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ラピスラズリの恋  作者: 佐倉硯
ほどける憂慮、頑固な彼女
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彼女の肩に顔をうずめ、声を殺して泣いた。


震える体は自分自身で、そっと彼女の手が俺に触れる。


「ごめ……なさ……」


絞り出すように呟かれた彼女の声がもまた震えて。


「わた……怖くて……葉クンが……自分のせいで……死んじゃうって思ったら……こ、怖くてっ……」


彼女は失う怖さから逃げ出した。


向かい合う勇気がなかったのは仕方がないかもしれない。俺に責められる事を恐れたわけじゃない。自身が引き起こす出来事が、全て俺に降りかかってくる可能性を知り、初めて自分が怖いと思ったのだろう。


彼女の初恋は間違いなく俺だ。


だからこそ初めての出来事に戸惑いどうしたらいいかわからなくなったのだ。緒凛さんが言った通り、彼女には覚悟が足りなかった。結婚式の誓いの言葉にあるように、健やかなる時も病める時も、どんな状況を想定しても傍にいる覚悟が。


その言葉に泣き顔を勢いよくあげ、彼女の顔に近づけながら叫んだ。


「お前と結婚せずに死ねるかっ!」


それでもちゃんと向かい合って欲しかった。

怖くてもその気持ちを教えてほしかった。


俺だって自分の知らぬ間に死にかけていて、彼女との約束を果たせないまま逝くことを想像したらゾッとする。だから余計に君を大切にしたいとさえ思えたのに。


「っ! っうん! うんっ……! ごめ、なさっ……ごめんなさいっ! ごめんね葉クン! ごめんっ!」


何度も謝罪を繰り返しながら彼女の涙腺も決壊した。


二人でぐちゃぐちゃに泣きながらも抱き締め合う。


「二度とっ……縁に触れられないかと思った……!」

「っうん」

「二度と名前を呼んでもらえないかと思った!」

「うんっ……」

「縁っ」

「うんっ」

「お願いだからっ……傍にいてくれっ! ……頼むからっ」


それはかつて、彼女が俺に願った事。


「――っ! うんっ! いる……っ、葉クンの傍にっ……ずっといるからっ」


抱きつきながら耳元でそう言った彼女の泣き声は、喜びを孕んだように聞こえた。



 ◇◆◇



それから二人でベッドの上で泣きながら沢山話をした。


不安にさせてごめんと言えば「うん」と彼女が言う。


死にそうになってごめんと言えば「心配した」と彼女が言う。


会いに来てほしかったと言えば「ごめん」と彼女が謝る。


勝手な事をした彼女を叱れば「妹とはどうするの?」って心配してきたから思わず泣きながら笑って。


「断る――というか最初からその話が出た段階で断わってたよ」

「……そう、なの?」

「縁以外と結婚するつもりなかったし、結婚しなかったらずっと独身でもいいと思っていたから」


まぁ、これは結局のところ緒凛さんが出した提案だ。


もし彼女が頑なに俺との関係を絶つことを選んだ場合、妹さんと見合いをするのはどうかという話が出ていたのは事実だ。その場で断ってはいたものの、この話を利用してもいいと指示したのは緒凛さんだ。流石にその事実を伝えると親子関係に亀裂が生じそうなので皆までは言わないが、彼女は何となく察しているだろう。社長まで巻き込んでいるのだから俺の発案でないことくらいはわかっているはずで。複雑そうな表情を浮かべつつも、その話がなければ彼女が俺に会いに来ることはなかったのだから結果オーライだ。


俺が意識不明で病院に運ばれた時も、彼女は真っ先に駆け付けたいのを必死に我慢したそうだ。事件としてマスコミに取り上げられている最中に自分が顔を出せば、瞬く間に俺が注目の的となる。婚前ということもあって彼女への連絡は後回しにされていたようだ。護衛が付いていたとは言え、護衛が先だって連絡したのは救急車両と警察出動要請であり、自分の上司やその上に連絡がいったとしても彼女のところまで正確な情報が回ってくるまでにはタイムラグが発生する。


所詮、婚約者は身内ではない。だからこそ酷くもどかしい想いをさせてしまったのは事実だろう。たとえ世間を無視して来たところで、俺が意識不明の状態で見舞えるのは身内だけだ。


身内じゃないという立場が、初めて彼女を傷つけた。


もしかしたら彼女が知らないうちに俺が死んでいたかもしれないという恐怖は計り知れず、どれだけ財力や権力があったってそれが及ばなければ意味がない。


今回の“喧嘩”は彼女が頑固だったのが長引いた原因だとは思うけれど、それをこれ以上責めるつもりはない。


グスグスと鼻を鳴らしながら二人で互いの泣き顔を見て、不細工だと笑って。


互いの頬を指先で拭いながら、なぜか止まらない涙にまた笑いがこみ上げてくる。


たぶん、これが俺達の喧嘩の仕方で、仲直りなんだろう。俺の腕枕に頬をすり寄せ、ふにゃりと微笑む彼女の泣き笑いが間近で見られる喜びを噛みしめる。鼻先が赤くなっているのが何となく可愛くて、腫れぼったくなった互いの瞼にキスを落として。


「しよっか、結婚」

「うん、しちゃおう」


もういいじゃないか。


充分、我慢したよ俺達は。


順番は違えど、今時そんなことは珍しくない。むしろ順序を守れば守るほど、俺達はますます結婚できなくなる気がする。唐突な出来事が起きたかと思えば休まる間もなく次の出来事が起きて、互いの環境や仕事が延々とすり合わないのだったら、合う今を選んでもいいと思うのだ。


誰だっけ? 結婚は三つのingが必要だって教えてくれたのは。


“フィーリング”と“タイミング”と“ハプニング”。


俺達のingが今、ちょうど出揃ったのだ。


互いに落ち着いたところで離すまいと手を繋ぎながらリビングへ戻り、俺が緒凛さんから受け取ったものを取り出し差し出した。


――もし、ちゃんと話し合う事が出来て、それでも縁と結婚したいと思ってくれるのであれば使いなさい。


と差し出してくれたのは、証人欄が埋められた婚姻届と互いの戸籍謄本だ。


証人欄は緒凛さんの名前と俺の親父の名前が記載されている。たぶん、戸籍謄本も両家の親が用意してくれたのだろう。


「お父様……いつの間に」

「順番を色々すっ飛ばす形だけれど、それでもいいって両家の親が言ってくれているからさ」

「そうね……その色々、は後からでもやろうか」


そう言って二人並んで笑って。


間違いのないよう、緊張しながら互いの欄を埋めていく。


一つ一つ丁寧に、たった一枚――けれどそのたった一枚が二人の絆を確かなものにする。


全ての欄を記入したところで彼女に向き合った俺は、この婚姻届と一緒に保管していたそれを取り出して、彼女の左手をすくう様に持つとゆっくり指にはめた。


「婚約期間終わっちゃうけど」

「ふふ、結婚指輪も買わなきゃね。今度は私が支払って(出して)いい?」

「うーん、折半?」

「6:4でどう?」

「せめて7:3」

「私が7?」

「俺が3? って阿呆。逆だ逆」


そう言ってまた笑いあって自然と唇を重ねると、やっと贈る事が出来た婚約指輪が彼女の左手に輝いた。


「受付って二十四時間だっけ?」

「開いてるはずだよ」

「一緒に出しに行こうか」

「そこで私たちの関係がバレちゃったら、もうバレちゃったよね」

「悪いことしているわけじゃない。幸せになりに行くんだ。堂々としよう」

「うんっ」








――その日、彼女は片山縁になった。








結婚しました

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