さようなら、いままで肉をありがとう
動物園の帰りに、娘とレストランに入った。
土曜日の午後ということもあって少し待たされた後、私たちは外の景色の見える窓際の席へと案内される。
「今日は楽しかったよ」
最近気を遣うことを憶えた娘は、久しぶりのデートについての所感を手短にまとめた。
別れた妻との取り決めで月に一度しか会うことのできない娘は、どんどん賢くなる。
このまま成長すると、地球上で一番賢くなってしまうんではないかと父親の私が心配しなければならないほどだ。
私はとんかつ定食をが註文すると娘は「私も同じものを」とウェイトレスに伝えた。
こういう何気ないところが、別れた妻に、よく似ている。
「ねぇお父さん。とんかつって、なんでとんかつっていうの?」
ソースを小皿に取りながら娘に尋ねられて、私は即答した。
「豚の肉を使っていたんだよ、昔は。だから、とんかつ」
2218年現在、ごく一部を除いて、食肉は全て合成肉になっている。
動物をどうこうして肉を取るということは、随分と特殊なことだと見做されていた。
「ふぅん」
娘が何を思い出しているかは、考えずとも分かっている。
豚だ。
今日訪れた動物園には、地球上でもう300頭と少ししかいなくなった豚も飼育されていた。
「昔は、豚ってもっといたんでしょ」
「いたよ。凄い数の豚がいた。豚が主役の映画も撮られたほどさ」
「なにそれ、凄い」
他愛ない会話を楽しんでいるととんかつが運ばれてくる。
品質にむらのない、完璧な肉。
「いただきます」
「いただきます」
手を合わせて、定食に舌鼓を打つ。
やはり、娘と食べる食事は格別だ。
ナイフとフォークを使いながら、檻の中にいた豚の賢そうな瞳を思い出す。
かつて肉となっていた頃は、地球上に多くの眷属を抱えていた豚たちは、今ではほんの少ししか生き残っていない。
既に絶滅してしまった牛も、昔は食卓に並んでいたというが、豚も早晩その道を辿ることになるのだろうか。
「……まったく、何がどう転ぶか分からないな」
独りごちながら最後の一切れを口に運んでいると、隣の席に新しい客が案内されてきた。
珍しい。ヒトだ。
思わず視線をそちらに向けそうになるのを、娘に咳払いで叱責された。
私たちチンパンジーの、偉大なる先達。
ひょっとすると、彼らもまた、いずれは動物園の檻の中で暮らすことになるのだろうか。
或いは、それに近い保護観察の元で。
いやいや。
埒もないことを考えながら支払いを終え、レストランを後にする。
3月の空は今日も青く澄み渡っていた。




