第三十二話 おっさん、千里眼(仮)を使う
こんにちは。フリージアです。
傭兵王ウルノーブルと出会う旅の初日、モウリンズの街にて。
モチヅキ・ハンゾーがまたしてもやってくれました。
体格の差が倍ほどもある、ドワーフの傭兵『鯨飲みのザークゼン』。
彼との力比べで、ハンゾーは真っ向から勝利を収めたのです。
……え?
その程度でいちいち驚くな、ですって?
ええ、わたしだってそうしたいですとも……でもあの男は、あまりにも軽々と常識を超えてくるのです。驚くなという方が無理なのではないでしょうか。
ともあれ。
ザークゼンは約束どおり、傭兵王ウルノーブルについて知る限りのことを教えてくれました。
その情報をまとめると、以下のようになります。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
・傭兵王の所在は、ザークゼンも知らない
・ザークゼンだけでなく、ギルドに所属する全員が、傭兵王の所在を知らない
・恐らく傭兵王は、自分の正体を隠しつつ大陸のあちこちを放浪し、ギルドに必要な情報を収集しているのではないか――それがほとんどの傭兵が持つ共通認識
・時おり傭兵王からの指示がギルドの本部に届き、その指示を元にギルドの事務方が組織を運営している
・傭兵王の正確な年齢は誰も知らないが、四十歳は超えているはず。
・傭兵王に家族はおらず、天涯孤独
・etc、etc
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「――つまり謎に包まれた人物、ってことか」
話を聞き終えて、ハンゾーは楽しそうに笑っています。
「身内の間でさえ正体不明ってのは、なかなか徹底している。ザークゼン、あんたは傭兵王に会ったことがあるのか?」
「ある。もう十何年も昔の話だがな」
エールのジョッキを呷って、ザークゼンは頷きます。
「強いのか?」
「そりゃそうだ。俺たち荒くれ者を束ねてる頭だぜ?」
「となれば、傭兵王もとびきりの荒くれ者、ってことになりそうだが」
「いや。それがそうでもねえ」
「ほほう?」
「デカいわけでもねえし、すばしっこいわけでもねえが、戦えば必ず勝つ。そんな感じだったぜ。見た目もそんなに目立つお人じゃなくてな。酒場の片隅でエールを飲んでても誰にも気づかれないーーみたいな感じよ」
空になったジョッキをいじりながら、ザークゼンは懐かしそうに語ります。
「変わったお人だったなァ……戦略家ってわけでもねえし、誰よりも目立つ戦働きをするわけでもねえんだが。戦が終わるといつの間にか勲功第一等になってるんだよ」
「なるほどな。戦場の専門家か」
ハンゾーはどこか納得するような口ぶりです。
「剣術家でも格闘家でもない。もちろん騎士とも剣闘士とも違う。一対一の戦いじゃなく、多人数同士の戦いに特化した――つまり根っからの傭兵ってことだろう」
「その通りだ。さすがハンゾー、評価が的確だぜ」
「そして自分の得意分野ってものも理解してたんだろうな。デカくもなければすばしっこくもないのに、戦えば必ず勝つ――自分の長所と短所を見極め、常に最小限の力で勝つように心がけてたんだろう。道を究めた達人に、よくこの傾向が見られる」
「そうか、なるほどな……言われてみれば合点がいくぜ」
「何が起きているのかわからないのに、いつのまにか勝ってしまう。これは相当に実力が離れている場合に起こる現象だ。数式で表現された世界を普通の人間が理解できないのと同じで、傭兵王は周囲が誰も理解できない領域で戦っていたにちがいない」
「お、おう……なるほどな。難しい話だから俺には半分も理解できねえが、それでも言ってることはなんとなく分かるぜ。そんなことまで分析できちまうとは、恐ろしい野郎だなハンゾーは……」
「おそらく傭兵王が得意にしていた技は、ある種の奇術、ないしは詐術の応用とみた。忍者にとっても常套手段の技術だ。総じて『影抜きの術』と呼ぶ。簡単に言えば視線誘導などを駆使して相手の意識内から己の気配を隠匿し、相手の先を取る技なんだが――」
「お、おいハンゾー。ちょっと待ってくれ」
ザークゼンがあわてた様子になります。
「するってえと何か? お前さん、無敵を誇った傭兵王が一体どんな技を使って戦っていたのか、分かっちまったって言うのかい?」
「ああ。大体のことは分かった」
「傭兵王の実力の秘密は、長年にわたる謎だったんだぞ? これまで誰も解明できなかった――」
「高い水準の技術だ。解明できなくても恥じゃないさ」
「お前さん、傭兵王に会ったこともねえんだよな? 他人から聞いた話だけで、そこまでわかっちまうっていうのか?」
「忍者の仕事の半分は情報の分析だ。この程度がわからなくてどうする」
「っかー!? なんてとんでもねえ男なんだ!」
ザークゼンは天を仰いで驚愕します。
「まったく信じられねえぜ……ハンゾー、あんたを見てると次から次へと新しい世界が開けちまって困る!」
「そうか。すまんな」
「褒めてんだよ! あんたほどの男が相手だと、嫉妬する気にもなれねえしな! せっかくだ、もう少し傭兵王の話を聞かせてくれ!」
「いや。俺は傭兵王と会ったことがないんだが」
「構わねえ! 『モチヅキ・ハンゾーの目が見ている傭兵王』の姿でいいんだよ!」
……なんだかあべこべになってきました。
これって、ザークゼンから傭兵王の話を聞く場だったと思うのですが。
でも気持ちは少しわかります。
ザークゼンのみならず、傭兵という稼業につく者にとって、傭兵王はさぞかし憧れの存在なのでしょう。
触れられない憧れの存在の話って、いろんな人と話題にしたくなりませんか?
ましてハンゾーのように、あたかも千里眼を持ってるような人が相手だったらなおさら、ですよね?
それにしてもさすがはハンゾー。
どこで何をやっても、常に周りを驚かせてくれます。
『その程度でいちいち驚くな』――なんて、ずいぶん無茶な要求だと思いませんか?
「なんにせよ、次にやることは決まったな」
キリのいいところでハンゾーが言い出しました。
「傭兵王からの指示を受け取っている事務方、とやらがいるんだよな? そいつと会わせてもらいたい」
「お安いご用だぜ! その代わりと言っちゃなんだが、傭兵王の話をもう少し!」
「いやだから、俺は傭兵王と会ったこともないんだが」
「まあまあそう言わず!」
大きな身体で無邪気におねだりするザークゼン。
何だかんだでやさしいハンゾーは、少ない情報から分析した傭兵王の実像を語って聞かせるのでした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
こうしてわたしたちは『傭兵ギルドの事務方』と会うことになったのですが。
この時はまだ知るよしもなかったのです。
新たな出会いがとんでもない未来の引き金となり、ハンゾーとわたしを新たな旅へと誘っていく、ということを……。




