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結局、このイベントは慰労会という名に変わって、会費さえ払えば自由参加となった。一応、最初こそ参加の意思を確認していたのだが、参加希望者が百五十人を超えた時点でその形に切り替えたのだ。ビュッフェスタイルにしても問題ない人数だったし、噂を聞きつけた社長が会費で足りない部分をポケットマネーで補填してくれるという事になって、社員一同大喜びだ。こういったイベントがないわけではないが、ここ最近は俺が巻き込まれた事件があったこともあり、会社内もピリピリしていたのでいいガス抜きになるだろう。
おかげで現時点では百八十人近くまで参加者が膨れ上がっているし、残業終わりに合流する人もいるためまだまだ増える予定だ。
茂住さんは幹事として仕事の合間に駆けずり回っていた。
完璧に自業自得なのだが、忙しすぎて本気で目を回していた茂住さんを見ていられず、俺や流星君が受付の手配やチケットの作成等を手伝った。仕事中泣きながら感謝されたのでやっぱり憎めない。知り合いがいない状況でやってきた桐島の為に、忙しい合間を縫って俺の所に連れてきてくれたらしい。
「茂住さん大丈夫ですか?」
「ははっ……終わる……やっと終わる……」
「まだ始まったばかりですよ」
「今日という日が迎えられただけで奇跡……後の事頼んでいい?」
「最後まで全うしてください」
一応、会社挙げてのイベントになってしまったので、幹事が茂住さん一人では無理だろうという事で各部署から数名幹事補佐を出してもらったそうだが、最高責任者は茂住さんである。
「誰ですか?」
と聞いてきたのは伊藤さんだ。今の今まで言い争っていた鍋田さんと芝崎さんも注目していたので紹介する。
「ああ、ファミレス時代の同僚の桐島です。今は店長やってますよ」
「どーも、事件が起こった店の店長やってます桐島です。同じ社員ですけど本社の皆さん、お邪魔してます」
俺の紹介の後に続けた桐島の自己紹介の内容に、皆が皆「ああ、あの事件の」と納得する。鍋田さんは初めましてのついでに怪我の具合を聞いていたが、その隣で伊藤さんが俺に質問してきた。
「片山さんってファミレスで働いてたんですか?」
「はい。そこで茂住さんにヘッドハンティングしてもらったので」
「へー意外。なんでファミレスで働いてたの?」
「あー…………えっと」
言い濁していると、聞き耳を立てていたらしい桐島が突如笑い出す。
「桐島……」
「ぶほっ、だって。いや、いい大人がそんな理由で? って感じだから言いにくいだろうけど」
「桐島さん知ってるの?」
「それは本人の口から……」
「やめろ恥ずかしい」
「俺が言ってもいいけど?」
「ぐっ……」
言葉を詰まらせて考えていると、いつの間にか今まで黙っていた流星君までもが「聞きたいです」と爛々とした目を向けてくる。
「あの……こういうのめっちゃ恥ずかしいんですけど……い、一番好きなファミレスで働いてみたくて……ま、賄いが……食べてみたかったというか」
『はっ!? ……そんな理由!?』
声を揃えられた。だから言うの嫌だったんだ。
「ちなみにどのメニューが好き?」
と聞いてきたのは鍋田さん。
「以前、夏場の限定メニューで出ていた冷やし海鮮つけ麺です。通年希望なんですけど、冷やしですから難しいんですよねぇ……」
「それ俺が開発したやつ!」
「えっ!? そうなんですか!?」
そう言えば鍋田さん、商品開発部だった。
顔を見合わせて一瞬の間が空いた後、鍋田さんは大げさに深々とお辞儀してくる。
「当メニューを選んでいただきありがとうございます」
「こちらこそ、いつも美味しいメニューを開発いただきありがとうございます」
これは礼を言っておかなければと俺も応えるように深々とお辞儀をすると、頭の上から「何やってんですか」と芝崎さんの呆れた声が聞こえてきて、頭を上げて笑いあって。
「そういえば」
と桐島が突然俺の首の後ろに回したかと思えば、グイッと引き寄せて声を潜める。
「西條さんってどうなってんの? 本社のめっちゃ偉い人じゃん。俺、ここに来るまで知らなかったんだけど」
「あー、あはははっ」
そういえば桐島は知らなかったのかと苦笑が漏れる。桐島は俺から離れながら彼女のいる方向に視線を向けたので、倣うように同じ方向を見る。
シャンパングラスを片手に社員複数人に囲まれて談笑する彼女の姿が目に入った。
仕事場では常にアップにしている髪をおろし、誕生日デートの時のようにゆるふわなハーフアップにしている。きっちりとしたスーツ派な彼女も、今日ばかりはネイビーのブラウスに、膝が隠れる程度の白色のシフォンスカートを履いている。足元はかかとの低い黒いレース素材のパンプスで愛らしい。仕事場から一旦着替えてきた彼女の姿を見た途端、俺とおそろいの色コーデをしてきたのだと気が付いて照れてしまったのは内緒だ。
「はぁ……やっぱ西條さん、美人だわ」
「あーまぁな」
「お前、その返事は思ってないだろう」
図星を指されてウッとなる。
俺からするなら彼女は美人ではなく可愛い人なのだ。
「片山、マジもったいないことしたな」
珍しく楽しそうに笑って会話している彼女を見ながら桐島が言う。まぁ、振った話はしたがその先の報告をしていない手前、彼の中では“あの西條を振った男”だと思われている。何とも言えないもどかしさに沈黙を貫いていると、俺達の視線の先に気が付いたらしい芝崎さんが声をかけてきた。
「黒澤本部長の事見てるんですか?」
桐島は一瞬キョトンとしたものの、話題に出された黒澤本部長=西條というのを頭の中で結び付けたらしく、ああと納得する。桐島自身に口止めをしていないため、下手な事を言う前にと俺が先に口を開いた。
「今日、イメージ違うなぁって話してました」
「確かに驚いたよね。仕事中の冷たいイメージしかないけど、あんな気さくに話せる人だと思わなかったよ」
「芝崎さん、話したんですか?」
「ええ。向こうから声をかけてくださって」
「あ、俺も話したよ」
鍋田さんもいつの間にかビールを片手に会話に入ってきた。
「仕事で関わりないから怖い人かと思ってたけど、話してみたら普通の女性だったよね。結構ガチガチに緊張したんだけど、逆にそれを笑ってくれて緊張ほぐれたし」
「まぁあの若さで本部長って肩書だけでも凄いのに、財閥のご令嬢だから緊張しちゃうよね」
「想像したら怖いよ! 財閥のトップが母親だよ!? そりゃ緊張もするって!」
「でも私、ひそかに憧れてるんだよねぇ黒澤本部長。美人でお金持ちで仕事も出来て、神様はかなり贔屓したと思うの」
ちゃんと神様は運動神経を抜いておいたようだ――とまでは言わないが、なるほど、女性にも彼女に憧れる人はいるのだと初めて知った。
今まで僻み妬みを向けられてばかりだと思っていたけれど、ちゃんと評価してくれている人は評価してくれている。芝崎さんに至っては自立した女性としてはもちろんの事、美容的な意味でも注目しているらしい。
「本当なら使っている化粧品とか美容液とか聞きたいし、同じの使ってみたいんだよねぇ。遠くから見てもすごく肌が綺麗だもん」
「あーアイドルに憧れる的な?」
「どちらかと言うと、女優さんに憧れるような感じかなぁ? 黒澤本部長ってそこらの女優さんより綺麗じゃない?」
「確かに洗練されてる感じあるもんな」
彼女の噂を目の前で始めた芝崎さん達に対し桐島が目を白黒させている。たぶん、本部長という肩書きまでは知ったものの、財閥のご令嬢だというのは初耳だったのだろう。
「……お前、マジもったいないことしたな」
「ははははは」
乾いた笑いしかでなかったのは、もう仕方がないのかもしれない。
ずっと謎だった、ハイスペックな葉クンがなぜファミレスで働いていたかの真相。
超くだらない理由にしようと思ってたらこうなった。




