08
俺の言葉にようやく安堵の表情を浮かべてくれ、隣に立っていた穂坂もホッとしている。どうやら彼女も俺に叱られるのを前提に付き添ってくれていたらしく、彼女達の自分に対する評価が嫌でもわかった。
塚原はバイトがあがる時間になっていたため、早々に帰らせ、穂坂が集めた情報を追加で確認する。
塚原以外にも補填していたというバイト連中からも話を聞かなければならないからだ。
穂坂が確認した範囲だけで塚原以外に三人ほどいるらしい。パートまでは確認できていないものの、それでも人数が多い。
「金額は大体覚えているそうですが、補填した日付は覚えてないそうなので、過去のシフトからできるだけ金額と日付を出してもらっています」
「そこまでしてくれたのか。ありがとう、助かる」
事務の椅子に深く腰を掛けて大きくため息を漏らしながら、頭を掻きむしると、穂坂が心配そうに尋ねてきた。
「あの、店長に報告する際、私も付き添いましょうか?」
事情を詳細に知っているという事で申し出てくれたのだと思うが、正直バイトの彼女を巻き込むべきか一瞬思案する。
それから、俺と同等の立場であるもう一人の契約社員――桐島の存在を思い出して切り出した。
「とりあえず、俺は夕方から夜間担当だし、日中担当の桐島さんと会話してからお願いするか決めるのでもいいか?」
「はい」
「いつのタイミングになるかわからないから、また連絡する」
「それで大丈夫です」
「助かるよ」
そう言って穂坂も仕事に戻って行ったのを見送り、時刻を見て桐島に連絡を入れる。
「お疲れ様です、片山です。今大丈夫ですか?」
『おー、お疲れ様です。大丈夫ですよ。シフトですか?』
「いいえ……実はちょっと大変な事になりまして――」
今しがた発覚した出来事を、記憶が鮮明なうちに話出せば。
『……マジか。それ店長にあげました?』
「まだです……もう少し調べてからの方がいいか、即あげた方がいいか悩んでて」
店長の性格上、どちらに転んでも面倒な事には違いない。
少し調べてから報告したなら「報告が遅い」と怒るだろうし、即あげても「調査が足りない」と怒るだろう。
桐島も分かっているからこそ電話越しにうーんと唸ってしまうのも無理はない。
『今日は店長出てるんですか?』
「来てないです。ホントは来るはずだったんですけどね……」
前半に事実を、後半に嫌味を入れて話せば、電話越しに聞こえてきたのは失笑交じりの苦笑だ。
穂坂が付き添いを申し出てくれた件についても追加で情報を渡すと、桐島はちょっとだけ思案してから自分の意見を告げた。
『店長報告時に穂坂を付き添わせるのはやめましょう。あくまでバイトだし、売上の話しにもなってくるので。俺と片山さんで報告しましょう。明日店長出てきますよね?』
「シフト上はそうなってますね。俺も明日は入ってます。明日にしますか?」
『ですね。なんだかんだと早い方がいいはずです。俺も明日入ってるんで、自分のシフト終わっても事務所待機しますわ』
それからいくつか話をすり合わせて、小さな事を決めていく。
穂坂が調査してくれていたバイト達へ聞き取りを俺が引き継ぐ事。
パートへの確認は桐島が担当してくれるという事。
あとは設置されている防犯カメラの確認なども二人で行う事を決め、電話を切ってからゆっくり息を吐きつつ天井を仰ぎ見る。
面倒な事になったとゲッソリしながら、しぶしぶ売上表のファイルを取り出して、彼女から受け取ったメモのコピーと照らし合わせる。確かに彼女が補填してくれていた日付はプラスマイナスがゼロだ。
今はただ彼女の良心に感謝すべきかもしれない。
大きなマイナスを減らすために彼女は自分の財布からお金を出していたと言っていたが、逆の場合も考えられるからだ。
レジのお金がプラスになれば、当然それもしっかり精査したうえで計上しなければならないが、自分の財布からマイナス分を補てんしたのだから、プラスになった時に自分の財布に戻せばいい、という考えに至らなかったのは不幸中の幸いだ。
それでこそグダグダな事になって、彼女は自分で意識をしないうちに売り上げを盗んだという判断を下されても仕方がない。
さらっと目視でチェックし、該当する日付の売上表を取り出してコピー、そしてファイルに戻すという地道な作業をひたすら繰り返す。
それが一通り終われば、次は過去のシフト表チェックだ。
気疲れから頬杖を突きながら、シフト表のファイルをペラペラめくりながらチェックする。
ふと、ある事に気が付いて思わず背筋が伸びた。
まさか。
おいおい……嘘だろ?
受け取ったメモとシフト表を首が痛くなるほど交互に何度も見つめた。
何度も何度も確認して、けれど突き付けられた現実はこんなにもあっさりとしていて、そして酷い裏切りだ。
塚原のメモの日付には必ず彼女――西條縁の名前がシフト表に記されている。
突き付けられた現実に、思考が一瞬にして張り巡らされる。
正社員に決まったと喜んでいた彼女が、まさかこんな事態を引き起こすはずがない。
けれど、でも……と、思考がグルグルと渦巻いていく。
ごちゃごちゃ考えたところで、彼女以外は共通する人物が浮かび上がってこない事に焦りが生じる。
違う――彼女じゃない。
信じたいのに証拠が揃い過ぎている。
自分は思ったよりも、彼女の事を信用していたらしい。