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基本、俺の面会には制限がかかっている。
怪我の具合によるものではなくマスコミや好奇心でやってくる人対策で、先に受付から面会希望の人の名前を確認してもらい知っていれば通してもらうし、知らなければ拒否してもらえるようになっている。知っていたとしても会いたくなければ会わなくていいので助かっているのだが、それに納得しなかったのは伯母さんと晃大だ。
伯母さんは俺や親父への面会を求めて病院へ来て会えないと言われた途端に受付で暴れて迷惑をかけ、警察沙汰にまでなったために接近禁止命令が出た。どこまでも迷惑をかけてくる伯母さんに流石の親父も頭を抱え、周囲からはヒソヒソされる始末なのだが、今まで対応を母に任せていたしっぺ返しが今やってきたのだ。甘んじて受け入れ、後ろ指をさされるがいい。
そんな中、今度は晃大が受付やらナースステーションやらをかいくぐって直接、病室にやってきたから驚いた。
「兄貴助けてくれよっ! 俺、離婚されそうなんだ! 美波とも会えなくなるっ! 親父でもお袋でもどっちでもいい! 取り次いでくれっ」
「……お前の両親じゃあないだろう。お前の親は弥生さんだ」
最後の最後まで弟面で助けを求めてきたものの、俺もすべてに対して善人になれるわけではない。一緒に育ってきた手前、思うところはあるものの、やはりこいつ等さえ居なければという気持ちが勝ってしまうのだ。
「だ、だからって見捨てないよな? 兄貴、一緒に育ってきた仲だろう? 仕事の立場だって危うくなってて、本当にヤバいんだよっ!」
「一緒に育ってきたっていうのは何か? “クソ”とか“デブ”とか“陰気臭い”“うざい”“死ね”“関わるな”って言う事か?」
「い、いや……そ、それはっ」
病室で騒がしくされるのは本当に困る。ナースコールを手探りで探したものの、晃大がそうはさせないと俺の手からそれを奪う。こちらは入院を必要とする怪我人であり、医療従事者とは思えない行為に思わず眉を顰めるが、晃大は自分の要件を通すことに必死だ。
「いいから言う事聞けよクソがっ! お前なんざこんな時くらいしか役に立たねぇんだから言われた通りやりゃあいんだよっ!」
「お前、いい加減にしろよ」
「うるせぇっ! いい加減にするのはお前だろうがっ!」
苛立つ晃大に俺はいつも投げかけられていた言葉をそのまま返した。
「晃大――“うざい”“死ね”“関わるな”」
「っ! っああぁっ! クソっ! クソクソクソっ!! てめぇなんざ死ねばよかったんだっ!!」
まるで小学生が癇癪を起して暴れているようで、あまりにも哀れだ。胸倉を掴みかかってきたところで、騒ぎを聞きつけた看護師さんが二人ほどやってきて、晃大を取り押さえる。
「なにやってるんですかっ! 病院ですよっ!」
「うるせぇっ! 離せクソババァ共がっ!」
「いっ、ちょっと、警備員呼んでっ!」
「ふざけんなっ! 触るなっ」
看護師二人に対しても取り繕うことなく暴れまわる晃大を見かねて、俺は傷口を押さえながら立ち上がると、振り回される腕を掴んで捻り上げる。膝に蹴りを入れたところで晃大の態勢が崩れ、床に抑え込むことに成功し咄嗟の事だがうまくいった。ただ傷口の痛みがせっかく落ち着いてきたにも関わらずジクジクし始めてヤバい。
そろそろ限界だと思ったタイミングで男性の看護師さんと警備員らしき人がやってきたので、ようやく暴れる晃大を引き渡したのだが。
「ざけんなっ! なんでお前ばっかりが恵まれてんだよっ! お前さえいなければっ! さっさと死ねばよかったのにっ!」
死ね死ねと繰り返すな阿呆。ガチで死にかけた相手に、医療従事者が言っていい言葉じゃない。
いてて、と傷口を押さえると看護師さんが慌てて寄ってきてくれたものの、それを横目に強制連行される晃大に小さく告げた。
「伯母さんと仲良くな」
その言葉に晃大の瞳が大きく揺らいだ。俺に追いすがる声と罵声が交互に聞こえてきたがやがて口をふさがれたのか聞こえなくなってきて。
「すみません、あかねさん。身内がお騒がせして」
「いいえ、ああいうのたまにあるんですよ」
気にしない気にしない、と先ほどまでの緊張感が嘘のように笑ってそう言ってくれるのは担当看護師のあかねさんだ。ベッドに戻るよう指示してくるあかねさんに素直に従って、改めて傷口の具合を見られたのだが問題ないとのお墨付きを頂いて。
「ああいう時はすぐナースコールしていいですからね」
「ナースコール取り上げられちゃって」
「なんですって! そりゃ怖かったでしょう。歌でも歌いましょうか?」
「嫌ですよ。あかねさんの歌、ヘヴィメタルなんですもん」
「ハードロックもいけるよ?」
「傷口開くんでやめてください」
「ふふ、弾き語りもできちゃうんだよ? ギター持ってこようか?」
「え? 看護師さんですよね? ここ病室ですけど」
「しまった!!」
こういう気軽な感じがありがたい。たぶん、あんなことが起こった後は落ち込みやすいから、わざと明るく対応してくれているのだと思う。気遣いが嬉しくて明け透けなくやり取りしていたものの、やっと落ち着きを取り戻した病室を後にする。
先ほどまでの喧騒が嘘のように、静かになった病室のベッドに横になりながら手の甲で瞼を押さえて。
――兄ちゃん。遊ぼう!
そう呼ばれていた頃の弟は、もういない。
◇◆◇
事件から三週間過ぎてようやく退院できた俺は、素直に自宅へ戻った。
というのも、入院中に世間ではとある芸能人夫婦の泥沼離婚騒動が大々的に取り上げられ始めて、一般人が起こした事件はあっさりと小さなニュースとして追いやられてしまったのだ。事件直後から考えればマスコミは随分と少なくなったし、周囲も落ち着きを取り戻している。茂住さん家族も自宅に戻っていつも通りの日常を送ることができるようになったようで喜びのメッセージが届いたし。
俺がアパートに帰ったタイミングで母はまたニューヨークへと旅立った。空港まで親父が見送りに来たというのだから、どえらい心境の変化だ。別居する母を見送るという、なんとも不可解な状況ではあるが「まぁお父さんは元々そういう人なのよね」と母は苦笑していたので、子供にはわからない夫婦間の何かがあるのだろう。
退院してすぐに仕事に復帰したいところだが、保険の手続きやら入院中出来ていなかった事を行うため、更に三日ほど休ませてもらう事にしていた矢先にその手紙は届いた。
チラシやDM以外に手紙が届くのは珍しく、差出人は彼女の名前がある。
結局、緒凛さんが見舞いに来てくれた後も彼女との連絡は取れないままになっていたので、退院後の初コンタクトが手紙である。
ため息交じりに封筒を開けば、中からはシンプルな便せん二枚に綴られた彼女の想いが書かれていた。
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片山 葉 様
この度は退院おめでとうございます。
お見舞いにも行けず、直接話が出来なくてごめんなさい。
色々な事情を考慮した部分もあるけれど、貴方の顔を見ると決断が鈍るので、どうしても会えなくて。
今回の事件は私の責任です。
葉クンはきっと違うって言ってくれるだろうけれど、こればかりはどうしても自分に責任があるとしか思えない。
私にとって葉クンはパワーストーンのような存在だったけれど葉クンにとっての私は疫病神みたいな存在だってようやく気が付いた。
いつもいつも迷惑ばかりかけて、葉クンばかりが大変で。
自分が傍にいると葉クンに迷惑をかけてしまう。
それは私の本意ではないし、葉クンには幸せになってもらいたい。
本当に本当にごめんなさい。
私、葉クンとは結婚できません。
葉クンを不幸にしてしまう私は葉クンにふさわしくないです。
婚約破棄の慰謝料として、私の個人資産の一部を葉クンに渡します。
すぐには無理だけれど、仕事も辞めて二度と葉クンの前には現れません。
ずっと迷惑をかけてごめんなさい。
ずっと私を大切にしてくれてありがとう。
葉クンがくれた言葉を胸に、遠方から葉クンの幸せだけを願っています。
ごゆっくりご養生ください。
黒澤 縁
追伸:チケット、まだ有効だよね? 最後のお願いです。叶えてください
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封筒から出てきたのは、彼女の誕生日にプレゼントした“願い事できる限り叶える券”の最後の一枚だ。
「……阿呆。できる限りって言ったじゃないか」
こんなことに使いやがって。
あまりにも悔しくて、腹立たしくて。最後の一枚をクシャリと握りしめた。
縁はお馬鹿です
友情出演・魔王あかね様




