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ポン・デュ・ガールは永遠に  作者: デクストラ・シニストラ
第三章 「死者の館にて夢見るままに」
21/65

648-1873「海底探索狂想曲」


―― 1 ――


 カナロアが根城としていた地点に到達した瞬間、ヴァニタスは抱えきれない程の宝物を目にした錯覚に陥った。

 巨大。かつ荘厳。

 海底に鎮座する古の施設。

 表面に無数の貝類が張り付いているものの、その堅牢な外壁は腐食も破損も見当たらない。旧世界の構造物に間違いないだろうが、だとすれば数十世紀ものあいだ、浸食と水圧に耐えてきたことになる。機甲塔のように「劣悪な環境に耐えうる強度を優先した素材と構造」の建築物とは違い、この施設は陸上にあることを前提としたものに見えるが、それでも深海の中で崩壊せずに残り続けているのだ。

 ヴァニタスは興奮に震える指をどうにか使役し、タブレットに音響マッピングの図面を表示させた。

 3Dマップを指で回転、縮小させ、目の前の構造物と照らし合わせる。目に見えている範囲は一部のようだ。緩い斜面となった海底に合わせ、ブロックごとに段々になっている。その部分が手前の大きな建物に遮られ、見ることが出来ない。

「各ブロックはチューブ状の通路で繋がってるみたいだね」

 確認も兼ねて潜航艇の周囲を回るカルディエに話しかける。

 返事が来ない。代わりに聞こえるのは「うっひょー」というはしゃぎ声だけだ。

 余程海中を自由に泳げるのが気に入ったらしい。あるいは、尊敬するナマコに並べたことを喜んでいるのか。

 ヴァニタスが小さくため息を漏らした。気を取り直し、構造物に潜航艇を近づけ、外壁を探る。

 付着物が多いため、入口またはそれに類するものを見つけるのに苦労する。

 ふと、模様のようなものがヴァニタスの視界に写った。目を凝らすと、それは旧世界の文字だと言うことが分かった。

 アトラクの側面に書かれているものと同じだと気づくのに時間はかからなかった。ヴァニタスは拘束技師なのだ。

 マニピュレーターを使い、慎重に文字に被る貝類を削いでいく。およそ十分程で文字の全容が見え始めてきた。

 現れた文字を潜航艇のカメラに収め、画像情報として撮り込む。情報をタブレットに転送、翻訳プログラムにて文字を解読。

 表示された訳文を目にし、ヴァニタスは目を瞬かせた。

「第七……承認総体……生化錬成公社?」

 建物の名前、もしくは保有する組織の名前だろうか。念の為タブレットで検索をかけてみたが、ヒットする項目はなかった。

 気にはなるが、今は手がかりもない。頭の隅に留め、ヴァニタスはタブレットを一旦しまった。

 その後も構造物の端から端までゆっくりと潜航艇を移動させたものの、適当な入口が見つからない。

 だが、代わりに興味深いものが見つかった。

「カルディエ、これ……」

 と言って、サーチライトの光を一点に集める。

『んんん、これは……何かの貯蔵タンク?』

 照らされた物体にカルディエが手を伸ばす。大きさは直径一メートル、長さ三メートル程の円筒型。本来は構造物に密着していたようだが、何かの作用で支えが砕け、だらりと垂れ下がっている。中程に大きく切れ目が入り、内容物が残っている様子はない。下部にパイプが繋がっており、それは構造物に接続されていた。

 カルディエが切れ目に頭を潜り込ませる。

 大胆というべきか、不用心というべきか。ヴァニタスにしてみれば気が気でない。

『んー……中には何も残ってないなー。内側は……なんだこれ』

「何か気になるものでも?」

『えーと、こう、どかーんばびゅーんって感じのすげえのが』

「もうちょっと分かりやすく……」

『ああーん? これで分からないデスか? 世話が焼けるな、ちょっと待ってろ。外部カメラの取得映像をそっちのタブレットに送るデス』

 すぐさまタブレットに接続要求の一文が表示される。それをクリックし、ヴァニタスは映像の表示を待った。

 数秒の間を置き、タブレット全面にカルディエの視界と同じ映像が映し出される。

 ヴァニタスの口が何かを言いかけ、そのまま止まった。

 タンクの傷は比較的最近ついたものなのだろう。中に付着する貝類の数は少ない。

 そう。()()

「なにこれ……」

 タンクの半分程を埋める、巨大な貝。付近の貝と同じ形をしているが、それをそのまま数十倍に拡大したような個体がタブレットのモニターを埋めている。

『でっかいなー。こいつ、こんなにでかくなる貝だっけ?』

「いや、周囲を見ても他には……この個体だけ異様に成長して―――あっ」

『お、待て待て、カルディエにも分かったぞ』

 申し合わせ、二人同時に「あのカナロアが大きくなった原因だ」と呟く。

「そうか、この施設で研究開発していた何らかの薬品が作用したんだ。だからここを根城にしていたカナロアやこの貝は、こんなにも大きくなったんだ」

 興奮気味に語るヴァニタス。キャノピー越しにカルディエがその様子を見て腕を組む。

『摂取するだけで生き物をでっかくする薬? 塗ったら一部分だけでもデカくなるか?』

「え、いや、それは僕には分からないけど……」

 妙な間が訪れる。何故かカルディエは自分の胸元とタンクを交互に見ている。

「あの、カルディエ。もし仮に塗布による効果があるとしても、君は、その、ドロイドだから……」

『あ゛!? 誰が巨乳化を期待する夢見がちな乙女だゴルァ!?』

「ぼ、僕、一言もそんなこと言ってないよね!?」

『やかましい! 暗に語るって言葉を知らんのか、このスットコドッコイ!』

 言うやいなや、タンクに再度頭を突っ込み、より深くへ体ごとねじ込む。

「……何してるの」

 下半身だけ突き出した相方に呆れ顔で問う。

『見てわかんないのか』

「いや、大方の予想は着くけどね……探しても無駄だと思うよ?」

『ふーん。やってみなきゃ分からないってことをヴァニタスに教えてやるデス。タンクの中にまだ薬液が残って、なーいーかーぬあー。おいコラ薬液! いたら返事しろ!』

「海水が浸水しちゃってるから、残ってる確率は凄く低いけどなあ。ましてカナロアとその貝が先に摂取しちゃったみたいだし」

『諦めんな! そこで諦めたら、カルディエ巨乳化計画が頓挫してしまうデス!』

「いつの間にそんな計画できたの」

『今!』

 そこまで気にしてるのかと同情しながらも、ここで無駄な時間を過ごす訳にもいかない。腕にはめた耐圧時計が示す時間の通りなら、活動限界まで残り五時間しかないのだ。

 潜航艇のマニピュレーターを操作し、もがくカルディエの腰をガッチリと掴む。

『あ! このやろ、どこ触ってんだ! あんっ、やっ、だめ……こういうことはもっと雰囲気を大切にしてから挑みなさいと教えたじゃないのっ』

「教わった覚えないんだけど……いいから行くよ。そこを探すより、内部を探した方が同じ薬品を見つけられる可能性は高いし」

 暴れるカルディエがぴたりと大人しくなった。

『それ本当か』

 トーンの低いカルディエの声に、ヴァニタスが気圧される。

「多分……そう考えるのが自然かなあと、僕は」

『よし、そうと決まれば善は急げだ、入口探すぞ、ぼさっとすんな!』

 と言うが早いか、カルディエが器用にマニピュレーターから抜け出し、一目散に構造物へ張り付いて入口を探しはじめる。

「……ナマコみたいにすり抜けていったなあ」

 相方が本当にナマコらしくなってきていることに一抹の不安を覚えつつ、ヴァニタスもカルディエの後に続いた。

「カルディエ、闇雲に探しても時間がかかるだけだよ?」

 とは言え、どこを探すべきか。側面に使えそうな入口は見当たらなかった。

 ならば、屋上はどうだろうか。

 そう思ったのも束の間、カルディエから通信が飛んでくる。

『おい、ヴァニタス! こっちこっち!』

 呼ばれて周囲をサーチライトで照らす。いつの間にか、カルディエの姿が見えなくなっている。

「え、あれ? どこに行ったの?」

『上。屋上。ここにちょうど入るのに良さげな入口がある』

 ヴァニタスが猫目を丸くした。

 もうそこまで探したのか。カルディエがいつになくやる気に溢れている。理由はお察しであるが……

「分かった、そこに有機ショックアブソーバーを展開してドッキングしよう」

『やだ、ドッキングとか、少しは時と場所を考えるデスぅ。でもヴァニタスがどうしてもっていうなら』

「数分で作業終わると思うから、周囲の警戒お願いね」

『スルーすんな! ものすげー恥ずかしいだろ!』

「はいはい……」

 今日はテンション高いなと独りごち、ヴァニタスは潜航艇を施設屋上へと進めた。


 ―― 2 ――


「ええ、ええ。そうです。屋上から。侵入者は二人。片方はドロイド。もう片方は獣人の餓鬼でさあ。ええ。分かってますって、今回は嬲ったりしやせんよぉ。()()()()()()

 ロボが掠れた声で笑った。笑いながら、通信機の小さなマイクに何度も頭を下げている。

 下げた頭を掻きながら、ちらりと横に視線を移すと、ひどく不満そうな同僚の様子が見えた。だいぶストレスが溜まってそうだ。

 ロボの悪戯心がむくりと起き上がる。新人殿に緊張感をプレゼントしてやろう。

「まあ、あれでしょうね。獣人の餓鬼とドロイドの組み合わせ―――とくりゃ、ココペリでしょう。近くでポン・デュ・ガールを架けてる奴らじゃないですかねえ」

 あっけらかんとロボが言った台詞に、案の定同僚が動揺を見せた。ココペリ―――と言うより、ジャガーノートの戦力を知らない実働部隊員はいない。訓練段階でその恐ろしさを徹底的に教育されるのだから。

「はい? なんで奴らがここに来たのか? 隊長、そりゃ俺が考えることじゃないですぜ。俺はただの『鼻』です。嗅いだものの情報を『脳』に送るだけの存在です。この部隊の『脳』は誰でしたっけ?」

 無論、部隊の脳、ないし頭となれば隊長が相当する。それを分かっていながら今の台詞を吐いたのだとすれば、豪胆を通り越してただの礼儀知らずだ。

「そうでしょう? 俺ぁ隊長ほど頭が良くないんでね。そういうのはそっちでお願いしまさぁ……ともかく、やつらの場所はさっき伝えた通りです。どうします? 俺らも出た方がいいですか?」

 ロボが荷物を見たあと、同僚に目配せをした。出撃の準備をしろという合図であった。

「ええ……分かりやした。A5の通路……三方から追い詰めて、はい。はい。じゃあ、俺らもここを出ます。はい……了解(ラジャー)通信終了(アウト)

 通信の終わりと共にヘッドセットを外し、大きく一息。

 苛立たしげに同僚が「指示は?」と聞いてくるも、すぐには答えない。

 同僚の我慢の限界が訪れる直前を見計らい、カウンター気味に短く笑う。

「ココペリと思わしき二人組を全部隊員で同時に距離を詰め、挟撃。捕獲を前提とし、殺傷は捕獲が見込めないと判断した時にのみ行う……だ、そうで」

「ふん、結局敵は現れたわけだな」

 同僚の台詞は明確に嘲笑を含んでいた。敵はいないと断じたロボに対する皮肉だろう。一矢報いてやったと、フルフェイスの下でほくそ笑んでいるに違いない。

「ええ、左様で。こりゃあ気を引き締めないといけやせんなあ」

「緩んでるのは最初からお前だけだ」

「こりゃ痛いとこ突かれた。ごもっとも」

 後頭部を掻き、ロボもフルフェイスヘルメットを被り直す。そして実働部隊標準装備のアサルトライフルを手に取り、動作と安全装置の確認を行った。

「さ、こんな辛気臭いところ、さっさとおサラバしやしょうや」

 言われずとも。そう言わんばかりの勢いで早足に歩き、同僚は部屋の扉をゆっくりと押し開けた。



 施設の通路は非常灯がわずかに点灯しているだけで、他に明かりらしいものは何も無い。

 部隊全員が被っているフルフェイスヘルメットには暗視装置を含め様々な視覚補助装置が実装されているため、彼らにとって暗闇はさしたる問題ではなかった。

「空調の動いている完全な密閉状態だが……空気が重いな」

 同僚が囁く。

 受けて、ロボはやる気のないため息を漏らした。

「頭の上に大量の海水があると思うと、気が重くなりやすからね」

「気のせいだと言いたいのか」

「気の持ちようだと言ってるんですよ」

「お前に諭されるのは、いい気がしないな」

「でしょうな」

 他愛もないことを短距離通信にて囁き合う。小声でも意思疎通が出来るこの機能も、フルフェイスヘルメットの標準装備だ。

 カルハリアス―――その根幹たるアートマンの技術力の高さは、旧世界に準ずるものであった。

 そして自分たちがいるこの遺物も、旧世界のもの。アートマンがこの巨大な石棺を気にするのも、その辺りに理由があるのだろう。

 ―――俺にはどうでもいいことですがね。

 ロボは胸中で自分とアートマンの両方を嘲笑った。技術の収集及び開発に明け暮れる能面たち。狂った性癖に囚われる自分。さしたる違いはない。

 雑念を楽しみながらも、追随する同僚と間隔を維持しつつ、歩を進める。警戒し、距離を稼ぎ、互いの死角を補い合う。よく訓練された兵士の動きであった。

 幾度か角を曲がり、長く細い通路を抜けた先で、比較的大きな通路に到達する。

「俺らが乗り込んだ隔壁に通じる通路ですな」

「侵入者もここから?」

「いや、奴らの臭いが漂ってきた空調の経路はここじゃなく、屋上の方に繋がるものでさぁ。多分、屋上のどこかの扉から入ったんでしょ……図面通りなら、そこから降りて来られるのは、この通路の先にあるエレベーターか階段のどちらかだけでさぁ」

「そこを狙い撃ちか」

「左様で」

「もう少し早く作戦の全容を教えてもらいたいたかったぞ」

「すいやせん。俺と話すのが嫌そうだったもんで、気ぃ使っちまいやした」

 露骨な舌打ちの後、同僚は口を閉ざした。

 ロボは笑いをこらえるのが大変だった。流石に交戦が想定される行動中にふざけるわけにもいかない。これ以上、仲間をからかうのはやめだ。

 ロボの目付きが変わる。

 狩人の目付き。獲物の喉元に食らいつくを最上の喜びとなす者の顔。

 床を這うほど姿勢を低くし、通路を駆け抜ける。目指すは通路の奧。目標の待機地点に通じる扉だ。

 音もなく壁に張り付き、ロボはゆっくりと扉を開け、周囲をクリアリングする。

 敵性体は見受けられず。ハンドサインで同僚に合図する。

 二人は無言で扉の奥へと姿を消した。


 ―― 3 ――


 屋上の入口から内部に侵入したヴァニタスとカルディエは、その整然とした様子に言葉を失っていた。

 海上に露出した手付かずの機甲塔であっても、多少は汚れや散乱物が見受けられるものだが、ここは直前まで手入れされていたかのように美しい。非常灯しか着いていないのは流石に仕方ないとはいえ、かなり稀有な状態である。

 海底という隔絶された環境、外壁の異常なまでの堅牢さが合わさり、タイムカプセルと同様の効果を生み出したのかも知れない。

 ヴァニタスがタブレットに小型のマイクに似た装置を取り付けた。潜水服を着たままなので、やはり思うようにいかないが、どうにか接続を確認。よしと頷き先端を掲げて周囲を歩き回る。

「んんー……大気は正常。有害な物質、細菌、ウィルスも検知されないね」

 安全が確認できた。潜水服頭部側面のボタンを数度押し、ヘルメットを開く。開放感が心地よい。猫耳が嬉しげに揺れた。

 すると、自分を背後から射抜く視線に気づく。

 振り向くとカルディエ。甲殻類じみた装甲で薄闇に佇む姿は、完全にモンスターのそれだ。

「あの……なに、カルディエ」

「ヴァニタス、ずるい。カルディエもこれ外したい」

 と、自身を覆う外骨格を拳で小突く。

「気持ちは分かるけど、我慢して。専用機材なしに簡単に外せないんだ」

「カルディエのウルトラ可愛い外見が、揚げたら美味そうなエビ怪人のままとか、空前絶後の世界的損失デス。さっさと探すもん探してアトラク戻るぞ」

「うん……」

 ヴァニタスの返事はか細い。意識が他のことに向いている証拠だ。

「どした、ヴァニタス」

「あ、ちょっと気になることが」

 ヴァニタスの目は自分たちが入ってきた屋上の入口に向けられていた。

 三層からなる重厚な隔壁だ。浸水しないのも頷ける。外側からロックにアクセス出来たのは幸いだった。

「気になること?」

「うん。この施設、最近誰か入ったのかなあって……」

「はあ? カナロアが張り付いてたのにか?」

「いや、カナロアが離れた後に……」

「タイミング良すぎないかー?」

「目をつけてた誰か、もしくは何かがいるのかも知れないけど……」

「目を付けてた何か?」

「この前のヘカトンケイルのような、目的を持って動くドロイドもいる世界だしね……ただ、こんな深海で活動する個体は思い当たらない。それでもロックにアクセスした時に、どうも違和感と言うか……」

「ふーむ……このあいだ泡が海面に出たのは、それと関係があるんかな」

「有毒なガス類じゃなかったから、それほど気にはしてなかったし、あくまで僕が違和感を感じただけだけど、一応用心した方がいいのかも」

「おう。分かった。おちゃらけ気分はここまでデス。慎重に行くから、しっかり着いてこい、ヴァニタス」

「分かった。少しでも危険があるとわかったら、ここを直ぐに出よう」

「あ、いや、出るのはムネデカEX軟膏を見つけてからでも……」

 カルディエの中では、あの薬品は完全に巨乳化専用薬品になっている上に、妙な商品名まで着いているらしい。

「……安全第一だよ」

 しゅんと項垂れる相方の肩を叩き、ヴァニタスは高輝度ライトを通路の奥へと向けた。

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