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鬼と吸血鬼

作者: 大和 戦治郎

「はっきり言いましょう。あなたは末期の白血病です。」

 疑うべきだったのは、自分の耳ではなく、医者の言葉だったなと、青年は遠い過去を思い出した。

 いつ頃からか吸うようになった煙草をふかし、猛吹雪が吹き荒れる宗谷の空を見る。そこは、彼らの住む洋館の周囲だけ、よく晴れていた。雲一つない空がずうっと続いている。

 ふと振り返ると、銀髪の綺麗な髪に、真っ白い肌と、とても薄い灰色の瞳をした、人形の様な少女が立っていた。

 少女は、ソファーの前のローテーブルに、ティーカップを置くと、「紅茶飲む?」と聞いてきた。

 青年は、「ありがとう、いただく。」と言い、煙草の火を消して、ソファーにつき紅茶をすする。少女は青年の横に座ると少年と同じように紅茶をすすった。

「もう随分と長い間こうして過ごしるけど、やっぱり時間が止まっているようだね。」

 と、少女は昔を懐かしがるように話す。

「ああ。ここに住み始めてからだけでも6、70年経つからね。そりゃそうだよ。」

随分と長い付き合いになったなと思いながら、もう一度ティーカップに口をつけた。

 2人は、最初あったころは、ただの同輩だったのに、今では愛を誓いあうほどである。まさかこんなに関係が変わるとは思ってなかった。

「こんなに変わるとは思わなかったね。でもさすがに150年も一緒だと飽きるような気がしたのに、あまりあの日から変わらないとはな。」

 2人は、2人が、こんな状況になった原因の日を思い出しながら、感慨に更けた。

 それはもう、今から100年以上前の話。彼らが、鬼と吸血鬼になったあの日のことを。


一章、入院

「村井ー!どうだ、体調は治ったか?」

 後ろから声をかけてきたのは、1年生の頃からの友人である、大宮である。

「ああ。残念ながら体調は回復どころか、悪化している様な気がするよ。」

 数週間前から体調不良が続き、今でも頭痛と関節痛、腰痛、胃痛と腹痛が続いている上、妙な倦怠感(けんたいかん)や息切れが起きているし、発熱もある。

 腰痛や関節痛は昔からあったため、特に気にしていない。それに倦怠感や息切れも、自分自身の体力不足や、倦怠感も季節によるものだろう。

「頭痛とか発熱もあるけど、風邪が長引いているだけだから、一応風邪薬貰ってるけど、全然聞かないんだよね。」

「お前やばいんじゃね?普通に病院行ったほうがいいんじゃないの?」

 大宮が随分と心配してくれたが、今日は2週間程体調不良が続き、いけていないため、そろそろ行かなければ部長に怒られてしまう。

「いや、そろそろ顧問にも部長にも怒られるから部活行くよ。」

「そうか。でも無理だけはするなよ?」

「わかってるよ。ん?わりぃ電話だ。」

 村井は、上着の内ポケットから携帯を出すと、電話に出た。

「はい村井です。ああ、先生。はい?ああ、わかりました。今日に神奈川県民病院ですね。了解しました。」

 電話を切り、大宮に向き直ると、

「どうやら、ちゃんとした病院でしっかりと検査を受けることになった。」

「ちゃんと検査を受けて来いよ?」

「わかってるよ。今日は午前だけだしな。ちゃんと検査受けてわしが健康だって証明するよ。」

 そして、その3日後、村井は神奈川県民病院に入院していた。


二章、病名

 村井は、神奈川県民病院で内科の診察室前で待っていた。もう随分と待った気がする。

「村井さーん。診察室までお願いします。」

 やっと呼ばれた。随分と待ったもんだ。

 診察室に入って最初にされたのは、問診。その時、今までの症状を伝えて、医者が少し悩んで、次は聴診器で心音を聞いたり、のどの中を見る。そして一度待合室に戻って座っていると、今度はすぐに呼ばれた。

 その後、インフルエンザの検査を受けたり、血液検査を受けたが、一時間かかってもなかなかお呼びがかからない。暇だ。音楽を聴くにしても、アニメを見るにしても病院内では控えたほうがいいだろう。

 そんなこと考えていると、看護師が慌てた様子で走り回っている。何かあったのか。考えに更けている間に寝てしまった。

「……さーん、…井さーん!村井さーん!」

「あ、はい。ここにいますよ。」

 やっとお呼びだ。看護師につれられるがまま、診察室に入ると、医者が険しい表情でカルテを見ている。

「ああ、村井さん。早速ですが、検査結果を失礼します。赤血球の数と、血小板の数がかなり少ないですね。これだけでも病名をお伝えすることも可能ですが、まずは他の結果もお伝えしますね。そして、最後に白血球の数ですね。白血球は、本来4000から9000個のはずなのですが、検査の結果、白血球が20万を超えています。これは明らかに白血病ですが、問題点は、すでに白血病細胞が臓器に侵入し、障害が発生しているという点です。胃痛や腹痛が続いていますよね?それの原因が白血病細胞だと思われます。」

「あーそれは要約するとどういう感じですか?」

 かなり悩んでしまったらしい。どうやら難しい質問だったようだ。

「要約すると、末期の急性骨髄性白血病ですね。結構まえから発症していたようですが、気づかずに来たのでしょうね。今からの治療での生存率はもう10%から20%台まで落ち込むでしょうね。」

「え、ということはかなり前から発症していたんですかね。」

 本来白血病とはかなり生存率が高いと聞いた気がしたので、確認してしまう。

「ええ、本来ここまで生存率が下がることはないんですが、村井さんの場合は、おそらく発症してもうすぐ半年は経っていると思います。そして、余命なのですが、おそらく2か月程度だと判断します。」

 視界が真っ白になった。自分の余命が半年どころか2か月生きられるかどうかと言われたためであった。

 その後、親に連絡し病院まで来てもらい、病状の説明を受け、そのまま入院した。そしてそのまま今日にいたる。

 学校には連絡が行き、学校は休学となった。

 残念ながら、もう治る可能性が低いと言われ、自分でどんなに諦めないでいても治療法が無いとなれば、諦める他無いのだが、それでも彼はそれでも助かるんじゃないかという淡い希望を持ちながらもそんな日々が1か月程続いた頃、一人の医者が入ってきた。

「村井君ですね。単刀直入にお聞きします。あなたは生きたいですか?」

 

三章、薬

 突拍子もない質問だった。

「生きれるのであれば生きたい。だがもう寿命が残り少ない。そんな希望を持たせてくれるのであれば、ありがたい限りだ。」

 自分でもきつい口調になってしまったと思いつつ、その医者を見た。

「大丈夫です。私の作った試験薬なら生き残る可能性は100%近くを叩き出せます。」

 少し、驚いてしまう。生存率が20%から100%まで上がるのなら、それは試さない手はない。

「ですが、その薬の適合率は10%を下回っています。そして、適合しなかった場合の生存率は0%です。」

「それは希望と絶望の両方ですな。すべてがうまくいけば絶対に生き残る、失敗すれば間違いなく死亡ですか。」

 その薬とやらが見事に適合すれば絶対に助かり、適合しなければ絶対に死亡。薬を使わなくても死亡は確定事項。なら、少しでも生き残れるほうをとったほうがいいだろう。

「その薬の成分は何が入っているのですか?」

 さすがに心配だった。どれだけ生き残れても、得体のしれない物を体内に入れるには抵抗があった。

「そうですね、村井さんは鬼を知っていますか?」

「古来日本に生きていたという人間の姿をした怪物ですか?」

 自分の乏しい知識から絞り出した答えは、的を得ているようでそうでない、少し足りないようだった。

「正確には、その力で天候すら操ると言われた怪物ですね。物理的にも科学的にも人間を凌駕したと言われる怪物ですね。では、吸血鬼は?」

「確かヨーロッパで有名な怪物ですか。伝承等でよく聞きますが、空想上の生物だったはず。一般的な解釈では不老不死として死者が蘇った形だったような。」

 今度は医者はうなずく。どうやら今度は的を得ていたようだ。

「そうですね。村井さんの解釈で一般論では正しいですね。先ほど説明した鬼も吸血鬼も一般的には存在しないとされていますね。」

 医者は、何か含みのある笑顔を浮かべた。

「ですが、どちらの怪物も実在したことが最近発見されたんです。そして、そこからDNAの採集、および解析が完了しました。その結果、双方のDNAを一定割合で混ぜるととてつもない回復力があることが判明しました。ですが、鬼のほうは残念ながらそれほど発見できず、量がありません。それに、人間に効くかどうかも不明です。つまり実験体ですね。」

 随分といやな響きのする単語だ。実験体。それは随分といやだ。

「ここからが本番ですが、この薬、村井さんで試したいのです。」

「単刀直入ですな。」

 少し悩んでしまう。さすがに実験体は気が引けるが。

「いいでしょう。お願いします。」

 さすがに医者も驚いた顔になる。

「そんなにふたつ返事で大丈夫ですか?実証実験もまだしていないのに。」

「構わんです。生き残る可能性があるなら。」

 村井は薬を受け入れた。そして村井は、1週間目を覚まさなかった。


四章、覚醒

「あら?伊藤さん、今日も来たんですね。」

 伊藤は神奈川県民病院に来ていた。入院して1週間が経過しても、目覚める気配がない同輩、村井の病室へ向かっていた。

 今まで3、4度来ているが、今のところ目覚める気配もない。

「はい。様子が気になりますし、流石に1週間も昏睡状態だと心配ですし。」

 村井の体には、

「そうですね。流石にここまで長いとちょっと心配ですね。」

 ナースステーションで名前を書き、入館証を貰い、病室へ向かう。村井の病室は4階の413号室。個人部屋である。

 最初は集団部屋になるはずだったが、村井の親御さんの希望と病院側の意向により個人部屋となった。

「村井。今日も起きる気はない……?」

 伊藤が病室に入ると、ベットの上に腰を起こして座っている村井がいた。

「村井!?いつ起きたの!?」

 伊藤の声に少しの反応をするように伊藤の方を向き、少し眼を開けて伊藤を確認すると、少し微笑んだ。

「ああ、伊藤。久しぶり。随分とご無沙汰だったな。」

「久しぶりじゃないよ!大丈夫なの!?」

 とっさに村井に走り寄ろうと走ったが。

「来るな!」

伊藤は村井の叫び声にビクリとなり、立ち止まる。すると、ベットに座っていても分かる程の長い髪が、風に持ち上げられるようにふわりとなびくと、急に突風が発生し、伊藤を病室のドアまで吹き飛ばした。

「……村井……っ!」

突風の中村井を見ると、その長い髪が付け根からゆっくりと白くなっていくのは分かった。毛先まで全てが真っ白くなると突風は止み、病室は平穏に引き戻された。

「村井……?」

静かになったと同時に、村井の髪も平穏を取り戻したかの様にベットにゆっくりと落ちた。

「ああ、すまない。大きな声を出して。」

伊藤はこんな状況下でも安心した。村井は、姿が変わり、身長も体重も、目の色さえも変わってしまっても、やはり村井は村井だったと、心底安心してしまった。

 その後、その後の方が面倒だった。

 黒髪だった髪も、黒目だったところも、今や黒髪から交じりっ気のない銀髪へと変わり、黒目も白に近い薄い灰色へ変わり、肌も白人よりも白く、ロシア人にも劣らないくらいな上、身長や体重も変わり、顔つきも少し細くなっていた。そのため、尿検査や血液検査、MRI検査、レントゲンなどをとったが、特に異常はなく、入院して2か月後に退院した。


五章、襲撃

 神奈川県民病院を退院して1週間、家で様子を見たのちに、2か月ぶりに学校へ登校した。長い髪を切るべきか考えたが、このままでいいという結論に達したので、そのまま学校へ登校した。ぶっちゃけ散髪が面倒くさい。

 最初のうちは、長髪や銀髪、グレーアイや陶磁器の様な肌が目立ったが、それが日常になってしまえば特に言われなくなったが、他クラスの生徒とすれ違う時や、駅や本屋などでは必ず二度見されるが、すでに慣れた。

 そんなこんなをしながらも、その日の部活へ向かった。部活へ行くと、すぐさま部員に囲まれ話を聞かれたり、村井がいない間の部活であったことや、入院中あったことやどういういきさつでこの容姿になった理由などを聞かれ、それに答えたり、入院中の笑い話などをして終わった。

 結局疲れ果てた村井は、部活が終了したと同時にすぐ美術室を出た。

「村井!ちょっと待って!」

 村井が出た直後に後ろから伊藤が走ってきた。

「ああ、伊藤か。どうした?」

「いや、一緒に帰ろうって思ったんだけど、一人で帰りたかった?」

 少し困り顔になりながらも、まっすぐこちら見ていた。

「いや、問題ないよ。帰ろうか。」

「いやー大変だったねー。このまま行ったら新作のモデルにされるんじゃない?」

 少し笑いながら、伊藤は冗談交じりに言ってくる。

「それは嫌だな。明日から逃亡開始かな。」

 それから数日間そのような日々が続き、退院から2週間が過ぎたころ、高校に研究機関の人間を名乗る人物と武装した集団がやってきた。

 応接室に入ると、数人の刀を持った護衛らしき人間数名がいた。

「で、急にどうされたんですか?」

 村井は、ソファーに座り、まっすぐとこっちを見る男と面識があった。それは、村井にあの薬を勧めた医者だった。

「単刀直入に申します。そのほうがあなたはいいでしょうしね。」

「さっさとお願いします。」

 村井は、目の前でまっすぐこっちを見ているその男を見て、そういえばこいつの名前知らないと思った。自分の命を預けた男の名前をなぜ効かなかったのか考えた末に、興味がなかったからだと思った。

「あなたを保護対象に指定し、国の方で保護し、研究対象とします。」

 ふざけんな。それが村井の心の中で出た言葉だった。

「なぜこんな急にそんな話が持ち上がったんですか?」

 その質問に、やっぱりというような顔をした。こういう質問が来ることは予知していたんだろうなと思った。

「あなたのDNA情報を解析したところ、今のあなたは純血の鬼や吸血鬼よりもDNA濃度が高いんですよ。入れた濃度が高かったっていう理由や適合率が高かったっていう理由もあろと思いますけど、鬼の方が強めですね。ですが、しっかりと吸血鬼の方も特徴出ていますね。」

「それがどうしたんですか?」

「つまり、あなたは希少な鬼と吸血鬼の混血に当たるんです。つまり、その希少さは大きな鬼の家の鬼より希少なんです。鬼と吸血鬼はまず混じらないんですよ。そんな中で、混血はあり得ない存在なんです。まぁ研究により科学的に出来た個体なので自然的ではないですが。そんな中でもあなたの存在は異質なんですよ。」

 どうやら、自分は世界中からのぞかれているようだ。まぁ自分で選んだんだから仕方ないけど。

「なので、これからは国家権力で守りますので、一緒に来てください。」

「それはお断りすることもできるのですか?」

「断ってもいいですが、その場合誰も守ってくれませんがね。」

 まっすぐとその医者を見て、

「では、そのお話……。」

少し微笑みながら、

「お断りいたします。」

 医者は笑顔を崩し、見下すような目になったと思った瞬間に。

「では、ここで死んで貰います。」

 冗談ではない。そんなのはごめんである。そう思いながらも村井は、

「では、仕方がありませんね。さようならです。」

 その言葉と同時に、応接室内にいた護衛の者は腰に下げた

 村井は、腕を前に出し、手を広げて手のひらを上に向けた。その瞬間、手のひらから風が発生した。その風は、刃物のごとくその部屋にいた護衛の者を一瞬で切り裂いた。その爆風で、応接室の重い扉は吹き飛び、向こうの方で重い金属が床に接触する音が聞こえた。

 部屋の中を見渡すと、護衛の人間が数名倒れているが、あの医者は見当たらなかった。どうやらあいつは攻撃の瞬間に護衛を盾にして逃げたのだろう。

 村井は、出口をじっと見つめた後、床に転がっている刀を一振り拾い、鞘から抜き鞘をズボンに下げた。鞘にはつるすためのランヤードがついていたため、案外つけるのは楽だった。

 刀を持って応接室から出るとその周囲には誰もおらず、ただ遠くの方で教員が何かを話しているのが聞こえるだけだった。おそらく集会でも行っているのだろう。周りを見ても敵がいないことを確認した村井は刀を鞘に納め、校舎から出るため歩き出した。

 ふと耳を澄ませると、教員の声が聞こえなくなった。窓から校庭を見下ろすと、そこにはさっきの医者が伊藤を捕まえて何かを伊藤につきたてながら、教員を脅していた。その周りでアサルトライフルを構えた完全武装の兵隊らしき人々が生徒を1か所に集めていた。

「なんで伊藤は捕まってんだ……。」

 自然と独り言が漏れてしまった。もし偶然なら何か伊藤に悪いな。が、もし偶然でなければ、間違いなく村井を脅すためだろう。

 仕方がない、行って助けるか。幸い今の村井の体は色々と一般の人間とは違うからだ。

 窓を離れた村井はそのまま校庭へむかった。

「む、村井……。」

「村井君、やっと来たのかい?危うく君のお友達を殺してしまうところだったよ。」

 校庭に出ると、伊藤の首に腕に回し、首元に何かを突き立てている。

「伊藤は返して貰いますよ。それに、俺にはこれくらいの数じゃぁ対抗できないし。」

「随分と自信があるね。いいだろう、やれ。」

 医者の声に少しの会釈をしたと思ったら、そこにいた兵士は、ライフルを村井に向けて引き金に指をかけた。

 「はぁ……。」とため息をつくと、村井は体の周りに風を発生させ始めた。だが、兵士たちは引き金を引き切り、撃ってきた。だが、村井は撃たれた弾丸をすべて止めて見せた。

「なっ!村井君!どういうことだ!」

 医者は今まで見たことないような表情で叫ぶ。村井が見たことないような顔で。

「なに。単に風の中に氷を混ぜて飛ばし、体の周りを飛ばしただけだ。そうか、あんたは俺の力をすべては知らんのか。」

「知らない!知らないぞ!」

 うるさいな。村井は一言口からこぼれそうになるが、気にせず刀を抜いた。

「鬼の能力で、風を操る力と、雪を操る力を手に入れていた。雪を操る力を使って、雪を氷に変化させることも可能だ。寿命や筋力はあんたも知っているだろうが、これは知らないだろう。」

 村井は、静かに眼を閉じ、集中した。すると、周りを吹き飛ばすような強烈な風が村井を中心に発生し、兵士たちを吹き飛ばし、生徒も尻もちをつくものもいた。

 風で巻き上げられる村井の銀髪は、金色に変化していく。

「な、なんだそれは!」

 髪がすべて金色に変わり終えると、ふいていた風がやんだ。

「これが本気になった鬼の姿。伝承等でもこういう姿を記した物はあまり無いが、鬼神がこの様な姿だったと言うようだ。俺はそこから、鬼神化と読んでいる。」

「ふざけるな!我々ですら見つけられなかった力を、なぜお前が独自に発見できる!」

「化けの皮が剥がれているぞ?村井君じゃ無かったのか?それとありがとう。俺にこんな力をくれて。」

不敵に笑った村井を見て、医者は恐怖を覚えた様だった。

「さぁ、伊藤を離してくれないか?もう勝ち目が無い事は分かっているだろう?」

「なら武器を捨てろ!武器が有っては我々の安全を保障できない!」

「分かった。」

村井は、刀を鞘に収めると、スリングを外し投げ捨てた。

「よし、いいだろう。だが!」

医者は、手に持っていたペン型注射器を伊藤の首に押し当て、中の薬を体内に注射した。

「う、うぁ!かっ…はっ……!」

伊藤は注入される薬を認識したと同時に苦しそうな声を上げる。

「ふははは!」

医者は今のも昇天しそうな声で笑っている。

が、伊藤に注射器が刺された次の瞬間には、周りにいた兵士の腕が飛ぶ。次の瞬間には兵士達の叫び声にが響き渡り、さらに瞬きをする間に、兵士達は首を斬り飛ばされるか、体を切り裂かれて、絶命していた。

「なに!何が起きた!」

「遅い上に弱いな。」

そこには、ヒュン!と、刀を振るい刀身に着いた血を振り落とす村井がいた。

「伊藤を離してもらおうか、そろそろ我慢も限界なんだ。」

村井の提案に、医者は手を緩めると、一瞬で一瞬で村井は医者の背後に回り、背中を斬りつけた。

「伊藤!大丈夫か!」

伊藤を抱きとめ、顔を覗き込む。伊藤は未だに苦しそうな顔をしていた。

「何を投与した!」

村井は、医者の首の刀を突きつけ、問いただす。

「吸血鬼だよ。」

案外すんなりと答えた医者はこうも続けた。

「…元々鬼より吸血鬼の方が薬が多くて、実験を多く行った……。残っていたのはそいつに入れたやつだけだ……。」

医者は力を振り絞る様にして、答えた。

「だが…、元々吸血鬼の方が適合率は高い…。生き残れる可能性は…、高いだろう…。」

その一言を言うと、医者は力尽きる。

が、医者が力尽きた瞬間に、下からとんでもない力によって、スタンドに叩きつけられる。何に吹き飛ばされたのか認識しようと前見た瞬間、その何かが前から飛び付いてきた。

咄嗟に避け、校庭に着地してその方向を見る。そこには、髪の長い小柄な少女が立っていた。その少女を見た瞬間、村井は驚きを隠せず、口に漏らしてしまった。

「伊藤…?」


六章、雲隠れ

向かってくる影はどう見ても伊藤だった。だが、ベリーショートだった髪は、村井と同じくらいのロングになり、風になびいている。

「血…血が……血が、欲しい………。」

伊藤はただ呟き続けている。今は自我が無い様だ。

村井は伊藤からの攻撃を避けながら観察をしていると、伊藤の体が灰になり始めた。

「伊藤、お前…!」

村井は認識した。伊藤は吸血鬼になったのだと。

 少しづつだが、間違いなく灰になり始めた。どうするか、どの様に止めるか。それを考えている間に、伊藤との間合いは数cmにまで迫っていた。

「くっ…!」

 紙一重で防ぐも、かなりギリギリだった。が、刀はもう限界のような音を立てている。それに、伊藤も限界の様だった。

「はぁ、血を…くっ!」

 考える事など無かった。伊藤が飛びついてきた。だが、村井は避けずに、伊藤を抱きしめると、そのまま校舎の2階の窓までジャンプし、窓ガラスを突き破り、校舎内に飛び込んだ。

「かはっ!血を…!」

 伊藤は、村井の腕の中で暴れている。が、灰化はせき止められたようだ。

「はぁ。仕方ないか…。」

 村井は、ネクタイを緩めるとシャツのボタンを2つ程外すと、首元のシャツをはだけさせると、伊藤の頭をつかみ、口を開けさせると、自分の首に立った歯を首元にさすした。

「俺の血を飲んどけ。他の普通の人間を襲われては困るからな。」

 2分ほど経つと、伊藤の伸びた長髪が、黒髪から銀髪に変わったと思ったら、首から血を吸っていた伊藤が落ち着いたように首から口を離していた。

「伊藤?大丈夫か?」

「はぁ…はぁ…、大丈夫。ただ、日の光がちょっときついかな。」

 苦しそうに伊藤は村井に体をゆだね、息を切らしている。かなりきつそうだ。

「すまない伊藤。巻き込んでしまって。」

「はぁ…はぁ……、大丈夫だよ。村井こそ、これから1人で生きていくなんて寂しいでしょ?」

「…ああ、1人で何年も生きるのは寂しいもんだからな。一緒にいてくれると嬉しい。」

 村井が微笑むと、ともに伊藤も微笑む。どうやら伊藤の体力も回復してきたようだ。

「吸血鬼はやはり血を飲むと体力も回復するのか?」

「うん。さっき暴れてる時も、結構体力が削られた筈なのに、血を飲んだら随分楽になった。」

 どうやら本当に回復するようだ。

「伊藤。どうやら俺たちはここにいるべきではないのだろう。姿を消そうと思う。」

「当然、私も連れて行ってくれるんでしょ?」

「ああ。当然だ。」

 2人を追いかけて、生徒たちが階段を駆け上がり、教室に入った。

「村井!伊藤!大丈夫⁉」

 生徒たちが教室に入ると、奥の壁の前の床に、村井が使っていた刀は砕け、硬い床に刃先が突き刺さり、近くには2人のブレザー。そして村井のブレザーの下には(さや)が落ちていた。

「村井、伊藤……。」

 2人が消えた数日後、2人の死亡記事が新聞やテレビなどで流れた。


七章、隠れ家

 事件から3か月、兵庫県神戸市にある山奥の廃墟に2人の影があった。

「あの廃墟がよくここまでできたね。」

 廃墟の中で2つの影が動いていた。

「ああ。ここまで綺麗になるとは思ってなかったよ。まぁ元々そんなに悪い建物じゃなかったし。」

 2人は、広間へ向かい歩いている。外はすでに日が落ちて結構立つ。

「もうすぐ12月だからかな、結構日が落ちるのも早くなったね。」

 その少女は、白と黒のゴシックドレスに、金地に赤の装飾のループタイを付けた銀色の長髪だった。身長は140cmを割り込んでいるように見える。

「ああ。随分と外が暗いな。お前からしたら丁度いい時間じゃないか?」

 その少年は、白いシャツに、黒いズボンとスーツベスト。少女と同じループタイを付け、同じく長髪の銀髪をした青年だった。身長は190cmを超えているように見える。

「にしても、逃げてから2、3日の間はなぜか寝込んじゃったね。」

 あの事件の直後、2人は、ビジネスホテルで数日間寝込んでいた。3日程経った頃、ふと起きると、青年は、身長が伸び、顔つきも結構細くなった。

「なんでこんなに大きくなったの?」

と言われた。そう言う少女は、身長が130cmに縮んでいる。それだけじゃなく、胸も縮んでいたそうだ。青年には、違いが分からなかったが、本人曰く、どうやらAカップから、ダブルAカップになったようだ。

「結構見た目変わったね。師走は身長も大きくなったし、顔つきも大人っぽくなったし。」

 師走と呼ばれた青年は、少し照れながらも、うなずく。

「そう言うメアリーも、名前にあった子供らしい見た目になったな。いや、子供ではなく童女や幼女の様だけど。」

そう言いながら師走は、メアリーの顔を覗き込む。長髪のせいで、かなり屈まないと見れないが、少し膨れているようだ。

「元が小さいのに、これじゃぁ少女じゃなくて幼女だよ。身長130cm台はきついって。」

「そうか?そっちの方が可愛いと思うぞ?ちっちゃくて。」

師走の発言に少し赤面しながらも、未だに膨れている。

「師走ってロリコンだったの?だったら認識を改めなきゃいけないけど。」

「今のメアリーを愛してロリコン扱いされるのなら、それでいいよ。それより、それで戦えそうか?」

メアリーは、話の後半を上の空で聞いていたようだった。

師走は、メアリーが腰に下げているレイピアを指した。そのレイピアは、余計な装飾は一切ない、銀色と言うより鉄色といった方が似合う重く、鈍い光を放っている。

対する師走の腰には、黒い(さや)にただの円形の(つば)、白地に黒の(つか)という江戸時代ごろの無名の刀の様な様だった。

だが、どちらも名刀というより、妖刀と言った方が正しい気配をしていた。

「あ、うん。大丈夫そう。この体は潜り込むのにも向いてるしね。そう言えば、この前抱えて帰ってきた段ボールは何?ここの改装も粗方完了したのに、何か必要な物でもあったの?結構重そうだったけど。」

「ああ。ショットガンを2挺譲り受けたんだよ。」

数日前、師走はコレクター兼狩猟家から、銃を2挺譲り受けていた。

「あの時は何日か戻らなかったから心配したんだよ?」

「ああ、すまない。だが、あった方がいいと思ってな。わざわざアメリカまで行って来たんだよ。」

そう言いながら2人は、リビングとして使っている広間に入った。

リビングは、50畳はありそうな空間の真ん中に、ソファーが向かい合って置かれ、その間にはローテーブルが置かれていた。床は、全ての床がそうだが、赤い絨毯が敷かれ、電球色の光も相まって、優しい雰囲気に包まれていた。

リビングの真ん中のローテーブルには、かなり大きめの箱と、大きめの箱に小さな箱、、それと机の横の床に小さめの厚紙製の箱がいくつも置いてあった。

「剣のみでは、戦闘がかなりきつくなるだろう。ソードオフの方を使うといい。その方が使いやすいだろう。」

師走は、段ボールを開封しながら説明する。

「ソードオフって?」

あー、知っている者でなければわからないか。

「ソードオフってのは、正確には銃身とストックを切り詰めた銃の事を言う。だが、イサカのⅯ37は元からストックが無い形で販売されているから、これがノーマルモデルっていうところだな。それと、俺のはこっちのウィンチェスターⅯ1897だ。まぁ言ってもわからんか。」

 本来数種類のバリエーションがあるⅯ37から、12番口径を選んだのは、Ⅿ1897に合わせて、同じ弾を使えるようにするためであった。それと同時に、銃弾も、日本国内で比較的手に入りやすい鉛散弾を購入した。それと同時に、鉛のスラッグ弾も10発ほど購入した。

「ウィンチェスター?確かそんな映画なかったっけ?」

 そっちが来たか。

「それはウィンチェスター銃'73ってウェスタンだな。あれはⅯ1873って言うライフルだから、これとは違うんだよ。って、まぁわからんか。」

「ふーん。じゃぁこっちの箱は?」

 メアリーは、師走の話を聞きながら、隣に置いてあった段ボール箱を手に取った。

「ああ。スピードローダーだよ。ショットガンってのは装填に時間がかかるんだよ。だから、装填時間短縮のために用意したんだ。これなら本来5、6秒かそれ以上かかる装填時間を1秒くらいまで完了する。」

 箱の中身を説明しながら、段ボール箱を開封する。中からは、長細い円形の長さが違うローダーがそれぞれ10数本ずつ出て来た。

「こっちの短い方がウィンチェスター用で、長い方がⅯ37用。」

 両方のローダーをもって言う。

「なんで長さが違うの?」

「装弾数の違いだよ。ウィンチェスターは、5発。Ⅿ37は7発。だから長さが違うんだよ。」

 うなずきながらメアリーは師走の手に握られたローダーを見る。

「まぁ、とりあえず弾を込めよう。弾がなきゃただの鈍器だ。」

 師走は、ウィンチェスターをソファーに置くと、小さい箱を開ける。

「そっちは?」

「これは拳銃だよ。こっちはアメリカじゃなくてロシアだけどね。」

 箱の中からは、新聞紙に包まれた3つの包みが出て来た。

「TT-33トカレフ。ロシア軍の拳銃だよ。セーフティー無いから気をつけろよ。」

「わかった。じゃぁお茶淹れて来るね。私が帰ってきたら弾の装填の仕方教えてね。」

 メアリーの背中を見ながら、振り返り、ソファーに座ると、スピードローダーと弾をとり、ローダーに弾を込め始めた。

 弾を込めていると、お盆にティーポットとカップを乗せたメアリーが入って来る。ローテーブルの横に歩いてくると、師走の前と、その反対側にカップを置くと、紅茶を注ぐ。

「はい、砂糖どうぞ。使うでしょ?」

「ああ、ありがとうね。」

 砂糖を受け取り、紅茶に入れる。反対側では、無糖派のメアリーが座り、カップに口をつける。

「じゃぁ、装填方法を教えるよ。」

「うん。お願い。」

 師走とメアリーは、ローダーを手に取り、弾を装填し始めた。ローダーへの装填が終わると、銃への装填を始める。

 吸血鬼は生者ではない。だが、鬼は生者。メアリーには、死後の休息だが、両方混ざった師走は、どちらでもないと言う解釈である。だからこそ、生者である人間には分からない。生者ではないものにのみ分かる時間が流れる。


八章、捜索

 事件から4か月、神奈川高等学校。あんなことが起きたにも関わらず、警察が来ることは無かった。その代わり、研究者や、武装した兵士がやって来て、遺体を回収したり、写真を撮ったり、2人が残した制服や刀、灰にいたるまでを回収して行った。

 最後に、研究者たちは、「今まで通りの生活をするように。」と言って学校を出て行った。破損した校舎などの修繕費は、何処から出たのか、いつの間にか調達され、工事が行われた。

 すべてが終わったのは、事件から1か月後だった。

「やっぱり。私は信じられない!」

 修繕が終わった校舎から出て来た少女が叫ぶ。

「諦めろよ。あれだけの事があったし、その後発見したっていう連絡も無いし。ニュースにもなってないし。」

「ああ。それに、あいつらが生きてたとして、どうするんだ?」

「何よ!2人とも村井と伊藤を探す会の会員でし!?」

 否定する2人に、その少女は振り返り、また叫ぶ。

「いや、俺そんな会に入った覚えないんだけど。」

 少女と一緒に校舎から出て来た2人の男子のうち、1人が否定する。

「俺は多少気にはなるけど。俺も入った覚え無いな。」

 もう1人も否定する。

「もう!斎藤も大宮も、薄情じゃない!?」

 2人はため息をつく。

「でも、どれだけ調べても怪しい場所も何も見つからないだろ。」

 少女は、頬を膨らませている。

「沢村ー!あったぞー!」

 遠くの方から一組の男女が走ってくる。

「沢村ちゃん!見つけたよ!怪しい家!」

 走ってきた2人は、手に持った紙を3人に差し出す。

「ありがとう。市谷君、佐々木ちゃん。」

 沢村は、2人が差し出した紙を見たまま黙った。

「沢村?どうした?」

「…市谷君、これ、どこ?」

 紙を見つめたままだった沢村は、ぽつぽつと言葉を発した。

「ああ、書いてない?神戸の廃墟、元摩耶観光(もとまやかんこう)ホテルだよ。廃墟の女王ともいわれてる。数か月前までただの廃墟だったのに、ある晩に、瓦礫やごみに壁の汚れが全て消えて、壊れた所が直って、室内に灯りが灯っていたらしい。」

 沢村は、紙を見ながら、立ち尽くしていた。

「…ここに、あの2人がいるんだね?」

 またポツリと落とすように声が出る。

「うん。山奥の廃墟でも町からよく見える場所だから急激な変化がとても目立って分かったらしいよ。」

「へー。でも神戸って兵庫県だよね。近畿地方(きんきちほう)の。」

「ああ。ちょいと遠いな。」

 4人が話している間も、沢村は、紙に印刷された写真を見ている。

「行こうか。」

「え?何が?」

 4人が訳が分からないような顔で沢村を見ていた。

「神戸に行こう。」

「「「「え!?」」」」

 4人の視線を無視するかの様に歩き出す。

「おい!行くって、神戸まで行く気か!?明日も学校はあるんだぞ!?」

 沢村の後を追いかけていく4人に、沢村は叫ぶ。

「そんなのサボるに決まってるでしょ!あの2人がいるかも知れないんだから!」

「ちょっと!おい!」

 5人はそのまま学校の校門を出てゆく。

 次の日、5人は新神戸駅に居た。

「おーい!例の場所に行く前にホテル行って荷物置くぞー!」

「りょーかーい!じゃぁホテル行こうか。」

 市谷が叫ぶと、大宮が返事をする。それに続き、斎藤や佐々木も返事をする。

「沢村ちゃんも行くよー!何してんのー!」

「ああ。ごめん。今行くよ。」

 ホテルにチェックインし、荷物を置くと、灘区(なだく)へ向かった。

 阪神神戸線(はんしんこうべせん)で、王子公園駅(おうじこうえんえき)へ行ったまでは良いが、そこからホテル跡まで行くまでに時間がかかってしまった。ようやくホテル跡近くに着いたが、もうかなり暗くなっていた。

「随分遅くなっちゃったね。人も全然いない。」

「にしてもロープウェイが有ったなんて。乗ればよかったかな。」

 男子たちは、ロープウェイの方を見ながら頭をかいたり腕を組んでいる。

「どうせあの時間じゃもう動いてなかったよ。それより、どっちかなぁ。そのホテル跡って。」

「いや、あっちでしょ。明るいし。」

 佐々木が指をさす。確かにその方向は空が明るく、何か建築物があるような明かりがさしていた。

「そうね。こんな山であんなに光があるなんて、建物があるんだろうね。どこから電気引いてるんだろうね。」

 5人並んで歩きだところ、突然、山中に銃声が響いた。

「何!?何の音!?」

「俺には銃声に聞こえたが、俺だけか?」

 誰かの問いに誰かが答える。みんな騒いでいた為、誰の問いか分からない。

「俺にも銃声に聞こえたぞ!なんなんだ!」

 みんな騒然としていた。だが、ただ1人だけは冷静だった。

「みんな静かに!静かにして!」

 その言葉で、みな静かになった。

 声の主は沢村だった。その声にみな静まり返り、周りに耳を澄ませる。

 すると、銃声は間違いなく廃墟の方から聞こえた。

「間違いない。村井たちはこの先にいる!」

 沢村はそう叫ぶと、森の中に走りだした。

「おい!待てよ!」

 沢村は他のみんなの声に耳を貸さずに走り出す。

 そのあとを他の四人も走っていく。

「くそ!なんで戦闘地域に好き好んで突っ込まなきゃいけないんだ!」

 一番後ろでは、大宮が叫びながら追いかけてくる。

「誰も突っ込みたくはないよ!でも男子だけ遠目からの観察なんてプライドが許さないだろ!」

「ああ!ごもっとも!」

 市谷や斎藤が後ろの方で叫んでいた。

 五人が森を抜けた先にあったのは、きれいに整備されたホテルと、入り口に続く階段。そして、階段の元へと続くコンクリートの上や階段、入り口前のスペースに倒れている人間。そこに充満する血の生臭いにおい。

「これは…、何…?」

 ぽつりと落ちるような佐々木の声。だがこの状況を理解し、それに反応できるだけの処理能力を持った人物はいなかった。

「あれ?あそこの扉の所に立ってるのって…。」

 開け放たれた二枚扉の中央に立つきれいな銀色の長髪にすらっと伸びる手足、高い身長はとても印象的だった。

 だがその印象を底上げしている要因は他にあった。それは、右手に握られた日本刀と、左手に握られたショットガンだった。


九章、戦闘

 時は数時間前にさかのぼる。

 館内にコンコンと扉をたたく音が響いた。

「師走。誰か来たみたいよ?」

 スピードローダーに弾を込めながらメアリーは言った。

「ああ、そうだな。無視するって手もあるけど、どうしようか。」

「誰か分からないから気を付けて出れば大丈夫でしょ。それに、夜なら杭で心臓を刺されない限り、死ぬことはないよ。」

 後ろの腰のホルスターにショットガンをしまい、背中についてる大きなリボンに拳銃をしまうと、左腰にレイピアを指した。

「そうだな。じゃぁ客間に通してくれ、案内が終わったら呼ぶように。」

 師走はそう言うと、読んでいた本を置き、トカレフのマガジンに弾を込めた。

「じゃぁ行ってくる。」

 メアリーはリビングを出ると、階段を下り、正面玄関の前まできた。

「こんな時間にどちら様でしょうか?」

 外からは、随分驚いた声が聞こえたと思ったら、男性の声と女性の声が聞こえて来た。

「我々は警視庁より参りました者です。」

「少々お話をさせて頂きたく参りました。」

 メアリーは少しの思考の後に、ゆっくりと扉を開けた。

 そこには、眼鏡をかけ、短髪黒髪にびしっとスーツを着た40代に見えるいわゆるおじさんと呼ばれるような男性と、その横には、肩くらいまでの茶色い髪の、背の低い女性が立っていた。

「夜分に申し訳ございません。(わたくし)飯塚 阿佐美(いいづか あさみ)とも申します。少々お話できますでしょうか?」

(わたし)伊藤 大知(いとう だいち)と申します。警視庁から聞きたい事が御座いますので、参りました。」

「…わかりました。こちらへどうぞ。」

 メアリーは、2人を先導しながら2階の客間へと案内した。

「こちらでお待ちください。今主人を読んでまいります。」

 2人は、中央に置かれたソファーに座った。

 それを確認すると、メアリーは部屋を出て、リビングへと向かった。

――――――――――――

「警視、今の人、主人って言いましたよね?」

 少女が去り、扉が閉まった後、飯塚は伊藤に耳打ちした。

「ああ、どっちがどっちだろうな。あの感じからすると、今の子の方が吸血鬼じゃないかな。」

「にしても今の子いくつなんでしょうね。私的に小学生4年生くらいにしか見えませんでしたけど。」

 飯塚は、鞄から手帳を取り出し、記載されている事項を読んでいった。

「情報によると、吸血鬼の方が長髪の少女で、鬼の方が長髪の青年とのことでしたので、多分そうじゃないでしょうか。でも、この証言では、遠目でしか見ていないそうで、正直、どっちがどっちか分からなかったそうです。」

 飯塚は、視線を手帳から伊藤に戻した。

 伊藤は、少し考え込んだのちに言葉を発した。

「ここは、例の鬼が出てきてからにしよう。3ヵ月前の横浜市私立高校大量斬殺事件の関係者かもしれんし、もしかしたら被害者って可能性もある。それならば事情を聴かねばならないのは当然だろう。」

 伊藤と飯塚は、廊下の方から足音が聞こえて来た為、話をするのをやめた。

――――――――――――

「師走、さっきのお客様、警視庁の人だって。」

 メアリーは、リビングに入り、ソファーに腰かけていた師走に報告した。

「おお。ご苦労さん。じゃぁ客室に行くか。メアリーは紅茶を用意してもらえるか?4人分。」

「了解した。」

 師走はまっすぐ客室へ、メアリーはキッチンへと向かった。

 そして、1つ階を下がり、客室の前に立つと、扉をノックした。

「はい。」

 中からは短く、だがはっきりとした声が飛んできた。

「失礼するよ。あなた達がお客様でいいんだよね。」

 ソファーに座った2人は、立ち上がり、頭を下げた。

「お初目にかかります。警視庁よりまいりました、伊藤と申します。」

「同じく警視庁よりまいりました、飯塚と申します。」

 2人から出された名刺を受け取る。

「私は師走です。そうですね、鬼をやっています。」

 師走が名刺に顔を落とした瞬間、2人の顔が凍った。

「私は名刺を持っていないのでお渡しできるものは御座いません。伊藤さんは警視ですか。飯塚さんは巡査長、随分と階級が離れてますね。お2人とも、捜査一課ですか、と言う事は、3か月前の大量斬殺事件の事ですか?」

 その発言の瞬間、凍っていた2人の顔がさらにこわばった。

「それを知っていると言う事は、あなたたちは、横浜市私立高校大量斬殺事件について知っているのですか?」

 飯塚は、まっすぐと師走の顔を見ながら言った。

「ええ、知っているというか、斬ったのは私です、メアリーはその際に吸血鬼のDMAを打ち込まれ、吸血鬼となった。私が鬼となったのはその3週間程前でした。」

 急に始まった事情説明をメモに取るべく、飯塚はペンを走らせていた。

「3週間ほど前、と言う事はそこで何かあったのですか?」

 伊藤は、一瞬飯塚のメモ帳を見てから言った。

「ああ、それはあなた方が調べる事でしょう。私が言ってもいいが、それでは、真相に気づけないでしょう。」

 そう言い終えた瞬間、扉が開いた。

「師走、外から大量の武装集団が接近中、改装後繋げた上の階段付近に展開している。下にはいない。」

 扉が開いた瞬間、手にウィンチェスターを持ったメアリーが入って来た。

「そうか。やはり来たか。」

「どういうことですか!?」

 伊藤と飯塚はソファーから立ち上がると、師走の方を見やった。

「海外勢力でしょうね。私とメアリーを狙ってきたんでしょうね。それか、例の事件の真相を知ってるやつらが、ここに我々をとらえに来た。」

 メアリーからウィンチェスターを受け取り、チャンバーに弾を送り込んだ。

「それって、命を狙われているってことですか?」

 2人とも、脇につけている拳銃に手をかけていた。

「そうですが、私たちなら自分を守るすべがあります、ですが、あなた方にはない。ここは逃げた方がいいですよ。」

「お2人は逃げないのですか?」

 飯塚は、拳銃を抜いて銃口を下に向けている。

「ここは私たちの住処ですから、守らねば。」

 今度は、腰に下げたM37を抜き、ポンプアクションをしたメアリーがそう言った。

「ああ。その通りです。メアリーはお2人を守れ。私は敵を殲滅してくる。」

 そう言うと、腰に下げていた刀を抜き、部屋を出て行った。

「あの、メアリーさん。師走さんは大丈夫なんですか?」

 伊藤は、落ち着かない様子でおろおろしていた。

「伊藤さん、落ち着いてください。我々はこの場を切り抜けるしかありません。メアリーさん、我々も出た方がいいのでしょうか。」

 飯塚はシリンダーを出して弾が入っているのを確認すると、シリンダーを戻した。

「いいえ、我々は迎え撃てるようにここから動かない方がいいでしょう。」

 そう言った瞬間、ベランダに面した大きなガラス張りの扉のうちの1枚が砕け散り、伊藤の頭から血が噴き出した。

「伏せて!」

 メアリーの言葉に、飯塚は伏せながらも伊藤の死体まで這って行った。

「伊藤さん!伊藤さん!」

 そこに這って来たメアリーは、苦虫をかんだような顔をしながら、腰に2発だけ持っているスラッグ弾をM37のキャリアーから1発装填すると、ポンプアクションを1度する。排出されたシェルをキャリアーから装填した。

「メアリーさん、何をするんですか?」

(かたき)をうつ。それだけ。」

 ソファーに銃身を置き、撃ってきた方向に銃口を向ける。

「どこから撃たれたかわかるんですか?」

「私は吸血鬼。そして今は夜。夜の吸血鬼に勝てるのは、ただ1人のみ。」

 言い終えた瞬間、メアリーはトリガーを引いた。

 銃口から放たれた銃弾は、割られたガラス扉を通り抜け一直線にスコープと頭を撃ちぬいた。

「…本当に撃ち抜けたんですか?」

「分からない。それよりもうすぐ師走の戦闘が始まる。」

 頭を押さえられ、震えている飯塚だったが、すぐに遠くから聞こえて来た銃声によって震えが止まった。

「始まった。私から離れないで。」

「は、はい!」

 外の方では、銃撃戦の音が鳴り響いていた。

――――――――――――

 響き渡る銃声は師走の散弾銃(ショットガン)と、敵兵士の突撃銃(アサルトライフル)の銃声。

「敌人就是一个!推数!」

 敵はどうやら中国語で話している様だ。

「くそ!中国人か!何言ってるのかわかりゃしない!」

 叫びながらも、散弾を撃ち込んでいく。

「司令!伤害是巨大的!说明!」

「它无法帮助!大家都退出了!快点!」

 その号令と同時に、敵は引いていこうとするが、師走は敵の退路上まで一気に駆け抜ける。

「如果你是一个怪物!」

 先頭を走っていた兵士は、何かを叫びながら銃を構える。

「ふん。何を言ってるんだかわかんねぇよ。」

 腰に下げているローダーを1本抜き取り、装填し、ポンプアクション。

 そのままショットガンを左手にもって、右手には刀を抜刀した。

「さて、行くか。」

 前に踏み出し刀を振るい、敵兵の首をはねた。

「太快了!我打不到子弹!」

「拍它,因为它没关系!射擊繼續!」

 敵の弾幕の中、雨のように降り続ける弾丸をいとも簡単によけ、刀で弾き飛ばし、間合いを詰める。

「どうやら、すぐにかたがつきそうだな。」

 ショットガンは火を噴く。刀は血を引きながら肉を絶ち、骨を切った。

 ほんの数十秒の時間だった。

 その一瞬の間に、すべての敵は殲滅されていた。

「張り合いがなかったな。」

 ぼそっと声を漏らした師走は、ショットガンを腰に下げたホルスターにしまうと、先ほど落としたローダーを拾って戻ってく。

 ちょうど扉の所についたとき、後ろから数人の気配を感じた師走は、手に持っていた刀を構え、ホルスターにしまったショットガンを左手に構えた。

 森から渡り廊下に抜ける道に立っていたのは、かつて見覚えのある面子であった。


十章、再会

 そこに立っていたのは、見覚えのない男性のように見えるが、よく見ると、その顔立ちは、どことなく村井に似ていた。

「…村井…?」

 全員が呆然としている中、市谷がポツリと問いかける。

「…やはり市谷か。と言う事はそこにいるのは大宮と斎藤もいるようだな。」

「やはり村井か!」

 そこにいた男子たちは、渡り廊下走り、師走の元へと走り寄る。

「私はもう村井ではない。現実でも死んだことになっているんだろう?今は師走だ。」

 師走は、今の名前を名乗りながら、刀を鞘に収め、ショットガンをホルスターに収める。

「今はお前たちと話していい身分ではなくてな。今すぐお前たちは、神奈川に帰れ。私からはどうこう言えない。」

 師走はくるりとむきなおり、ホテルの中に入って行く。

「待て村井!俺たちはお前と伊藤が死んだことが信じられなくて探してたんだ!伊藤は無事なのか⁉︎」

「生きているか死んでいるかで言ったら死んでいる。だが、俺とともに生活している。」

 矛盾している言葉でも、師走の変わりようを見ていると、その言葉を信じざる得なかった。

「気をつけて帰れよ。」

「ちょっとまって!たまには、遊びに来ていい?」

 沢村は、絞り出すような声で聞いた。

「…たまにならいいだろう。そのかわり、私が居る時だけだぞ。」

 師走の言葉により、沢村たちは笑顔になる。

「だが、今日はもう帰れよ。今日は平日だったろうに。気を付けて帰れよ。」

 そう言った直後、師走は屋敷の中に帰ってゆく。

「師走!…元気でな。」

 寂しそうな市川の声に、師走は少し笑ったように見えた。

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