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ラピスラズリの恋  作者: 佐倉硯
変わりゆく未来へ
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KUROSAWAグランドホテルの一番大きな会場は予想を遥かに上回って賑わっていた。


結局、茂住さんが一斉送信で会場変更の旨を伝えたところ、予想通りに参加希望の人数が増えた。彼女が頑張ってくれたらしくKUROSAWAグランドホテルの会場を押さえ、なおかつ俺が希望していた立食ビュッフェスタイルでの開催となり、少しお高めの会費制にしたにも関わらず人数は増える一方だった。

彼女目当てである人もいたのだが、中には俺と同様にあのビュッフェがこの会費で食べられるのであれば! という人も多くいて、流石に食を扱う会社だと自覚する。自分が人事部なのであまり意識していなかったけれど、食に貪欲なのは俺だけではないようだ。

確かにアルコール飲料を含めて飲み放題付きでこのビュッフェを楽しめるのであれば、部外者だって参加したくなるだろうなと。


「ああ……何食べても美味しい」

「葉さん……今まで見た中で一番幸せそうな顔してます」


もぐもぐと幸せを咀嚼する俺の隣で、相変わらず流星君がピッタリと張り付いている。

流星君は時々女性に話しかけられているものの「食事を楽しむ葉さんを眺めるのに忙しい」と言って、会話を拒否している。俺をダシに使うなとは言わないが、その断わり方はいかがなものだろうか。


「三大珍味が一同に食べられるとか至極……キャビアと生ハムのカッペリーニ最高だし、フォアグラのソテーも絶妙。白トリフのリゾットの香りがいい。ローストビーフのソース、後味が鼻に抜ける感じがたまらない。エッグベネディクトってこんな旨かったんだ……生きててよかったぁ……」

「今の葉さんがそれ言うと、シャレにならないですよ」

「次、シャトーブリアンのとんかつ食べようかな」


色々とそっちのけで食事を楽しむ俺に、流星君は甲斐甲斐しく「あそこにパイ包み焼きされた牛フィレ肉があります」なんて情報を逐一教えてくれるものだからとても忙しい。


怪我はほぼほぼ治っているものの、大事を取って今日はアルコールを摂取しないことにしている。故に食事を楽しむ方向に思いきり舵を切っているため、個人的に食の無礼講である。


「お、いたいた片山くーん」


流星君ではなく俺に話しかけてきたのは、合コンの時に仲良くなった鍋田さんだ。ニコイチコンビの砂田さんはおらず、伊藤さんと芝崎さんもやってきた。


「退院おめでとう。挨拶遅くなってごめんね」

「いいえ、こちらこそご心配おかけしました」


食事の手をいったん止めて挨拶をすると、彼の後ろから伊藤さんと芝崎さんも同じように労ってくれる。伊藤さんに至っては俺を頭のてっぺんからつま先まで嘗め回す様に見つめ、悦とした表情で告げた。


「片山さんの私服だぁ。片山さんのスーツ姿もいいけど、私服もいいっ」

「今日は私服組だったの?」

「そうですね。仕事終わりに直接来ました」


うちの会社は基本的に服装が自由だ。私服組とスーツ組に分かれていて、その割合は大体半々だ。完全内勤の人は私服組が多く、外回りや営業など客と直接関係する人はスーツの人が未だに多い。もちろん内勤の人にもスーツを好む人もいるし、営業の中にも私服組は存在するがお洒落に自信がある人だと思っている。

スーツもノーネクタイを推奨されているので決して堅苦しいわけではない。

俺は内勤と外回りが半々なのでどちらでも構わないのだが、私服を選ぶのが面倒で普段はスーツを着用している。個人的にはネクタイをしめると気合が入るので、ネクタイも毎日つけている派だ。私服は未だに太っていた頃のものが多いため、こういうイベントがない限りは買いに行く事もない。服に無頓着な分、食にこだわってしまうのは性分だ。


今日は彼女が見立ててくれたコーディネートだ。


ネイビーカラーの長袖Tシャツはハイネックになっていて、下は細身のホワイトパンツだ。腕時計もハイブランドとまではいかないものの、自分の収入でおかしくない程度のものを身につけている。黒色のレザーシューズは普段使いにリーズナブルなものを選んでくれた。彼女曰く「葉クンは体格がいいから、ごちゃごちゃするよりシンプルにまとめる方がいい」との事だが、まぁ選んでもらったものに間違いはないだろう。

ちゃんとハイネックの下にはネックレスに通した結婚指輪も見えない場所でぶら下がっている。


「はわわぁ……片山さん、またカッコよくなってる……。ホント、入社したての頃と別人だよぉ」

「あははっ、ありがとうございます。入院していたこともあって規則正しい食生活を送る羽目になったので、筋力落ちちゃいましたがようやく戻ってきたところなんですよ」


笑いながらそう告げると、鍋田さんは少し意外そうな表情を浮かべる。


「なんか、変わったね?」

「ん? 容姿ですか?」

「それもそうだけど、以前同じような事を言われたら凄く恐縮して申し訳なさそうにしてたじゃん」


そう言われると、そういえばと思い返す。


以前の俺であれば「そんなことないです」と言って逃げだそうとしたかもしれないけれど、無意識に対峙できたことが喜ばしい。


茂住さんに叱られて以来、俺は卑下することをやめた。


まだ意識的にしなければ難しかったのだが、ここ最近は意識しなくても言葉に乗せることができるようになってきている。彼女と結婚した事も“自分でも”結婚して幸せになれるという事が自信に繋がって、以前のように周りに気を遣わせるような事もしなくなって。


「今日の慰労会って元々は片山さんの快気祝いだったって聞いたんですけど」


芝崎さんが事実確認なのか、そう口にしたところで俺が掻い摘んで経緯を伝えると、全員が全員呆れた表情で「馬鹿だ」「馬鹿ね」「救いようのない馬鹿だ」とあの人を評価したから笑ってしまう。


「じゃあ、今度別口で快気祝いしましょうよ」


と提案してくれたのは芝崎さんだ。隣で伊藤さんが名案だとばかりに喜んでいる。実際、彼女達とは鍋田さんを通してだけれど数回、飲み会の席で一緒になった事がある。食事を楽しむ相手としては気兼ねない相手だけれど、向こうがそう思っていない事は何となく察していて、やんわりと逃げていたのだが最近はグイグイくるようになっていた。


「お、いいね」

「鍋田さんは誘ってないですけど」

「え? 俺も祝わせてよ」


多分、鍋田さんは芝崎さん狙いなんだろうけれど、相変わらず対応が冷たい。お似合いだと思うんだが、それは流石に()が言ってはいけない言葉だとはわかっているので口にしはしないけれど。

鍋田さんと芝崎さんがギャーギャーと楽しそうに言い合っているのを横目に眺めていると、俺を呼ぶ声がした。


「片山ぁ!」

「あれ? 桐島?」


大きく手をブンブンと振りながら向かってきたのは桐島だ。隣には少し疲れた様子ながらも笑みを浮かべる茂住さんが一緒にこちらへ向かってくる。茂住さんに至っては“私が幹事です”というタスキを堂々とかけているあたりで笑いがこみ上げてくる。


「茂住さんに呼ばれて来ちゃった」


茂住さんは最初の段階で桐島に参加しないかと打診していたらしい。チーム単位ではあったものの、怪我をしたのは彼も同じだし、どうせなら一緒にと思っていたのかもしれない。他に怪我をしたパートさん等も誘ったのだが、流石に本社の人達と一緒にはと恐縮し辞退されたらしい。一応、桐島はファミレス店長とはいえ、直営店の店長なので同じ社員扱いだ。何度か本社に来て研修も受けているし、この場にいておかしくはない。


「ってか、すげー規模だな。こんなんだって聞いてなかったらめっちゃ驚いたって」

「あー、あははは」


茂住さんから話が行っていなかったのか、桐島はキョロキョロとあたりを見渡しながらも楽しそうだ。


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