表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
八握の檻  作者: 田鰻
一部
21/416

1月:探偵少女 - 13

ギィン!!


鋼と鋼を打ち合わせるが如き異音が鳴る。

頭上僅か30センチで散った火花に、明日美が咄嗟に首を縮めた。再び両腕に力が込められ、ぐえ、とジャックが呻く。


「疾いな。だが遅い!」


圧倒的強者の余裕と共に、九縄が吼えた。

ひょう、と空気を切り裂く音をひとつあげ、何かがくるくる舞いながら地上に落下し、土に突き刺さった。薄ぼんやりした街灯の光を受けて、ぎらりと三日月のような銀色に煌く、それ。

刃物。

誰もが一目でそう思う代物だった。見ただけで鋭利な切れ味を連想させる白刃が、その刀身を半ばでへし折られ、先端を工事現場の柔らかい土に刺して立っている。九縄が、振り返りざま抜き打ちに放った糸で、明日美達に襲い掛かろうとしていた敵の武器を砕いたのだ。打ち込みの速さ、弱い箇所を狙う正確さ、打撃の強さ、刹那にそれらを見極め、実行に移す判断力。いずれも並外れた精妙さを備えていなければ不可能な妙技である。

それはみるみるうちに端から風化していき、遂にはボロボロの砂となって風に吹かれ消える。だが僅かな間で、刃物の特異な形状は見る者の心に焼き付いていた。

剣でもなく、刀でもなく、ナイフでも包丁でも、カッターでもない。どれとも違う。刀身全体を彩る緩やかなカーブ。太く膨れた刀身中央部は、その曲線につられるかのように、先端に向かうにつれて、やはり緩やかに幅を狭めていく。

本来は武器として使われない道具にも関わらず、時としてどの武器よりも禍々しい印象を与える、あれはまるで――。


「鎌!?」

「正解だ、小娘」


ガガガッ――


想子の掲げた手の甲に堂々と座し、九縄は縦横無尽に糸を操る。

今度は、僅か一秒に満たぬ間に三発の火花が飛んだ。真横に薙ぎ払った糸が敵の攻撃を弾き飛ばし、打ち下ろした糸が再び鎌を粉砕する。あまりの威力に姿勢を崩した敵へ、返す刀で掬い上げるように一撃を見舞う。

明日美はジャックを抱きかかえたまま半端な中腰になり、下手に動かないようにするのに必死であった。


「あ、アンタ見えるっ!?」

「見えっこねーだろ!! どんな変態だよ!!」


やけくそで叫んだ明日美に、やけくそでジャックが叫び返す。

首を捩って瞳を凝らしてみても、九縄と襲撃者の動きは二者がぶつかり合う閃光と、霞む影としてしか捉えられない。とりわけ動く獲物を追う事に優れる猫の、それも猫又と化したジャックの視力を以てさえ、である。今更ながらに九縄抜きでここに来ていた場合を思い、ジャックは冷や汗をかく心境だった。


「ギャウッ!!」


恐ろしく長く感じた剣戟の時間は、実際には数十秒であった。

獣染みた苦鳴が一声あがると、腹を貫かれた敵が、上空から乾いた地面に勢い良く振り下ろされ、叩き付けられる。どすっ、と鈍い音がした。掘り返された土はそれなりに墜落の衝撃を和らげるが、勢いが勢いだけに、骨の数本が折れていたとて不思議はない。折れていようがいまいが、どのみち運命は決まっているのだが。

ようやく動きの止まった敵の姿を見たジャックが、うへー、と素っ頓狂な呟き混じりに嘆息した。


「試し斬りで、人は存外簡単に斬れると思うたか?

そこで満足しておけば良かったものを、身の程知らずが調子に乗るから死を招くのだ」


九縄は牙と牙の間に渡した糸を、しゅっと砥ぐ仕草をしてみせた。

こわごわ顔を持ち上げた明日美が、両腕で抱いたジャックの頭に顎を乗せ、地面でもがく相手を観察しつつ言う。


「じゃあ、これが鎌鼬……?」


そうだ、だが――。


「奇形か」


淡白な一言に、抑えきれぬ興味の色を窺う事ができた。

どの生物にも、先天的に通常とは異なる姿で生まれてくる可能性がある。それと同様に、異形にも稀に異形が生まれる。そうした存在は同種を遥かに凌ぐ身体機能を持ち、狂った力の流れがそうさせるのか非常に凶暴な場合が多い。

狐、蛇など、元から高い霊格を備えた存在であれば、力の暴走を自ら律し己を保てる事もあるが、それとて確実ではない。まして大多数の弱い者は、行き場を失くした力のうねりに呑まれ、手当たり次第に欲望を振るう悪鬼と化す。この現象は獣の妖に限らず、植物、魚、精霊、何にでも起こり得る。

この鎌鼬もまた、そのような存在だった。

名の通りに、鎌鼬は鼬の姿を持つ妖怪である。細長くしなやかな胴に、尖った頭、短い四肢。尾はすらりと伸び、巻き起こした風に乗って空中を舞う。手の爪は長く鋭く、時にこの爪で人や家畜を切り付ける。

実在の鼬が獰猛な肉食性の野生動物であるのに反し、鎌鼬はどちらかといえば用心深い、臆病な性質で、人を襲うにしても殺す事は無く、傷付けるにしても深手を負わせる事は無い。


しかし、この鎌鼬はまるで違っていた。姿形こそ鼬だが、体つきは優に三周りは大きい。小さく尖った頭、くねる胴体に尾、短い後肢。黒地に茶の毛が混じる毛並みは普通の鎌鼬と似ても似つかないが、何より異常なのは、その前腕だった。胴の長さに等しい程に伸びた前腕は、筋肉と毛が少なく、骨と筋がそのまま浮き出してごつごつとしている。その前方、丁度、手首の部分から、三本の鎌が生えていた。

左右三本ずつ、計六本。三対六本の大鎌が、あたかも蝙蝠の翼の如くに広がり、がちがちと噛み鳴らされているのだ。うち何本かは九縄によって折られていたが、残った鎌から、容易に完全だった頃の姿を想像する事ができた。

九縄の糸で体を貫かれ、地面に縫い止められていながら、鎌鼬は唇を捲り上げ犬歯を剥き出しにし、泡交じりの唾液を撒き散らして、憎悪に眼を赤く煮え滾らせて猛り狂う。だがどれだけ全力で暴れようとしても、首、手足、胴体を強固に縛り上げた糸が、それを許さない。加えて背から腹へと胴体を貫通した糸は、九縄が武器として用いる最も鋭いものであり、それ自体が剣に等しい切れ味を持つ。故に、もがけばもがいただけ貫通点から肉と内臓は切り裂かれていき、四肢と首、胴に食い込んだ捕縛用の糸がきつく締め上げられ、切れた皮膚から血が滴る。

それでも尚、鎌鼬は抵抗をやめようとしない。そのたびに新たな血が飛び、明日美が気分を悪くして呻いた。


「妙に手こずっていると思ったら、捕まえていただけでしたか」

「生かしたまま見せたかったからな。儂も面白いものが見れたわ」


酸鼻な光景に動揺する気配すら無く、想子が掲げたままの腕を揉んだ。

暗に、殺すだけならもっと早く済んだと、両者は言っている。

爪から伸び、鎌鼬を捕らえている糸は、九縄が日常で諸作業に使う糸である。剣糸のような切れ味は持たないが、柔軟性と作業性に富み、その器用さたるや人間の指に匹敵する程であった。また一本しか出せない剣糸と異なり、こちらは8本の脚先と口で最大9本、口から伸ばす剣糸との併用でも8本までを同時に操れる。

鋭さは無くとも力では劣らない分、掴む、縛るなど、相手を捕獲する目的に向いていた。その気になれば、力を込め続ける事で骨を捻り折ったり、肉に糸を食い込ませて切ってしまう事もできる。

これら二種類の糸による連携攻撃が、九縄の強さのひとつの理由だった。疾風の如く飛び交う剣糸から逃げようにも、逃げる先には次々に別の糸が迫り、退路は塞がれていく。いわば複数人による縄での捕縛を掻い潜りながら、剣の達人と戦わされるようなものだ。それがどれだけ困難か、体験として語れる者は少ないだろう。


「ふーん、何気にエリートって線も正解か。意外とすごいな、嬢。勘とか野生の本能とか」


ジャックはジャックで、違う所で感心している。

この場にいる常識人が自分しかいないような気に、明日美はなってきた。

それは妖怪を相手にした局面では正しいかもしれないが、少しでも彼女の裏の面と接触した人間であれば、必ずしも同意しかねる発想である。

そろそろ疲れてきたのか、想子が九縄を乗せたまま腕を下ろす。


「玩具にするのは、高潔な行為とは言えませんね」

「濡れ衣を晴らすぐらいの行為は、認めてくれてもよかろう」


それは木霊への疑いをか、事件は再度起こらないという九縄の発言が外れた事をか。


「とはいえ、いつまで眺めていて飽きぬような奴でもない。始末する」


鎌鼬の胴から、剣糸が引き抜かれた。

地面に這い蹲らせられ、毛を土に塗れさせてもがき、喘ぐ獣へ向かって、大きく糸が振りかぶられる。


「こ、殺すの?」


驚いたように言う明日美を、こちらは予想していたように想子が見た。

想子の静かな目と視線が合い、明日美が少し狼狽する。


「対象の殺害は依頼内容に含まれていませんが、見逃せとも言われていません。ジャックさんが、どうしてもやめて欲しいと仰るのでしたら、今からでも契約内容を考慮できますけれど……。

わたしの意見を言わせて頂けるのでしたら、これをこのまま野に放つのは勧められませんね」

「オレも同感だね。懲りて反省する、なぁんて頭があるよーにも見えねーしな」


軽い声で、案外と辛辣な評価を口にしてみせるジャック。

ギィギィと苦悶し、血を撒き続ける鎌鼬を見る明日美の瞳から、それでも陰りは消えない。ふっと軽い溜息をつき、苦笑いするように想子に向け口を開けてみせると、ジャックは顔を上に向けて言った。


「嬢よ、覚えときな。退治するってのは、煙みたいに消えてなくなる事じゃねえ。その相手を殺す事だ」


わかってるけど、と明日美が呟き、ジャックをぎゅっと抱いた。

九縄が嫌味を言う。


「おやおや、儂の主殿よりもお優しい心根の持ち主がここにおったぞ」

「あなたは間違っていませんよ」


九縄の背中を指で弾き、想子は明日美をまっすぐ見詰めたまま、一句一句をはっきりと伝えていく。


「どんなに凶悪な事をした相手でも、目の前で惨たらしい目に遭わされていたら、哀れに思う心が沸いてしまう。それが正しいかどうかは分かりません。でもそれはきっと、とても大切な感情なのですよ。

……明日美さん、あなたよりは幾らか道を先に行く者として、ひとつ助言をしましょう。忠告、とも言うのかもしれませんが」


想子が再び腕を前方に掲げる。

動作に込められた意思を、命令を正しく読み取った九縄が、銀光を放つ剣糸をヒョウと鳴らした。


「自分を殺しにきた相手を殺せないなら、今日を限りに、妖怪と関わろうとするのは止める事です」


九縄の糸が高々と飛ぶ。

明日美は、もう何か言おうとはしなかった。

刃と化した糸が振り下ろされんとする刹那、明日美がぎゅっと瞼を閉じる。

瞬時に身体を寸断され絶命する鎌鼬の、それでも短く発した断末魔を、笛のように高く鳴いたジャックの声が隠した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ