第一話 おっさん、異世界に召喚される
気がつくと、僕は異世界に召喚されていた。
†
「おぬしの名はヤマダ・タロウ。日本国出身、男性、独身、三十八歳。間違いないかの?」
頭の中で声が聞こえる。
真っ白で何もない空間。あの、どこなんですかここは?
「一種のターミナルじゃな。あちらとこちらを結ぶ中継地点。よくあるじゃろ、そういうの」
ああ確かに。新宿駅とか上野駅みたいな。
「では手短に説明していこうかの。あ、ちなみにワシは神ね」
声が勝手に話を進める。
「おぬしことヤマダ・タロウは、所定の手続きを踏んで別の世界へと転送される。転送される先で何が起ころうと当方は関知せぬ」
「は、はあ」
「言語野と視覚野、各種体組成、その他もろもろはこちらで調整をかけておく。言葉が通じないとか、転送先の大気が猛毒で即死する、ということはないから安心せよ」
「わ、わかりました」
「ではさっそくクジを引いてもらう」
「くじ?」
「転送ボーナスのスキルを選ぶクジじゃ。ほれ早う」
言われるまま、僕はお箸の束みたいなくじから一本を引く。
「……ああ~。やってしもうたの」
神様が残念そうに言う。
「それ、ハズレスキル。『忍者』」
「忍者?」
「『勇者』とか『魔王』とか、もっとわかりやすい当たりクジもたくさん入ってるんじゃがのう。忍者って、ほれ、なんか暗いというか地味というか、そういうマイナーなイメージを持たれがちじゃろ?」
「…………」
「まあよい、ここは特別サービスじゃ。もういちどクジを引き直すがよい。次はもう少しわかりやすくて派手な当たりを引けるといいのう」
「…………」
しばし考えて僕は言う。
「あのすいません。忍者でいいです僕」
「む? そうなのか?」
「はい。むしろ忍者がいいです。」
「ほうほう」
「正直ですね、日本人の男だったら、一度ぐらい忍者に憧れたことがあると思うんですよ」
「ふむふむ」
「ほら、子供の時って、ぜったい忍者ごっこして遊ぶじゃないですか」
「うむ確かに」
「忍者ハッ○リくんとか、カ○イ伝とか、山田風○郎先生の忍法帖シリーズとか。そういうのを読んで、真似して、無邪気にキャッキャするわけですよ」
「うむ。わかる」
「でもいつしかみんな大人になって、忍者なんて本当はいないんだってことがわかってきて……忍者への憧れなんかも忘れちゃうんですけど」
「うむ。忘れてしまうな」
「でも僕は、大人になっても忍者への憧れをこっそり持ってて。たとえば夜寝る前なんかに妄想するんです。自分が忍者だったら、嫌なやつにこういう復讐をしよう――とか。可愛い女の子にこういうアプローチをしよう――とか」
「ほうほう」
「恥ずかしながら、オリジナルの設定なんかも考えたりしてました」
「恥ずかしがることはない。誰もが通る道じゃ。誰にも話さないだけで」
「なので僕は、僕が理想とする忍者になって、異世界で無双したいです。みんながちょっとバカにしてるかもしれない忍者になって、逆に忍者のすごさを証明したいです」
「うむむむむ……」
神様がうなっている。
やっぱりダメ? せっかく新しいくじを引かせてくれるのに、空気読まなかった?
「――素晴らしい!」
神様がうれしそうに言う。
「そういう考え方、ワシは好きじゃ! よいではないか、外れクジの忍者で異世界無双!」
「あ、ども。ありがとうございます」
「おぬし、さては天才じゃな!?」
「いえそれほどでは」
「あいわかった。おぬしの妄想を完璧にトレースして、おぬしが望む通りの忍者にしてやろう。今日まで生きてきたヤマダ・タロウとは別の存在に生まれ変わるがよい」
「はい。ありがとうございます」
「ありがちな落とし穴とか罠とかは用意せぬ。あくまでもイージーモード、ご都合主義で話を進めていけるようにするから、安心せよ」
「助かります。めっちゃうれしいです」
「年齢も若返らせておく。名前もおぬしが妄想で設定していたとおり、これからは望月半蔵と名乗るがよい」
「SSSクラスの待遇で助かります」
「何やらおぬしのこの先が楽しみになってきた。よき旅路のあらんことを」
目の前が真っ黒になった。
僕を形作ってる何かがバラバラに分解され、どこかへ飛ばされていくのを感じる――
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
次に目を開けた時。
俺は見知らぬ場所にいた。
(洞窟――か?)
ごつごつした岩肌に囲まれた、薄暗い空間。
足元を見る。サークル状の不思議な模様が地面に刻まれている。
(魔方陣?)
いわゆるそういうモノなんだろう。
この魔方陣を介して俺は召喚されたわけか。
「あなたが勇者ですか」
声がした。
顔を上げると目の前に女がひとり。
「あなたは異世界より来たりし勇者。間違いありませんね?」
銀色の髪に紫の瞳。とがった耳。
なるほど異世界だ。こんなタイプの美人、元の世界じゃお目に掛かれない。いわゆるエルフというやつだろうか。
さて。ここは肝心なところだな。
「悪いが間違いだ」
俺は首を振った。
「俺は勇者じゃない。親のスネをかじって引きこもってた、単なるニート野郎だ」
「…………」
女は眉をひそめる。そんな仕草も美人。
正直好みだ。
「ですがせめて、魔法ぐらいは使えるのですよね?」
「悪いが使えない。俺は魔法の存在しない世界から来た」
「では、何かしら大いなる力を秘めた道具を持っているとか?」
「その気になれば、そういうモノももらえたかもな」
「……あるいはもしや、魔法も道具も必要ない、神の御業の体現者であるとか」
「あいにくと無神論者なんだ。そういうのには縁がない」
「嘘でしょう……?」
がっくりと膝をつく女。
「苦労に苦労を重ねて、ようやく召喚魔法が成功したと思ったら、まさかの役立たず……こうしてる間にも『やつら』の侵攻は続いているというのに……」
「すまんな。期待してたような勇者様じゃなくて」
「ええまったくよ!」
女は涙目でにらみつけてくる。
怒らせてしまった。そんな顔も可愛いが、そろそろ誤解を解いておこうか。
「早とちりするな。確かに俺はニートだし、魔法も使えないし、すごい道具も持ってないし、無神論者だが。たぶん役には立つと思うぞ」
「……本当に?」
「本当だ」
「ということはつまり、あなた戦士系の前衛職ですか。ですが現状、この世界ではよほどのことがない限り、前衛職は足りているのです」
「足りているというのは人数的に?」
「いいえ実力的にです。正直なところ、一流の戦士が束になってかかってきても、このわたし一人を倒すこともできないでしょう」
「あんた強いのか?」
「それなりには」
女は迷いなく答える。
その様子に傲慢さはない。おそらく事実なのだろう。
「じゃあ試してみるか」
「え?」
「腕試しだよ。俺が役に立つのか立たないのか。今ここで試してみろ。その方が話は早い」
「……いいでしょう」
女の決断は早かった。立ち上がって構えを取る。その瞳にはプライドを傷つけられた怒りがある。
「――来たれ精霊よ」
女が何かをつぶやいた。
その一瞬後。何やら光の粒子のようなものが、女の周囲に渦を巻き始める。
「この子たちのたった一粒にでも触れれば、生身の人間はただでは済みません。大口を叩いたことを後悔させてあげます」
なるほどいい術だ。
俺は感心する。何より景色がいい。薄暗い洞窟、異世界の美女と、彼女を取り巻く幻想的な光の粒子。これぞ異世界。やる気が出てくる。
「じゃあ始めていいのか?」
「どうぞいつでも。ですがどうするのです? わたしの『光輝のヴェール』は、近づく者すべてを排除する無敵の防御魔法。これを破る方法は――」
俺は無造作に近づいた。
一歩、二歩、三歩。
「ちょっ――あなた正気!? わたしの話聞いてた!? 不用意に近づいたら穴だらけに――」
さらに近づく。
四歩、五歩、六歩。
「くっ――どうなっても知らないわよ!? 行け、精霊たち!」
光の粒子が散会した。
蛍の群れのようにぶわっと広がり、近づいていく俺に狙いを定める。
失敗したな。隙ありだ。
「縮歩」
「え?」
次の瞬間。
俺は女の背後に回り込んでいた。
それと同時に足払い。
「ひゃっ!?」
体勢が崩れる。
女の背中に腕を回して、地面に激突するのを防ぐ。
手刀を女の首もとに突きつける。
「勝負ありだな」
「……うそ」
信じられないものを見る目で女がつぶやく。
「負けた? そんな……最上位の精霊騎士であるわたしが、一瞬で?」
「言い忘れていたんだが」
手刀を突きつけたまま告げる。
「俺は忍者だ」
「に、ニンジャ……?」
耳慣れない単語を聞いた様子で、女は目をぱちくりさせる。
こうして俺、ヤマダ・タロウ改め望月半蔵の――『一族で代々受け継ぐ技を極めながら、技の使い道もなく現代社会でくすぶっていた男』の異世界生活が、始まった。
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