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八握の檻  作者: 田鰻
一部
39/416

7月:七夕三者三様 - 4

織姫と彦星が無事に再会を喜び合えるか否か、その判定まで残り数時間という頃合。七夕といえば笹飾りである、という想子の強固な主張により、半ば強制的に飾り付けられている笹田であった。

調子外れに笹の葉サァラサラだの口ずさみつつ、手作りの星などを引っ掛けていく想子は、とりあえず楽しそうではある。若干むず痒そうにしているものの、笹田も満更ではなさそうだった。

笹田は小さい。よって、飾りは小さな折り紙で作った物を、数個付けるのが限度である。切り抜きの黄色い星と、桃色の花。あとは何故か、兜。興味なさげに馬の図鑑を捲っていた九縄が、初めて胡散臭そうに言及した。


「……兜は七夕飾りか?」

「これしか折れないんですよ、わたし。どうしても他にというなら、鶴もいけますけど」


どちらにせよ、七夕飾りとは何か違う。

九縄にも積極的に修正を図るつもりはなかった為、それはそのまま目立つ位置にぶら下げられた。部分的に、五月の香り。


『想子さん、私でしたら、まだまだ大丈夫です!』


ゆさゆさと笹田が茎を揺らしてみせる。この程度の重みでは挫けない、という主張らしい。

確かに笹田の言う通りである。スペースは少々厳しいとはいえ、ぶら下げられる箇所はまだ幾つかあるだろう。それに、出会い頭から死にかけていた事もあって、とかく、か弱いイメージばかりが先に立つ笹田だが、実際には数十年を生き、その気になれば鉄の車体を両断できる妖樹、化け笹なのである。

力そのものは低いとはいえ、それは九縄やジャックといった他の妖怪と比べての話。人間基準で見れば充分に怪物である。たかだか紙の飾りを数個括り付けた程度で、どうにかなる筈がないのだった。

しかし想子には別の考えがあったようで、フフフとわざとらしく笑うと、予め分けておいたそれらを床に並べた。


「空いている場所には、これを飾って完成形とするのです。

やはり七夕といえば、これが無いと……」


一人で目を閉じて頷く想子の前にあるのは、長方形に切った短冊であった。

なるほど、短冊あってこそ七夕飾りが締まるには違いない。

締まるというよりも、これが無ければ始まらないと言って良いくらいだ。

久しく手にしなかった願いの渡し舟を前に、少しの間だけ感慨深そうに沈黙してから、想子は、笹田の前に緑の短冊を、九縄の前に青の短冊を差し出した。残った白い短冊が、想子の分である。


「おい待て、儂にまで書かせる気ではなかろうな」

「いいじゃないですか。お祭りなんですから、隅っこにいないで九縄も参加しましょうよ、ね」

「……参加しろと言われたところで、星夫婦に願わねばならん事など無いぞ」


ぶつくさ愚痴りながらも、九縄は忠実に糸を伸ばしペンを取る。

命令実行と自由意志の線引きが何処にあるのか、それは判断する九縄にしか分からない。


「笹田さんは? ペン使えます?」

『はい、なんとか』

「では、ここにある中から、好きな色のを選んでくださいね」

『わかりました。……想子さんの短冊は白いのですね。この、色に意味はあるのですか?』

「へっ……いえ、適当ですけど……」

「主体性無く、ふらふら流されては染まる生活ばかり送っているからであろうよ」

「……こんな日くらい、そういう嫌味はやめてください」


想子は唇を尖らせ、九縄を睨んだ。






しばらくあって。


「そろそろ出来ましたかー、皆さん」

「ああ」

『は……はいっ……私……も……書き終わりまし……た……』

「って何か笹田さんが壮絶にバテてるー!?」

「無理に物を動かすからだ、阿呆が」


九縄が呆れ返った声を出す。

笹田は笹である。故に手も指もなく、九縄の糸のような代替品ならぬ代替能力も持たない。まさか葉を曲げて掴む訳にもいかず、つまりペンを動かすのは100パーセントの力技、要は気合であった。

物を思うがままに動かすような力は、笹田の範疇ではない。

ここで再び話は戻る。

人間基準では充分怪物といえる笹田だが、妖怪基準での笹田は弱い部類に入る。九縄のような規格外であれば多少の無茶はきくが、そんな笹田が得意分野でない力を使うというのは、それだけで結構な疲労を招いてしまうのである。ペン程度だから何とかなったものの、もっと大きく重い物であれば、動かす事すら出来なかったであろう。


「さ、笹田さん……そこまでして、この行事に命を懸けてくれるなんて……」

『いえ……これしき、どうという事はありません……私が受けた、ご恩を考えればっ……』

「笹田さん……!」


星屑飛び散る感動空間に突入しているふたりから、九縄は心底関わり合いになりたくなさそうに身を引いた。


「という訳で、まずは九縄のからいってみましょう」

『あ、私も気になります』

「お前らな……」


疲れた様子を漂わせつつ、九縄が床の上を滑らせて寄越した短冊を、想子はわくわくしながら裏返す。


『人肉』


想子は穏やかに短冊を元に戻した。


「却下です」

「願う権利は誰にも等しく認められるべきではないのかね」

「どこの世界に人肉短冊下げた、ザ・夏の猟奇祭りな七夕があるんです! しかもカラーペンで無駄に達筆!」


ご丁寧に色も赤である。

文字から滴り落ちる血液までは表現されていなかった。九縄も、そこまでデザインに凝る気はなかったらしい。

これは願われた天の川夫婦も泣く。そんな事を思い、想子はそっと九縄の短冊を後ろに隠した。ぶら下げる前に分かって良かった。書いてしまった時点で願い配達完了なのだとしたら、手の打ちようがないけれど。

地が肉食動物の九縄にしてみれば有り触れた願望であり、世界平和と人類融和が書かれていても逆に怖いが、なんだかなぁと想子は額に手が行ってしまう。端的に言って、それだけ頭いいんだし空気読もうよと。


「こういう肉々しいのはやめてくださいよ。願い事って、もっと夢やロマンに溢れた感じじゃないですか?」

「叶うか怪しい夢やらロマンやらよりも、手近にある現実を採りたいね、儂は」

「こっ、これだから夢を失くした大人なんて……」

「お前も年の上ではとうに大人だろうが。いい年して、いつまで子供ぶるのが許されると思うなよ」

「いい年言うな。とにかく人肉関係は駄目です。後始末に困りますから」

『あ、後始末の問題なんでしょうか!?』


ざわっと、大仰に笹田が全身の葉を揺らす。想子は思わず短冊を忘れ、そちらを向いた。九縄も、少し面白そうに笹田を見ている。


「余った分は、そやつの鉢にでも埋めておけばいいさ」

『ええええ』

「純粋な笹田さんが変な方向に成長しそうだから、それも駄目です。

……あのそれと、笹田さんもあまり本気になさらず……」


笹の茎の下には死体が何とやら。

血肉を糧として動植物を育てる方法は存在するが、それはもう術の領域に踏み込んでいる。真紅の葉脈走る葉を好戦的に輝かせる笹田。あるいは妖艶な笹田。どちらも目の当たりにしたくない眺めだ。


「……えー、では気を取り直して、次は笹田さんのを」

『はい、よろしくお願いします』


よろしくと言うような事でもないけれど。幾分か緊張を帯びている笹田に、想子は微笑ましい気持ちになった。会話に慣れたかと思えば、まだ所々で不慣れが出る。九縄も言葉を得たばかりの頃はこうだったのだろうかと想像して、想子はほくそ笑む。実際には想子も同じ過程を辿っている。生まれた時から会話の中に生きるか、そうでないかの違い。

笹田の努力の結晶。植木鉢に寄り掛かって立っている短冊を、想子が手に取り、捲る。慣れぬ作業に苦労した証の、ぶるぶると震えた、幼児のような不恰好な文字。


『みなさんが なかよく していけたらいいですね  ささだ』


笹田の葉が、照れたようにしな垂れている。

想子が、胸の前でグッと拳を握り、怒涛の勢いで湧き上がった万感を込めて唸る。


「……くうっ、かわいいっ!

これこれ、これですよ! こういうのを『お願い事』と言うのです! この肉空間に欠けていたのは、まさにこれです!」

「悪かったな可愛げが無くて。……それで? 想子、そういうお前は何を書いたのだ。そこまで言うからには、さぞや気の利いた立派な願い事なのであろうな」

「えっ、あっいえその、要修正……」

「見せろ」

「ちょっ!」


急にうろたえ出した想子が服の隙間に突っ込もうとするより早く、九縄が糸で短冊をひったくっていた。想子自身への害意があった訳ではないので、この辺りの行為に制限は無い。止めろと命じれば、早い話なのだが。

あわあわしている想子を放置して、さりげなく笹田からも見える角度を選び、九縄は短冊の文字に目を走らせた。



――――――――――。



「…………」

「…………」

「……既に叶っているだろう」

『失礼ながら、私もそのように……』


閉め切った室内が、冷房の設定温度よりも更に一度ぶん、冷えた気がした。

あくまで蜘蛛なりに嫌そうな表情を浮かべながら、九縄は糸先で短冊をぴんと弾いて想子に返す。

ひらひら空中を舞う短冊を、想子が慌てて掌で受けた。笹田が二、三度左右に体を揺らし、結局何も言わず黙る。


「く、九縄ってば! もっと丁重に扱ってくださいよ、私の十……ええと何年振りかになる、渾身のお願いを!」

「ところでお前、いつ文字を覚えた。読むのはともかくだ、書く方は出来ぬと思うておったが」

『それはですね、おふたりが留守の間に、こっそり練習していたのです』

「そうか。向上心があるのは結構な事だ」

『ほ、誉められてしまいました!』

「……あのー……笹田さーん? 九縄さーん? ……もしもーし?」


想子の嘆きも虚しく、それきり短冊の内容に話題が及ぶ事はなしに、間もなくカササギの橋は空に架かろうとしていた。

三者三様――いや、四者四様の願いが、果たして聞き届けられるかどうか。それは、天の裁量に期待するしかない。


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