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ポン・デュ・ガールは永遠に  作者: デクストラ・シニストラ
第一章 「ポン・デュ・ガールの旅人」
3/65

648-1835「屑山の眠り姫」


 ―― 1 ――


 薄闇の満ちた部屋に、音が鳴っていた。

 地鳴りに似た、しかし地鳴りではない、ひどくこもった重低音だった。

 音そのものは大きくはない。だが、部屋の中によく響く。

 部屋は決して狭くはない。さりとて広いとも言い難い。

 ありすぎるのだ。様々なものが。

 高い天井に張り付いて唸る、異形の機械群。壁面に不規則に設置された、薄く青い光を放つ冷光灯。いたるところを迷走するパイプの束。パイプから漏れる成分不明の黒い液体。ぬるい空気は、腐敗臭と金属臭の狂気的融合による悪夢の香水を孕んでいる。

 そして何よりも多く部屋を占有するのが、うずたかく積もったゴミの山だ。

 あらゆる残骸廃棄物が大小問わず、無機有機も問わず、積み重なって層をなし、部屋の六割近くを埋める狂気の山脈をなしている。

 ゴミ山の上では、天井から伸びた複数のフレキシブルマニピュレーターが、ミミズのように身をくねらせている。彼らの仕事は、先端に備わったライトで周囲を照らしながら無造作にゴミを掴み取り、部屋の側面にある穴へと放り投げることだった。

 衛生や清浄といった単語とは、完全に無縁の空間。例えるならば、金属質の肥溜めか。

 それも道理であった。ここは廃棄物処理室という汚物の墓場だ。ゴミ以外の者が長時間居座ることなど、設計段階から想定すらされていない。

 だが、あろうことか、()()はここを寝床にしている。

 部屋の中央、屑山の頂点―――そこに一人の少女の姿。

 可愛らしい寝顔で大の字になって横たわる、場違い極まりし眠り姫。

 彼女は滑らかな緑色のロングツインテールをゴミ山に投げ出し、はしたなく手足を広げて惰眠を貪っていた。

 寝床は鋭利な突起物だらけの屑山だ。何かを敷くでもなく直に寝て、かつ、熟睡している。マニピュレーターの作業音が耳元で暴れても、起きる様子はない。それどころか幸せそうに「うへへ」と笑い、意味不明の寝言を漏らす始末だ。瞠目に値する豪胆ぶりである。

 そこへ、強烈な目覚ましが降ってきた。

『ごずん』という重量感のある激突音。衝突箇所は、愛らしい顔の中央、形のいい鼻の頭。

 びくんと四肢が痙攣する。目覚ましは高所より舞い降りた重さ100キロ超の廃棄金属塊。傍目にはかなり衝撃的な光景だ。生身であれば重傷はまぬがれない。下手をすれば即死であろう。

 金属塊はそのまま被害者の脇に落ち、ゴミ山の斜面を幾度か転がって、その一部となった。

 ややあって、眠り姫のまぶたが半ばまで開いた。紅い瞳がその下から現れる。

 頭が潰れるどころか、整った顔のどこにも傷一つすらない。100キロの鉄塊が激突した箇所をさすることもせず、寝ぼけ眼をこすっている。

 次いで半身を起こし、軋む首をゆっくりと左右に回して周囲を見渡した。

 彼女の周囲に鎮座する廃棄物の数々は、冷光灯の頼りない光に照らされて、歪な陰影を見せ付けている。

 その一点に紅い視線が止まる。

 無機物の死骸から顔面を殴打した凶器を見つけると、少女は抑揚のない声でぽつりと漏らした。

「本日は作業工程第648フェーズ、第1835作業単位……うん、大丈夫。ずれてない」

 右手を適当なゴミに伸ばす。ゴミと言っても何かの部品らしき鉄塊だ。

 細い指が、ゴミから飛び出した太いシャフトのような部分に絡みつき―――

 シャフトが飴細工のように変形するほどの力で、握り締めた。

「カルディエは……もうちょっとで電気羊……捕まえられたのにっ!!」

 眠り姫―――カルディエは、一抱えもある鉄塊を片手で軽々と持ち上げると、親の仇を討つような形相で投げ飛ばした。

 鉄塊が飛んだ先には一本のマニピュレーター。哀れ、衝突音と共に砕け散る。

 狙ってやったのだろうか。破壊されたマニピュレーターは、彼女の顔に目覚ましを喰らわせた張本人だった。

 金属の断末魔が処理室内を何度もこだまし、そして次第に消えていく。カルディエにとって勝利のファンファーレに等しい。

「まいったか、こんにゃろめー! 乙女の顔にゴミぶつける奴が悪いんデスよーだ!」

 わざわざゴミ山で寝ていたことは棚に上げ、いささか貧相な胸を張って勝ち誇る。

 が、それも束の間。

「……って、んあああああ!? やっべ、やっちまったデース! 勢いとその場のノリで大事な設備、壊しちまったな!」

 自分がやったことの重大さに気づき、大げさな仕草でうろたえ始める。踊っているようにも見えるほどだった。

 突如、その踊りが止まった。

「ここはゴミ山……つまり、残骸との区別はつかない……」

 カルディエの表情が一気に明るくなった。この上ない名案を思いついた子供の顔だ。

 しかし、事の次第を最初から見つめている監視カメラの存在を、彼女の愉快な主電脳は綺麗に忘れていた。

 まるで人のように振る舞うカルディエだが、彼女は人間ではない。

 高次練成学と具現化工学の結晶―――人型戦術艦ジャガーノートが、彼女の分類上の名称だ。

 強靭な金属の四肢、複雑なギアを覗かせる関節、多様な装置の詰まった胴体部。それらを覆う光沢のない白と黒の複層装甲。全体のフォルムは曲線を主体としており、女性的な印象を漂わせている。頭部は人のそれとほぼ同じ外観をしているが、かといってそこが脆いわけではないことは、先ほどの衝突事故で実証済みだ。

 壊れたマニピュレーターの残骸をゴミ山に埋め終わると、カルディエは脇に脱ぎ捨てたままの、黒いぼろぼろのコートを手に取った。コートに備え付けられた数多の装備が、ベルトの金具と触れ合い、支離滅裂なる金属質の歌を響かせる。

 ややサイズの大きなコートをはためかせながらまとい、カルディエは軽やかに屑山から飛び降りた。着地点はゴミに覆われていない僅かの床。4メートル弱の高低差があったにも関わらず、着地音は全くなかった。

 次いで足下に転がる黒いハンティング帽を拾い、両手で器用に数度回した後、回転の勢いを利用して頭に被せる。

 装飾過剰な帽子から伸びる多彩なコードを、首筋に並ぶコネクタに接続し終えると、カルディエは意気揚々と出口へ足を向けた。

 だが、足が止まる。出口は縦横1.5メートル四方の正方形をしているのだが、そのほぼ全てがゴミで埋められているではないか。

 カルディエの夜闇をも見通す瞳が、天井付近の上部開閉口を睨みつけた。どうやら出口を塞いでいるゴミは、カルディエが寝ている間にそこから投下されたものらしい。

 腰に手を当て、出口が出口になっていない現状を嘆く。

「もう廃棄物搬入時間? おかしいな、その前に起きるつもりだったデスが……」

 夢の中で電気羊を追い回すのに夢中になりすぎたか。カルディエは渋面を作ってうなだれた。

 電脳の相性の問題なのか、廃棄物処理施設がなぜか最も質のいい睡眠が取れる。なので時折ここで惰眠を貪っているのだが、今回はうっかりを重ねすぎてしまったようだ。

「うーむ……まあ、出るにはここしかないしなあ。上手くいったらご喝采。いかなくてもご喝采」

 両手を眼前に上げて、左右に振りながら拍手の真似事。

 気の抜けた手拍子を終えると、左手で帽子を押さえ、右手はおもむろに出口を塞ぐ残骸どもに向けた。

 長い袖に隠れて、右手そのものは見えない。

 袖に紫電が走り、袖口の闇の奥から、数多の金属が高速でこすれ合う音が吹き出た。

 何が起きているというのか。

 神経を逆なでる金属音が終わった、その刹那である。

 かちりと―――袖の奥で撃鉄が跳ねた。

 間髪いれずに生じる爆音と閃光。

 ほぼ同時に赤い爆風が生まれ、カルディエの眼前に立ちふさがる残骸を、木っ端微塵に吹き飛ばした。さらに、砕かれた破片が音速の奔流に攪拌されて、周囲に破壊の渦を撒き散らす。暴虐たる爆轟の災禍だ。

 特殊榴弾の強烈な爆風は、当然カルディエも飲み込んでいる。しかし、黒煙の合間から現れた彼女には、わずかの損傷も見当たらなかった。アラミド繊維とグラスファイバーで編まれたコートの耐用年数が、大幅に縮んだぐらいだ。呆れた丈夫さである。

「お、すげーいい感じにゴミだけ吹き飛ばせたデース。さすがカルディエ。みんなが羨むほどの高性能ガールなだけあるな」

 もろもろの事故を意に介さない機械仕掛けの少女は、鼻歌混じりに自画自賛を口にし、姿を現した黒鉄(くろがね)の扉に手を伸ばした―――のだが、ハッチが作動しない。

「おろ?」

 ドアノブ状の開閉装置を何度か回す。やはり反応はない。

 原因は何か。

 停電―――周囲の電灯は輝いている。開け方を間違えている―――そこまで馬鹿ではない、はず。相方のイタズラ―――だったら後でイタズラし返す。

 まさかと思い、ハッチ側面の開閉シャフトを見る。

 二本の金属棒は見事に歪んでいた。扉が作動しなくなってしまったのはこれが原因だ。

 何がシャフトを歪ませたのかは考えるまでもない。派手な爆風の威力は、ゴミを吹き飛ばすだけでは済まなかったようだ。

「え、うっそ、なんで!? なにカルディエの許可なく勝手に歪んでんの、きみ!?」

 支離滅裂なカルディエの非難。開閉シャフトに話す口があったなら、抗議の一つもあげたかっただろう。

「うわーん! カルディエの完璧な作戦がー! あわわわわ、どうしよどうしよ、まずいよおー」

 またもや大げさな仕草で踊るように慌てだす。

 悩みに悩み抜いた末、カルディエは一つの策を選択した。できればこの策は選択したくはなかった。

 補助電脳を介し、使い慣れた通信チャンネルにアクセスする。

 なかなか相手の反応がない。ヘッドセットのスイッチに手を伸ばすだけの作業に、何を手間取っているのか。カルディエの苛立ちが募る。

 苛立ちが溢れて地団駄に変わる寸前、ついに接続の確認が取れた。同時に早口気味の音声通信を相手に送りつける。

『いまどこ!? 廃棄物処理室用外部ハッチの近くとかにいないよね!?』

 唐突すぎる質問に、相手はしどろもどろに「はい」とだけ返してきた。

『よし、いまからすっげーびっくりなことするデス、ご覧あれ! いやいやいや違う、ご覧しちゃダメ! 来んなよ!? 絶対こっち来んなよ!?』

 相方の質問が来る前に通信を一方的に切り、カルディエは全身のアクチュエーターを唸らせ、ハッチを睨んだ。


 ―― 2 ――


 どこまでも続く青空が広がっていた。

 まばらな雲は青のキャンバスに飾られた白いアクセントだ。その中央で輝くのは正午の太陽。今日も変わりなく、天蓋の頂点より世界に恵みの光を降らせている。大気も穏やかだ。しばらくは天気が崩れることもないだろう。実に輝きに満ちた空であった。

 だが、その下には、澄んだ空とは対象的なものが広がっている。

 タールの如き黒い海。いっさい余すところなく、黒の支配下。黒の大海が水平線の彼方まで波を打ち、彼方で蒼き空と重なって、上下二色の単調な絵画のような様相を呈している。

 その単調な絵画を切り裂くものがあった。

 一条の白線―――白い巨大な橋。

 冗談じみたことに、この巨大な橋は何もない水平線の向こうから伸びている。しかも途方もない巨体を支えるのは、海に一本だけ立つ紅い橋脚のみ。それでいて橋はわずかの歪みもなく、海風に微塵も揺れず、静止画像のように宙に存在している。

 原理、素材、目的、いっさいが不可解の橋。規模も有様も常識外。

 なんのためのものなのか。この橋を渡るは、いかなるものなのか。

 後者の答えは、作りかけの橋の先端に鎮座していた。

 黒い、巨大な鉄の蜘蛛。

 沈んだ世界より与えられし、その名―――アトラク=ナクア。


 突如、鉄の蜘蛛(アトラク=ナクア)から固く鈍い衝撃が飛び出し、大気を揺らした。

 衝撃の発生源は、蜘蛛で言えば頭胸部の右側面、そこの下部にある小さくも分厚いハッチ。中央が大きく膨らみ、歪んでいる。その度合いは(はなは)だ大きく、本来ならば継ぎ目さえ見えないはずの四辺に広い隙間を生じさせている。

 その隙間から金属製の指が飛び出た。

「ふん! ……んんんんん……ぬああああっ!」

 気合とともにハッチを強引にスライドさせ、機械仕掛けの少女カルディエがひょこりと顔を覗かせる。

 視線だけ動かし、左右を確認。念のために上下も確認。問題ない。相方の姿は見えない。

「よーし、上手くいったなー」

 全身が通れるほどまでさらにハッチを押し開け、外に出る。

 カルディエが盛大に鼻を鳴らした。どうだ見たかと言わんばかりの態度である。

 ゴミ山の寝床とは打って変わって、外はまばゆいほどに明るかった。

 両眼の望遠機能をあえてオフにし、明度調整を行う。

 カルディエは目をわずかに細めた。橋の先端は作りかけ。そのさらに先に、カルディエ達がいま目指している『場所』が見える。

 腕を組み、黙してたたずむカルディエの姿は絵になった。身を包む複合装甲を鎧と見立てれば、まるで気高い姫騎士にすら見える。

 その美しさに触れたいと、海風も思ったに違いない。少し強めの風がカルディエを撫でる。彼女の長い緑のツインテールが風にさらわれ、後ろに流れた。

 つられて、カルディエが背後を見上げる。

 ハッチを破壊されても、不平不満も言わずに鎮座する蜘蛛が目に映る。

 相も変わらず大きいと、カルディエがひとりごちた。

 全長220メートル、最大幅70メートル。高さは優に30メートル以上。確かに大きすぎる。空から見渡しでもしない限り、全容を視界に収めることはできないほどだ。常軌を逸した橋に乗るには、相応しい大きさかもしれない。

 黒く丸い駆動機関部を頭部とすれば、その側面から伸びる四対の油圧式駆動多脚や、後部に連結された居住区兼用のコンテナユニットのおかげで、全体の見た目は不恰好な蜘蛛そのものだ。重厚な表層には血管のようにパイプが走り、所々から白い蒸気や黒煙を吹き上げ、いたるところに設置された照明が、昼の明かりの中でさえ、己とその周囲を強い白色光で彩っている。

 カルディエが先程までいた廃棄物処理室は、この蜘蛛が内部に有する一施設に過ぎなかったのだ。

 蜘蛛の頭に当たる位置に『アトラク=ナクア』という古い時代の文字がペイントされている。堂々とした名だ。ただ、カルディエも、その名の意味するところまでは知らない。

 巨大な機械蜘蛛をつぶさに観察し終えると、カルディエはあるかなしかの微笑みを浮かべた。

 ―――問題ない。()()()()()()()

 満足とばかりにうなずく。

 すると、彼女の目がやおら大きく見開かれた。

 右側方に気配。近い。気づくのが遅れた。周辺観測を怠るとは。

 反射的に振り向いた先に、一人の人物。

 カルディエの相方が、そこにいた。

「ヴァニタス」

 相方の名前を呟いた形の良い唇が、ひくついている。

 ハッチを壊した言い訳は、まだ思いついていなかった。

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