の白いシャツを借りる事になった。
……というか、よく見たらこのシャツ結構高いヤツじゃないのか……?
一体、どんな人なんだろう。ともかの父親って……。
着替え終わった俺は、ともかの準備が終わるまで居間で待つことにした。
「……明るくなってきたなぁ」
外を見て呟く。
「どこに、でかけるんだろ……」
多分、目的地はともかが決めているんだろうけど。
なんとなくそんな事を考えていると。
「みゆくーん。ちょっと来てくれないかなー?」
と、ともかの声が聞こえた。
「……どうしたんだ?」
呟いて、俺はともかの部屋へと向かった。
もう準備が終わったのだろうか?
「入るぞー……」
そう言って、俺は部屋の中へ入った。
「あ、みゆ君みゆ君!」
俺に気付いたともかは、帽子を二つ持ってこちらに近づいてきた。
黒色のノースリーブに、ゴシックな雰囲気の短めのスカート。
どうやら、もう着替えは終わっているようだ。
「ねぇ、この帽子とこっちの帽子どっちがいい?」
二つの帽子を見せてともかは訊ねてきた。
「え……?」
「どっちがいい?」
「ええっと…………あぁ……じゃあ、そっちかな」
少し考えた後に俺は、ツバが短めの黒い帽子を指差した。
「こっちだね、分かった」
ともかは頷くと、俺が選ばなかった方の帽子をタンスの中にしまった。
「ちょっと、この帽子持っててくれる?」
そして、選んだ方の帽子を俺に渡した。
「あぁ……うん」
俺は頷いて、帽子を受け取った。
「もう少しで準備終わるから、そこに座って待っててね」
化粧台の前に座ったともかは、ベッドを指差して俺に言った。
「わ、分かった」
頷いて、俺はベッドに座った。
「…………」
ともかは鏡を見ながら化粧を始めた。
「…………」
なんとなく俺はその姿を見ていた。
「……どうかしたの? みゆ君」
鏡越しに俺を見て、ともかは訊ねた。
「え? あ、いや…………何か慣れているなーって思って、化粧」
「あぁ」
俺の言葉を聞いたともかは頷いて、化粧を再開した。
「教えてもらって、練習したから。だから少しは慣れたかも」
「そっか」
「父さんの恋人さんが化粧が上手でね。その人に教えてもらったんだ」
「へぇ……」
…………ん? 「父さんの恋人」さん?
それって、ともかのお母さんって事か?
いや、でも自分の母親を「父さんの恋人」って表現するかな……?
「……ふふっ。どうしたの、みゆ君?」
「えっ? い、いや、なんでもない……」
「そう?」
楽しそうに笑って、ともかは口紅で唇をなぞった。
「…………」
化粧をしたともかは、少し雰囲気が変わったように感じる。
「…………」
でもまぁ、どっちのともかも……。
「……化粧してもしなくても、ともかは綺麗だよな」
呟くようにそう言うと。
「………!」
素早い反応でともかは俺に振り向いた。
「ど、どうした?」
「……………」
「と、ともかさん……?」
「……みゆ君ってさ」
「は、はい……」
「結構、普通にそういう事言うよね」
「え? あぁ……なんか、ごめん……」
「ふふっ、何で謝るの? うれしいよ、ありがとね」
明るく笑ってともかは言った。
それから数分して、ともかの準備も終わり俺達はでかけることにした。
外に出る前に預かっていた帽子をともかに渡すと、
「ねぇ、似合っている?」
と、俺に訊いてきた。
「あぁ、うん……似合っています」
自分の顔が赤くなっているのを自覚しながら俺は答えた。
「ありがとね、みゆ君」
微笑んだともかの頬も少し赤くなっているような気がした。