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ラピスラズリの恋  作者: 佐倉硯
ほどける憂慮、頑固な彼女
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二話同時更新です

重い瞼を開けると、自分を覗き込む母の姿が見えた。その後ろには白衣を着た親父の姿が映ってゆっくりと瞬きをする。


「……あ、れ?」

「っ葉!?」

「仲直り、した……の? よかった……」


ぼんやりとしながら両親が揃っている感想をポロリと口に乗せると、思っていたよりも声が掠れて喉が渇いている事に気が付いた。

そんな俺の反応を見て母はくしゃりと顔を歪め「よかったよかったっ!」と声を上げて泣き出す。そこでようやく自分は見知らぬベッドの上で寝て母に手を握られてることに気が付いた。母親と手を繋ぐなんて大人になってからは初めてかも、なんてぼんやりした思考の中でも握り返す気力がない。気力というよりも指先が言う事を聞いてくれない違和感があったものの、意識を取り戻したばかりの俺には倦怠感のようにも思える。

母は最後に会った時より白髪も染めたのか目立たなくなり、元々持ち合わせていた姿勢の良さや優しい面持ちが年の割には美しく瞳に映る。実子の欲目を差し引いても、自慢できる容姿だよなと他人事のように考えて。


泣きじゃくる母の背後で親父が怖いくらい眉間に皺を寄せているのを見て、ちょっと驚いた。啖呵を切って以来、こうやって間近で会うのは久々だったけれど、俺もこういう顔になっていくのだろうかなんて。


「……親より先に逝こうとするな、親不孝のバカ息子が」


そう言った親父の声が微かに震えていた。



 ◇◆◇



意識を取り戻してから体の倦怠感とは裏腹に、俺を取り巻く環境は目まぐるしく変わっていく。受け答えも充分でき、口から食事がとれるようになるまで三日ほどかかったが、そこでようやく自分が置かされた状況を把握できた。


親と医療関係者以外で俺の病室に初めて訪ねてきたのは警察だった。


意識を失う前に何があったのかと問われたのだが何も覚えてはいない。その旨を素直に伝えたところ、俺は全国ネットのニュースにもなった傷害事件の被害者になっていた。


俺を襲った犯人は、ファミレス時代に散々苦労を掛けさせられた元店長だ。


横領の罪で略式起訴された後の事は知らなかったけれど、かなり落ち潰れてしまっていたらしい。警察が濁しながらも語る内容から何となく理解できた程度だ。


あの日、茂住さんと外出していた出先の信号待ちで、刃物を持った元店長に刺されたらしい。刺されたという自覚もないままその場に倒れて意識を失い、血だまりを作ったところで周囲は阿鼻叫喚となった。

逃げ出す人々に目もくれず、元店長が次に狙いを定めたのは茂住さんだ。が、複数名の通行人が取り押さえようと協力してくれたとのことで、茂住さんは腕を薄く切り付けられる程度の軽傷で済んだと聞いてホッとする。

元店長は俺達を襲う前にファミレスに足を運んでおり、包丁を振り回して桐島やパートさん二人に怪我を負わせて逃走していたそうだ。そのまま外回りをしていた俺達を襲撃したというのだが、どうやって自分達の居場所を突き止めたのかまではわかっていない。


と、ここで元店長の狙いが俺ではなく、茂住さんだったという衝撃の事実を知らされる。


茂住さんだけを狙うつもりだったが、襲撃場所から俺が遮るように立ってしまったせいで刺したというのが供述した内容だったらしい。実際、元店長は俺を“片山葉”だとは認識しておらず、逮捕後に警察に言われて初めて知ったそうだ。そりゃあ痩せて容姿も変わっているけれど、まさか認識さえされていないのに怪我を負わされたなんて結構納得できない。


なんだろう、このついで(・・・)扱いは。めっちゃ痛かったんだぞ。


元店長が凶行に及んだ理由は完全な逆恨みだ。


主に恨まれた対象は茂住さんと桐島の二人だったのだが、桐島も太ももを刺されて大怪我をしたらしい。他の従業員がお盆やら消火器やらをぶちまけて応戦したため元店長は逃げ出したようだが、警察はあまり犯人を刺激しないようにと説教されたようだ。が、応戦した人達は皆、元店長に苦渋を舐めさせられていた人達ばかりだったので「やってやりましたよ!」「スッキリした!」と影で言っていたらしいので反省はしていない様子だ。

おかげでファミレスは現場検証も含め、消火器をぶちまけた清掃作業やらで一週間ほど臨時休業せざるを得なくなった。消火器の中身はピンク色の粉末だ。食品を扱うファミリーレストランでソレをぶちまけたら、そりゃあ大変だろう。

専門の清掃業者を入れるため、衛生面では安全になるのも早いだろうが、白昼堂々と起こった出来事であるため精神的なショックを受けた従業員も存在する。カウンセリング等のアフターケアも兼ねての期間が一週間であれば、まぁ妥当だろう。


ベッド上で上半身を起こせる程度に回復した時期に、松葉杖をつきながら桐島が見舞いに来て教えてくれた。


「警察から聞けた供述なんだけどさ。あの人が俺を逆恨みした理由が“自分を追いやって店長になったから”って言うんだから理不尽過ぎるよな」

「追いやったって……自業自得で解雇されたのに」


自分がレジの金を盗んだ事、がっつり棚に上げて視界に入れてないじゃん。凶行に及ぶ人物の心情なんてわかりはしないが、聞かされてもやはりわかりたくはない。


「片山は災難だったな。完全巻き込まれパターンじゃん」

「巻き込まれた挙句に死にかけたとか本当にシャレにならないよ……あの人、俺には目もくれてなかったって事でしょ?」

「恨まれる対象じゃなかったのは不思議だよな。ファミレスで働いてた時、一番理不尽な目に合ってたの片山だったのに」

「今回も理不尽過ぎて泣けてくるよ」

「流石に同情するわ……」


一緒に働いていた身としても、同じ被害者の立場としても共感できる事がありすぎて嫌になるな、と二人で苦笑した。


次に見舞いに来てくれたのは茂住さんと流星君で、茂住さんはこちらが引くほど泣きじゃくりながら俺に謝罪した。


「ごめん、巻き込んでしまって本当にごめんっ!」


こちらも初めて聞かされた事実だが、茂住さんは元店長の部下だった時期があり、あの(・・)元店長とそこそこ仲のいい間柄だったそうだ。自分が可愛がっていたはずの部下がいつの間にか上司になり、そして解雇時に怒鳴られた事が元店長のプライドを大きく傷つけたらしい。

エリアマネージャーだった頃、あれほど茂住さんに遜って(へりくだって)いたのに、実はそういう関係だったと知って結構驚いた。


今回の事件で怪我をしたのは計五人だが、一番大変だったのは俺だ。


というのも、刺された傷は致命傷ではなかったが、その後俺を襲ったのは免疫力低下による感染症だった。

発熱や震え、意識の混濁といった症状が出て、一時は集中治療室(ICU)で酸素吸入していたというから、自分でも驚きだ。意識が戻ってから細かく説明されたが正直よくわからなかったけれど、面会謝絶の中、離婚騒動になっていた両親が揃って見舞う程度には重篤な状況が続いたらしい。

ちなみに刺し傷の方も傷自体は治ると言われたが、少し神経を触ったらしく腕に軽い障害が残るかもしれないという診断をもらった。実際、なんとなく肘を曲げる時にひきつるような感じや、左の小指や薬指が動かしにくいかもと思う程度で、それは今後のリハビリによってどう転ぶかわからないらしい。


医師でさえわからない部分は所詮自分でもわからないし、最終的に頑張り次第ともとれる。


らしい、らしい、ばかりではあるが自分自身に起こった出来事にも関わらず、聞いたことばかりの内容になってくるし、他人事のように思えてしまうのも仕方がない。自分が眠ってた間に色々と事が進んでしまっていたから頭の中は浦島太郎だ。

医療情報執筆協力・魔王あかね様

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