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朝ご飯がモーニングコール

作者:

2018年夏、あのクソ暑い時期に書いたものなので、その時の気分を思い出していただけたらと。

 さあやって参りました。数日置き、私が彼の朝ご飯を担当する日の、夕方! ……ちょっと変だと思いましたでしょうか。では少しばかり説明を。

 朝ご飯を担当するというのは直球も直球、物理の話のようなものです。私が彼の朝ご飯なのです。何せ彼は吸血鬼なものですから、昼間はばっちり眠っておられるので、それを起こしに行き、とりあえず食べられてくるというのが定期日課です。

 ただ、人間の私にとってはそれが命懸けと言いますか。簡単に言って、彼は寝起きが悪いのです。すこぶる悪いのです。気をつけないと瞬殺もあり得るかと。


 加えて、これは今の夏という季節だけの話ですが。何故か今年は特に暑い年なので、というか暑いを通り越している暑さなので、彼が寝ている間に籠りに籠った昼間の熱でお部屋が大変なことになっているのです。まず第一段階でそれが嫌というものです。ドアを開けてその熱気に曝された途端に、うへぇ、という情けない声が出てしまうのは仕方のないことだと許してください。


 とまあ、私の愚痴なんかはここまでとして。

 そんな部屋で寝ている彼が何故平気なのかと言うと、それは至極真っ当な理由があるわけです。

 と、たどり着きました、彼のお部屋の前です。この快適な廊下から動きたくはないのですが、そういうわけにもいきません。それでは腹を括りまして、いざ、侵入!


「んぐぅ……あっつい……」


 今日はより一層熱の籠り具合が激しいです。一瞬で蒸されて汗がじわじわと噴き出してくるようです。まあ、昼間もとんでもない熱気でしたからね。ええ、ええ、それはもう日照り殺される、ないし蒸し殺されるレベルの熱気です。クソ暑いというものです。


 はい、そしていつも通り見た目は冷たく置かれている棺桶があります。今時、吸血鬼でも棺桶で眠るなんて古臭いと思う方もいらっしゃることかと思いますが、全くその通りです。ただ彼が気に入って使っているというだけの話です。

 まずこの中身が非常にずるいものでして、冷房付き密閉棺桶とでも言いましょうか。全面冷却マットで覆われ、広くはないこの中を快適に冷やして維持する冷房設備、密閉されるため空気は逃げないし、余計な雑音も入りません。完全に夏仕様の完璧な棺桶です。

 さらにどの季節にでも言えることなのですが、この棺桶の蓋はもう、起こされないためのものかと言うくらい重量感がとんでもないのです。意地悪なくらい重たく、私の力ではびくともしません。

 ですがこの特徴を悪用し、私は無慈悲な起こし方を実行するのです! 担当の日は、ですが!


 では、いい加減私も限界なので、部屋にまで設置されている冷房をつけて、昼間の熱気が籠りに籠ったこの部屋をできるだけ冷やしにかかります。そしてここからが勝負、無慈悲発動です。


「こっちの冷房を、消し!」


 ぴ、とリモコンで棺桶内に装備されている冷房を切ります。ふふふ、こちら彼のお父様に頼んで作って頂いたスペアのリモコンになります。これで後は待機のみです。

 冷やされていく部屋で彼が起きてくるのを待つ私と、広くはない棺桶の中にじわじわと籠り始める熱気が彼を不快にさせるまで。

 これで動きがあれば私も気合いを入れ直さなければなりません。一応棺桶から距離を置いて、立ったまま待機です。何せ以前、彼が蹴り上げた蓋が座って待っていた私を直撃しまして、腫れ上がる程の打撲を負ったものですから。少しばかり怖いのです。骨が折れなかったのは幸いだったと言えます。


 さて、部屋の方はもう快適と言えるまで冷えて参りました。ですがあの棺桶の中はおそらく冷えることはないでしょう。じわじわ熱が籠り、彼の意識が覚醒し始めてきている頃かと思います。

 そんな予想通り、中からの物音がちょっとずつ聞こえるようになってきました。棺桶自体も動いているように見えます。そろそろ、今日はどんな不機嫌タイムで襲ってくるのかと不安になってきました。


「っう、びっくりしたぁ……」


 急に物凄い音を立てて棺桶の蓋が飛んで行きました。今回は私から見て真横、棺桶の頭の方へ綺麗な放物線を描いて飛んで行きました。そして全開になった中から突き出た右足。やっぱり蹴り開けたみたいです。

 次いでガランガランと重たそうな音で転がった蓋。私はもう何も飛んでこないことを確認して、彼のところへ向かいます。


「キハルさーん、おはようございまーす」


 遠目から声をかけつつ、瞬殺回避のためにそろそろと足を進めます。それでも無差別に手を出してくる彼の前ではあんまり意味はないのですけど。

 そうして様子を見ながら近づいていたところ、右足がゆっくりと下ろされまして、棺桶の縁に手がかけられました。もしかして起きてくるのでしょうか。

 なーんて考えて足を止めていたら、中から彼が起き上がって参りました。それはもうぬぅっと、夜中に見たらさぞかし恐ろしい光景となりましょう、緩慢な動きの中にたっぷりと異様な空気を含んだ何とも言えない速度で。


「誰だぁ……? 俺のエアコンを切りやがったのはぁ……」


 い、いつもより声が低い! 寝起きの掠れ具合も相まって恐ろしさが振り切っております! そして射殺さんばかりに睨みつけてくる真っ赤な目!

 これはもう、いつもみたいに容姿について素敵だのとのたまっている場合ではないです。私は今日の朝ご飯担当を無事に終えることができるのでしょうか。まあ、そうして怖がっていたら何も始まらないし終わりもしないので、私は意を決していつも通りを貫きます。


「おはようございます、キハルさん」

「お前か」

「はい」

「お前がやったのか」

「……はい」

「切っ、た……」


 声をかけて棺桶の側に膝をついて座った途端に始まった尋問、のようなもの。私を私として認識してくれているか分からない寝ぼけた目で淡々と責められると改めて罪悪感が湧いてくるというかなんというか。

 明らかに最後、首が落っこちたみたいにぐらりと頭が揺らいだのがとても怖いです。


「でもごめんなさい、起きてもらいたく──ってぇ!?」

「まだ眠い」


 く、首! がっつり首を掴まれました。まずいです。力も入ってきています、本当にまずいです。片手でこの威力! というか、頭下げて見えていないはずなのにしっかりと首掴んできたのが怖いのですが!

 人の首を絞めながら二度寝するってどんな感覚なんですか、今日はいつもより飛び抜けて暑かったですがそんなに恨みがましいですか。


「キハルさんっ……手ェ……!」

「あ゛ー……?」


 瞬間の二度寝で機嫌の悪さが上乗せです。アシンメトリーな前髪から覗いてくる目が据わっているのが怖すぎます。でもそれより、ぎっちぎちに絞めてくる手を何とかしたいのです。せめてもと、自分の指を食いこませてみますが何の足しにもなりません。


「このくらいじゃまだまだ死なねぇだろ……」


 言葉がふにゃっふにゃです、寝ぼけておられますか!? 頭もかっくかくですよ!? そして私はこれくらいで簡単に死んでしまします。手、お手をお離しください! 貴方の朝ご飯が死んでしまいます!

 何とか簡単な意思疎通ができるくらいに起きてもらいたい私は、指はがしを諦めて彼の頭を叩き、覚醒状態に持っていきたいと思います。苦しいです……!


「……カリン?」

「ぁい……」


 やっとです。抵抗を試みてから随分経ったものですが、彼は何とか気が付いてくれました。まだまだ睨んで確認してくる目なので機嫌は悪い状態ですね、起き抜けの不機嫌です。ですがこれでもう、ただのちょっと暴力的な不機嫌状態なだけですので、怖いことはなくなりました。

 そしたらまあキハルさんときたら、深い深い溜め息と共に舌打ちをしてから私の首から手を離しまして。


「早く言えよ馬鹿が、殺したらどうする」

「あんな馬鹿力で首やられたらどうにも……」


 掴まれた余韻が残った首をさする私の前、キハルさんは頭を掻きむしりながら物凄い顔で睨んできます。何なら今から殺してやろうかというくらいの形相です。別に私が悪いわけではないのですが、むしろ被害者的な立場ですが、正座モードです。

 それでも自由な彼は、棺桶から出てすぐさま着替えを始めようとするので、私は大人しく彼の足の甲あたりに視線を落としながら待機です。


「それで、死にかけるの分かってて何で来てんだ」


 声をかけられたからにはちゃんと顔を見て答えたいのが私の癖ですが、彼のタイミングというのも意地悪なものです。上着を着込む最中にはやめてくれませんかね、今やっとお腹が隠れたところでしたよ。

 とにかく、目がいってしまったのは仕方ないとして、次はちゃんとお顔を見て答えるとしましょう。


「朝ご飯の日です」

「あー……? そうだったか?」


 ばっちりお伝えしてみたところ、キハルさんはまた頭を掻きながらあやふやな記憶を引っ張り出しているようです。もう毎度のことなので私からしてみれば、はいそうだったんです、いつも忘れておられますよね、といった感じです。寝に入る早朝くらいは覚えているのにね。

 この寝起きの悪さにプラスして、暴力的になってしまうことと関係はあるのかと常々思ってしまいます。


「じゃあ腹減ってるから食っても問題ねぇんだな?」

「う、まあ、はい……」


 だめですとは言えない立場で、だめですと言っても拒否権なんてないので、歯切れが悪くても頷くしかありません。私自身嫌でも何でもないですけど。

 ただ、彼のあまりにも早いご飯時間に私がついて行けていないだけです。これも変わらないと言えば変わらないことですが。

 完全にその気になったキハルさんが目の前、向かい合って座り込んできたので、私はここで脚を崩します。膝の裏に少し汗をかいてしまったので冷房の風でヒヤヒヤしますね。とまあ、そんなことはお構いなしに、キハルさんは私の腰、というか背中を掴んで自身の脚の間に入れてしまいます。ついでにぐーっと顔まで近づけてくるものですから心臓に悪いです。


「痛かったか」


 くすぐったいくらいに優しい手つきで私の首を労わってくれるキハルさん。先程までふざけ半分だった私ですが、こうもハイレベルな美形の顔面が近距離にあれば流石に緊張してきます。酷い寝癖で髪が跳ねまくっているとしてもです。


「痛……どっちかって言ったら苦しかったです」

「赤くなってるじゃねぇか、クソが」


 赤みはすぐ引いてくれると思ったのですが、まだ残っていたみたいですね。また舌打ちと顔を歪ませる彼ですが、今度はさっきとは別な意味に聞こえます。もう心配ないくらいに目覚めてくれたみたいですね。力技で解決しようとしてこないのが何よりの証拠です。

 言葉遣いこそ平常時と寝起き時で荒く、変わらなくても、普段は何かと口頭で収めようとする、滅多に手を出さない紳士なのです、彼という人は。でもまさか、平常時と謳いつつその鬱憤が溜まりに溜まって朝、こうして爆発してしまっているのでしょうか……?


「俺の腹でも胸でも蹴っ飛ばして起こせって言ってるだろ」

「できたら苦労しませんー」


 多分、できなくはないと思うのですが、この通り寝起きの不機嫌状態でも彼の瞬発力は衰えないと言いますか、逆に睡眠を邪魔する全てを殺しそうな勢いで増していると言いますか。要は、蹴りを入れてみた私のひ弱な足の一本や二本、簡単に捻られてしまいそうで怖いのです。歩けなくなるのは死活問題なので。

 と、キハルさん、私を押さえておく手を変えました。完全に食べる時の位置です。そしてよく分からない癖、私の髪を指に絡ませるが発動しています。


「お前が死んだら俺が困るだろ」

「ご飯がいなくなっちゃいます?」


 少し的外れで意地悪を言いました。いえいえ、そんなことじゃないということは私にだって分かっています。まだ完全に覚醒しきってはいないからでしょうか、真に受けてしまったらしいキハルさんは、気に食わないような気に入らないような、そんな顔をしてしまいました。もしかして少々拗ねていますか?


「それだけだと思ってんのか」


 本当に気に入らねぇって顔ですが、声は若干拗ね気味です。何だか無性に嬉しくなってしまった私はニヤニヤを通り越して、ちょっとどうかと思う笑い声を出してしまいました。


「ふ、へへぇ、嬉しいなぁ」


 は、気色悪ぃ。ふっと息を吐くみたいな感じで彼が笑った次の瞬間、ぷっつりといかれました。あまりに唐突ですが、それでも自然な流れと言えばそうなのでしょうか。ふっと来た痛みと生温さ。

 あー、首のあたりがずるずると……。


「んにゃあぁー」

「啼き方が違ぇだろクソが」


 な、何てことを言うのですか! ほぼ耳元でとんでもない暴言です! 確かに混乱して緊張感、もといそれっぽいムードの欠片もない、気の抜けた声を出してしまったのは悪いとは思いますが!

 というか私、今までにもそれっぽい声出したことないと思いますよ、個人差があるという体質のせいで。


「んー……」

「──何だ、今日は早いな」

「だって昼間起きてたんです……特に暑い今日……」


 強烈な眠気です。言い忘れていましたが今日は昼の間、ずっと起きていたのです、私。明日から長い休みに入るということで、多少生活リズムを狂わせてもいいかなと軽率なことをしました。昼型とも夜型ともつかない微妙な時間で過ごしていましたので。ですが完全に体力を奪われていたようです。


「自分で疲れさせてどうするんだ馬鹿が、お前は担当忘れてたわけじゃねぇんだろ」

「当たり前じゃないですか」


 彼曰く、私は珍しい“寝落ちタイプ”とのことなので。気絶なのでは、と聞いたことがあるのですが、どうしたって寝落ちタイプなのだそうです。

 そのタイプ、大きく分けて三つあるそうで、一番多いのが強烈に痛がってしまうタイプ、その次が色っぽく喘いでしまうタイプ。そして最後はほぼいないそうですが、私が当てはまる、何故か早々に寝落ちるタイプと。個人差はありまくるようです。私は心底それでよかったと思っていますが、彼にとってはどうやら少々面倒みたいです。分からなくもないですが。


「なら今寝てもいいから後で起きろよ?」

「はいー……でもキハルさんはちゃんと起きないとだめですよ、私と三度寝はだめです」

「あ? 三度寝だぁ?」


 やっぱり覚えてなかった!

 いい感じに眠くなってしまった私などお構いなしに飲みまくっていたキハルさんが、また不機嫌な低い声で顔を突き合わせてきました。飲みっぱなしの口から血が垂れているので迫力が三倍増しです。


「俺がいつ二度寝したってんだ」

「私の首掴んでからちょっとです」


 大袈裟に反応を示したくない時に少し目元が動いてしまう、そんな雰囲気を見せたキハルさんは、雑に口元を拭うと呆れたように溜め息と首を振ってしまいました。とりあえず一旦お終いなのか、満足したのでしょうか、私を寝かしつけるみたいな抱え方をしまして、今度は手をいっぱい使っての髪梳きが始まります。


「けど今お前が寝たら止める奴なんかいねぇよな?」

「まあそうなんですけど、キハルさん一回寝るとその後が大変なんですから……」


 朝ご飯担当して、私が寝落ちてから目が覚めた後、がっちり抱えられてキハルさんが隣で熟睡していることは多々ありましたよ。ですがそれ、普通に外から起こしに行くよりも大変なんです。

 もう最初から危険だらけです。声をかけてみればおっかない声が降ってきますし、少しでも動こうものなら腕に絞められる、とでも言いましょうか。もしかしてこれは、棺桶の蓋の気持ちと近かったりするのでしょうか。


「初っ端から寝起きバイオレンスに捕まると動けないんですよ……」

「何か言ったか」

「いいえー」


 ああ、もうだめだ。目を閉じたら後は寝落ちるだけになってしまいます。それに加えて、彼からもう寝ろという合図、額へのキスも降ってきてしまったので、一旦寝に入ろうかと思います。多分起きるころは真夜中になるでしょう。そしてまた起きたら彼と何でもない普通の時間を過ごすのです。

 それでは一先ず、“お昼寝”といきましょうか。おやすみなさい。

散々吸血鬼設定の子が出てくる短編上げてるくせに、やっとそれらしいことやった感が。

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