2話
堤防敷の小川が流れ、俺はその近くの歩道を歩いていた。
見晴らしのいい景色。車もそこまで通らずやはり典型的な田舎の印象。
視線の先には巨木が生え象徴の一つとされていた。その近くに俺の家がある。
杉田さんとの約束事を考えていたからか、いつの間にか着いていた。
玄関には箕原と彫られている表札があった。
築三十年以上と古く、二階建て。
庭は未だ手入れしていないのか雑草が生えまくっている。
そう、ここが今住んでいる俺の家だ。
前の住人は何故か失踪して、そのまま空き家としていたのだが俺が半年以上前にネットで見つけ入居したのだ。
周囲の家は少し離れているおかげか都会の騒がしさが無縁で、夜は静かではあるので気に入っている。
ポストを開けると中に入っていたのは一通の封筒。
封筒の表裏を確認しても記載はない。
中身を空けても同じく空白の手紙。
「またか、何のためにこんなの入れてんだか」
玄関の扉に鍵を入れ少し回すと違和感を覚えた。
「あれ? 開いてる。またあいつが来たか?」
扉を開け中に入ると、玄関には見慣れた一足の靴が並べて置かれていた。
二十三センチほどの黒い革靴。
テレビでドラマを見ているのか男性俳優と女性俳優が喋っているのが聞こえる。
リビングへと着くと、ソファーに一人の女性が腰を掛け、俺を見るなり嬉しそうに手を振った。
「おかえりー。おじさんどこ行ってたの?」
「病院だよってか、今日も来たのか」
「今日も来たって何よ来たって。せっかくおじさんの帰りを待って、この家を守っていたんだからねっ!」
むすっとした表情で、ポニーテールにしている後ろ髪を指で絡ませていた。
彼女の名前は丹波千鶴、年齢は十六歳の高校一年である。
顔立ちは猫顔のように小さく、吊り気味の目ぎみの大きな瞳。凛とした鼻筋。
まだ子供らしい幼さはあるものの、このまま成長していけばどうなるかはわからない。
服装は胸に校章が入った白いブラウス、チェック柄のスカートを穿いていた。
地元の文枝士高校の制服だと云うのが一目見てわかる。
服装は指定なのだが、髪色指定自由なのか茶色く染めていた。
何故こんな子が家の中にいるのかというと。
以前、俺がこの町に越してきてから仕事上ネタ作りの資料集めという名の調査をしていた所、“百日結界”と云う一日ループに陥ってしまう。
その時に千鶴と遭遇し、同じように巻き込まれていたと知る。
俺達は無事脱出に成功、仲良くなったのが切っ掛けで慕われるようになる。
俺がこの家に住んでいると知り、千鶴の家が近場だからと云うよくわからない理由で無理やり合鍵を作らされ持っていた。
つまりはいつでも俺の家に出入りする事が可能な人物であると。
学校指定の鞄も床に落ちており、そのまま家に帰らず直接ここに来たとみえる。
テレビに視線を向けると刑事ドラマなのか、警察や刑事と思われる数人と犯人が映っていた。
クライマックスだからか犯人を追い詰め説得している様子であった。
「たくっ、学校終わったんならここに来て刑事ドラマ見るなよ」
「もうっ、この時間だと家に帰るよりもおじさんの家で見たほうが早いの。それにこの俳優すっごい人気だし、学校の皆もこのドラマ見てるから見逃したら話題に遅れちゃう」
まあ千鶴の云う事も一理あるか。
今犯人を説得している主人公と思わしき男性俳優、端山治正。
若い女性を中心に絶大な人気を誇り、更には二十代という若さもありながら、数々の映画にドラマ、舞台俳優や歌手にアイドル、バラエティ、多種多様な番組などに出演。100年に1人とまで云われるほどの異例の男性俳優。
いうならば実力も伴っているなんでもござれの万能俳優と云った所。
「だけどこれ再放送だろ? なら録画なりしてここにいる必要なくね?」
「もう、あたしが居ないとおじさん寂しがるじゃない。それにこんな若く可愛らしい子がおじさんの帰りを待っていたんだから。ちょっとは嬉しがってよね。それともあたしの魅力に見惚れていたり? 襲っちゃいやよ」
「はいはい。てかそんな事いうと本当に襲っちまうぞ……、ってしないしない」
「本当にー?」
疑いの目で千鶴は俺を見る。
もちろん端からそんなつもりはない。
つもりはないが、誰も居ない家の中に女子高生が一人っきり、そこに男が現れたのだら何か起こらないわけがない。
だが、実際襲ってしまえば全国紙に一面を飾るだろう。
“箕原啓容疑者、16歳の女子高生を強姦の容疑で逮捕”。
俺は刑務所行き、更には両親ともに世間から非難されネットに一生晒し者。
頭を抱えながら顔を左右に振る。
「おじさん大丈夫?」
心配するように顔を覗き込む千鶴。
子供だろうが、確かに本人が言う通り可愛い部類に入る。
見てくれも悪くなく、手足のスラっとした長さ。細身の身体ながら服の上からでも女性らしさが出ている凹凸部分など。
仕草も相まってか、間近に彼女の顔があるのでどぎまぎしてしまう。
冷静になれ俺。
「あ、ああ大丈夫。大丈夫だから心配しなくていい。てか顔近い」
「ふーん、分かった。そういえば、おじさんは最近仕事の小説だっけ? 進んでるの?」
俺は首を左右に振り進んでいないとアピールする。
「まだ締め切りまでの時間があるから幸いだけど、ネタがどうも思い浮かばなくてな。今回の題材にホラー要素を入れたくて何か情報あればいいんだが」
「情報ねー。なら、こんな話は知ってるかな? この町にまつわる事なんだけど。元々はこの町は元々村同士が合併したのは知ってるよね?」
「ああ、過疎だからってのは」
「その過疎の原因になったのも、何か“呪い”にまつわる事らしいよ」
「呪い?」
「何か昔、ここらでは災厄が降り注いで、収めるために生贄を毎年のように用意してたらしい」
「生贄ねえ。それってよくある話なんじゃ? 作物が育たないから雨を降らせるために山の神様に頼み、食べ物や若い人を供物として置いてく何てよくあったらしいし」
「そうなんだけど。まあ生贄はしなくなったんだけど、災厄は現代にも続いているって。実際にその災厄から避けるために出ていく人も多かったとか」
「で、実際それってどんな災厄?」
ゴクリと喉を鳴らし聞き入る。
千鶴は人差し指を立て、真剣な表情で語る。
「人が毎年のように死ぬ」
死ぬ。
人が死ぬと云った。
真剣な顔でだ。
そんな彼女に対して俺は思わず吹き出し、笑いをあげてしまった。
「ちょっと、何で笑うの!」
「だって、ありえないだろ。この現代に人が死ぬ呪いとか。てか、死ぬってそりゃ人はいつか死ぬだろう」
「本当だって! 現にうちに来た人がそう話していたし。実際毎年のようにうちはお祓いしているんだもん」
「あー、確か神主の娘だからか」
千鶴はコクリと頷く。
千鶴の家は神社であり、時折お祓いのため人が相談しにくるのだ。
その時に今話したのも盗み聞きしたのだろう。
俺はお祓いに関しては立ち会ったり見た事もまだないが、ありえなくはない話だろうな。
呪いにお祓いか……。
俺は思いつくように千鶴に話す。
「その呪いに関しての記録は、倉庫か蔵辺りに収めてんの?」
千鶴は首を左右に振った。
「前はあったけど今は中央図書館のほうに保存されてるって」
中央図書館か、資料集めとして行ってみる価値あるかな。
「中央図書館に行くの?」
「そうだな。行こうと思う」
「ならあたしも着いていくね」
「何でだよ」
「だって暇なんだもーん」
「さっきまでドラマみてただろうに。てかただでさえ、こんな田舎なのに他の人に見られたらどうすんだよ」
「大丈夫だって。あたし、神主の娘なんだから。理由あってここにいます的な事を云えば大丈夫だって。おじさんだって分かってて云ってるんでしょ?」
「いや、まあ……。ここにいる意味も聞いたけどさ。それに町中でクラスメイトに見つかったらどうすんだ? 俺との噂がなに話すかわかったもんじゃないぞ」
「大丈夫だって。あたしこれでもクラスでは人気あるんだよ? それに気にしないよあたしは」
いや、そうじゃないだろ。人気あるなら尚の事……。
そう声に出そうとしたが、これ以上説得するのは無駄だと思い諦める。
俺はため息をつくと、手に持っていた封筒をゴミ箱に捨てた。
テーブルの上に薬を置くと早々出かける準備を済ます。
千鶴は鞄を置きっぱなしにして、嬉しそうな表情で俺の後を着いていくように家を出た。




