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ラピスラズリの恋  作者: 佐倉硯
ほどける憂慮、頑固な彼女
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女性に乱暴な事をするシーンがあります。苦手な方はご注意ください。

その日の夜、俺のアパートのインターホンが鳴った。


室内のインターホン画面で確認すると、化粧っ気のない彼女が居心地悪そうな表情を浮かべながら立っている。髪も無造作に束ねているだけで、服装も無地の灰色パーカーにジーンズとラフ過ぎる格好だ。


画面越しにそれを見て、久々に“西條縁”に会った気がした。


仕事姿でもなければ俺に会うためにオシャレをしているわけでもない、どこか抜けた――けれど懐かしい彼女の姿に胸がツキリと痛む。


『何ですか?』


インターホン越しに冷たく尋ねれば、画面の彼女がビクリと震える。


『あの……少し、話がしたくて』

『……私にはありません』

『少しでいいからっ!』

『先に話し合いを拒否したのはそちらでしょう』

『っあ……でもっ、あのっ……お願いっします! さ、最後にするからっ! 我儘だってわかってるっ! ごめんなさいっ! でも、お願いっ!!』


画面の彼女が頭を下げる。ドア越しにも聞こえるほど切に願う彼女の声に、インターホンをブツリと切る。


「近所迷惑になるのでやめてください。――少しだけですよ」


ドアを開けてそう伝えると、彼女は泣きそうになりながらも「ありがとう」とホッとした表情で頷いて。


ローテーブルを挟んでラグの上に二人で向かいあって座ったものの、彼女は正座を崩さないまま膝の上でギュっと手を握りしめる。笑顔を見せる事のない俺に委縮している様子だが、自分を振った相手に愛想を振りまくほど気持ちに余裕などない。


「あのっ……妹、紬と結婚するって話だけれど」

「はい」

「その……葉く……片山さんの結婚相手なら私が探すから、妹と結婚するのは、やめてほしいって言うか……」

「なぜ?」


短く返答するに留めているものの、俺の返答が気に喰わないのか彼女は唖然としている。


「な、なぜって……あの、妹と結婚したら結局私と関わる事になるし、それにっ……黒澤家と関わると、また迷惑かけてしまうから」

「それは私が判断することであって、貴方に言われる筋合いはないです」

「まってっ、駄目っ! 本当にそれだけはっ!」

「仲悪いんですか?」

「え? いえ、そんなことはないけど……」

「じゃあ構わないじゃないですか」


懸命に緩い笑みを作りながらもネガティブキャンペーンを続ける彼女の言葉を一刀両断すると、なぜか彼女は絶句して。なぜそんな反応を見せるのかこっちが聞きたい。俺が皮肉な笑みを浮かべてしまうのは、彼女のそういう態度が苛立つからだ。


「貴方は可笑しなことをする。自分から関係を絶っておきながら、まだ(・・)私の交友関係に口を出せると思っている。相手が誰の紹介であったとしても、自分自身の伴侶は自分自身で決めます。貴方には一切関係ない事です」

「で、でも……妹は、そのっ……妹と結婚したら、私とも関わらなきゃいけなくなっちゃうよ? 黒澤家とも縁は切れないしっ!」

「それが? 幸い、妹さんは気持ちを通わせている方はいらっしゃらないと伺ってますし、利害関係として一致するならそういう結婚もありだと思っています。貴方が望むなら黒澤家には関わりません。弁護士なり司法書士なり通して接触禁止の書類作成してください。いくらでも判を押しますから。ああ、貴方が妹さんと関わることまで制限しません。あくまで私だけで結構ですので」


だからもう、二度と関わらないでほしい。


こんなくだらないことで別れを選んだ貴方と会いたいなんて二度と思わない。


どれだけ言葉を重ねたところで、貴方が受け入れられないのであれば仕方がない。


それが貴方が決めたことだとはっきり伝えれば、彼女は俯きながら体を震わせる。


なぜ俺が彼女の望むように生きなければいけないのだ。


貴方が願うように俺が幸せにならなければいけない理由はない。俺が幸せであれというのは彼女の身勝手な我儘で、今後どう生きようが関係がない。不幸になろうが誰と結婚しようが、それは俺の人生なのだから。


反論する余地がないのか、彼女は俯いたまま動かない。これ以上は埒もあかないし帰ってもらいたいと願いを口にしようとしたところで彼女の体がゆっくりと沈んでいく。


正座をしたままラグに両手をつき、その上に額を擦り付けてあろうことか俺に向かって土下座をして。


「……っねが……おねがいっ……おねがいします……っ! 妹だけはっ、やめて……」

「私は、貴方を義姉と呼んでも抵抗はありません」

「っ! やだっ……お願いっ……どこの誰かと結婚するならそれでいいっ……でもっ、妹とっ……結婚はっ……わ、私がっ……耐えられないっ……お願いっ……! 何でもするからっ……貴方が願う事ならっ……何でもするからっ!」


突き放したのはそっちだ。


それなのに耐えられないってなんだよ。


悲痛に声を震わせこちらも見ずに頭を下げ続ける彼女の姿に、俺の苛立ちはピークに達した。


「…………な、んでも?」


怒りのあまりに声が震えた。


それを察したのか、彼女が恐る恐る顔を上げるタイミングで腕を掴んで無理矢理立たせると、足がもつれているのを無視して引っ張る。別室のベッドに彼女の体を乱暴に投げると、軽い体はあっさりとベッドの上に転がり、けれど少しだけ衝撃で痛そうに顔を歪める彼女の足の間に膝を立てた状態で覆いかぶさって。

彼女の頭の上で両手を拘束する。動かぬよう、抵抗しないよう彼女の腕力であれば俺の片手で充分だ。


「っ――んっ!? いっ……!」


噛みつくようなキスをした。乱暴に、ただ怒りをぶつけるだけの愛情のかけらもないキスだ。その衝撃でどちらの唇かもわからず小さく切れて血が滲む。驚く彼女が目を見開いているが、目を閉じている俺には関係がない。舌をねじ込み、呼吸さえも飲み込むほど彼女の咥内をかき乱す。鉄の味が互いの咥内を行き来する。血だらけの唇をそのまま彼女の細い首筋に舌を這わせる。


赤く染まる。


唾液の混ざった血が彼女の首筋を走る。


パーカーの裾から乱暴に手を入れ、体をまさぐりだしたところで彼女の口の端から漏れたのは。


「よ……クンっ……」


ふと唇を離して自分が組み敷いた彼女を見つめた。髪は乱れベッドに散乱し、高揚する頬が赤く染まり目が潤む。呼吸が乱れた彼女の瞳が大きく見開かれたと同時に、彼女の頬がパタパタと濡れた。


「……葉、く」

「……んで」


彼女が俺の名を呼ぶ声と俺の呟きが静かに重なる。彼女が自分の下で戸惑い、くしゃくしゃな顔をして俺を見上げる。


「葉ク……泣い……?」


次から次へと彼女の頬を濡らしたのは俺だった。


いつの間にか解放した彼女の手が、指先が俺の頬に触れ、その温もりが懐かしくさえ思えて一気に崩壊する。


「なんで俺を信じなかった!!」


嘆きと慟哭。嗚咽はパタパタと涙の雨になって彼女に降り注ぐ。


俺を見上げる彼女の表情があまりに悲痛でますます惨めになっていく。


「なんで信じてくれなかった! なんで俺の気持ちを無視したっ! なんでっ! なんでっ!」



なんで――君を好きだと言った俺の事を信じてくれなかったんだ。


君がしたことは独りよがりだ。


かつての俺のように、己が悪いと思い込み許されることさえ怯えて逃げ出した。


君が不要な反省したところで俺は笑うだけなのに。


君が馬鹿みたいな謝罪をしたところで俺は呆れるだけなのに。


君が申し訳ないと思う度、俺は何度だって「しょうがないな」と笑って君を抱きしめる。


どれだけ誓ったところで君が居なければ意味がない。



自分なんて一生結婚できないと思って諦めていた。


“自分なんて”と繰り返し、ずっと一生を終えるかもしれなかった。


家族に背を向け生きてきた代償に、ずっと自分は一人で生きていくのだろうと思っていた。


自分の未来に何の希望もなかったのだ。


ただ黙々と過ぎていく日常を繰り返し。


職場とアパートを行き来するだけの生活が続くと思っていた。


羨ましいと思う反面、面倒だと人と関わる事さえ億劫になっていて。


誰かと過ごす生き方を考えないようにしていた日々。


そんな俺を大切だと言ってくれた君が救世主のように現れて。


人生に彩りを与えてくれた君との出会いはまさに奇跡だ。


自分よりも大切にしたい誰かなんて一生現れないと思っていたのに。


君が大切だと言ってくれる自分をようやく大切だと思えたから。


世界が一変したのは俺だって同じだ。


君が俺を変えてくれた。


俺の見る世界を変えてくれた。


これがどれほど嬉しい事だったか、俺はちゃんと自分の気持ちを伝えてきたはずだ。


俺、好きって伝えたよな?


愛してるって言ったよな?


結婚するって約束したよな?


この溢れる気持ちをどう伝えたらいいか、言葉では足りなくて。


沢山キスをして抱きしめて。


それでもこの気持ちを語るには全然足りなくて。


不甲斐無いかもしれないけれど、それでも君を幸せにしたいと思った。


君を幸せにしたいと願った。


君を幸せにすることが俺の幸せだと気が付いた。


共に歩めるのであれば、どんな困難も乗り越えてみせようと誓った。


健やかなる時も病める時も、善意も悪意も共に受け止めようと伝えたはずだ。


まだ足りないのであれば何度だって言う。


君が好きだ。


君が好きだ。


君だけが大好きだ。


貴方を誰よりも愛している。


君を好きだとどれだけ叫んでもこの想いが届いていないのなら。


俺を大切だと言ってくれた君が居なくなるのなら。



――俺に何の価値があるのだろう。




泣きたくなるほど君が好き

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