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ラピスラズリの恋  作者: 佐倉硯
受難は続くよどこまでも
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ここにくる途中、タクシーの中で母親から聞いていたことと多少重複しているだろうが、同乗していた彼女が聞かないふりをしてくれていたので改めて告げる。


俺が目を背けてきた事が、結果的に今の母に繋がるのであれば、これは俺の責任でもある。


細かく説明しているようで、実際の話の中身はそれほど多くない。時間はあっという間に過ぎていき、簡単に要点を訥々(とつとつ)と告げたつもりではあるがやはりこんなことを話すべきではなかったかもしれないと後悔する。


自嘲気味に唇を歪め、床を睨みつけたまま沈黙してしまった俺に対し、隣に座る彼女はそっと寄り添うだけで何も言わない。しばらくの間は誰も口を開かず、ただ静かに母の治療が終わるのを待った。

それほど重症なものではないと思いたいが、もしかしたら色々と事情を聴かれているのかもしれない。


ようやく診査室から頬にシップを、口の端に絆創膏を貼った母親が出てきたのを見て、俺は静かに立ち上がって歩み寄る。それに伴い、彼女や流星君も後ろで立ち上がるがその場に留まっている。


「頬は腫れているだけで骨に異常はないって。けれど叩かれた拍子に口の中を自分の歯で切っちゃっていたみたいでね。口の端も唇が少し切れた程度で大事には至らないそうよ」

「そう、よかった」


簡潔に診査結果を教えてくれた母に、俺はため息交じりに胸をなでおろす。


そして改めて母に、自分に向かい合って。


「これからどうする?」


それはもちろん今後、という意味を含めてだ。


父と再度向き合うにしても伯母さんは必ずついてくるし、どうにかして排除しなければ決して父は一対一で母と接してはくれないだろう。

まだ伯母さんを味方するようであれば、母は父と離婚を視野に離れた方がいい。この年になって、という気持ちがあるのは理解できるが、これ以上は俺も無視できない。


母もきっと同じ気持ちだろう。


伯母さんさえいなければ父は寡黙ながらも家族思いの人だ。

けれどその伯母さんを切り捨てる事ができないのであれば、父ごと切り捨てるしかない。


「そうね……今日はもう疲れたから、葉のマンションに帰って明日考えましょうか」

「そう、か」


確かに色々ありすぎたな、と会社の前にいた時よりも少しだけ余裕が出てきた母親の姿にホッとしていると、彼女が静かに歩み寄ってきて。


「それって大丈夫なの?」

「え? なにが?」


心配されるような事はあっただろうかと反芻していると、彼女は本当に心配そうな表情を浮かべて。


「だって、お義母様の行きそうなところって言ったら片山さ――葉クンの所でしょう? 伯母様? や、お義父様がお義母様を迎えに来ないかしら?」

「あっ……」


疲れていたのもあって、そこまで考えていなかったことを指摘され、母を見ると彼女もまた同じだったらしく不安が表情にありありと浮かび上がる。


どうしようかと考えあぐねいていると、すでに診察時間が終わり、自分達以外誰も入ってこないはずの診療所に新しく訪ねてきた人がいて。


「お邪魔します。ああ、久遠(くどう)さん、無理言ってすみません。ありがとうございました」


そう言いながら入ってきたのは社長と同じくらいの年齢の男性だった。なぜ社長が出てきたかと言えば、面持ちが非常に似ていたからだ。白いワイシャツをラフに着こなし、長い脚が映える黒いスラックススーツのズボンは折り目がきっちりとついている。切れ目が印象的で腰あたりまである長い髪を後ろで一本に束ねている。流星君にも似て美人な男性だなと思っていると、久遠――と呼ばれたのはこの診療所の医師だったらしく、母の後ろで穏やかに微笑みながら男性を迎えた。


「いや、なぁに。ちぃ坊のお願いなら聞いてやらんこともないさ」

「久遠の爺さん、相変わらずだな。俺をちぃ坊って呼ぶのやめてくれよ」

「久々に顔を出したと思ったら随分と図々しい。お前なんぞちぃ坊で充分じゃわい」


旧知の仲なのか、急に親しく話し出した二人を唖然と眺めていたが、その間に割って入ったのは流星君だ。


(ちがや)叔父様、急なお願いを聞いていただき、ありがとうございました」

「おう流星。久々だな。十五(とうご)兄は元気か?」

「しつこいくらい母にくっついて歩いてます」

「あはは、相変わらずだねぇ」


仲良さそうに語る二人に、今度は彼女が話に入る。


「茅叔父様、ご無沙汰」

「お、縁も久しぶりだね。それから」


と、その人はようやく俺と母に向き直って。


「片山裕子(ゆうこ)さんと片山葉さんだね?」


確信をもって尋ねてくる男性に対し小さく頷くと、ふんわりと微笑みながら自己紹介してくれた。


「黒澤茅です。縁と流星から見ると叔父にあたります」


先に頭を下げたのは母の方だった。俺も慌てて頭を下げるが、それよりもその人の名前に聞き覚えがあって思わず頬に汗が伝う。それは母も同じだったらしく、ゆっくりと恐る恐る顔を上げれば、ああ、やっぱりと改めて認識し。


「初めまして……では、ないよね? 片山院長の奥様と息子さんだね?」

「っ……!」

「――院長?」


茅さんの言葉に反応したのは彼女だった。


そういえば彼女は俺の身辺調査の結果を見ていないと言っていたから、きっと知らないだろう。自分の口から言えればよかったけれど、彼女の疑問に先に反応したのは茅さんで。


「お前、自分が結婚する相手がどういう人かも知らないでいたのか? 身辺調査の結果貰ってないわけ、ないよなぁ……。わざとか」

「だ、だって、やっぱり影で勝手に色々知っちゃうのは嫌だったから。できれば本人の口から聞きたくて」


どうやら茅さんは俺達の関係もちゃんと把握しているらしく、ただし母に至っては結婚の二文字が寝耳に水だったようで驚いているけれど。


「じゃあ、本人から聞くか?」


そう言って茅さんが俺に振り返るものだから、流石に退路を断たれて答えざるを得なくて。彼女とその後ろにいる流星君に向き直ると、俺は苦笑交じりで言った。


「……流石に、二人は黒澤財閥の人間だから傘下のグループとかわかるよな?」


一応、と尋ねれば彼女達は顔を見合わせて小さく頷きながら改めて俺を見る。唐突に話出した内容が身内の話ではなく、黒澤財閥の話であるから戸惑った部分もあるのだろう。


黒澤財閥の下には大きく分けて四つの組織が存在し、中心となる黒澤不動産グループをはじめ、衣食を中心とした俺達が働くTAKAMOTOグループ、IT・警備関係を中心とした西條グループ、そして介護医療研究等を中心とした医療法人悠省会(ゆうせいかい)がある。 (※注記有)


「その悠省会の中心にある菱伊(ひしい)総合中央病院の院長、片山玄一(げんいち)が俺の父親」

「……は、え……? 菱伊総合の院長? が、父親……?」


流石に彼女も動揺を隠せないらしく「え? え?」と何度も俺と茅さんを交互に見る。


茅さんは医療法人悠省会の理事長だ。医療従事者ではなくあくまで経営者側の立場ではあるが父親の上司にあたる人で、何度か家族同伴のパーティーで顔を合わせた事がある。初めましてではなかった理由はそれだが、家族まで覚えているとは思わなかった。が、まぁ院長の配偶者と子供ともなれば流石に記憶されているか。


だから母を病院へ連れていけなかったのだ。


彼女達に連れていかれるとしたら系列の病院であるし、下手をすると父親が院長をする病院へ向かう可能性だってあって。結局、父の上司である茅さんに知られてしまっては意味がない気もするが、家族の事に口出ししてくるような人ではないだろうし、この人が噂を広めてしまえば自然と俺と彼女の関係も露見することになるため、そんな事はしないだろう。


「黙っててごめん」


俺が謝罪をすると、今まで黙っていた流星君が口を開いた。

※注記:財閥のような大きな組織が運営する場合、医療法人なのか医療社団法人なのか医療財団法人なのか検討しましたが、ちょっと作者の頭では理解しきれなかったためシンプルに医療法人とさせて頂きました。財閥が運営するにしてはそれは不適合であると思われた場合、ご一報ください

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