殺人の魔法
僕がその店を訪れたのは、偶然だと思い込んでいたがもしかしたら必然だったのかもしれない。編み物の店なんて興味なかったのに、ちらっともう別れている彼女が好きそうだなと思ってしまったのだ。
「願いは、何ですか?」
いかにも古風だと感じる少女が問う。なんだよ、と思いながらもその少女に吸い込まれるように事を話してしまった。
「僕はある男が憎い。」
「…どうして?」
「親友だったんだ。僕の恋を祝福してくれてた。ある日突然、彼女に別れを告げられた。その次の日、親友と彼女は、一緒になってた…きっとそいつに誑かされてたんだ。きっとそうだ。僕たちは確かに愛し合ってたんだ。なのに、なのに…」
「では…その願い聞き入れました。何を編みましょう?」
「え、何突然…」
少女はふぅ、とため息をつく。きっとどんな相手にも何度も同じ説明を繰り返してきたからだろう。気だるげに話しだした。
「あなたの願いを、私が編み物に込めるのです。それをその願いの相手に渡すとその願いは叶います。」
この少女はきっと、魔法使いになりたい中二病なんだ、そう思いながらも「手袋を」と言ってしまった。
「憎しみを編むと、あなたの寿命が思いの強さだけ削れます。よろしいですか?」
「あぁ…お願いするよ。」
この時、気が付けばよかったのだ。今ならわかる。取り返しのつかないことになると。
「では四半時、お待ちください。」
そう言って少女は、毛糸と編み棒を取り出し、ロッキングチェアに座って編み始めた。
外に出ると、すごく寒かった。編み物を受け取り店を後にしたところだった。丁寧に包装されたこれを、明日あいつに渡す。そうすれば、きっと彼は痛い目にあうだろう。僕は口角が上がるのを抑えきれなかった。楽しみで、仕方なかった。
「これを俺に?」
「あぁ、もうすぐ誕生日だろう?少し早いけど…手袋にしたんだ。急に寒くなったから、すぐ使えるかなと思って。」
「…ありがとう。嬉しいよ。プレゼントも、またこうして話してくれるのも…悪かった。レナを奪うような形になってしまって…」
「いいんだ。それ、使ってくれよな。」
「うん、帰りに着けてくよ。ありがとな。」
それが、彼と交わした最期の言葉だった。
「どういうことだよっ!」
僕はまた、その店に来ていた。少女は不思議そうに僕に問うた。
「どうって?何か不備がありましたか?」
「あいつ…僕の親友が昨日…死んだんだ。帰り道突然倒れて…」
「そうですか…」
「お前のせいなんだろう!お前が…お前があいつを…変な物作りやがって!」
少女は、ふぅ、とため息をついて億劫そうに口を開いた。
「私は”あなたの願い”を込めただけです。あなたの心の奥に、彼を殺したいという気持ちがあったからそうなっただけのこと…言ってしまえばあなたのせいで彼は死んだのです。」
「そんな…そんなことって…じゃあお前のしたことは、殺人幇助じゃないか!」
すると少女は目を伏せ、悲しそうに微笑んだ。
ドクッと胸が鳴った。痛い。苦しい。僕はその場に跪いた。助けてくれ、と手を伸ばすが、声にならず空気が抜けただけだった。手は、ぶるぶると震えていた。
「願いの想いの強さによって、あなたの寿命は尽きた、ということですね…」
そう言って少女は、ロッキングチェアに座った。毛糸を紡ぎ、また作品を作り上げていく。次のお客様を待ちながら。
「何を編みましょう?」
その男は、「クマのぬいぐるみを」と言った。付き合っている彼女が、何をしてもいつも不機嫌な顔をするから幸せな顔をさせてあげたい、との事だった。憎しみの依頼が大半を占める中、その依頼はなかなかに新鮮で少女にとっては心温まるものだった。
「では四半時、お待ちください。」
そう言って、いつも通り丁寧に糸を紡ぐ。
「申し訳ないんですが、お返しします。」
先日の男が、また店にやってきて先のことを口にした。男は松葉杖をついていたので、何かあり、ぬいぐるみに対しての不満を述べに来たのだと少女は思った。
「何か不備がございましたか…?」
「いえ、実は…」
その男が紡ぐ物語は、切なく哀しく、しかし温かいものだった。
男の付き合っているその彼女は、幸せを感じると殺害衝動が起こる精神病を患っていたらしい。だからいつも不機嫌に、幸せを感じないように、彼を殺さないように――。
ぬいぐるみを渡したとき、彼女はすごく嬉しそうな顔をしたらしい。初めて見たそれは、刺されても彼女を許し得るものだった。彼は、幸せだった。
「彼女は、精神病院に入院となりました。でも、彼女と笑いあって生きていける気がするので、だからこれはお返しします。作っていただきありがとうございました。」
「そうでしたか…ともかく生きていてよかったです。」
「私は、一命を取り留めたのはきっとこのクマのおかげだと思うんです。だから本当に感謝しています。それであの…代わりに”普通の”クマのぬいぐるみを作ってくださいませんか?」
「え…はい、かしこまりました。」
できたのは、二つのクマのぬいぐるみだった。オレンジと茶色の二人を模したクマ。それには魔法なんてかけてないけれど、想いは込めた。
二人が幸せになるようにと――。
少女は思う。憎しみであれ幸せであれ、愛情はすべて容易に殺人に変わる魔法なのではないかと。しかし少女はなお糸を紡ぐ。誰しもに永遠の愛情と幸せが、訪れるようにと――。
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