第9話 新たなる
なんとか二月の内に投稿。この小説も投稿し始めてもう一年経つのですかね。なのにまだ11話目という少なさ。
むむむ。
side:ユキ
あの日以来、カケル君は余り元気が無い。
私達は今、アイルミの街に留まり、領主様ことジーラント伯爵やキール司教と協力して復興の手伝いや、あの騒動の調査をしている。
ソウタ君も無事目覚め、元気よく一緒に働いている。アリスもその様子を見て、心無しか嬉しいそうな表情をしている。
まぁ、本人に言ったら認めないだろうが……ソウタ君を一番心配していたのはアリスだと思う。
そんなわけで、特に悲しむ要素などないのだが、カケル君の顔は何処と無く暗い。やはり、あのキール司教に言われた言葉が響いてるのだとしか考えられないわけである。
あの言葉自体は別におかしな言葉ではない。むしろ、勇者としての覚悟を問う極々当たり前の言葉に過ぎないのではないかと思う。
だからと言って、そんな言葉で元気を無くしてしまったカケル君を批難するつもりもない。
あのキール司教の言う通り、カケル君はまだまだ経験の足りていない……ハッキリと 言うと未熟者の勇者である。これから、着実に実力を、心構えをつけて行けばいいだけの話である。
しかし、今までのカケル君はこのような事は無い。やはりキール司教が───。
「ねぇ、ユキ……」
そんな感じでカケル君の事について考えていたら、いつの間にかアリスが傍に来ていたようだ。
「ん、どうしたの?」
そう訊ね返すと、アリスは少し悩みながらもその鮮やかな紅色の唇を上下に開く。
「あいつ……勇者様は一体どうしちゃったの? なんだか余り元気がないみたいだし、何処と無く暗い雰囲気になってる気がするわ。いつもの溢れ出てるかのような自信が無いみたい。話しかけても大して反応しないし……まるで脱け殻だわ」
「脱け殻、ね。……まさに言い得て妙かな」
「ちょっと、それどういうことよ」
「いや、特に深い意味はないかな?」
そう言うとアリスは大きな溜め息をついてから、此方へと知ってることを全て吐けとでも言うように目で訴えかけてくる。
カケル君の状態はまさに脱け殻だなと同意しただけなんだけどね。
「まぁ、そうだね。あの時……帰還して伯爵に報告するときでアリス達と別れた後のことだよ。カケル君はあの司教にちょっと強く言われてね。その事で思い悩んでるのだと思うよ」
「ふーん……何言われたの? 勇者様弱いですねって?」
「アリス……それはちょっと酷くないかい? 遠からずだけど」
そう言うとアリスはえっと声を出して苦虫を一匹や二匹噛み潰したかのような表情で此方へと顔を向けてくる。
「それは悪い事言ったわね……でも、勇者様のくせして私達より弱いわよね、多分」
「剣だけならそんなこと無いと思うけど。それにまだ召喚されてばっかだし……実戦も今回が初めてだと思うよ?」
「えっ、そうなの? てっきり騎士団にでも連れられて経験してるものだとばかり思ってたわ」
まぁ、決闘の時も立派な様ではあったし、そう思うのも無理はないかもしれない。最後は両者気絶という実戦なら死んでいる舐めた結果ではあったものの、過程はなかなかのものであったのだ。
「っと、話を戻すけど勇者の強さ事って言ってもそういうわけではなくて、精神……覚悟の問題なんだ。それを司教に問われてね」
「なるほどね、覚悟が足りないとでも言われたのね」
まさにその通りである。
さすがはアリス。
大貴族、それも王国三大侯爵家の御息女とあってはこの位予想出来て当然か。
まぁ、此方は貴族だけあって背負うものの覚悟なんかとっくに出来ているのである。というか当たり前の事なのだ。ここは住む世界の違いが大きいか。
まっ、それは私もなんだけどね。
「そっ、だからあんな状態なんだと思うな。そうだ、アリスが元気付けてやってよ。私が行っても何故か逃げられるし」
「えぇー……私が行かなきゃならないの?」
「うん、そうだよ。君ならイチコロさ! じゃ、私は伯爵に呼ばれてるから。頼んだよ!」
「なっ……!」
ちょっとふざけて感じでそう言うと私は直ぐ様ジーラント伯爵の館へと駆け出す。
暗い雰囲気など吹き飛ばしてしまえってね。
「ちょっと、ユキ! アンタ待ちなさいって!」
アリスの怒気を含んだ叫び声が後ろから聞こえてくる。
この後のアリスのやること等予想がつく。伊達に今まで三回も幼馴染をやっていない。
きっとカケル君の所へと行って勇気付けてくれることだろう。アリスは優しいからね。
「お待ちしておりました。ミケルト侯爵令嬢」
繊細な彫刻が彫られた、重厚な木製の両開き戸を開けると待っていたの私を呼んだ張本人カルロ・クト・ジーラント伯爵である。
ちなみにジーラント伯爵の名前はもう少し増量可能だったはずだ。
「そんなに畏まらなくていいですよ。今はただの勇者の仲間ユキですから」
「そうですか……ではユキ殿、此方へ」
そう言ってジーラント伯爵は椅子から立ち上がり私を向かい側の席へと誘導する。
私が着席したのを確認すると、紅茶を此方へと差し出してきた。
私はそれを礼を言いつつ受け取った。
鼻の奥まで透き通るような爽やかな香り。しかし、その繊細な風味は奥深い……とても質の良い茶葉を使っているようだ。
「良いものですね。どちらの?」
「私の領地で採れた自慢の逸品でございます。まぁ、淹れるのが私では少々よろしくありませんが」
「ご謙遜を」
少し口に含んだ後、私はそう答える。
目の前の、頭部の黒に白が混じりつつある男も同じように琥珀色の紅茶を喉に通したようだ。
程よく喉は潤った。さぁ、本題だ。
「それでですが……一体私に何のようでしょうか」
はっきり言って予想がつかない。今までにおいてジーラント伯爵にこのように呼ばれた事など無いはずだ。一体何なのだろうか……。
というわけで私のジーラント伯爵に対する警戒度は最高、特別警報並である。
……いや、待てよ? この時期に確かなんかあったような。
でも、ジーラント伯爵は関係無かったような気がするのだけど。
「そんなに此方を警戒しなくてよろしいですよ。なに、ユキ殿。取って食ったりはしませんよ」
「……いえ、決してそういう訳ではありません」
バレてるね。
思わず顔が引き攣ったかもしれない。必死で繕ったつもりだけど。
……表情は大丈夫かと思わず顔を触りたくなるの抑え、前に座る壮年の男と視線を合わせる。
「ははは……。そうですか、別に私は貴女に対して何もするつもりは無いので御安心下さいな。さて、それで本題に移らせて頂きますがな。此方を先日預り致した」
そう言いながら、伯爵は懐から一つの包みを取り出す。中身に汚れが付着するのを防いでいた紫紺の布を丁寧に捲ると、中に包まれていた一通の手紙を此方へと差し出して来た。
「これは?」
「えぇ、王都より送られて来た手紙であります。なんでも貴女の知己からのようで。因みに私にも貴女のとは別の方から一緒になって手紙が送られて来ましたな」
「はぁ……」
それを私に知らせてどうする気だ。
……えっ、私になんか期待でもしてるのですか?
まったく、どうしろというのだ。……取り敢えず手紙の内容を確かめるか。
それを察してか、伯爵が私に小振りの刃物を渡して来たのでそれを受け取り手元の封筒を開封する。
すると、中からもう一つの封筒が出てくる。これには刃物は必要ない。
王国の手紙は重要な物の場合、大体二重の封筒によって包まれている。外側の封筒は中の手紙を保護するために頑丈で破るには刃物が必要だが、内側の封筒は開封されたかの確認のための封蝋だけなので必要なのは手先の力で充分だ。
その封筒に施された封蝋の刻印を見てこの手紙の差出人を理解する。
「エレナか……」
「ほほう、ステイル侯爵令嬢で……そうでございましたか」
顎髭を下へ撫でるように触りながらふーむ等と唸る伯爵を尻目に封蝋を破り、手紙の中の文字に目を通していく。
そうして段々と自然と焦っていた気が落ち着くのを自分でも感じられた。
なんてことは無い。只の近況報告、それに加えて此方を心配するような内容である。決して救援要請だとかではない。
取り敢えず私が心配していた事とは無関係なようだ。
「ほっ……」
「ふむ、緊張は解けましたかな?」
思わす出た安堵の吐息。
その後に問われた言葉に少し不快になるも、この程度で情緒不安定になっても笑いものである。なにより、伯爵のは善意から来る言葉だろう。
「えぇ、そうですね。ありがたい事に安心出来ました。……確かに受け取りました。では、これで」
用が済めばこんな雰囲気の所さっさと離れたいものだ。
そう思い席を立とうとするも、ジーラント伯爵の視線が私の行動を遮った。
「まだ何か?」
「実は貴女方、勇者様と皆様にとある方より御依頼の話を伝えるように言われておりまして」
「それは先程の貴方への手紙の内容と関わりがあって?」
「さすがはミケルト侯爵令嬢ですな」
「だからユキです。……その位は当然で」
話が回り口説い。
まったく、さっさと終わらせて欲しいものだ。
それにしても御依頼ね。伝えて欲しいということは此方側に拒否権が無いということと同義である。つまり、依頼主は私達に、勇者に命令を出せるだけの立場がある人。
……ほぼ、限られるじゃん。
なんで依頼なんかの形をとったのだろうか。
「えぇ、それなのですが別に断っても良いとのこと。勇者様の自由でございます」
さりげなく心を読まないで頂きたい。
それに加えて気になるのだが、私にこの話を通してる時点で勇者に権利等無いようなものなのじゃないだろうか。
「……で、その依頼とはなんですか?」
まぁ、取り敢えずは内容を聞いてみて考えてもいいんじゃないだろうか。
何故断っても良いのか気になるし。余程酷い依頼内容なのかもしれない。
「城塞都市クレンハルグの視察です」
「え?」
そんな馬鹿な。
私の耳が悪くなったのだろうか。
思わず聞き返すような声が出てしまった。それくらい有り得ない依頼である。
「あぁ、勿論勇者だとバレないようにお願いしますね。所詮お忍びという奴でございます」
「本当にですか……」
クレンハルグ。
それはこのアイルミの街から北に数日歩いた距離にある城塞都市である。
アイルミから北に行けばそこは森林に山脈。それらを越えた所にある都市、それがアストロス帝国の城塞都市クレンハルグ。内部に帝国軍の拠点が置かれている帝国にとって重要な地点でもある。
そう、帝国のである。
王国のではない。
今回のアイルミ襲撃に関して、敵部隊の出撃地点はここではないかと私達は睨んでいた場所なのだ。
そこを視察……いや、バレないように偵察して来いとあの人、この依頼主は言っているのである。
これは今回の事を調べてこいということだろう。
つまり、危険すぎる。
イレギュラーダメ、ゼッタイ。
「勿論、お断りさせて頂きます」
「ふむ、そうですか……あぁ、いやはや。私としたことが言いそびれていましたね。実は断っても別の依頼を受けさせるように指示が出されていましてね」
「おい」
思わず心の声が口から出てしまったが……。
やっぱり最初から此方に拒否権など無いのである。
どう考えてもその別の依頼とやらはこれ以上の厄介事の臭いしかしない。ならばまだ近場で済むだろうクレンハルグ偵察任務の方が良かったかもしれない。
頑張れば本当に何も起きずに帰ってこれるだろうし。
いや、さすがにそんなことは無いはず。敵国に忍び込むよりはマシな内容だと信じよう。
「それでその内容ですが……」
「……なんなのでしょうか?」
そう尋ねた時、伯爵の眼が少しキラリと光ったような気がした。
つまり、不味い予感がする。
「『聖女』」
「は?」
聖女?
……聖女と言えば聞き覚えがある。今までの人生の回から、加えて白ローブの知識からだ。確か、教会に選ばれた者がなる役職だ。神のお告げだとか言う理由であったような気がするが。因みに男なら聖人と呼ぶ。例は少ないけど。
まぁ、こういうのは女性の方が何かと良いのだろうね。
「聖女がこの近くに居るという噂です。それもパール教のではありません。……ラーディルティ教のです。その真相を確かめて来て欲しいのです」
「はぁ……」
ラーディルティ教のか……確かにこの国に居るのはおかしいかもしれない。確かラーディルティ教というのはそのままラーディルティ法国という国の国教だったはず。
良くも悪くも宗教らしい宗教といった感じで、法国もその宗教から出来た国だ。歴史も比較的浅く、余り目立たない国である。
王国から北東の国で、聖女も布教という意味で来てるのであれば居てもよいかもだが。
まぁ、教会の特別である聖女を布教活動に使うかと言われたらあれだ。加えて王国はパール教を国教としてる国。やはり宗教同士、仲は良くないため布教しても成果は余り見込めないのである。
だが、たかがそんなことを確認するためだけに勇者を使うのか? 必ずや裏があるに違いない。
「……まぁ良いでしょう。それで何処に向かえばいいのでしょうか」
「えぇ、そうですね。クレンハルグです」
「え? いや、そうではなくてですね。聖女ですよ」
「はい、ですからクレンハルグです」
良い笑顔でそう私に言うボケ伯爵。
だから、私はクレンハルグ行きは拒否である。聖女の方を選択しますと言ってるはずなのだが。
「は?」
少し、私怒ってますアピールという奴を入れてみる。
「私、一言も王国とは言っていませんよね?」
へ? すぐにそう返される。
私はその一言で思考が一瞬停止してしまった。
……ふむ、確か……『この近く』だったっけか。
へー……。
ふーん……。
ここアイルミからクレンハルグまでの距離は……。
はー……歩いて数日。
……。
ほう……。
───このクソジジイ! と思わず言ってしまう所であったのを我慢した私を誰か褒めて欲しいものである。
はぁー……、どっちを選んでも行き先は結局帝国の都市クレンハルグ。敵の巣窟(仮定)である。
やっぱり私達に選択肢などないのである。
……さてさて、カケル君やアリス達になんて伝えようか。
苦労人ユキさん。まだまだ苦労は続くことでしょう。果たしてこの人は通常の人の人生何回分の苦労を味わうのですかね。
次回、更新は1ヶ月以内に出来るといいなぁと思います。